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酔っ払いと煙突掃除夫

「コイツが空飛んで嬢ちゃんを追っかけたって?」

巾着袋のように結ばれたエプロンを持ち上げ、グレン警部は胡散臭そうに尋ねました。

「み、見ましたっ! ええ、見ましたともっ! 羽音のような音を立てて飛んで来たんです。こう、ブーンと!」

興奮気味に証言するイオナ先生をグレン刑事は面倒臭そうに横目で見ますが、案内所の事務員も駆けつけた警官達も、飛行するドローンを目撃しています。

「キラか?」

疑わしくエプロン包みを掲げるグレン警部。

目つきも手つきも、何だか生ゴミを扱うかのようです。

仕方ないとは言え、お気に入りのエプロンがゴミ袋代わりにされるのは悲しいものです。

「彼女がジャンプして飛び越えたら、姿を探して追いかけたんです! ええ、彼女を狙ってました!」

「ジャンプって、何だ嬢ちゃん、サーカスにでもいたのかい?」

話半分に聞きながらグレン警部が呆れた顔をしていると、正面玄関の扉が開いて、どやどやと騒がしく複数名の男性が入って来ました。

肩にロープや柄の長いブラシを担いでいるところから、屋根のメンテナンスを行っていた作業員と思われますが、一様に怒り出す寸前の仏頂面で、時に足元に向かって怒鳴り散らしたりと、少々物騒な雰囲気です。

体格の良い作業員さんが、床に尻をつく人物の襟首を掴んで引きずっているのが見えました。

レンズを起動、警官達の前に引っ張り出されたその人物に焦点を合わせます。

床にへたり込むのは、だぶついたコートを着用したみすぼらしい中年男性でした。

赤ら顔に胡乱な眼、自力での歩行を完全に放棄と、酔っ払いの特徴を見事に体現なさっています。

大勢の警官を前にしても、手はしっかりスキットルを握っているのですから筋金入りです。

彼らと同じ作業員には見えません。

どうやら、よろしからぬ人物を連行してきたみたいです。

「――ったく、次から次に何だっていうんだ」

グレン警部は側の警官にエプロン包みを渡し、作業員らを睨みます。

と、険のあるその視線に気付いた作業人の一人が、ムスッとしながらこちらに向かって怒鳴ります。

「おいっ、そこの偉そうにしてるアンタ! このこそ泥を引き取ってくれ!」

「おや」「まあ」

私とご主人が同時に声を上げました。

「あ?」相手も私達に気付いて、目を丸くします。

見覚えのある布帽子に不機嫌そうなしかめっ面の男性は、街で私達にクオン学長からの依頼書を渡した、あの男性でした。




男性はダグと名乗りました。

お仕事は煙突掃除で、今日は組合の皆さんと、大学の屋根と煙突の定期点検にいらしたそうです。

「で、そろそろ引き上げようって時に、こいつが屋根の飾りに引っかかってるのを見つけたんだよ」

顎で背後を示すと、丁度、床にへたり込んだ酔っぱらいがスキットルを煽ったところでした。

警官と作業員らに怒鳴られていますが、淀んだ眼はどこ吹く風、他人事のような虚ろさです。

ダグさんは忌々しそうに吐息、

「ったく。アイツは本当にどうしようもねえな……」

「彼の事をご存じか?」

「ご存じも何も、俺らの間じゃあ、ちょっとした有名人だ。元は同業者だったんだが、仕事先の家屋敷から金や宝飾品をくすねて回ってな、そいつがバレてお縄になった。とんでもねえ面汚しさ。最近釈放されて、どっかの金持ちに雇われたって聞いていたんだがな。あの分じゃあ、またクビだろう」

「ほう?」

ご主人は酔っ払いに興味を向けますが、ダグさんは愛想を尽かしたように顔を背けました。

ご主人と私に目を向け、少し考えるように間を置いて、

「――そんで探偵さん方は、何でここにいるんだ?」

「あなたから渡された手紙は、この大学への招待状だったよ」

軽く手を広げるご主人に、ダグさんは「ふうん」と乾いた相槌を打ち、

「そういや、開かずの研究棟で何かあったって聞いたな。ここの職員は大したことはないと抜かしていたが、面倒事か。……はん、言わんこっちゃねえ。変な手紙受け取るからだ」

「持ってきた本人が言う台詞かね」

ご主人は苦笑。と、

「―― バカ言ってんじゃねえよ!」

いきなり背後から怒声が飛んできました。

振り返ると、若い作業員さんが、事務員さんに食ってかかっていました。

「証拠がないって、何寝ぼけたこと言ってんだよ⁉ コイツは筋金入りの強盗だって言ってんだろうがっ!」

年のせいか血気盛んそうな作業員さんは、腰が退けた様子の事務員さんに向かって、文庫本サイズの、ボタンや棒状の突起が取り付けら得た板をイライラと振って見せます。

「さっきだってなあ、屋根の天辺で宙づりになりながら、この板きれ掴んで『何だこりゃ』とか『何でそっち行くんだ』とか口走りながら、コイツをこう、ガチャガチャいじって――」

酔っ払いの動きを再現するように、板を両手で持ち、ボタンと棒を押したり斜めに倒したりすると、近くでウィーンと鈍い音が響き、警官がぶら下げていたエプロン包みが小刻みに振動を始めました。

「わわっ⁈」驚いた警官が、腕を伸ばして体からエプロン包みを離します。

「ああ? 何だあ?」

何事かと首を捻る作業員さんの手から「ちょっと失礼」いつの間にか側に移動したご主人が、素早く板を抜きとりました。

「あっ、おい、何勝手に!」

怒る作業員さんに構わず、ご主人は板のボタンを押しました。

エプロン包みの振動がピタリと止まりました。

ご主人がもう一度ボタンを押すと、再びエプロン包みが唸り、さらに同じ動作をもう一度、振動が止みます。

その場にいた全員の視線が、エプロン包みからご主人の持つ板へと移動し、最後に酔っ払いに集まります。

へらあ、と上目遣いに酔っ払いが笑いました。

白々とした沈黙が降りる中、グレン警部が顎しゃくって、

「その酔っ払いを連行しろ」



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