魔導器
こめかみを押すような重い音の発生源は、壊れた作業台の下からでした。
死角につき、発生源を確認することは出来ませんが、そこから突き当たりの壁に向かって、光が照射されているのは分かります。
正面の壁面にくっきりとした光が浮かびました。
下半分を残して破かれた、画用紙のような形をしています。
光の中で、何かが忙しなく動いていました。
人。複数人の下半身が歩き回っています。
服装は、街で私達を尾行していた青年に通じるものがありました。
もしや、この研究棟を占拠して実験を繰り返していたという学生達……?
『――映ってるか?』
唐突に音声が入りました。若い男性の声です。
少しくぐもっていますが、言葉は聞き取れます。
『早くこっちに来い』『並べって』
はしゃいだ声と、それを叱責する声もどこか浮かれています。
「過去の記録映像か……?」
映像を見つめ、ご主人が驚いた顔で呟きました。
「プロジェクター」
映像を照射する映像機器。私の口が勝手に言葉を紡ぎました。
腰から下だけの学生達が、こちらに向かって押し合いへし合い、子供のようにふざけながら横に並び、わざとらしく咳払い。
『――えー、女王、見えるか? 約束より一日早く完成したぞ』
代表者と思しき真ん中に立つ人物が、隣から肩を叩かれながら、手に持った何かを高く掲げるような素振りをしましたが、肝心な部分は画面外です。
『じゃじゃーん』『注目注目っ』囃し立てる声が聞こえ、端に立つ一人が片膝を付き、代表者を引き立てるように手を伸ばしていますが、それでも肩から上は画面の外。
だというのに。
代表者が微笑んだのが分かりました。
誇らしい声で、確かに告げます。
『見てくれ』
『こいつが俺達が完成させた魔導器――』
カチリと何かがはめ込まれるような小気味よい音が、電脳内に響きました。
私の足が機械的に前進します。
「その情報の詳細を――」
「――そこを動くな!」
歩き出した私に、ご主人が鋭く叱責を飛ばしました。
滅多にないご主人の怒声に、広間へ踏み込んだ私は、はっとなってたたらを踏み、見てしまいました。
ご主人の背後、暖炉脇に足を投げ出してもたれかかるそれ。
広間の開口部から移動することで視界に入ったのは、紛れもなく人間の、原形留めぬ亡骸でした。
視覚がその形状を、食いちぎられた人間の残骸を、つぶさに記録していきます。
「――……」
動力部が過剰に駆動、電脳内でエラー音が響きます。
高速で処理されていく映像情報に、しかし思考と認知が不協和を起こしたようです。
負荷を遮断すべく、外部との感覚器官が強制終了、シャットダウン。
目の前が真っ暗になりました。
ご主人が魔導書を求めるように、私にも目的があります。
魔導師を探す。
私がご主人にお仕えする理由です。
自分が最後の一人だと博士は仰っていましたが、私はどうしても探さなければならないのです。
理由は分かりません。
私が起動した時から、探さなければならないという命令、使命が、予め電脳に組み込まれていたのです。
最優先事項として組み込まれたこの命令は、私の行動を限定します。
新規の状況において、魔導師、魔導術に分類されるワードがヒットした途端、その情報を得ようと体が勝手に動くということです。
ただ強制命令ではないのである程度コントロールは効きますが、今回は気を抜いてこの様です。
原因は調査するまでもなく魔導器。
魔導術を固定させる古の機器。
失われた技術。
永続効果が見込めないはずのキラによって、三ヶ月間封鎖されていた研究棟、その謎は、戯れに嘯いたご主人の言葉が的を射ていたようです。
けれど。
魔導師に匹敵するこの偉業を、本当に学生達だけで成し遂げたのでしょうか?




