都市伝説
「――研究棟でキラを作っていたのは、最高学年の先輩達でした」
デリクさんは、暫くはティーカップに視線を落としていましたが、顔を上げ、こう切り出しました。
「優秀で快活で、誰にも対等で、……ちょっと騒がしいところはありましたけど、多くの学生に好かれていました。……けど」
言葉を切り、僅かに俯き、
「皆、俺と同じ奨学金制度を利用する労働者階級でした。貧しい出自をバカにする連中も多かった……」
王立の名門大学に在籍しているとはいえ、人柄までは一流とはいかないようです。
「そういった手合いは自分の劣等感から目を背けているか、自尊心のあり方が根っこから歪んでいるかだ。相手をしてやる義理はない」
「放置すると増長します。学業にも障りましょう」
つい口を挟むと「ん?」ご主人は軽くこちらを見遣り、
「そうさな。他者を貶めるヤツってのは、脇が甘い上に想像力が欠如している。己の言動が周りからどう思われているのか考えも付かんらしい。早晩、信頼を失い自滅する」
諭すように付け加えるご主人に、デリクさんは少し笑って、
「先輩達もそう言って取り合いませんでした。気の毒な連中だから、そっとしておけと。腹は立てていましたけど」
ご主人は小さく笑い、
「真っ当だ」
「どうでしょう? 色々やらかして、しょっちゅう呼び出し食らってましたけど」
「校舎でキラを暴走させたとか?」
「ああっ、あれはホントに傑さ――あ、いえ、ちょっとマズかったですね」
「ほう? 何をやらかした?」
にやっとしながら、わざとらしい小声で尋ねるご主人。
デリクさんは忍び笑いをしながら、
「ええっと、自分達で作ったキラを中庭で披露しようとしたんですけど、上手く動かず、あれやこれやと調べているうちに始業ベルが鳴ったものだから、先輩達、慌てて木箱にキラを詰め、空き教室に置いて講義に出たんです。そうしたら講義中に、いきなりキラが発動してしまって。音は鳴るわ突風は吹くわ、仕舞いには鳥と蛇と蜥蜴が混ざったような大きいのが木箱から這い出すわで、駆けつけた先生が腰を抜かしてしまって。そりゃあもう、大騒ぎに――」
当時の様子を思い出してか、愉快そうに話すデリクさんでしたが、ふと言葉を切り、表情を曇らせました。
「――先輩達がいると、退屈しませんでした」
懐古を込めて話す彼の顔は悲しげです。
「随分なトラブルメーカーだ」
ご主人が柔らかく言うと「ええ」デリクさんは吊られるように小さく笑いました。
「けどトラブルは殆ど自作のキラが原因でしたから、大抵は反省文だけで許されていました。ただ、校舎でキラを暴発させられては適わないと、研究棟に押し込まれてしまいましたけど」
私はそっと顎を引き、ご主人はすっと目を細めました。
クオン学長のお話とは、大分趣が異なっています。
私達の不審には気付かず、デリクさんは続けます。
「先生達は、先輩達が何かしでかす度に頭を痛めていましたが、今度は何をやらかしたのかと面白がってる所もあって、険悪さはありませんでした」
「それに」とデリクさんの声が少し弾みます。
「学外にも後援者がいました。自作したキラを暴走させたと人伝に聞いたとかで、先輩達に興味を持ったそうです。研究用の機器や素材を支援してくれたり、アイ……担任と揉めたときも、退学にならないよう、それとなく大学に働きかけてくれて」
私達は「お」と目を開きます。核心が来たようです。
「後援者か。かなり肩を入れていたようだが、彼らとはどういった関係だったのかね?」
「その辺はよく分かりません。先輩達もあまり口にしなかったので。ただ、宝石を貰ったとは言っていました」
宝石。
日誌にあった霊石の入手先です。
これは重要な情報が来そうです。
「――話の流れから察するに、その宝石というのは、宝飾品やルースではなく、暗喩と理解して良いだろうか?」
素知らぬ振りでご主人が問うと、デリクさんは「え?」と目を瞬き、はっとなって、
「あっ、そうです、すみません。分かっているつもりで話してしまって。宝石を貰うというのは、この辺りの都市伝説なんですよ」
デリクさんが仰る都市伝説とは、次のようなお話でした。
昔、師範大学に在籍する貧しい学生が、ならず者に絡まれていた女性を助けた。
彼女は美しい宝石のブローチで胸元を飾った貴婦人だったという。
危ないところを助けられた貴婦人は大いに感謝して、是非お礼をしたいと申し出たが、学生はそれには及ばないと辞退した。
貴婦人は学生の謙虚な態度にいっそう感心して、胸元に輝くブローチを外し、学生の手に握らせこう言った。
「貴方のような立派な方が学位を納め、この国を導く立場になれば、私も皆も幸せになるでしょう。どうかこれを学費の足しにしてください。そして勉学に励んでください」
学生は貴婦人の熱意に押されてブローチを受け取り、彼女の言葉通り学費に使って、やがて大学を首席で卒業し、国政に関わる立場へと上り詰めた。
