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学生

ひとしきり暴れた後、秘書さんは連行されていきました。

ええ、言葉の通りです。

その暴れっぷりは、先程、敷物の上で転がり回っていたラテさんと同じだったとお伝えします。

ラテさんの駄々っ子振りは、それはそれは可愛らしく、見ていてつい頬が緩んでしまいましたが、同じ仕草を成人済みの人間が行うと、おぞましさを通り越して殺伐とします。

社会性や人間性どころか、人類の文明そのもを足蹴にするようなかの狂態。

不幸にもこの場に居合わせた殿方が、女性不信を患わないよう祈らずにはいられません。

玄関扉が閉められるのを見届け、皆さんは疲れたように溜息を落とし、それぞれなすべき事へと戻って行きます。

そして、未だ待合のソファで待機する私達の側には、新たな顔が。

「――で、俺に何の用だ?」

ムスッとソファにふんぞり返るのは、ダグさんです。

受付で仕事の報告を済ませた後、彼の仲間は床を転がり回る秘書さんに冷たい一瞥をくれながらさっさと引き上げていきましたが、何故かダグさんだけは残るよう、グレン警部に指示されたのです。

そのグレン警部は、仏頂面のダグさんに分かりやすく作り笑顔を向け、

「ああ、君、すまんね。実はさっきこちらの探偵殿に手紙を渡したと話していただろう? それは一体誰に頼まれたのかね?」

「誰って――」ダグさんは一瞬、視線を横に走らせ、

「名前は伏せてくれって言われたんだよ」

「あ、それ、私です」

イオナ先生が片手を顔の横に挙げました。

途端にダグさんは変な顔になり、グレン刑事は呆気にとられて、

「はあ? 何で君が?」

「あ、いえ。川岸にこちらのお二人がいらっしゃるのが校舎から見えたので、クオン学長が急ぎ依頼の手紙を用意されたのですよ。それを屋根の点検にいらしていたこの方に、届けるようお願いしたんです。

 ……本当は例の事件は内々で調査する予定だったのですが、状況が変わって、もうお話しても良いと言うことでしたので。というより、お二人におかしな嫌疑が掛からないよう、ちゃんと伝えるようにと学長から言われています」

イオナ先生はのほほんと証言しました。

ダグさんは拍子抜けした顔で、

「何だ、いらん気を回したな」

「どうも、その節はお手数をおかけしまして」

イオナ先生は頭を下げ、不思議そうに、

「ですが、この話は既に警察にお伝えしたと聞いています。何か問題でも起きたのでしょうか?」

グレン警部は難しい顔で唸りました。

「署にたれ込みがあったのだよ。大蛇騒動にかこつけて、大学に探偵を名乗る詐欺師が乗り込んできたとな。醜聞を畏れた学長がなあなあで済まそうとしているから、何とかしてくれと訴えてきた」

「何ですって⁉」

私は思わず声を上げました。

「それはたれ込みではなく悪質なデマです。そんな虚言、一体誰が弄したというのですっ⁈」

「まあ、落ち着いて」

憤慨する私を、グレン警部が面倒そうに押しとどめます。

「依頼の手紙ならここにあるぞ」

ぴらぴらとご主人が封書を振って見せました。

受け取った封書を、グレン警部は裏返し見つつ、中を取り出し、目を通して頷きます。

「確かに。間違いないようだ」

「たれ込んだのはさっきの秘書か?」

ご主人が悪戯っぽく笑いました。

グレン警部は片眉を上げ、

「ああ、そうだ。まるで知っていたような顔だな?」

「さっきの飛行物に毛髪が入っていただろう? あれはアニスの髪の毛だ。そんな事が出来るのは彼女しかいない」

医務室での状況を簡単に説明した後、ご主人は例の悪人面を浮かべながら、

「大学の内幕が外に漏れると困る者がいるらしい。が、あの醜態を見る限り、彼女は黒幕ではないな。酔っ払いと同じ、ただの駒だ。捜査の妨害か私への脅迫かは分からんが、随分とお粗末なやり方だ。相当焦っていたと見える」

