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調査

「……暴れませんでしたね」

私は銃身の下の固定ピンを下げ、リボルバー本体からシリンダーを外しました。

調合弾は、発砲時に薬莢内の霊薬を活性化させるまでは砂糖菓子程度の強度しかなく、リロードはもっぱらシリンダー交換で行います。

弾倉に調合弾薬が充填された予備のシリンダーを本体へセットし、空薬莢が詰まった使用済みはポーチへ収納。

「前回相手をした魔獣は、調合弾をたたき込んでも殻の礫で反撃してきましたが、今回は大人しかったように感じます」

壁面の残された拳大の凹み、あれは魔獣が殻の突起を飛ばした跡だったわけですが、それらを眺めながら感想を述べます。 

「薬の調合を変えたのだよ。ケチると碌な事にならん」

先の失敗を思い出してか、ご主人は苦々しく言い、魔獣だった砂山に近づきました。

表面に残された爪や鱗を軽く拾い集めると、足で砂山を崩していきます。

「――あった」

ならした砂の間に目的の物を見つけたご主人は、拳大のそれを拾い上げ、レンズで砂を払って、目線の高さに掲げました。

窓からの陽光を受け輝くそれは、一見すると琥珀の塊です。

溶けかけた氷のような表面の中に、夕日のような輝きがとろりと揺れ、角度を変えると金と赤が刺すように閃くこの塊は、魔獣の生命力の結晶、魔獣核です。

見た目の美しさ以上に、大変貴重な品となっています。

それもそのはず。

私達が術の燃料として使用するあの黄金の霊薬、その単一原料こそが魔獣核であり、魔獣と魔導術の因縁そのものとなっているからです。

「……悪くない」鑑定し、ご主人は魔獣核を、大きな術札に、丁寧に包みました。

「――だが、調合の件をさっ引いても、身動き一つしないとは珍しい。相当弱っていたようだ」

「三ヶ月間ここに閉じ込められていたのですから、空腹で力が出なかったのでは?」

「その程度でこいつらが大人しくなるなら苦労はない。それに腹が減れば凶暴さは増す」

ごもっともな指摘でした。

別の要因を考える必要があるみたいです。

「と言うより、そもそもここに魔獣がいることが問題なのだが」

ざっと見たところ、室内には魔獣が外から入り込めるような穴などは空いていません。

人の手で搬入した、というなら、それこそ開かずの檻でもなければ不可能です。

「ここに保管されていた魔石から孵化したと考えるのが順当です。察するに、孵化場所は壊れた作業台の上と思われます」

「まあ、それだろうな」

 目線を奥の作業台に向け解答する私に、ご主人は感慨なく相槌を相槌を打ちました。

魔物、そしてその残骸である魔石が害悪とされる最大の理由。

それは魔石から魔獣が孵化する点あります。

つまり魔獣の卵、ないし蛹の状態が魔石なのです。

「――だが、地上で孵化するには数が必要だ」

魔獣が孵化するには、魔石が大量の魔素を吸収するか、魔石同士が融合するかの二通りがございますが、魔素が希薄な地上では、魔獣が孵化する原因は後者が主流となっています。

「鉱物標本程度の数や大きさではまず孵らん。魔石を大量に購入していた事になる」

危険な毒鉱物として認識されている魔石。

それを研究目的で大量に買い付ける理由。

「ご主人が仰っていた超常実験でしょうか?」

「それしか思い浮かん」

主従揃って嘆息です。

魔獣核だけでなく、魔石そのものからも、霊薬を作り出すことが出来ます。

そして、魔石を原料とした霊薬には非常に有名な別名がございます。

錬金術師が求める究極アイテム、と言えばお察しいただけると思いますが、悲しいことに、オカルトブームの影響で、胡散臭いインチキアイテムとして世間では認識されている模様です。

