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監視(修正)

ご主人が医務室にやって来ました。

「これから簡単な打ち合わせが行われるが、クオン学長の要望で、私も参加することになったよ」

「それは……!」

クオン学長はご主人の手腕を買って下さったのです。

情報を隠匿したという不審はございますが、本格的に名を上げるチャンス。

侍従として、全力でサポートいたします!




六分二十五秒後。

私は打ち合わせが行われる研究棟本館一階、空き教室の前で、一人佇んでいました。

閉め出されました。私だけ。

断じてヘマはしておりません。

というのも。

「このような恐ろしい事件に、これ以上小さなお嬢さんを関わらせる訳には参りません!」

という秘書さんによって、ご主人に続いて入室しようとした私は、鼻先で扉を閉められたのです。

口を挟む隙もございませんでした。

秘書さんは気遣いを浮かべていましたが、目に感情はなく、口調も芝居じみた空々しさ。

親切心からの行動ではない事は明白です。

何しろ、先の学長室にて、調査員達が私が描いたトレース画を褒めそやすその背後で、怨念混じりの凄まじい目つきで私を睨んでいたお方ですから。

知らぬ間に怒りを買っていたようです。

何もしていないとここに宣言します。

恐ろしきかな、人の恨みに理屈はございません。

扉は閉められた直後、間を置かずに開き、気まずそうに顔を出した調査員のお一人から、

「ごめんね。もう学生も帰宅しているだろうから、エントランスで待っていてくれるかな?」

と、指示を頂き、衆目で仲間外れにされたのを、庇って貰ったみたいで居たたまれなさ倍増でした。

「おのれ……!」

などと、扉相手に一人怒りを燃やしても仕方在りません。

仕様もなく吐息。ここは大人しく従いましょう。




エントランスにて。

受付の側に設置された待合用のソファ腰掛け、私は周囲を見渡します。

三階まで吹き抜けになったホールにかね折れの大階段と立派な内装ですが、窓飾りや木製の手摺りなどには歳月を経た艶が入り、質実剛健な印象を与えています。

大きなアーチ型の窓の外、格子に仕切られた空は、お昼過ぎの白けた青色をしていました。

ひゅっ、とガラスの向こうを何かが高速で通過しました。

「?」私はソファから立ち上がります。

鳥にしては直線的な形状、かつ、窓ガラスを掠めるような至近距離での飛行。

奇妙です。

「どうかしたのかい?」

受付のカウンター内で事務仕事をしていた年配の男性が、不思議そうな顔で私に尋ねます。

「あ、いえ、今、窓の向こうを何かが通った気がして……」

「ああ、今日は屋根の補修点検が入っているから、業者さんじゃないかな?」

「そうでしたか。それは失礼しました。あっ、それから、その、すみません、……手水はどちらでしょう?」

「そこの突き当たりを曲がったところだよ」

穏やかな笑顔の事務員さん会釈して、私はそそくさとその場から移動します。




角を曲がったところで壁に身を寄せ、私は先程の記録を再生します。

一瞬の事でしたので映像にブレがございますが、節足のような物が生えた直線的なフォルムは鳥ではありません。そして虫にしては大き過ぎます。

「何かしら……?」

確認した方がよさそうです。

周囲を見回し人がないことを確認すると、ポーチから折り鶴を取り出し、鳥へと変化させました。

屋内に付き、姿は透明、常人には視認出来ない術の鳥は、使用者と視覚聴覚を共有し、物体を素通りすることも出来るのです。

「――お行きなさい」

そっと飛ばすと、

「にゃーんっ!」

横から飛び出した猫が鳥をかっさらいました。

「ふぁっ⁈」

思わず変な声を上げ、床に着地した猫を見ました。

研究棟探索前に猫の鳴き声が聞こえましたから、敷地内に野良猫でも入り込んでいるのかと思っていましたが、まさか屋内にいようとは。

完全に不意を突かれました。

猫は首の後ろにリボンをつけ、毛並みも整い飼い猫のようです。

口に獲物をくわえて満足そうな表情をしていましたが、ぷしゅうと空気が抜けるように鳥が萎み、折り鶴に戻ったのに気付いて、途端にしょんぼり。

何か違うとでも言いたげな顔で、上目遣いに私に折り鶴を見せてきました。

「……そんな不服そうな顔をされましても」

しゃがんで呼ぶと、猫は素直に近づいてきました。

頭を撫でつつ折り鶴を返してもらい、羽根に穴が開いているのを確認して嘆息。

「無駄にしちゃいました……」

「ごめんなさいねえ」

眦を下げて猫が謝りました。若い女性の、ちょっとだけ甘ったれな声です。

