夢と現実
目を開けると、そこは午後の庭でした。
うららかな木漏れ日に、草木が揺れています。
手前に白い花をつけた低木がこんもり盛り上がり、奥の高木には大輪の赤や、黄色の小花が群生しています。
自然を再現したこの庭は、私の胸部に稼働する動力源にして、博士がお作りになった最後の作品、立体庭園その情景です。
人間と同じように、機械仕掛けの私も電脳内の情報を整理するため、毎日一定時間の睡眠を必要とします。
その際自己認識は、一時的に動力部へ移動します。
つまりここは、睡眠時における休憩場所。
この庭で目覚めるときは、大抵どこかに腰掛けています。
今日は建物の裏口、上がり階段の一番下だったのは、直前に見た光景が影響しているのだと思われます。
石造りの素っ気ない階段と、錬鉄の手摺り。石と地面の隙間から、紫の花をつけた草が背を伸ばしていました。
見上げる空は、陽光で白く眩しく滲むばかり。
それは木々の果ても同じ事。
夢に分類されるこの情景内では、私の体も仄白い素体のような姿で再生されます。
素っ裸みたいで気分はよろしくありませんが、他人に見られることはまずございませんので、大丈夫。
と、思って前を見たら、木立の向こうに人の横顔が見えて「⁈」たまげました。
こんなのは初めてです。
ガゼボのような建物内、庭用の優美な円卓セットに腰掛け、花柄のティーカップを持つのはドレス姿の女性でした。
気負いのない美しい座り姿は上品そのもの。
顔は不自然に陰が差し、容貌は判別出来ません。
豊かなまとめ髪がたおやかに傾ぎ、ティーカップの縁に艶やかな桃色の唇が触れます。
動き合わせて、イヤリングが小刻みに震えました。
光をはらむような大きな真珠の一つ玉には、見覚えがあります。
あれは……真珠様?
私の再起動場所はベッドの上でした。
体内時計が、意識を失っていた時間はきっかり四十五分だと告げています。
立体庭園の内部で見た映像は、それが動力源内であるせいか、あまり記録に残りません。
普段とは違う何かを見たような気がしますが、時間を計測中に後頭部からすっかり流れ落ちてしまいました。
重要な光景だったと思うのですが……。
「――大丈夫か?」
声がした方へ目を向けると、椅子に座るご主人が見えました。
片手に冊子を開き、背後には白いカーテンが引かれています。
どうやらここは、大学の医務室のようです。
私は体を起こし、
「問題ありません。お騒がせしました。そして命令に背き、申し訳ございません」
「なに、私もお前さんの仕様を失念していたよ」
軽く笑うご主人に、さしも私も殊勝な態度で謝罪します。
死体を見て気絶したと聞けば、深窓の令嬢のような、羨望にも似た儚げなイメージを抱かれるかもしれませんが、当事者はそれどころではありません。
打ち付けた箇所はじんじん痛みますし、人前でぶっ倒れるなど、みっともないにも程があります。居たたまれなさで、自分の尊厳を貶めてしまいそうです。
ついでに変死体という、これまでにない情報を精査しようとしているのか、読み込みもしていないのに勝手に映像が電脳内で再生されようとするのにはうんざりです。
仕様とはいえ、自制心の大切さが身に染みます。
精神衛生上よろしくない記録は、別フォルダを作って、一時的に隔離、後に外付けの記憶媒体へ移すことで健全さを保つようにしてきましたが、仕事中につき、その装置を使えるのは宿に戻ってから。暫くはこの記憶を脳内に保管しておかなくてはなりません。
うう、ヤだなあ……。
項垂れ、リボンタイを結びながら、私ははっと気付きました。
「そう言えば、事件に関与した学生達は医務室で亡くなられたのですよね……」
こんな事を言いたくありませんが、人がお亡くなりになったベッドを使うというのは薄気味悪いというか、肌がざわつきます。
「いや、ここの医者に聞いたが、毒の影響を考慮して、事件後医務室の場所を変えたそうだ」
「あ、そうでしたか……」
申し訳ない気はしましたが、私はほっと胸を撫で下ろしました。
「ついでに医者も先の事件のショックで辞任して、今いるのは入ったばかりの新任だ」
その新任の校医さんは、ひょろりと背の高い眼鏡の青年でした。
「特に異常はありませんが、暫く安静にして下さいね」
控えめに笑って、校医さんは医務室を出て行かれました。
学長に呼ばれているそうです。
私達は暫く医務室で待機です。
ご主人は意識を失った私を担ぎ、元来た道を引き返して外へ出ると、驚く学長達に内部の状態を手短に伝え、警察に通報することを勧めて医務室へ移動したそうですが、状況の方が先に動いていました。
「通報するまでもなく、警察の方が事情を聞きに大学へ来た。街であれだけ噂になっているんだ。警察も動かざる終えなかったのだろう。
今学長が対応をしている。終わるまで待ってくれと頼まれたよ」
「かえって噂を煽りませんか?」
「警察は一連の大蛇騒動は全て大学に起因していると見ていようだ。川に漂着した大蛇の正体がキラだと明かされたことで本腰を入れた、といったところだろう」
「ですが、川で発見されたキラ大蛇は、街で暴れたものとは別だったのでしょう?」
「まあな。その辺も含めて、警察は何か情報を掴んでいるのかもしれん」
他人事に話すご主人ですが、私は少々落ち着きません。
……おかしな事にならなければよいのですが。
程なく、学長秘書と名乗る女性が医務室へやって来ました。
体調が回復しているなら別室へ案内するとの事ですが、言外に学生との鉢合わせを危惧していることが分かりました。
よって、彼女に導かれ医務室を後にします。
移動中、すれ違う学生達の話題は大蛇騒動でした。
キラという単語も聞こえます。
私達がいるのは教員や職員用の事務区画で、学生の姿は少ないというのに、その少数ですら口の端に乗せるのですから、一連の騒動に対する関心度の高さが窺えます。
案内されたのは、部屋の中央に大きなテーブルが据えられた会議室でした。
私達を部屋に通すと、秘書さんはすぐに頭を下げ、足早に退室して行きました。
対応に追われているようです。