「賢者の石」

ご主人は溜息交じりに言いました。

「魔石から黄金の秘薬、賢者の石が生成出来る事は、古文書にかなりの記録が残っている。失敗して魔獣に囓られたって話と一緒にな。

ここの学生達も、オカルト流行に則って神秘主義を実践し、例に漏れず失敗したのだろう。魔獣が潜んでいた時点で察していたよ。……だが」

ご主人は暖炉に顔を向け、目を細めます。

「魔獣が孵化したのは、大量に保管していた魔石が爆発の衝撃で接触、融合したとして、肝心の爆発が妙だ」

「と、言いますと?」

「暖炉内でコイツを拾った」

どこから取り出したのか、ご主人は陶器の破片を顔の高さに掲げました。

それは割れたコップの底の部分に見えます。

湾曲した表面には、ごく薄く、連続的な模様が描かれているのが確認出来ました。

「……キラですね」

「模様だけなら」

「爆発物の残骸に見えますが」

「恐らく」

含みを持たせるご主人。

察して、私は視界に背後の映像を持ってきました。

扉に張られた札の図柄を拡大、ご主人が持つ破片の図柄に透過して重ねます。

「……図柄が扉を塞いでいる札と一致しました」

「なるほど」

驚きもせず、ご主人は続けます。

「学生達は火の取り扱いには注意していたらしいな。暖炉周りに余計な物が置かれていた形跡はない。爆風で吹き飛ばされたとしても、ここまで綺麗にはならん。それに爆発自体小規模だ。焼却処分しようとした廃棄物に可燃物が混ざっていたとも考えられるが、爆発を起こすような薬品類は――ざっと見、ない」

作業台を確認して、ご主人は首を戻しました。

手元の破片に、皮肉と好奇が混ざった視線を落とします。

「学生達は黒煙に追われて研究棟内から逃げ出したと聞いたが、火災の痕跡どころか煤煙すら残っていない」

それは私も気になっていました。

私の立ち位置からでは、部屋の奥の詳細は確認出来ませんが、天井や壁に煤汚れ一つ見当たりません。

ご主人はすっと目を細めました。

「現場の状況から、火のついた暖炉に何らかの爆発物が混入したのは間違いない」

キラ(?)の破片を片手に、ご主人は体ごと暖炉を向くと、上を見ました。

古い石造りの暖炉棚の背後、壁に埋め込まれた暖炉設備を見透かすように、

「例えばこのキラもどきが、金貨の如く投げ入れられたとしたら?」

「まさか、そんな」

「魔獣の孵化にはもう一つ、危険な裏技があったな」

続くご主人の言葉に、私は自分の体が硬直するのを感じました。

魔獣の孵化に魔素や魔石が大量に必要になるのは、魔物が共食いをして力をつけてる必要があるからです。

そしてこれらの手法では、魔獣の孵化はコントロール出来ません。

……背後の玄関扉がやけに気になります。

ご主人は破片を回し見しつつ、

「爆発はおまけか……」

すーと私の背に悪寒が走りました。

もしそうだとしたら、黒煙の正体は自ずと判明します。

「……ご主人。もしやこれは事故ではなく、推理小説の題材に押し込めた方が良い案件では?」

「よもやの探偵の本領発揮か?」

「え? 嫌です。推理小説は就寝前にベッドの中で読むのが一番です」

「この状況、それしか考えられん」

狼狽える私に、ご主人も渋面で唸ります。

「仮に魔獣を意図的に孵化させたとすれば、犯人は魔導術の知識を持っていたことになります」

「ところがどっこい、その辺の小技も古文書にはしっかり記載されていたりする」

「な、何故先人はそんな情報まで残したのですっ?」

「後の世に魔石の危険性を伝えるためだ」

「完全に裏目に出てます!」

「善意で舗装された道は悪党が歩く。教訓にはなったな」

悟りきった顔でご主人は頷きます。

……先人は魔石と一緒に、悪党の危険性についても記録しておくべきでした。

と、先人の心配性に文句を付けても仕方ありません。 

「――事件の背後関係は分からんが、ここで行われていた実験について、少し見ておこうか」

ご主人は歩きながら、

「お前さんは、暫くそこで待機だ」

再び私に指示すると、今度は作業台の上に、開かれたまま残されていた冊子をめくり始めました。

壊れていない方の作業台は、真ん中に実験道具が集められています。

ガラス容器用のスタンドといった背の高い道具は倒れていましたが、元は整頓されていたことが伺えます。

冊子やファイル類も、数冊が開いたまま置かれている以外は本立てに納められて、行儀の良いことです。

冊子の内容を目で追っていたご主人は「?」不意に眉を寄せました。

徐々に表情が険しくなっていきます。

「……まさか……」

呟き、紙面に目を向けながら別の冊子を手に取り、何かに気付きました。

「……これもキラか?」

開いた冊子の下に入り込んでいた手の平サイズの黒い板を手に取り、掴んだ指で表面を押すと、ブン、と重低音が響きました。


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