報告
学長室へ向かう途中、
「騒がしいな」
三階の廊下から、吹き抜けになった本館一階のエントランスを見下ろすと、学生達が荷物を手に外へ出て行くのが見えました。
先を歩く秘書さんが振り返り、
「午後の講義は全て休講になりました」
とのことです。
見るともなく眺めていると、学生達の身なりに違いがあることに気付かされます。
裕福そうな学生と、控えめな学生。
ただ、映像記録に映っていた学生達ような、極端に質素な学生はいらっしゃいません。
……と、お一人、いらっしゃいました。
受付で職員と話し込んでいる学生さんです。
「あれは……」
街中で私達を尾行していた、あの青年です。
見立て通り、師範大学の学生さんだったようです。
顔色は優れず、何やら深刻そう。
応対する職員の方も、同じように浮かない顔。
「ほう」彼に気付いたご主人も、興味深そうに見ていましたが、歩いているうちに死角に入ってしまいました。
再び通された学長室には、クオン学長と最初の調査員二名、それに緊急で招集された他の調査員らの姿がありました。
先に警察と悶着でもあったのか、全員神妙な仏頂面をしていますので、必然、室内は重苦しくなっています。
私はご主人の少し後ろに、研究棟で集めた物品とトレース画と持って待機です。
クオン学長はご主人と一緒に入室した私を見て眉をひそめましたが、何も言わずに早速切り出しました。
「警察は君が大蛇騒動に関与しているのではないかと疑っていたが、昨日大蛇を追い払ったのも、ここを訪れたのも、全て私からの依頼だったと、はっきり伝えておいた」
事態が急転したため、内々で処理しようという目論見は捨てたようです。
「助かります。実はその心配をしていたところですよ」
ご主人は安堵したように微笑み、すぐに表情を引き締めました。
「本題に入りましょう。警察を待たせるわけにはいきません」
警察は、私達が通された部屋とは別の会議室で待機中だそう。
まずはご主人から報告を受けたいという学長の要望を、彼らは承諾したのです。
と言うのも。
「窓からっ、……み、みえっ、見えたんですっ!」
最初の調査員のお一人が、小刻みに震えながら絞り出すように言いました。
「あ、あれはっ、本物の怪物だった……!」
もうお一方はソファに沈み込み、呆けたように一点を見つめて心ここにあらずです。
どうやら、窓際の木箱が崩れた際、屋内の様子が外から見えたみたいです。
最初のお二人、やけに顔色が悪いなと思っていたら、魔獣の姿を目撃して完全に竦み上がっておりました。
学生達が持ち込んだ魔石から魔獣が孵化した可能性については、研究棟探索前に、予め学長達には伝えていました。
皆様、微妙な顔をなさっていましたが、実際にご覧になって考えを改められたご様子です。
後から呼び出された調査員も、同僚の様子から尋常ではない事態が起きたと察しているようですが、疑わしそうな顔で、
「……見間違いじゃないのか?」
「だったら、どれだけよかったか!」
弾かれたように声を上げる目撃者。他の調査員は困惑しながら、宥めるように、
「だがねえ、そんな怪物いるはずが……」
「鳴き声が聞こえたと君も言っていただろうっ! 学生達も聞いている! いい加減にしろっ!」
揉め始めました。
この様子だと、私達が来る前にも同じようなやり取りがあったようです。
「静かに」窘める学長は、難しい顔で机に肘を突き、指を組んでしました。
調査員らと共に魔獣を目撃したはずですが、動揺している素振りはございません。貫禄があるというか、相当肝が据わっていらっしゃいます。
学長はご主人をひたと見据え、
「君の仮説は正しかった。内部の状況と合わせて、あの生物についての説明を願いたい」
「研究棟はキラで封じられていました」
ご主人は研究棟で採集したキラをテーブルに並べ、一つ一つ指し示しながら、どれがどの場所を、どのようにして封じていたのかを、屋内のトレース画を用いて解説していきます。
調査員達は興味深そうに覗き込んだり、手に取ったり、あるいはゴミを見るような半眼になったりと反応は様々です。
私のトレース画を見た時などは、皆さんは感心しきって「上手いね」と口々に褒めてくださいましたが、映像をなぞっただけです。
何だか騙しているようで……⁉ ――居心地は悪うございます……。
