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一階

廊下の突き当たりにあった階段を使い一階へ降りると、玄関ホールに出ました。

アーチ型の大きな玄関扉には、十センチ四方の札がびっしりと貼られています。

「納札か?」

ご主人は呆れて顔をしかめました。

これが玄関を塞いでいるのでしょうが、札は子供の悪戯のように無造作に重ね張りされ、よれたり端がめくれている箇所が散見します。

それに貼り方にも違和感があります。

私は扉を見回し、

「外枠や扉の境目に札がまたいでいません。開いた扉の裏に札を貼った後、外へ出て扉を閉め、封鎖したと思われます」

「それも大急ぎのやっつけだ。その割りには小賢しい真似をしている」

「屋上のように、外から封じた方が手間はかかりませんが」

「それが出来ない理由があったのだろう。が、その辺はさておき――」

ご主人は扉にレンズがはまった右手をかざし、左右に動かします。

札は、白地の厚紙に黒インクで一般的なキラの図柄が描かれただけの単純な造作です。

露店の粗悪品でしょう。チップも仕込まれていません。

紙かインクが劣化したのか、空気の防御越しにも金臭さと生臭さが鼻孔をかすめ、不衛生さを感じます。 

これも採集対象ですが、これまで回収した品とは、使い方といい、品質の落差といい、かなり趣が異なっていいます。

「――ご主人、確か入り口はキラとは別の術で封じられていると仰っていましたね」

「ふむ」ご主人はかざしていた手を止め、

「キラに見せかけているが別物だ。インクに魔石の粉を混ぜている」

「……」

私は無言で扉から一歩後退しました。

対してご主人は腕を組み、前屈みになって、札を覗き込みます。

「魔石を使った古典的な黒魔術か。どこぞの古文書を引用したらしいが、一応効果は発揮している。オカルト流行が原点回帰したらしいぞ」

「危険です」

私は鋭く意見しました。

魔石の粉は魔物の一部、猛毒の上に、不完全ながらも活動しています。

いわば微生物の集合体のようなもの。

札の図柄が蠢いているような錯覚がして、総毛が逆立ちました。

「すぐに処分すべきです」

悪寒を押さえつつ、冷静に提案する私に、ご主人はのんびりと、

「そうしたいのは山々だが、まずは依頼主へ報告せんとな」

「これを採集するのですか?」

声に不平が混ざってしまいましたが、これは生理的嫌悪に由来するものですので不可抗力です。

「仕事だ」

警戒する私に構わず、ご主人は端がめくれた一枚を無造作に剥がすと、ポーチから取り出した術札を重ねて筒状に丸め、同じくポーチから引き抜いた試験管の中へ入れました。

口は小さい術札を被せ、紐で縛ります。

「頼む」ご主人が半端に紐の端が垂れ下がった試験管を、私に差し出しました。

「かしこまりました」

少々強ばった手つきで、垂れた紐の端を花結びにします。

ご主人は私の手元を感心したように眺め、

「上手くなったな」

「恐れ入ります」

封印が完成した試験管を、中で転がらないよう採集鞄の端っこに押し込み――ついでに霊薬入りのクルミの殻を寄せておきましょう――採集完了です。

「これだけきつく封じておけば問題なかろう。――で、扉の方は」

ご主人は二枚の術札を左手に乗せ、右手で刀印を結びました。

ご主人の力にレンズが反応、風の術が働き、短冊状の術札が一枚ずつ、ゆっくり扉に向かって前進、左右の扉の真ん中付近に、右左と順に張り付きました。

「被せただけだが、仮止めならこれぐらいで充分だろう」

「玄関からの出入りが出来ませんが、よろしいのですか?」

「ただの勘だが、今こいつを祓うのは得策ではない気がする」

「物的証拠として保存なさるのですね」

「そんなところだ。――さて」

ご主人はわざとらしく顎に手を掛けました。扉を見上げ、

「これはどう解釈したものか……」

「事故のどさくさに紛れて、研究成果が持ち出されるのを懸念した学生達による小細工と考えられます」

「ふうん?」

チラリと促すようなご主人の視線を受け、私は続けます。

「屋上と同じく、事件後、秘密裏に研究棟に出入りした人間がいた可能性を示唆しています。ですが、封鎖方法の違いから、学生達とは別の思惑を持った者だった可能性がございます」

