魔獣
私は背負い鞄のサイドポケットに右手を回し入れ、リボルバーを引き抜きました。
探索用レンズに重ねて照準レンズを起動、ガイドに従い、魔獣と表示された塊の中心部めがけて二連発。
ちなみにこのリボルバー、実弾ではなく、ご主人が調合した弾丸の形をした錠剤、調合弾が発射される仕様となっておりますので、人への殺傷能力はほぼございません。
調合弾は、一発目は石を穿つような音を立て塊の表面で圧壊しましたが、同じ場所を狙った二発目は、潰れた一発目の残骸と一緒に内部にめり込みました。
塊の内部で弾の形が崩れ、溶けた錠剤が浸透する様子が、金色に表示されます。
塊が小刻みに振動、天井から剥がれ落下しました。
ゆっくり後退したご主人と入れ替わるように、空中で半回転した塊が砂袋を叩きつけるように着地、振動で床に散乱した物品が跳ね上がります。
探索用レンズを消し、照準ガイドのみとなった視界に映ったのは、リクガメの甲羅のような殻を背負った生物でした。
殻の下に埋もれた胴体から、鱗に覆われた爬虫類の四肢が真横に突き出ています。
頭部も殻に隠れていますが、出目金のように左右に飛び出た目玉と、氷柱のような刺が下がった下顎は確認出来ます。
殻の向こうでは刺のついた長い尾が、威嚇するように左右に揺れていました。
鱗は黒雲母に似ています。鋭くささくれ立って、まるで剣の切っ先を束ねて作った鎧のよう。
殻も表面に規則的に群生したフジツボのような突起物が並び、ガラス質の断面を持つそれらが生物とは思えないギラついた輝きを放っていました。
窓から差し込んだ光が殻や鱗に乱反射し、時折上部に油膜のような虹色の傘が浮き上がって見えます。
調査員が目撃した虹の正体はこれです。
この巨体を目視で発見できなかったのは、この殻が光を拡散させ、光学迷彩の役割を果たしていたからです。
魔獣。
生息地は地底、もしくは遠洋とされていますが、稀に人里でも生息が確認出来る、恐らくこの世で一番の危険生物。
その生態は、通常の物理攻撃を一切受け付けない事以外は未解明。
古代帝国で魔導術が発達したのも、魔獣を駆除する目的があったからです。
ですがそれ以上に、破壊の化身とも伝わるこの生物は、魔石同様、魔導術とは切っても切れない縁で結ばれています。
「やはり魔獣か」
逆手で抜いた短刀を器用に回転、順手に持ちなおし、ご主人が忌々しく顔を歪めました。
「何体だ?」
「一体です」
「任せられるか?」
「何なりと」
言い終わるやいなや、私は弾倉内、残りの弾丸四発を連射しました。
最初の着弾点近くに二発、残りはぎょろぎょろ動く目玉に一発ずつ命中。
魔獣は仰け反り、大口を開けて絶叫しました。
恐ろしい牙がびっしりと生えた口内から迸る断末魔は、黒板を爪で引っ掻くあの嫌な音そのものです。おまけに大音響。
その威力ときたら、接着された窓ガラスさえビリビリ振動させるほど。
接着剤が薄かった部分がガラスのように割れて落下、木箱の山が崩落を起こしています。
耳飾りのレンズが空気の流れを遮断していなければ、鼓膜が破れるところでした。
ついでに磯臭い口臭も撒き散らされました。
調査員から聞き取りをした時点で魔獣が潜んでいる可能性に行き当たりましたが、屋内へ侵入した際、鼻をついたこの臭いが決定打となりました。
断末魔は唐突に途切れました。
硬直した魔獣が、瞬間、凍結したように白濁しました。
完全に活動を停止した直後に起きる、石化現象です。
バキ、と鈍い音を響かせ、殻の天辺に亀裂が入り内側に陥没、一拍おいて、ぐしゃりと魔獣は輪郭を失い、砂の城が崩れるように崩壊しました。
曇り空のような色をした砂の一山、その斜面を、鱗や爪、刺といった特に硬い部位が、石化後の形状を保ったまま流れています。
私はふっと一息、肩の力を抜き、
「退治完了です」
銃を下ろしました。




