相談
学生達の後援者『宝石』について議論を重ねたいところですが、仕事の報告が控えています。
これまでの情報を整理することにしました。
開かずの研究棟で行われていたのは、キラの上位機器、クラウン・キラ『真昼の玉座』の制作であり、研究棟が封鎖されていたのは、完成したその機器からエネルギーを受けたキラが効果を継続していたからである。
だが、一階広間の暖炉で起きた爆発により、同室内にて保管していた魔石から魔獣が孵化、大惨事となった。
と、このようにほんの数行で説明出来ますが、大きな穴がいくつか開いています。
爆発が起きた原因、不明。
大量の白煙が目撃されたことから、火薬に引火した可能性有り。
爆発物の原料になりうる薬品等は、現段階では屋内に確認出来ず。
爆発元とみられる暖炉内にて、爆発物の残骸と思われる容器の破片を回収。
事件発生直後、屋内に黒煙が充満していたという目撃情報があるにも関わらず、現場には火災、及び煤煙の痕跡は一切なし。
たった一個の魔石から魔獣が孵化した理由、不明。
追記事項
正面玄関扉の内側に、屋内から封鎖したと見せかける偽装工作の痕跡有り。
また、この工作に使われていたキラらしき札の図柄は、爆発物の破片にも見られる。
特記事項
魔獣孵化の補足として。
粉末化した魔石を他の魔石に大量に噴霧することにより、孵化を誘発させる裏技有り。
「――ご主人」私は神妙にご主人を呼びました。
「クオン学長へはどのように報告なさいますか?」
調査結果は包み隠さず報告すべきです。が、
「この事件は師範大学の暗部に関わっているのやも知れません。深入りした私達は、場合によっては次の犠牲者です」
「それは推理小説の読み過ぎだ」
「半端な推理を披露した探偵は、翌朝、死体で発見されると相場が決まっております」
「まだ推理は披露していないぞ」
「ですからその報告をどうなさるのかと」
「必要な報告だけ済ませて、後は聞かれるまで黙っておく」
「それは今、正に私が指摘した半端な推理そのものです!」
何も考えていないようです。
問題は他にもあります。
「――仮に依頼の報告だけで済ませるとしても、魔獣が問題です。このご時世、既存の生態から逸脱したオカルト生物など、説明しても理解を得られるとは思えません」
「理解を得る必要はないさ。大学側が求めているのは、魔獣の生態ではなく研究棟内の安全だ。退治をした時点で問題は解決している。そもそもヤツらの生態なんぞ議論してもただの骨折り。魔石を持ち込まないよう忠告するのが関の山だ」
「ご主人が情報を開示しなければ、この後に行われる警察の捜査に混乱が生じると思われます」
「魔石の裏技か。それこそ魔導術の知識なくして語れんよ。却って捜査の妨げになる」
「口添えは必要かと」
ご主人は忍び笑いを漏らしました。目を伏せ、
「濡れ衣を晴らしてやれ。お前さんはそう言いたいのだろう? 案ずるな。その辺は大学に任せておけ」
「これまでの対応を鑑みるに、期待出来ません」
「そうでもない。大学は魔獣だの魔石だのといったオカルト要素はすっ飛ばして、全力で学生達の弁護に回る」
「?」となる私に、ご主人は薄暗い大人の腹蔵をお話しくださいました。
「大学は研究棟の問題を風化させたがっているのだよ。
研究棟の調査と言うが、有り体に言えば後片付けだ。
屋内を調べて矛盾や不審な点に気付いても、事件性があるとするより、身勝手な学生達が起こした事故とした方が処理は早い。
これ以上、問題をややこしくしたくないのだよ。
事実、大学側からすれば、オカルトに熱を上げた挙げ句、校内で大事故を起こされたのだ。
そんな問題児共の尻拭いに奔走するなど、冗談じゃないからな。
行方不明の学生も、捜索願いぐらいは出しているだろうが、生死に関わらず、とっくの昔に見捨てているさ。
薄情で怠慢だが、まあ普通だ。
大抵の者は他人の死の真相より、自分の生活が一番だ。
特に学長など、場合によっては引責問題に発展しかねない。
が、この考えは隙を作りやすい。