冷たく笑うご主人に、ダグさんはにやりとして、

「何だアンタ、いい顔するじゃないか。身内が襲われてキレたか」

揶揄い半分、面白そうに笑います。

ダグさんが仰る通り、ご主人、私に危害を加えられて怒っているというなら、それはそれでちょっぴり気まずうございます。

「あの女が悪党の一味なのはいいとして、周りの連中だ。あの腑抜けっぷりは何だ? 全員まとめて、あの女の手下だったのか?」

ダグさんは顔をしかめてイオナ先生に質問しますが、イオナ先生も困ったように眉を下げられました。

「いえ、私もよくは……」

「――さっきの人は私設秘書ですよ」

若い男性の声が、静かに割り込んできました。

待合にいた全員が振り返ると、学生が一人、事務所の中から出て来たところでした。

見覚えのあるその姿は、私達を追跡していたあの学生さんです。

彼は事務所の戸を閉め、こちらを見ながら、暗く、落ち着いた声で、

「すみません。差し出口ですが、話が聞こえたので。酔っ払いもそうです。同じヤツに雇われてる。大学の人間じゃない。――聞いてないんですか?」

「初耳だ」グレン警部が驚いたように言いました。

「それは本当かね?」

「皆知ってますよ。……アイツに気を遣ってるんです」

覇気のない声は、殆ど独り言です。

「アイツとは誰の事だね?」

「じゃあ、俺はこれで」

「あ、君、待ちたまえ」

背を向けて歩き出した学生さんを、グレン警部は呼び止めますが、彼は少し振り返り、どこか感情を押さえた声で、

「すみません、帰宅指示が出てますので」

「いや、今の話の続きをだね――」

「――知りませんよっ」

学生さんは苛立ち交じりに鋭く言いました。

薄暗い険のある目つきでエントランスを示し、

「教員や職員がこれだけいるんだ。もっと詳しい人に聞けばいいでしょう」

不信と嫌悪が籠もった声音は殆ど威嚇です。

あからさまな敵意にグレン警部は少し鼻白みましたが、すぐに鷹揚に頷き、

「勿論、彼らにも事情を聞くつもりだ。なるべく多くの者から証言を得たいからな」

大人の余裕で若者の激情を流しますが、それが却って勘に障ったのか、学生さんは顔を歪め「――ッ」何か言おうと口を開き、

「その口の利き方はマズかろう」

飄々とご主人が、学生さんの発言を遮りました。

笑いを含んだ口調からして、学生さんに絡む気満々です。

学生さんはムッとしてご主人を見返しますが、元より私達をつけていた彼です。

こちらから水を向けられ、僅かに戸惑いの色も見えます。

ご主人はにやりとして、

「ここは師範大学、教師になるための訓練校だ。君もいずれ教壇に立つ身なら、今のうちに言動を改めることをお勧めする。怒りっぽい教師は教え子に敬遠されるか敵視されるかのどちらかだ。ガキ共に標的にされると厄介だぞ?」

揶揄うように笑うご主人の言葉に気を削がれたのか、学生さんは口を噤み、逡巡するように目を伏せ、やがて顔を上げました。

「……この先、俺が教壇に立つことはありませんし、この大学で学んだことを余所で教えるつもりもありません」

「ほう?」

「大学を辞めるんです。もうずっと前に退学届も出している。けど、いつまで経っても受理されないから事務所に催促に来たんです。そしたら騒ぎが起きて、足止めされてしまって」

「そいつは運がなかったな」

「いえ……」

軽口で同情を示すご主人に、学生さんは躊躇いながら、

「――あの、貴方は昨日、大蛇を退治した探偵、ですよね?」

「いかにも」

「――っなら――⁉」

勢い込んで口を開こうとした学生さんは、しかし側にいるグレン警部とイオナ先生の視線に気付いて、はっとなりました。

言葉と感情を飲み込み、表情を戻して、冷静に、

「――なら、一つ忠告しておきます。リゲルの都市警察はあまり信用しない方がいいですよ」

「聞き捨てならん台詞だ」

グレン警部がしれっと口を挟みますが、学生さんは取り合わず、

「それから、さっきの秘書と酔っ払いを雇っていたのは、実務学科の教員です」

「実務学科?」

「学校の経営や教師としての礼儀作法を教える学科です。……教員はずっと謹慎処分中ですが」

私ははっとしました。

もしやそれは、日誌にあった『教授』その人なのでは?

