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襲撃

ラテさんが言う「魔法使い」さんはいらっしゃらなかったので、戻ることにしました。

「……あたし、置いてかれちゃったのかしら?」

行きとは打って変わってしょげかえったラテさんを胸に抱き、私は階段を下ります。

「敷物が残っていましたし、きっと急用で外されただけですよ」

私の慰めに、ラテさんは耳と頭と髭を垂れ、

「前もそうだったのよ。お引っ越しの日、良い子で待っててねって言われたから、ずっと待ってたの。なのに誰も帰ってこなかったの……」

……迂闊に触れられない過去をお持ちのようです。

と、下から誰かが階段を上がってきました。

「あ、こちらにいらっしゃいましたか」

カーブの向こうから現れたのは、イオナ先生でした。

検死のダメージが残っているのか顔色は優れませんが、笑顔はのんびりしたものです。

「イオナ先生、どうされたのですか?」

「会議が終わったんですよ。エントランスにいると聞いたので、医務室に戻りがてら声を掛けようとかと思ったんです」

「それは、わざわざありがとうございます」

「いえいえ、これくらい。おや、猫? ははあ、さてはこの子を追いかけてここへ?」

イオナ先生はのほほんと笑いながら、ラテさんを覗き込みます。

項垂れていたラテさんは、少しだけ頭を上げてイオナ先生を見返しますが、あまり興味がないのかすぐに顔を伏せてしまいました。

「元気がないみたいですね」

「この子は大学で飼っているのですか?」

「さあ……どうでしょう? 何分、ここにきて日が浅いもので」

申し訳なさそうに笑うイオナ先生と一緒に階段を下り、入り口まで戻ります。

扉を閉め、ふと気になって、私は尋ねました。

「そう言えば、私がここにいると、よく分かりましたね」

階段の入り口は、大階段の裏という位置もさることながら、扉も壁と保護色の、隠し通路のようになっています。

入った時に扉は閉めていましたので、予め私がここに入り込んだを事を知らない限り、中を探そうとは思わないはず。

私の指摘に、何故かイオナ先生はぱっと顔を明るくしました。

左手を掲げ、銀の鎖から垂れ下がる物を、私に示します。

「これを使ったんです」

「これは……ペンデュラム、ですか?」

曇りのない水晶を、私はしげしげと観察します。

一般的な円錐形ではなく、先がすぼまった楕円形はどこかで見た形です。

「銃弾に似ていますね」

「えっ? えと、しいの実型でして……」

イオナ先生は私の返答に一瞬面食らった顔をなさいましたが、すぐに気を取り直して、

「これは僕の家に伝わる秘術で作られたお守り兼妖魔探査機なんですよ。僕の家は古い呪い師の家系で、昔から薬草を使った医家をやっています。その伝統を受け付いて僕も医者になったんですよ」

イオナ先生は自慢するように笑いました。

先程も思いましたが、こちらの校医さん、少々お喋りな気質のようです。

そして私はと言えば、

「まあ、そうだったのですね」

などと、しとやかに対応していますが、割と素で驚きました。

イオナ校医のご先祖は、ご主人の同業者だったみたいです。

古い呪いとそれを継承する家系がまだ残っているとは博士から聞いていましたが、実際にお会いするのは初めてです。

「二至二分の陽光を浴びせた水晶で、浄化の力を宿すと言われています」

「キラのようなものですか?」

「ちょっと違いますね。キラは発動こそ気まぐれですが、動きには法則性がある。こっちは単純で原始的な、人の魂に直結するような力で動くんです。お祈りやおまじないような、そういったささやかな願いを原動力にしているですよ」