現に調査が中断している間に、街中から疑惑を向けられ、とうとう大学に警察が押しかけてきた。
おざなりな調査はもう出来ない。
今大学が求めるているのは身の安全だ。
警察は、河原で話した感触から、事件の原因究明よりも、現在進行形で犯罪まがいの何かが行われている事を危ぶんでいる風だった。
当然、大学もそんな思惑に気付いている。
急ぎ、研究棟を開き、身の潔白を証明しなけらばならない。
事件の真相や魔獣だのは二の次だ。
で、実際開いて見ると、学生達が被害者だったという確かな証拠が残っていた。
こいつは想像以上に旨みのある展開だ。
過失と思われた爆発事故そのものに事件性があるというなら、警察に捜査を託すという形で、この問題を丸投げ出来る。
大学は間違いなく、外部犯行説に乗ってくる。学生達の無罪を支持するさ」
……ご主人の思考は、時々びっくりするぐらいに擦れています。
実は深刻な人間不信を抱えていらっしゃるのではないか勘ぐるぐらいです。
ですが、人は利益でしか動かないと言います。
大学が保身を最優先に考えているなら、この方向で動く公算は高いといえます。
学生達の無実を証明するために、その死を利用しようとする発想は正直どうかと思いますが。
「あ、でも待ってください。魔石の仕入れ先はどうするのです? あれが言葉通りの意味だとしたら……」
「そこだよ」ご主人は渋い顔を、テーブルに置いた日誌に向けます。
「事が真っ当に運んだ場合、大学側も無傷とはいかない事情があることを、我々はうっかり知ってしまいました。クオン学長は言ったな。大学にも政治はあると。つまり事件の背景のことだ。碌でもないのは間違いない。
そして大学が、事実よりも政治の力学でこの事件を解決しようとした場合、その天秤が被害者と加害者のどちらに傾くか、私には見当が付かん」
「そんな」
「言っただろう。彼らが欲しいのは事実より保身だ。天秤の傾き具合によっては、被害者に加害者の皮をかぶせてくるやもしれん」
「それに」ご主人は日誌を強調するように、テーブルを小突きます。
「こいつのせいで、今度こそ私に嫌疑がかかるやもしれん」
「何故ですか? 河原で警官達は、ご主人には目もくれない様子でした」
「あの時はな」
ご主人は椅子に深くもたれかかり、
「あそこにいた警官達の頭には、はなっから犯人は行方不明の学生だとすり込まれていた。いきなり現れた探偵が胡散臭くとも、捜査のテーブルには乗っていない。だから流した」
私は閃きました。
「日誌は学生達に外部の協力者がいたことを明示していました。つまり、ご主人がそうだと?」
「――さて、小童共がイタズラに使った大蛇のおもちゃ。想像以上に手強いこいつを、通りすがりの探偵が手際よく片付けたぞ。しかも今度は小童共のアジトに入り込んでいる。これはあやしい。ヤツも一味か?」
「……」
芝居がかった口調のご主人に、私は押し黙りました。
「これほど事件周辺をうろついていれば、疑わない方がどうかしている」
ごもっともな意見です。
真珠は宝石として扱われていますが、日誌の『宝石』が何を示しているのかは、真実分かりませんし、真珠様からのご依頼は氏族会議への同席、研究棟の調査はクオン学長からの依頼です。
ですが、いつの間にか、無関係と言えない立ち回りをした私達です。
「と、まあ、そんな訳で、依頼された内容だけを報告して、とっとと退散するのが利口だ」
おどけるように両手を広げるご主人に、私は厳な口調で、
「――そして翌朝、大蛇が発見された河原に、今度は探偵の変死体が漂着したのだった……!」
「やめんか」
真に迫った私のナレーションに、ご主人は苦笑。
「しかし、確かに面倒な事になるかもしれんな……」
「なるかも、じゃなくて、既になってます! 面白半分に事件に首を突っ込むからこうなるのですよ⁉」
困り笑顔で天井を仰ぐご主人を今更ながら窘めていると、扉がノックされて、秘書さんが戻ってきました。
「申し訳ございません。至急、学長室までお越しいただけますか?」




