宝石
日誌によると、クラウン・キラ、真昼の玉座が完成したのは事件が起きる一週間前。
それから事件当日まで、一階の広間で試験運用していたそうです。
「魔獣の動きが鈍かった原因は恐らくそれだ。あの魔獣は稼働中だったそいつを飲み込んだのだよ。悪食が祟ったな。魔獣にとって霊薬は毒に等しい。腹を壊し、三ヶ月もあそこで立ち往生していたというわけだ」
想像の斜め上を行く学生達の偉業を受け、少々呆けていた私は、はたと我に返りました。
「お待ち下さい。燃料はどうしたのです? 魔導器には及ばずとも、それに準ずる機器ならば稼働には霊薬が必要です」
動力源という問題を上手くかわしても、次の課題として、霊薬という最難関が立ち塞がっているのです。
霊薬とは。
魔物、魔石、魔獣。
これら魔の属性を構成する希少気体、魔素が転化したエネルギーのことです。
古代帝国では、この希少気体から直接霊薬を作り出す技術が確立していましたが、それが失われたことにより、魔導器にエネルギーを安定して供給出来なくなったことが、文明衰退の主因とされています。
そして現在、霊薬を得るには、三通りのローテクな製造方法しかございません。
一つは霊石と呼ばれる天然鉱石の加工。
ただ、自然の気が凝縮した霊石は滅多に見つからない希少石。
採取場所も高山や谷底深くだったり、識別が難しかったりと入手は極めて困難です。
そして、先程私達が行った魔獣退治の戦利品、魔獣核の加工。
霊石以上のエネルギーを秘めた魔獣核は、魔導術関係者の間で珍重されてきました。
ですが、魔獣退治というハイリスクを伴うため、あまり現実的とは言えません。
最後に魔石の精製。
魔獣退治よりは危険度が低く、また霊石よりも採取しやすい魔石ですが、うっかり魔獣が孵化したり、魔素に心身を毒されたり、そもそも精製自体が難解だったりと、先の二件よりも難易度は高くなっています。
魔石から作られる霊薬が賢者の石と呼ばれているのは、この辺りに由来しています。
「クラウン・キラが真実どういった機器だったのかは、現物を見ない限り分かりません。動力源同様、霊薬以外の代替エネルギーを使っていた可能性は充分にあります。ですが、魔獣の動きを止めることが出来たのであれば、それは霊薬由来の何かを使ったからに相違ございませんっ」
つい勢い込む私に、ご主人はごく簡単に答えました。
「霊石を使っている」
「霊石? 魔石と違って一般には流通していません。それに霊石を識別するには超常を見抜く目、霊視が必要です」
「目が効くヤツはそれなりにいる。アマチュア鉱物収集家にも、霊石を専門にする者はいただろう?」
「では、学生達の中に霊視が出来る者がいたと?」
「さてな。ただ、彼らには学外に後援者がいた。実験道具や資材は、その後援者からの支援品だ。霊石もな」
「後援者……」
シャットダウン直前に見た記録映像、そこに映っていた学生達の風体と、妙に合致する言葉のように感じました。
同時に、ある一つの言葉が再生されます。
――『女王』
「日誌を見るに、たいそうな資産家だ。彼らが起こした学内の騒動を聞きつけ、興味を持ったらしい。ここは学術都市だ。有能な学生を支援したがる金持ちは昔からいる。映像記録は覚えているか?」
私の思考を見透かすようなご主人の質問です。
「ええ。その後の記憶と合わせて電脳に焼き付きそうな勢いです」
私の返事に、何故かご主人は小さく吹き出しました。
「そいつは難儀だ」
「善処いたします」
「そうかい。で、その映像だが、どうもあれは後援者宛てのメッセージカーだったようだ。少しだが続きがあってな、支援に対する感謝を述べていたよ」
「その後援者は、もしや魔導術関係者?」
「あれは市場には出回っていないが、マニアの間で個人取引されている。魔石と同じで、魔導術と関わりのある鉱石としても有名だ。それに鑑賞石としての価値も高い」
道楽が高じてマニアから手に入れた霊石を、キラを研究する学生達に回した。
オカルト流行で眉唾物扱いされがちの魔導書ですが、本来は古文書、文献です。
学術都市にお住まいの資産家なら、学問として魔導書に触れたことがあるかもしれません。