それこそ聞き捨てならない台詞です。

「ふむ」ご主人も目を細め、

「それは重要な情報だ。感謝するよ。私はシキビという。こちらは助手のアニス。君は?」

「デリクです。……デリク・スノウ」

「デリク・スノウ。成程。では、デリク、私達は琴座亭という旅籠に宿を取っている。気が向いたら、他の話も聞かせてくれ。食事ぐらいは奢るぞ」

「……ええ、気が向いたら……」

学生さんーデリクさんは、こちらを探るような目でそう言うと、踵を返して行っていまいました。




「――彼から話を聞かなくても良かったのですか?」

デリクさんが去った後、イオナ先生がグレン警部に尋ねます。

グレン警部はやれやれといった風に嘆息し、

「仕方ない。あの頑なさでは、まともな情報は引き出せん。しかし、警察を蔑ろにするような発言は頂けんな」

ぼやくグレン警部に、ご主人は失笑。

「それこそ仕方ないでしょう。なにせリゲルの都市警察は、無実の人間を五年間投獄した実績をお持ちだ」

「ええっ⁈」

ご主人の茶々に私が驚くと、グレン警部は渋い顔で、

「大昔の失態を持ち出すんじゃない」

「有名な話ですから。――おや?」

廊下の向こうから体格の良い男性がやって来ました。

最初に私達を案内して下さったあの方です。

男性は待合のソファの前まで来ると、律儀に一礼して、

「クオン学長が、そろそろ研究棟の捜索始めたいと仰っています」

「ああ、全くその通りだ。さっきの二人の事もある。こんなところで油を売っている場合じゃない」

グレン警部は同意を示すと、警官達を采配すべく、エントランスの中央に向かって歩き出しました。

残された男性はご主人の方を向き、生真面目な顔で、

「ギルフォードと申します。皆様もご一緒ください」

と言うわけで、ようやく研究棟の捜索が始まりそうです。

私はソファから立ち上がり「?」イオナ先生とダグさんが、気まずそうな顔をなさっているのに気付いて、首を傾げました。




ご主人の計らいで、私も捜索に参加することになりました。

まあ、反対していた秘書さんがいなくなった事が大きいのでしょうが。

私に回されたお仕事は、研究棟から回収されたキラのスケッチです。

研究棟一階、広間の左奥にあった扉は、物置の入り口だったそうで、中から大量のキラが発掘されました。

全て学生達の手作りで、失敗作も含めて放り込んでいたようです。

本館の空き教室へと運ばれたそれらは長机と床に並べられ、私は端からスケッチしていきます。

長い方の側面に四角い口が開いた長方形の箱や、ガラス板がはめ込まれた箱(プリンターとモニター?)から、タイル張りの鍋敷きや、樽形の洗濯機といった、我が家でおなじみの物までが次々と運び込まれてきます。

画板に取り付けた画用紙に木炭を走らせていると、

「――アニス、アーニス」

足元から名前を呼ばれて、長机の下を見ると、脚の陰にラテさんが身を隠していました。

私はしゃがみ、 

「ラテさん、さっきは大丈夫でしたか?」

「ヘーキ。あたし、身軽なの」

「ええ、お見事でした。お手柄です」

「うふふ、まあね」

「何だかご機嫌ですね。良いことでもあったのですか?」

「そうなの! さっきもう一度上に行ったら、皆戻ってたの! 悪人を捕まえるために出かけていたんですって。アニスの言った通りだったわ」

「え? 悪人って」

「じゃあ、お仕事の邪魔しちゃ悪いし、あたし、もう行くわね」

「あっ、その辺りのお話を詳しく――」

「ダーリンが待ってるのーっ」

るんるんと小躍りするような足取りで、ラテさんは行ってしまいました。

詳しい話は聞けず仕舞いです。

ダーリン、というのは多分魔法使いさんのことでしょうから、男性だという事は分かりましたが。

けど、悪人って、もしかして、あの酔っ払い?

そう言えば、作業員さん達は、酔っ払いは屋根の飾りに引っかかっていたと仰っていました。

あれは足を滑らせたのではなく、ラテさんの言う『魔法使い』さんに成敗された後だった?



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