「それは……素敵ですね」

感心しつつも私の視線は水晶に釘付けです。

「具体的にはどのような力を発揮するのでしょうか?」

イオナ先生は軽く胸を反らし、

「妖魔探知機の名の通り、近くに妖魔が現れると知らせてくれます」

「水晶の中に赤い靄が湧いたりして?」

「そうですっ」正解と副音声が聞こえ良そうな声を上げ「ん?」イオナ先生は訝しみます。

「あれ? 僕、話しましたっけ?」

「いえ、沸いてますので、赤い靄」

「え?」掲げていた水晶を目元に引き上げ、イオナ先生は眼鏡の縁を上げ下げしつつ、水に赤インクを落としたような曲線がうねる様をまじまじと凝視。

「……本当だ」

バリンッ、とガラスが割れる派手な音がエントランスに響きました。




「⁈」出し抜けに響いた異音に驚き振り向くと、正面玄関上部、高窓のガラスを突き破って侵入した何かが、一直線にこちらに向かって飛んで来るのが見えました。

「ふーっ!」

ラテさんが私の腕の中から飛び降り床に着地、四肢を張って威嚇。

視界の端では、受付の事務員さんもぎょっと顔を上げています。

「え、何っ⁈」

狼狽えるイオナ先生の前に立ち、私は飛来する侵入物に対峙しました。

レンズを起動、即座に形状を分析。

茶色い瓶を鉤爪で掴んだ胴体は棺桶型。そこを中心に、ばつ印に交差するフレームが左右に伸び、四つの先端にはプロペラが高速回転。

唸るような重低音を響かせ飛来するそれは、

「ドローン!」

瞬き一つで侵入物の正体を特定、私は対処に入ります。

腰のポーチに取り付けていたチャームの金具を指で弾いて外しました。

チャームを引くと、別の金具で繋がれていた鎖が、ぞろりと引き出されます。

チャームは元は蚤の市で購入したアンティークの指ぬきです。

割れありの特価品でしたが、細工は美しく、内部に鋼を詰め、チャームとしてお直ししました。

ちなみに二個セットでしたので、反対側の鎖の端にも同じようにお直した指ぬきを取り付けています。

特に術は仕込んでいません。

ちょっぴり重いだけです。

鎖分銅として使えたりもしますが、あくまでチャームです。

大学のような公共の場で、銃等の武器が持ち出せないときは大変便利です。

「ド、ドロン?」泡食って聞き返すイオナ校医に、私は両端の指ぬきを掴んで鎖を張り、

「どうぞ、お気になさらず」

口走った私もよく分かっていませんので。

腰の位置に、横に構えた鎖分銅でドローンを叩き落としたいところですが、本体に取り付けられた瓶が気になります。

ジャム瓶程度の大きさの遮光瓶は、間違いなく薬瓶です。

文字は読めませんが、ラベルも貼られています。

確認するまでもなく、中身は危険な劇物でしょう。

迂闊に本体を攻撃すると大変なことになりそうですが、このままやり過ごせば、上空を通過中に確実に瓶を投下してきます。

……どうする……?

と、胴体の正面にはめ込まれたレンズの内部が、ぎょろっと目玉のように動き、私と目が合いました。

どうやら標的は私のようです。

「何だっ⁉」

ガラスの破砕音を聞きつけた何人かの事務員さんが、事務所から出てきました。

廊下の奥からは、会議を終えた警官達も走り寄ってきます。

彼らに対処をお願いするのもありですが、私の追っかけのようですので、私がお相手すべきでしょう。

突っ込んでくるドローンを見据えたまま、鎖分銅を片手の中にいったん収納。

軽くしゃがみ、跳躍。直進するドローンの上を宙返りで飛び越えました。

「……?」

真上から見た四機のプロペラの内、左後方に破損が見られます。

プロペラ中央にはめ込まれたレンズが割れているのです。

窓ガラスに突っ込んだ際に壊れた、にしては、少し違和感がございますが、対処が先です。

「わあ!」

後方の映像を眼前に写すと、尻餅をついたイオナ先生が仰け反るその上で、標的を見失ったドローンが空中で停止しています。

薬瓶を掴んだ鉤爪が開くようなこともありません。

私は警官達とは反対側の廊下の先へと走ります。

ドローンは右、左と半回転をした後、走り去る私を捉え、追跡を再開しました。

ドローンと距離を稼ぎつつ、私は廊下を疾走します。

前を見たまま、エプロンの端を持ち上げ、フリルに鎖を巻き付け指ぬきを絡ませ、もう片方も同じように処置をすると、腰紐を解いてエプロンを外しました。

緊急停止。

振り返り様、肩紐を掴んだエプロンを勢いよく横に振りました。

広がった白にドローンが突っ込みます。

即席の投網でしたが、上手くいきました。

肩紐から手を離すと、ドローンは布を被ったまま暫く直進しましたが、やがてふらつき、落下しました。

プロペラに布が絡んだようです。

ドローンが沈黙したのを確認し、私は素早く近づくと、エプロンの裾から鎖分銅を回収です。

見つかるとマズそうですから。

白い布の間に、ドローンが覗いていました。

本体の上蓋がずれて、泥のような黒い中身が垣間見えます。

私に照準を合わせていた胴体のレンズも取れてしまったようです。

「これは……」

ひっくり返った半円の内側から、ばらけるようにしてこぼれたのは糸束、いえ、艶めくそれは毛髪です。

色といい質感といい……私の髪に似てるような……?

「君っ! 離れなさいっ!」

後から追いついた警官が、私の肩を引いて下がらせ、別の一人が床に落ちたエプロンに銃口を向けます。

「おい! 何の騒ぎだっ⁉」

グレン警部がやって来ました。

背後にはご主人と調査員達の姿もみえます。

「無事か?」

険しい顔つきのご主人に、私は真面目に、

「問題ございません。エプロン以外は」

「そうか」ご主人は失笑しますが、エプロンはメイドの必須アイテムです。

「明日、新しいのを買うか」

「そのお言葉、しかと記録しました」


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