「……きな臭さが増してきたな」

淡々と推理する私に、ご主人はあやしく笑いました。



玄関ホールと隣室は垂れ壁で仕切られており、開口部の向こうは広間になっていました。

「ここが研究室か……」

事件現場につき、まずは外から内部を観察します。

頑丈な角柱に支えられた開放的な空間は、意外にもがらんとしていました。

少々薄暗いのは、窓を塞ぐように積まれた木箱のせい。

室温は低く、磯臭さが鼻につきます。

空気の流れは停滞し、まるで地下室のよう。

階段塔で感じた空気が、ここで沈殿していました。

ご主人が期待した魔導器の類いは見当たりません。

目につく物と言えば二台の大きな作業台ですが、奥側の一台は、半分くらいへしゃげていました。

それも、何か巨大な物体に踏み潰されたような壊れ方です。

「……はあ」ご主人が額に手を当て、盛大に嘆息します。

壊れた作業台の周囲には、椅子代わりに使われていたと思しき木箱が倒れたり蹴散らされたりして、当時の混乱振りが窺えます。

……さぞかし驚いたことでしょう。

床は実験道具が転がり、紙や割れたガラス容器の欠片やらが散乱して大変危なくなっています。

突き当たりの壁面には、拳大の石礫がめり込んだような窪みがいくつか見えますが、今は無視して左右の扉に着目です。

位置的に、右側が半透明の接着剤で塞がれていた階段塔への出入り口でしょう。

室内の左手、奥の方の壁には暖炉が据えられていました。

爆発はこの内部で起きたようです。

暖炉周辺の床が、飛び散った灰で白っぽくなっています。

石炭入れのバケツが、暖炉から離れた位置で横転しているのも発見しました。

ただ、爆発が起きた割りには、暖炉周辺はそこまで荒れていません。

煤汚れも見当たらず、火災も起きていないようです。

……確か当日の目撃情報で、室内には黒煙が充満していたとあったはずですが……。

暖炉の真向かいの窓は、外から板が打ち付けられていました。

爆風で吹き飛ばされた箇所でしょうが、これも二枚だけと、損壊としては軽微です。

そしてその並び、右手は完全に物置となっていますが、これは外からの視線を遮る目的があったらしく、窓を背にして木箱や棚が置かれていました。

「あれは……カーテンでしょうか?」

積み木のように積まれた木箱の上には、天井近くの壁から垂れ下がった、半透明の皮膜のようなものが被せられていました。

防塵用の薄布に見えますが、明らかに硬化しています。

「階段塔の出入り口を塞いでいた物に似ていますね」

望遠レンズを拡大すると、出所は壁の端から端まで渡された、細長い木箱のような物の下からだと判明しました。

「上にもある。キラだな」

ご主人は開口部の真上を見上げ、

「似たような仕掛けの術を見たことがある。風を滝のように流して戸や部屋を仕切り、埃や虫の侵入を防いでいた。野分簾のわきすだれと呼ばれていたが」

「エアカーテンですね」

「ほう? こちらではそう呼ぶのか?」

「いえ、ただの電脳内の記録です。――固まっていますね」

「硬化前の物を、あのキラを使って流したようだな。どうあっても、この研究棟を外部から隔離したかったらしい」

ご主人は何と言えない顔になりました。

研究棟を封鎖した理由について、主従共に言及しないのは、既に私達の頭には、結論に近い一つの可能性があるからです。

「――少し中を見てみるか。お前さんはそこから調べてくれ」

そう言って、ご主人はお一人で室内を調べ始めました。

窓側の状態を検分し、作業台に残された鉱物や薬瓶のラベルを確認、暖炉の中を覗き込んだりと、ご主人は室内の様子を大雑把に見て回ります。

開口部で待機する私は、指示通り、周囲の温度を測定する探索用のレンズを起動させました。

眼前に、青と黄緑が混ざった抽象画のような映像が展開されます。

「窓の温度が低いように感じます」

木箱の隙間から日差しは差し込んでいるのに、表示されるガラスの色は青。

「あの接着剤の影響だろう」

「それと、ご主人の真上に反応がございます」

鮮やかな暖色の人型に表示さたご主人の頭上には、天井に張り付く真っ黒い塊が見えます。

大きさは牛程度。

ドーム状に垂れ下がっていますが、天井との接着面には爬虫類の四肢と長い尾が広がっています。

べた塗りされた黒は計測不可能、未知を現しています。

間を置かず、塊の輪郭が多角形の平面を貼り合わせた形へ切り替わりました。

単純化したその形状を即座に分析、判定結果の文字列が表記されます。

「――魔獣です」


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