利益
研究棟で起きた事件の概要は、次の通りです。
煙突から火薬と魔石の粉末を仕込んだキラ(?)を投げ入れ起爆。
爆風を利用して屋内に魔石の毒を充満させた。
魔石の粉末を凶器に使ったのは、粉末が屋内に保管されていた魔石に吸収される特性を利用して、証拠を隠蔽を図ろうとしたから。
魔石がこのような挙動をするのは、石化しながらも魔物が同族を摂取し力を蓄え、魔獣として孵化しようとする本能が働くためであり、つまり、研究棟に魔獣がいたことが、魔石が使用された証拠である。
ですが。
この事実をありのままこの場で伝えると、下手をすれば、私達は外へ叩き出されます。
推理小説には、決して侵してはならない不文律があるといいます。
超常現象を用いた犯行を用いてはいけない、未発見の毒物も使用禁止、といったものですが。
キラ、魔石、魔獣。
事件に関わるこれらは、物の見事に抵触しています。
ご主人も解術師という超常側の人間ですが、この場においては、理論的な推理で聴衆を納得させる探偵でなければなりません。
無謀に思える推理ショー。
証拠は揃っています。
けれど勝算はありません。
軍配を握る者が、権力の力学を重んじているからです。
だとしても、あそこで知り得た情報、証拠、そこから導き出された可能性は、すべからく伝えるべきなのです。
ご主人は先程と同じように、一階広間のトレース画を示しながら、暖炉周辺の状態と可燃性の薬品がなかったことをあげ、暖炉内で回収した容器の破片を物的証拠に、爆発が外部からの干渉だった事を説明します。
目撃情報にあった黒煙と、現場に火災の痕跡がない矛盾も同時に指摘。
「この後に控えている捜査で明らかになると思いますが」
と牽制し、調査員達の反論を封じます。
本番はここからです。
魔石が凶器に使用されたことを、この場にいる皆さんにどうやって納得してもらうか。
ご主人は容器の破片を目線に掲げ、
「このキラもどきは雷管でしょう。これに火薬と魔石の粉末を詰め、煙突から投げ入れて起爆、爆風で魔石の粉末を屋内に撒き散らした。屋内に充満した黒煙は、魔石の粉末だったのですよ。
魔石は毒鉱物、粉末も然り。殺傷力は十分だ。魔石を凶器として使用したのは、後に研究棟内で保管していた魔石の原石に吸収されると知っていたからです。魔石は魔獣として孵化する為に、共食いを繰り返す。言い換えれば、あの場に魔獣がいたことが、魔石を使った犯行の証明になります」
思わせぶりに目を細め、ご主人は不敵に笑って見せますが、それはたった今私がダメ出しした推理です。
何の捻りもなく、ありのままを話しましたよ、我が主は――!
ツッコミを入れなかった私の自制心は評価に値すると思います。
いえ、白状すれば、開いた口が塞がらない状態だっただけですが。
やっぱり何も考えていなかったみたいです。
これは完全な失策です。
ご主人は大学は保身のためにある程度はオカルト要素を許容すると仰っていましたが、ここまで常識から乖離した内容は、さすがに無理なのでは?
ここはサポートの入れ時です。
電脳内より知識を、それっぽい理屈を緊急検索――、
「……成程」
恐ろしく硬質な学長の声に、私はギクリと固まりました。
怒っているのか呆れているのか判別つきませんが、師範大学出禁は確定かもしれません。
戦々恐々としながら、皆さんの様子を見回した私は「え?」瞬きしました。
皆さんは、不愉快そうな渋面を浮かべたり、納得したように消沈して、これはまるで、クラウン・キラの時と同じ反応です。
……ええっと、つまり?
ややって、調査員のお一人が、吐息混じりにぽつりとこぼしました。
「……やっぱりそうなのか……」
オカルト要素の説明に頭を抱えていたのは、むしろ彼らの方だったみたいです。
「……魔石は絶対に使うなと散々言っておいたのだが……」
と、愚痴をこぼすあたり、事件の経緯について、最初に私達が立てた推理と同じようなことを考えていらっしゃったご様子。
即ち、過去、何度も繰り返されてきた賢者の石の製造、その失敗を、学生達が繰り返したのだと。
よくよく考えてみれば、そうかもしれません。
校舎内でキラを発動させて大騒ぎになっていますし、図書館の蔵書とは言え、魔導書は貴重な文献、持ち出し禁止の閉架式に違いなく、曰く付きの学生達が雁首揃えて齧り付いていれば、そりゃ目立ちます。
この国では、過去、魔石絡みの大きな事件も起きています。
キラのエネルギーとして賢者の石を作ろうとしている、そう勘ぐるくらいはしたでしょう。
誰もはっきりと口にしませんが、日誌にあった通り、一部の教員は研究棟で学生達が何をしていたのか、おおよそ把握していたみたいですし。
ただ。
学内で起きた大事故の背景として、これらを警察にどう報告したものか。
そもそも魔石は毒鉱物とはいえ、爆発に繋がるような現象を引き起こすのか疑わしい。
半端な報告は疑惑を深めるだけ。
という感じで揉めていたのを、キラに詳しい外部の人間、ご主人が彼らの頭痛の種を言語化、かつ、事件性を主張したことで道が開けた。
そんなところでしょうか?