私は一瞬固まりましたが、飼い猫は人語の発音を真似すると聞いた事がありますので、多分空耳です。

「ヒラヒラしてるの見ると、つい飛びついちゃうの。悪かったわ」

……空耳じゃないみたいです。

驚くタイミングを完全に逃し、二の次が告げない私に、猫はくるりと踵を返してスタスタ歩き、振り向きました。

「じゃあ、行くわよ。ついてらっしゃいな」

「え?」

「えじゃないわよ。貴方追い出されたのでしょう。ずっと見てたわ。あたし、あなたを呼びに来たの」

「見てたって、一体どこで?」

「そんなの後。早くいらっしゃい。今ここはとってもの危ないのよ。一人はダメ。皆待ってるわ」

「じょ、情報量が多すぎて理解が追いつきませんが、えと、お待ちになっているのはどちら様で?」

「あたしもよく知らないの。遠くからのお客様よ。多分魔法使いじゃないかしら?」

「――行きましょう」

すっくと立ち上がり、私は猫の後に続きます。




魔物や魔獣が存在するのですから、妖精や精霊も存在します。

キビちゃんしかり、他にも博士の元にいた頃から色々と付き合いがありましたので超常の存在には慣れていますが、登場に脈絡がありません。

なさ過ぎて困惑しかございませんが。

――古来より猫は霊性の高い動物だとされ、魔導師のお使いとして定番です。

そして古いお城には、図面にない通路や部屋が、数多隠されていると言います。

つまり。

この大学に隠された秘密の部屋にて、素養のある学生達を密かに招き、古の魔法を伝授する何者かが、存在する!

……ここまで考えて、小説に毒されたただの空想だと我に返りました。

魔法使いという単語で沸いていた頭は冷えましたが、人語を操る猫は現実です。

ついて行く価値はあります。

「あたしラテっていうの。最近ここに来たのよ」

「アニスと申します。この街には主人と一緒に仕事で立ち寄りました。それでその、魔法使いとは……」

「ふかふかであったかくて綺麗な音の人よ」

「……もう少し具体的にお願いします」

「長いローブを着てるの。だから絶対魔法使いよ」

「何だかぬか喜びになりそうな予感です」

「もう、会えば分かるわよお」

そんな会話をしながら歩くのは、大階段の裏に隠されていた入り口からら入った、緩やかに曲がる長い上り階段です。

簡素な作りは、お城につきものの使用人用の通路だからでしょうが、人の往来はあるようで、掃除は行き届いています。

「さっき掃除屋さんが来たから綺麗でしょう? でもネズミがいなくなるのは困るわあ」

「いない方が健全です」

などと言っているうちに一本道を上がりきり、屋根の上に並んだ塔の一つ、ガゼボのような展望台に出ました。

学舎を正面から見上げた時に、左端に見えた大きな塔の天辺みたいです。

見上げるドーム状の天井は高く、三階分はありそうです。

そして、円形の広間は、

「あーっ! みんないないっ⁈」

真ん中に駆け込んだラテさんは、慌ただしく体の向きを変えて周囲を見回し、無人であることに非難を上げます。

「あーん、黙って行っちゃうなんてひどいっ! みんなでお喋りしようって言ったのにぃ!」

にゃーと鳴きながら、欄干近くに敷かれた毛織の敷物に走り込み、横倒し、ごろんごろんと駄々をこねるように転がります。

こんな場所に敷物があるということは、誰かいたのは本当みたいです。

私は周囲の様子を窺いながら、慎重に敷物に近づきました。

複雑な模様が織り込まれていますが、使い古されています。

それにこの辺りでは見ない模様。

しゃがみ、敷物の表面に手をあて、

「……温かい」

直前まで誰かが座っていたようです。

レンズを起動。空間にサーモグラフィーで検索をかければ、中央付近に高温が確認出来ました。

こちらも手で温度を測定。

「……熱い?」

何らかの機器が発熱した名残のようなものを感知しました。

ここに置かれていた何かを、敷物に座って眺めていた、そんな配置です。

「ラテさん、あの」

事情を聞こうとラテさんを振り返るも、

「にゃーん、ばかー! あの子ばっかりーっ!」

転がるのをやめたラテさんは、今度はあらぬ方向へ向かって威嚇して、お話を聞く事は出来なさそうです。

私は立ち上がり、もう一度周囲を見回しました。

と、視界に建物の屋根が入ります。

欄干に近づき、見下ろせば、それは研究棟の階段塔でした。

遮蔽物のないここからは、建物の全容が模型のように一望出来ます。

……もしかしなくても、ここから誰かに監視されていた?



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