「――宝石は資産家からの援助を意味しています。昔からリゲルには学生を支援する篤志家が多いとかで、こんな都市伝説が出来たみたいです。金持ちの道楽だと口さがなく言う人もいますけど」
「なるほど……」
ご主人は納得したように顎に手を当てます。
私はと言えば、物語に登場する貴婦人の姿に真珠様が被って、どうにも落ち着きません。
ご主人は少し考え、尋ねます。
「君の先輩達は教員とは良好な関係を築いていたようだが、彼らの担任とは対立していたと聞いた。何か問題でも起きたのかね?」
デリクさんの顔にさっと怒りが差しました。
「問題どころじゃないです!」声を荒げ、
「先輩達をバカにする連中がいるって言いましたよね。その筆頭がアイツ、教授だったんです!」
「教員が学生に対してか?」
「そんなの関係ありません。どうしようもないヤツでした!」
疑わしく聞き返すご主人に、デリクさんは顔を歪め、吐き捨てます。
「講義中に貴族階級ってことを鼻に掛けては、俺達労働者階級の学生をバカにして、酷い時なんて自慢話と嫌味で講義が終わるぐらいでしたっ」
「言葉通りの独壇場か」
「むしろ、よくそれだけで話題が持ちますね」
「同じ話の繰り返しですから」
「とんだ苦行だな」
ご主人は呆れて天井を仰ぎます。
デリクさんは、憤懣やるかたないといった表情で、
「アイツは実務学科を担当していましたが、まともに講義をしたことなんて一度もありません! 教科書を全ページ書き写せ、そらんじろ、そんなのばっかりだ! 試験でも、教えもしていない礼儀作法の実技を課題に出して、やり方が分からず立ち尽くすと、散々笑った挙げ句に落第ですよっ⁉」
「まてまて、それが本当なら滅茶苦茶だぞ」
溜め込んだ鬱積を吐き出すデリクさんに、さすがに話を盛っていると感じて、ご主人が止めに入ります。
デリクさんもご自分の興奮を自覚してか、大きく息を吐きました。
呼吸を整え、冷静に、
「……その滅茶苦茶が、今の師範大学ではまかり通っているんです。先輩達もそうでした。実務学科は必須単位です。卒業にも必要だ。それをアイツは、板書のやり方がおかしいと難癖付けて不合格に、留年させたんです」
「確か留年すると、奨学金は取り消しだったな」
「ええ……」デリクさんの目に危険な光りが宿ります。
「王立大学の学費は安いと言われていますが、それでも俺達みたいな身上には払える額じゃない。だらか中退するしかないってのに、その退学届すら、アイツは受理しなかった……!」
怒りに歪んだ顔で、テーブルを睨みます。
「留年させて、学費を強制的に払わせようとしたのか」
ご主人は渋面になりました。
嫌がらせどころの話ではありません。
教職に就くべき資質がないどころか、完全に人格が破綻しています。
「大学は彼に対して何か措置をとらなかったのかね? そこまでひどいと、大学の名に傷をつけるだけだろう」
「実家からの寄付金でだんまりです。そもそもアイツが若くして教授の座についたのも、実家のコネがあったからです」
「それはただの憶測ではないのかね? 相手が誰であれ、思い込みで貶めるような発言は控えるべきだ」
窘めるご主人に、デリクさんはあっさりと言いました。
「いえ、自慢話の最中に自分で言ってました」
「は?」
「自分のような高貴な生まれだと、お前達のようにバカみたいに勉強せずとも、金も地位も勝手に転がり込んでくる、と」
ご主人は開いた口が塞がらないようでした。
「……それはまた、見事な開き直りだ」
「手遅れですね」
主従揃って呆れ果てるというものです。
デリクさんは見下げ果てた顔で、
「皆知ってるんです。アイツは実家から無能の烙印を押された役立たずだって。それで金を積んで師範大学に放り込まれた。教員室で先生方がぼやいてましたよ。アイツはうちの卒業生だが、在学中も試験の点が足りずに何度も留年しかけて、その度に実家から多額の寄付金が届いたって」
「手の施しようがないな」
「腐り果てていますね」
主従揃って白々となってしまいました。
「それに、アイツは自分を貴族だと吹聴して回っているけど、泥成金の父親が貴族と再婚しただけで、ヤツが言う、高貴な血とやらは一滴も流れていない!」
怒りに震えるデリクさん。
「はあ」ご主人は額に片手を当てました。
「泥成金か。また面倒なのが出てきたな……」
泥成金、と私は電脳に検索をかけます。
晶炭を専門に扱う商家への蔑称。
国内へ流通させるべき晶炭を買い占め外国へ転売し、その利益で蓄財、資産家へと成り上がるが、そのために国内では深刻な燃料不足が発生。
特に北部では、冬季の家庭用燃料が行き届かず、凍死者が相次いだ。
非難は殺到したが、法規制される前であった事から罰は与えられず、それが却って国民の敵愾心を煽り、泥で成り上がった泥成金と揶揄され、法規制が進んだ現在においても蔑視されている。
……そう言えば、古代帝国の遺産を国外へ流出させたのも、この泥成金でしたっけ。
碌なことしてません。
ですが、
