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被疑者

捜索前の下準備として、階段塔の出入り口が解放されました。

扉を塞いでいた不透明な塊は、警官らの手によって既に除去されています。

調査員や警官が出入りするのを、私達は学長達が待機していた本館裏口の階段下から眺めています。

「報告はあれだけでよろしかったのですか?」

「不服か?」

「多少は」

正面玄関から、布がかけらえた担架が搬出されていきます。

損壊が激しいことから、一足先に警察医の元へ収容されることになったそうですが、奇妙な凹凸に膨らんだ布の下には、二度と目にしたくない光景が隠されているというのに、私は担架から視線を反らすことが出来ませんでした。

「クラウン・キラが気になるのか?」

「それも気になりますが、違います」

はぐらかすようなご主人に、私は不機嫌に言いました。

「肝心な指摘を見送ったご主人に、疑問を抱いているだけです」

「仕方ないだろう」ご主人は肩を竦めました。

「散々差し出口を挟んだ後だ。部外者がとやかく言ったところで、煙たがれて仕舞いだ。特に人間関係はな」

ご主人は腕を組んで空を仰ぎました。

「日誌は渡している。魔石の仕入れ先を見れば、誰が犯人かは推理せずとも分かるな」




裕福な上流階級の子弟による、道楽まがいの学生実験。

それが、学長の話から推察した学生達の印象でした。

担当教員と反目し授業を放棄、学内の施設を勝手に占拠するという横暴にも関わらず、停学や退学と言った処分を免れていたのですから、大学を黙らせるほどのお家柄出身なのかと勘ぐっていましたが、大分違ったようです。

