王冠
「――あの研究棟では、魔導器の制作が行われていたのですね」
テーブルに着き、画板に取り付けた画用紙に鉛筆を走らせながら、私はご主人に尋ねます。
描いているのは、研究棟内の記録映像を下敷きにした屋内のトレース画。
ご主人の注文通り、キラが使用されていた場所を中心に、屋内の様子をざっくり写していきます。
「映像では完成させたと言っていましたが、疑問です。学生レベルの知識や技術で魔導器を作れるとは思えません」
……けれど、もし本当なら、その内容、研究成果を是が非でも知りたい。
はやる気持ちを押さえつつ、トレース作業に集中します。
「その辺の事情はこいつに書かれていた」
ご主人は持ち帰った伝声管キラの上蓋を外し、中を調べながら、テーブルに開いた冊子を示します。
医務室でもお読みになられていたそれは、研究室の作業台の上にあった物です。
「学生達のレポートですか?」
だとしたら、もの凄く読みたいのですが。
「いや、ただの日誌だ。事件当日までの出来事がざっくり記録されている」
「当日の?」
当ては外れましたが、内容によっては事件の重要な証拠品です。
「そんな大事な物を、勝手に持ち出して良かったのですか?」
「ついな」悪びれもせずに言って、ご主人は伝声管キラの蓋を閉じ、テーブルに置くと、冊子に目を向けました。
「経緯としてはこうだ。
学生達は最初はキラを自作していた。カードを箱で入手したのがきっかけだが、これが上手くいって、量産するにまでなった。研究棟にあったキラは全て彼らの作品だ。我々が見つけた以外にも色々作っている。作り過ぎて、うっかり教室に置き忘れたキラが発動し、大学中が大騒ぎになったこともあったらしい」
琴座亭でそんな話を聞いた記憶がございます。
映像にあった学生達の振る舞いを見る限り、本当にうっかりかどうか怪しいところですが。
「やがて彼らはキラの仕組みに興味を抱き、あれこれ調べて、行き着いた先が魔導書だった」
「ご主人がお探しになっている古代帝国の遺産ですね。魔導器と違って個人での所有は認められていますが、貴重品です。一体どこで入手したのです?」
「大学図書館に蔵書として保管されていた」
「ああー……そういう……」
拍子抜けしそうな理由ですが、ここは王立大学。
文化財の保管場所としては至極真っ当といえます。
「魔導書が身近にあるとは、全く羨ましい環境だよ」
ぼやきを挟み、ご主人は続けます。
「彼らは魔導書を解読した。そしてキラの動力源として使われているチップが、魔導器の予備の部品だと突き止めた」
音が出る。風が吹く。宙に浮く。
このようにキラが不可思議に動くのは、仕込まれたチップが、本来は魔導器の修理に使われる予備の部品だったから。
そして魔導書。
古代帝国の技術を記したその内容は、ズバリ、魔導器の設計図にして取扱説明書だったわけです。
魔導器、魔導書、修理部品で一揃えの古代帝国の遺産が、政治のゴタつきで散逸し、カードに添付されていたチップは、用途不明の古物として市場に流れ、オカルトアイテムに使われてしまった、というのが、マジックアイテム、キラの真相だったりします。
と、勿体つけて説明しましたが、実はこの話は割と知られていて、魔導書を元に複数のチップを使った複雑なキラは既にいくつも作られています。
研究棟の屋上扉を塞いでいたキラや、川で発見されたキラ大蛇はその類いでしょう。
――少し話が逸れてしまいました。
「つまり、学生達は魔導書に記載された設計図を元に、チップを使って魔導器を組み上げたのですね」
「そんなところだ」ご主人の口調はどこかおざなりです。
「ならばそれは、魔導器ではなくただのキラです」
手を動かしながら、私は静かに言いました。
「キラと魔導器では仕組みが根幹から異なります。それにチップは修理用。消耗品が殆どです」
事実キラは、似たり寄ったりの機能の物ばかり。
同じような効果を持つチップが大量に存在していた事を示しています。
「新古品の箱入りカードを入手したところで、魔導器を魔導器たらしめる動力源は含まれていなかったはずです」
動力源こそ魔導器の真髄です。
対してチップは、魔導器に道具としての方向性を持たせるための、末端のカラクリ用でしかありません。
人間で例えるなら、頭と手足、ではなく、体と鎧。それほどまでに差があるのです。
……今の時代に魔導器を作ることなど、到底不可能。
分かっていた事ですが、落胆を隠せません。
「足りない部品は自作している」
「? 何ですって?」
落ち込んでいたせいでしょうか、ご主人の言葉の意味を、咄嗟に理解することが出来ませんでした。
「自作したと聞こえました。まさか……動力源をですか?」
「いや、さすがにそいつの再現は叶わなかった」
「……」
期待に輝きかけた顔から、一瞬で表情が抜け落ちます。ご主人は失笑、
「そうがっかりするな。そいつは一番の難所だ。彼らも力不足と判断して、早々に諦めている」
「そこは一番こだわるべき部分のような気がします……」
「出来ん物にこだわって先へ進めないよりは良い」
しょんぼり意見する私に、分かった顔でご主人は頷きます。
「彼らが自作したのはチップの方だ。魔導書を元に複製や改造を繰り返し、法則性を見出した。そしてチップを自作し、組み合わせ、動力源の代替とした。――要するに、それだ」
ご主人は線を引き続ける私の手元を指差しました。
「彼らが完成させたのは、魔導器から最低限の機能を抜き出した簡易型。今、お前さんがやってる写し絵と同じだ」
記録映像の細部を端折り、必要最低限の線で屋内の様子を表したトレース画。
「あ」思わず口が開きました。
私、気付きました。それって、もしかして……。
「動力源はなくとも、キラと違って動作は恒常的。彼らはこれを、キラ以上、魔導器以下の新たな機器『クラウン・キラ』と分類し、固有名詞を与えた。
『真昼の玉座』
用途はエネルギーの拡散だ。
こいつを使えば、チップを仕込んだキラなら、目的通り、機械的に動かすことができる」
ご主人はテーブルの伝声管キラを示しました。
「事実、こいつにはそのエネルギーを受信出来る機能が付いてる。バッテリー機能もな。他の物もそうだろう」
鉛筆を持つ私の手が、完全に止まりました。
魔導器を再現したのではなく、魔導器を参考にした機器を作り出した。
「……」
言うべきか否か逡巡する私に、ご主人は深々と嘆息、
「要するに、解術師である私と同じ技術を独自で編み出したのだ」
どこか負けを認めるように、ご主人は笑いました。
「子供のお遊びと侮っていたよ」