「こんなおもちゃがまともに動くはずがない」
当然のように、キラのデタラメな発動に対する野次が上がりますが、
「学生達は魔導器から着想を得たクラウン・キラという機器を作り、これをキラのエネルギー源として使っていたようです。内蔵エネルギーがまだ残っていますから、ここでも使えますよ」
調査員の一人が、研究棟二階の窓を封鎖していたキラを窓に貼り付け、ご主人がやったように動作を確認「確かに」納得されました。
野次を上げた方は、難しい顔で腕組みしていらっしゃいますが、反論はなし。
……反応が平坦かつ素直過ぎです。
アッシュローズ博士の前例があるとはいえ、魔導器の類似品を作り上げたのです。
もっと疑問や驚嘆が出てもおかしくないはず。
どうやら皆さん、学生達がクラウン・キラを完成させたことをご存じだったようです。
「彼らは毒鉱物と名高い魔石を保管していたようです。あれが危険と言われているのは、伝承通り、孵化直前の危険生物だからです」
ご主人はキラとは別に、紙の上にまとめて並べた魔獣の部位を押し出し、
「遠洋の怪物、魔獣。この国では、騎士物語に登場する北の怪物として知られていますな。文献に記されている通り、地上で孵化する事は滅多にありませんが、あの研究棟では条件が揃ったようだ」
魔獣を目撃したお二人が、硬直した顔を魔獣の部位に向ける横で、他の調査員達は当惑を深めつつ、石化した鱗や爪を手に取り、裏返し見ています。
魔獣核が一番人気でした。
内部で脈動する光の輪舞は、どの鉱物にも見られない特徴です。
手渡しで回され、光りにかざしたり覗き込んだりと、熱心に観察していました。
皆さん、魔獣については半信半疑のようですが、先程の口論からも分かるように、この点をあげつらうのは水かけ論だと悟ったらしく、首を傾げながらも言及はしません。
時間が迫っていることもあり、当座、魔獣は無視する方針のようです。
ご主人が言ったとおり、彼らが求めているのはあくまで研究棟の安全、自身の保身です。
「それで、研究棟はもう安全なのかね?」
学長が締めに入りました。
依頼された仕事はここまでです。
「魔獣は一体だけでした。退治も済ませています。正面玄関はこれから解錠しましょう」
「成程。分かった――」
「ま、待ってくださいっ!」
勢いよく立ち上がったのは、目撃者のお一人、ずっと放心していた方でした。
「その、怪物が孵化した原因は分からないのですか?」
「君、それは」
他の調査員が窘めるのを両手で留め、
「いや、ここははっきりさせたい。あそこで行われていた研究を考えると、まだ化け物が潜んでいる可能性が――」
部外者二人の視線に気付き、調査員がはっとなって口を閉ざしました。
しまったとばかりに身を引き、視線を落とします。
不自然な沈黙が下りました。
中には発言者に対して「余計な事を言うな」とでもいいたげな非難を向ける方もいます。
誰も彼も気まずそうな、面倒臭そうな顔で発言を控えています。
学長も疲れた顔で視線を落としていましたが、すぐに気を取り直したように立ち上がり、
「ご苦労だった。依頼料は受付で受け取れるよう手配する」
「あいえ。今ここで、時間と講演という形でいただきたい」
まるで、お茶の給仕を遠慮するような口振りです。
あまりにも素の口調でだったので、皆さんは要求の意味を掴み損ねたようです。
ややあって、眼光鋭く、学長が口を開きました。
「どういう意味だね?」
「探偵らしく、ここで推理を披露する許可を頂きたいのですよ」
「――事件性があると言いたいのかね?」
さすが学長、理解がお早い。
「ええ。結論から申し上げれば、研究棟で起きた爆発は過失ではなく、煙突から投げ入れられた爆発物によって引き起こされた可能性が高い」
適当に誤魔化すような事を言っておきながら、ご主人はいきなり言い切りました。
この見解は予想外だったらしく、調査員達は唖然となってどよめきます。
それでも学長は不動です。
指で机を小突き、場を納め、
「許可はまだしていない」
「ご無礼を」
ご主人は悪びれもなく言いました。
学長は身を引きながら、周囲の反応を窺うように素早く視線を一巡、調査員達の顔色を判断した後、
「……手短に頼む」
話を聞くべく、座り直しました。