私があれこれ気を揉む必要も、勢い込む事もなかったみたいです。
「……その、本当に事件性があるのかね?」
縋り付くような目を向ける調査員を皮切りに、
「魔獣はどう説明すれば」
「あれはキラだろう」
「いや本物だった、間違いない」
「外で起きた事件との関係は……」
質問が続きますが、
「――ここから先は警察の領分です」
ご主人がやんわりと打ち切りました。
「これを」ご主人に合図され、私は前へ進み出ると、胸に抱いていた日誌を学長に差し出しました。
冊子を受け取ろうと前に出た秘書を留め、学長は立ち上がり、自ら受け取ります。
学長は怪訝な顔を手作りの冊子に向けていましたが、
「日誌か」
「研究棟から勝手に持ち出してしまいました。ご無礼を」
ご主人は軽く謝罪して、
「目を通しましたが、学生達は外部の人間から支援を受けていたようです」
「……そういった話は聞いている」
クオン学長の肯定は、静かなものでした。
「魔石の仕入れ先が記載されていました。学生達の交友関係を捜索するよう、警察に依頼なさると良いでしょう。都スズメの囀りはすぐには止められなくとも、公的機関に身の証は立てるべきだ。 ――だだ一つ、お聞き下さい」
ご主人は続けます。
「私が話した以外にも、魔石には奇妙な特徴があるのは存じだと思いますが、事件当日、その場に居合わせた方なら目撃したかもしれない。亡くなった学生達の皮膚に、コールタールのような物がこびりついていたことを。拭っても頑固にへばりついて取れないシミのような汚れだ。着衣にはないというのに」
何人かが、はっと顔を上げました。
小声で囁き合い、うなずき合っています。
そんな彼らをご主人は一瞥し、
「魔石と名付けられのは、表面を覆う煤状の粉が生物の表皮に吸着し、腐敗させる特性を持つからです。故に、原生生物の集合体だとする説もございます」
ご主人は研究棟の玄関扉を塞いでいた札を手に取りました。
キラもどきのこの札は、他の品と同じくテーブルに並べていますが、裏は封印用の術札を重ねたままです。
ご主人はその術札を外し、キラもどきを窓から差し込む陽光に晒しました。
ジュッと音を立て、札から白煙が上がります。
目をこらせば、引かれた直線が身震いするように震え、滲むように広がっているのが分かります。
「――これは⁉」
ぎょっと目を剥く調査員達に、ご主人は、日に焼かれ、すっかり色褪せたインクの札を提示しました。
「その説が正しいなら、学生達は魔石に食われていたことになる。そんな状態にありながら、彼らはその毒が外に漏れないよう、窓や扉を封鎖して回っている。その甲斐あって外部に被害は出なかったが、その引き換えに、彼らは命を落としてしまった」
言葉を切り、間を置いて、
「その責任感は本物です」
室内が重く静まりました。
――依頼された内容だけを報告して、とっとと退散するのが利口だ。
そんなひねくれたことを言っておきながら、ご主人は依頼料を捨て、ご自身の見解を披露しました。
人は利益でしか動きません。
今、大学が求める利益が潔白であるように、その形はその時々によって変化します。
余人が何を考えているのかを推し測る術はございません。
ですが人には打算や妥協以外にも、正道を求める心があるといいます。
難解な人の世にあって得がたいそれは、真っ当に生きる人々の最大の利益だとも。
これはご主人の持論で、ならば、ご主人が求める利益は何なのか。
それは後ほどお聞きするとして。
「――さて」ご主人は仕切り直すように、幾分砕けた口調で、
「長話をし過ぎたようだ。待ちきれずに、お越しのようです」
首を巡らせ扉を見るご主人に、つられるようにして全員が扉を見ると、果たしてガチャリと扉が開き、
「やあやあ、お取り込み中失礼するよ。推理ショーの会場はここだと聞いたが、間違っていないかね?」
壮年にさしかかったスーツ姿の男性が、陽気な笑顔を浮かべて入ってきました。
満を持して登場、と言わんばかりに堂々と歩み来るその背後、開けっぱなしの扉の向こうには、大勢の警官が控えています。
最初に私達を学長室まで案内してくれた男性の姿も見えました。
突然現れたスーツ姿の男性は、室内に集まった面々を順に見やり、にこにこと愛想を振り撒いていますが、あからさまな作り笑顔には、周囲を威圧するような迫力があります。
「レオン・グレン警部」
学長が来客の名を呼びました。
階級からして、今回の事件の指揮官と思われます。
グレン警部は、立ち上がろうとする学長を手で留め、
「ああ、どうぞそのまま。いや、お待たせして申し訳ない。例の騒動の後始末に手間取ってしまって。それで? こちらが大蛇の正体を見破った探偵殿? ショーの開演には間に合わなかったが、途中入場しても構わないかね?」
「今終わったところですよ」
「ほう、それは残念」
軽く応じるご主人に、グレン刑事は大袈裟に残念がってみせると、すぐに余裕たっぷりに笑いました。
「だが、お呼びが掛かるまでに、あらかた事情を聞くことが出来た。実に有意義な待ち時間だったとも。よろしい、至急その支援者とやらを洗いましょう。学術都市リゲルの安寧を妨げる悪党を、成敗しようじゃないか」