……筋は通っていますが、どこかしっくりきません。
それにご主人のお話は、論点をずらしているような不自然さがございます。
「――ご主人。ここまで説明頂いて今更こんなことを言うのは何ですが、そちらの冊子を見せて頂ければ口頭よりも正確に情報の共有が出来ると思われます。私、速読は得意ですよ?」
「うん、そうだな」
空っ惚けるご主人に、私はジト目を向けました。
「冊子の内容に何か問題でも?」
「おおありだ。が、読むか?」
「勿論」
ご主人はテーブルに置いた冊子を私に押し出しました。
綴じ紐で書き付けをまとめただけの拙い製本です。
折れや皺のよった表紙には、滲んだインクででかでかと『日誌』と書かれていました。
「最後は備品目録になっている。蛇腹折りになっているところだ。問題はそこだ」
ここまではっきりご主人が言い切るくらいですから、かなり危険な内容だと思われます。
「……」私は慎重にページをめくり、書式化されたページの文字を目で追います。
研究の進捗状況、消費した資材、研究棟への来訪者、等々。
全ての情報を記録、理解するまでの所要時間、二十三秒。
内容はほぼご主人が説明した通りでした。
補足があるとすれば、クラウン・キラ、真昼の玉座を完成させた学生達の次の目標が、賢者の石の製造だった点でしょうか。
「クラウン・キラシリーズとして、こいつと同じような物を作ろうとしたらしい」
ご主人は筒状の容器を取り出しました。
今朝、魔封石を保存した容器です。
蓋を開け、手の平に傾けると、中から魔封石が滑り出てきました。
ですが、入れたときは黒かった石の内包物は、今は灰色を帯びた青色です。
擬霊石。
魔石を精製することによって得られる人工霊石であり、賢者の石の別名です。
「研究棟の扉を塞いでいたあの不透明な物質は、魔石を封じるために使う予定だったらしい」
ご主人は擬霊石の具合を確かめながら、どこか物憂げに仰いました。
そして、もう一つ。
「研究棟に複数名の教員が出入りした記録がございます。指導を受けたともありました。両者の関係は良好だった印象がございますが、だとすれば、クオン学長のお話と一致しません」
「日誌に恨み辛みは書き連ねんよ」
「そういった感情はそこはかとなく文章に現れるものです」
「分かるのか?」
「読書は趣味です。面白くないと感じた本でも、著者の人間性を推察するために、ある程度は流し読みしていますから」
「うーん、楽しみ方は自由というが」
「娯楽ではなく後学のためです。これが備品目録ですね。――ええ……?」
折りたたまれた備品目録を引っ張り出した私は、一覧表に並ぶ霊石の履歴、その仕入れ量に呆気にとられました。
「尋常ではありません。一体どこでこれほどの量を。仕入れ先は『宝石』――」
電脳内で点と点が一瞬で連結されました。
「……ご主人」私は紙面に目を固定しながら、
「一般的に、真珠は宝石として認識されています」
「そうだな」ご主人は天井を見上げながら相槌を打ちます。
「首飾りやブローチ、耳飾りといった宝飾品に加工され、主に裕福なご婦人向けに流通しています」
「私の郷里でも、髪飾りによく使われている」
「記録映像の中で、学生達は『女王』と口にしていました。敬称にしては、少々持ち上げ過ぎ、人によっては気分を害されるのではないかと危惧しましたが、昨夜、その敬称に相応しいお客様が我が家を訪ねてらっしゃいましたよね?」
「うむ。その御仁から依頼を受けたぞ。片っぽだけだが、真珠の耳飾りを前払いとして受け取った。――で、問題はそこではなく、お前さんの手で隠れている方だ」
空々しい会話の後、私はご主人が指摘した欄に視線を移動させました。
「――魔石の仕入れですね。日付は事件の前日。仕入れ数は、一個? 『宝石』とは別の相手から譲り受けていますが、これって…………」
パタン、と私は冊子を閉じました。
「ご主人」
「まあ、そういうことだ」
苦笑いを浮かべるご主人。
魔石の仕入れ先に記載さていたのは、研究棟で起きた事件を解明する手がかり、どころか、明確に犯人を暗示するような単語と文章でした。
ですが現段階では憶測の域を出ないため、伏せておきます。