「何故面倒なのでしょう?」
「溜め込んだ金を使って、至る所で横車を押しているという話だ」
「それを大学でもやってるんですっ!」
怒り冷めやらぬデリクさんが、目一杯肯定します。。
ご主人は仕様もなく嘆息しました。
「君の先輩らがその教員を哀れんだ気持ちがよく分かる。どんなにお膳立てされても、その膳を食べる作法を誰も教えなかった。確かに気の毒ではある」
「……本当に先輩達と同じように仰るんですね……」
デリクさんはようやく肩の力を抜いたようでした。
ですが、すぐに暗い目で、
「でも俺はヤツに哀れみなんか与えない。アイツは自分の無能を自覚して、俺達を見下すことで優越感を満たしているんだ。誰かを攻撃出来る自分は上、捕食者だと。そんなバカみたいな思い込みで。アイツが目をつけるのは金に余裕のない学生ばかり。大学も金が欲しいのか、ヤツの家が怖いのか、ずっとだんまりだっ。 ……それにあの日、俺は見たんだ」
デリクさんの口調が冷たい熱を帯びました。
「何を?」ご主人の合いの手は、デリクさんの話しやすい呼吸で差し込まれました。
「――研究棟で爆発が起きた時のことです。
廊下を歩いていると、空き教室にアイツがいるのが見えました。
窓際で腕組みしながらずっと外を眺めていて、何を見ているのか気になりましたが、絡まれると厄介だからその場はさっさと素通りしたんです。
爆発音が聞こえたのは、そのすぐ後でした。
誰かが研究棟だって言うものだから、先輩達に何かあったのかと思って、急いで向かったんです。
俺が到着した時にはもう人だかりが出来ていて、研究棟に近づくことは出来ませんでした。
何とか現場を見ようと場所を探しながら、ふと向かいの建物を見たら、窓の向こうでアイツが大笑いしているのが見えました。
おかしくて仕方ないって顔で手を叩いて。異様でした。
それで分かったんです。この爆発を起こしたのはヤツだって。
絶対に間違いない……!」
怒りを噛みしめるようなデリクさんの証言に、私達は思わず目配せしました。
研究棟の煙突から爆発物が投げ込まれた、恐らくその直後だったと思われます。
やはり事件の犯人として、件の教授が限りなく黒に近いようです。
「 ……アイツは、今は謹慎処分を受けていますが、直に大学に戻ってきます。先輩達の事が事故として処理されてしまえば、アイツはこれまで以上に横暴になる。俺も間違いなくヤツの的になるでしょう。下らない理由で落第させられるなんて冗談じゃない。とっとと辞めた方が利口だ。何より、あんなヤツを野放しにしている大学なんて、いても意味なんか――」
「少し落ち着きなさい」
白熱するデリクさんをご主人が宥めます。
「思い詰めすぎだ。余裕がなくなっている。少し茶を飲みなさい」
自分が感情的になっていることに気付いて、デリクさんは姿勢を正しました。茶を一口啜り、ほっと息を吐き、
「――すみません、何か愚痴ばかりになっちゃって……」
言うだけ言って落ち着いたらしく、申し訳なさそうに項垂れました。
「いや、おかげで色々分かったよ。しかし理不尽との付き合い方も勉強というが、度が過ぎているな」
さすがにご主人も顔をしかめます。
「それで、そのことは警察に話したのかね?」
「……いいえ」デリクさんは俯き、暗い声で答えました。
「決定的な瞬間を目撃したわけではありませんし、証拠もない。それに俺のような貧乏人の話なんて警察は取り合いませんよ。下手をすれば、こっちが侮辱罪で捕まります」
悔しそうに顔を歪め、デリクさんは俯きました。
「警察にそう突っぱねられたことがあるのかね?」
「ありません。けど、そういうものでしょう?」
テーブルに転がすように、言葉を落とします。
デリクさんの態度は頑なです。
警察を信用していなというよりも、大学内の不条理を目の当たりにして、権力への不信を募らせてしまっているようです。
「――一人、行方不明者がいると聞いたが」
仕切り直すようにご主人は話題を変えましたが、私はギクリとなりました。
研究棟で見つかった遺体が脳裏を過ったからです。
「ええ、リーダー格の先輩でした」
私は少し身を固くしました。
遺体が発見されたことはまだ公表されていませんが、ご主人、まさかそれを今、ここで口になさるおつもりでしょうか?
私は緊張気味に見守ります。
「彼とは親しかったのかい?」
「いえ、特には。ただ、入学したての頃、教室が分からずに困っていたら、声を掛けてくれたんです。感じの良い人で、後で主席と聞いて驚きました。自分もここで学べば、あんな風に立派になれるかもしれないって、その時は思ったんです……」
デリクさんは寂しそうに笑いました。
歪な現実を目の当たりにして、さぞ落胆したことでしょう。
しかもその尊敬すべき先達は、研究棟で無残な姿となって発見されたのです。
デリクさんは項垂れていましたが、不意に顔を上げました。
「……実は一週間前、その先輩を街で見かけたんです」