「素行は生活環境に出ると申します。爆発による被害を除けば、研究棟内に荒んだ所はございませんでした。むしろ、倹しい堅実さ感じました」

「金持ちの方が、清潔さにはこだわるだろう」

「記録映像にあった学生達の衣服も質素なものでした」

「実験用の作業着だったのでは?」

「似たような装いの学生さん、いらっしゃいましたよね?」

「まあな」

「それに、本当にお金持ちなら、古びた研究棟になど引きこもらず、休学届けを出して、学外に研究室を作ると思います」

「担当教員への当てつけだろう」

「それこそご実家の権力で大学に要求することも出来たでしょう」

などと、ご主人相手に、八つ当たりじみた言動を繰り返していますが、つまり私は納得していないのです。

「腑に落ちません。ご主人、何とかして下さい」

「何とかって、お前さん、無茶を言ってくれるな。さっきの報告もかなり際どかったのだぞ」

ご主人は苦笑するだけです。私は仕様もなく嘆息して、

「ところで、私達はいつまで待機していれば良いのでしょうか」

「新たなキラが発見された時に、アドバイスが欲しいとのご要望だ。 ――おや、早速」

研究棟の近くで、グレン警部がにこやかな作り笑顔で片手を上げています。私は半眼で、

「便利に使われていませんか?」

「顔を売るチャンスだ」

そう言って、ご主人はお一人で研究棟へ向かわれました。

暫くご主人とグレン警部がお話する姿を眺めていると、階段塔から校医さんがフラつきながら出て来ました。

検死に立ち会うために屋内へ入られたのは見ていましたが、遠目にも精神を抉られた様子が窺えます。

壁に手を突き体を折り曲げ、今にも倒れそうです。お気の毒にとしか言えません。

見かねたグレン警部が声を掛け、ご主人は私を振り返り、手を貸すように指示を出しました。




フラつく校医さんを医務室までお連れして、先程私が利用したベッドに座らせ、勝手ながら水差しの水をコップにつぎ、差し出します。

「大丈夫ですか?」

「……ええ、何とか……」

青い顔の校医さんは、コップを受け取りながら絞り出すように言いました。

「赴任なさって間もないのに、大変でしたね」

「仕事ですから……」

ゆっくり水を飲み干し、大きく吐息。手に持っていた眼鏡をかけ、位置を直します。

「どうもお手を煩わせてしまって。大分落ち着きました。僕はイオナ・BG・カイル・ロイドと言います。イオナとお呼び下さい」

気まずそうに笑って名乗られました。

お名前から察するに貴族階級ですが、やけに低姿勢なお方です。

良い機会なので、イオナ先生からお話を伺おうとしましたが、先に先生の方から話を振ってきました。

「そう言えば、魔獣がいたと聞きました。本当に退治されたのですか?」

「はい。随分と弱っていましたから、さほど難しくはございませんでした。イオナ先生は魔獣を否定なさらないのですね」

ご主人の推理を受け入れつつも、魔獣については最後まで懐疑的だった調査員達とは異なり、校医さんは魔獣の存在を前提に話をされています。

「実家で保管している古い文献に、魔石から恐ろしい怪物が生まれるという記述は沢山残っています。北の怪獣退治の伝説もありますし」

「ユニコーンの騎士の英雄譚ですね」

「ええ」イオナ校医は少し笑って頷き、

「しかし大学も街も随分騒がしい。学術都市と聞いていたので、もっと静かな街だと思っていたのですが……」

いきなり愚痴が始まりました。

赴任先の環境に慣れる前に大きな事件が続いて、かなり滅入っておられます。

「それは難儀なことです」

私は適当に合わせることにしました。

「大蛇騒動と言い、怖いことばかりで落ち着きません」

「その割には屋根の上から大蛇見物をなさろうとして、足を滑らせて落ちかけてましたね」

「――っおふ」

校医さんが嘔吐く様な声を漏らしました。頬を引きつらせ、

「き、気付いてたんですね……」

「はい」私はこっくり頷きました。

昨日、私が屋根の上から大蛇を観測し損ねた原因を作ったお方は、苦笑を浮かべて気まずそうに目を泳がせていましたが、わざとらしく空咳払いをすると、

「いやあ、あの時は本当にありがとうございました。お陰で命拾いしました」

開き直ったような、朗らかな笑顔を向けてきます。

「随分身軽なんですね。お礼を言おうとした時には、もう地上に下りていましたし」

「普段から鍛えておりますから」

「はは……、そうなんだ」

気弱に笑って、はあと嘆息。

「僕も体鍛えといた方がいいのかなあ……」

がっくり肩を落とされました。




今度はこちらから質問です。

「亡くなられた学生達の事ですか?」

「はい。腑に落ちない点がございます。講義をボイコットして、勝手に研究実験を始めるような身勝手を、何故大学は放置したのでしょうか。何らかの注意勧告を行っていれば、あのような事件も起きずに済んだものを」

「はあ」と、イオナ先生は頭を掻き、

「僕も当時の様子を直接見たわけではないので、はっきりした事は言えませんが、どうも担当の教授の方に問題があったそうですよ」

「まあ」と表情をひそめて相槌を入れながら、何となく予想していた返答です。

「お名前は何と言ったか。師範大学は出自に関わりなく優秀な学生を受け入れていますが、労働者階級の学生達への指導が厳しすぎると、これまでも度々問題になっていたそうです。学生達も改善を要求していましたが、聞き入れられずに、強硬手段に出たとか」

薄暗い背景が読めてきました。

私は少々物分かりの悪そうな顔を作りました。

「厳しい方だったのですね。ですが大学で教鞭をふるうほどの才気がおありなら、多少気難しくても、それに見合った専門知識を学ぶことが出来たでしょうに」

「はあ、まあ、普通ならそうでしょうが……」

「どういった方だったのでしょう?」

返答を濁すイオナ先生に、私は当惑混じりの控えめな眼差しで催促します。

「何でも、ご実家は地方貴族だとか。他にも手広く商売をなさって、たいそうな資産家でもあるそうですよ。長子ではないので家督を継ぐ必要もなく、気楽な身上だったとか。羨ましい限りです」

ご自分と比較なさっているのか、どことなく卑屈なイオナ先生です。

ははーん、となりました。

私が思い描いた学生像が、そっくりそのまま教授の方へ照射されます。

件の教授、大学に身分の上下を持ち込み、将来有望な若者相手に威張り散らしていたようです。大学側もそれを自覚していたために、学生達を放置していたという訳ですね。

話を聞くだけではバカバカしい限りですが、学生達にしてみれば将来に関わる一大事。強硬手段に出ざる終えなかったのでしょう。

私は無垢な心配顔で続けます。

「ですが、このような事件があったのでは、その方の責任問題になってしまいますね」

「ええ。暫く頭を冷やすようにと、無期限で謹慎処分を言い渡されたそうです」

自主退職を促した訳ですね。実質罷免に近い処分に思えますが、回りくどいやり方を取るあたり、その教授は相当な権力をお持ちだったようです。

どこにも逆波を立てないよう、穏便に処理しようという大人の世界の常套手段。

大学という閉ざされた社会では、そのきらいが殊の外強いようです。

……などと、部外者らしい達観で締め括りたいところですが。




日誌の備品目録、魔石の欄。

たった一行にまとめられたその記述。

『教授』

入手先としてそう明記された末尾の備考欄。

『賢者の石を完成させたら留年撤回!』

欄をはみ出す勢いの文字列には、高揚と情報が圧縮されているように感じました。

魔石が凶器として使われたのは間違いなく、備品目録、及びイオナ先生の証言を合わせると、該当する被疑者はただ一人。

学生達の担当教員、教授。その人しかいません。

ですが、ご主人はその指摘を見送られました。

あの場で言い立てたところで、推測でしかない現状では、先方に恥をかかせるだけとのお考えです。

魔導器に準ずる新たな危機、クラウン・キラを完成させた学生達と、そんな彼らに霊石を工面した後援者『宝石』

魔石を提供した教授。

研究棟への爆発物投下。

孵化した魔獣。

大蛇騒動を引き起こした真珠様。

……単純な相関図が頭に描かれます。

けれど、分からない事はまだまだあります。

例えば、街中で頻繁に目撃された幻影のような大蛇。

川で上がったキラ大蛇の仕掛け人。

そして動機。事件の根幹。

留年撤回とは?

ばらけたパズルのピースが、枠の外に散らばっています。

そしてそのピース自体も、全容を描くためにはまだ数が足りないように感じます。

あの日誌が犯人確保の決定打になる、と思いたいところですが、これから行われる警察の捜索に期待するしかありません。



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