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探索

廃屋同然の、それも悲惨な事故現場となった建物に入るのはさすがに緊張を伴います。

無骨な石造りの階段は、壁沿いに設置されていました。

隙間のような細長い窓から光が差し込み、薄暗いながらも視界に不便はございませんが、手摺り等の補助はなく、中央は吹き抜け。歩行には注意が必要です。

真昼の陽気さや大学内の活気は完全に遮断され、底からひんやりとした空気が上がってきます。

しんと静まりかえった内部は、まるで現実から切り離された異空間。

知らず、身が引き締まります。

薬品や化学物質といった類いの刺激臭はありませんが、空気の防御越しにもカビ臭さと誇りっぽさを感じます。

それに、僅かですが磯のような生臭さも。

私はポーチから折り鶴を取り出しました。

「鳥を先行させますか?」

「――やめておこう。刺激する恐れがある」

ということで階段を下り、事件現場となった一階へ下りた私達は、 

「……これは何でしょうか?」

扉を塞ぐ、半透明の物体に進路を阻まれました。

扉の上部に向かって、シロップのような粘性のある液体をバケツで何度もぶちまけ、それが流れ落ちる途中で硬化すると目の前の状態になると思われます。

扉の真ん中辺りから裾野のように広がる半透明の、床に近い傾斜には、バケツが半分ほど埋もれて固まっているので、先に挙げた推測はほぼ正解だと判断出来ます。

首を巡らせ、裏玄関の扉を見れば、そちらも同じような有様です。

「大慌てで扉を塞いだように見えます」

嫌な予感が増大です。

「らしいな。しかしこいつは一体何を使ったのだ?」

レンズ付きの右手をかざし物体の状態を調べながら、ご主人は左手で腰ポーチからペンサイズのタガネを引き抜きました。

逆手に握り、氷を割るように半透明に突き立てていきます。

「――おっと」

破片を散らし、三度目でタガネは半透明を深く抉り、ボロッと拳大の塊が落下、ご主人は難なく受け止めました。

「……弾力がある。樹脂に似ているな」

割れ口を検分し、ご主人は首を捻ります。

「手持ちの道具でこれらを除去するのは非効率です」

「だな」ご主人は頷き、割れた塊を採集鞄に収納。

上階を仰ぎ、

「仕方ない。二階から入るか」

異常が見られなかった二階の出入り口へと引き返します。




二階の扉はすんなり開きました。

開いた先は一直線に長い廊下でした。

等間隔に並んだ窓から日差しが差し込み、視界は大変良好です。

左側には各部屋の、扉のない出入り口が、これまた等間隔に並んでいました。

「こいつか……」

扉の側の窓を見回したご主人は、下の窓枠を覗き込みました。

そこには黒くて細長いネームプレートのような板が、窓枠に貼られていました。

表面には、幾何学模様と両端がドットになった折れ線がびっしり書き込まれています。

おもむろにご主人は窓ガラスを指の背で叩きました。

石壁を小突くような無反響が返ってきます。

下窓を持ち上げようとするも、びくともしません。

ご主人は黒いプレートを剥がし、もう一度ガラスを叩きました。

今度は窓枠ごとガラスが震えます。取っ手を掴んで下窓を持ち上げると、立て付けの悪さはともかく、開きました。

開いた窓から、外で待機している学長達が見えます。驚いた顔でこちらを見上げる彼らに、私は軽く会釈します。

「典型的なキラですね」

「ああ。それもかなりの良品だ」

プレートを傾けると、幾何学模様に光が流れました。

色は寒色のグラデーション。鳥や虫の羽に見られる構造色に似ていますが、ただの反射ではないと示すように、呼吸するような光の強弱も確認出来ます。キラの名の謂れとなった輝きです。

ご主人はプレートを元の位置に貼ると、窓を下ろしました。閉まった途端、窓は再び石のように沈黙。プレートも、裏に磁石でも仕込まれているかのように、窓枠に張り付いています。

「鍵代わりに使っていたのか」

廊下の窓枠には、全て同じ仕掛けが施されていました。

「ここを占拠していた学生達が持ち込んだのだろうが、さて、キラの人気と相場は分かりやすく比例していたな」

質の良いキラは高嶺で取引されています。しかも狙い通りの効力を発揮するとなれば、かなりの高額商品。窓に貼られた数を考えれば、相当な金額となるでしょう。

私は白々と、

「学生さん達、随分と太いご実家をお持ちだったようです」

「判断するのは早急だ」

調べたプレートをもう一度剥がし採集鞄へ納めると、ご主人は歩き出しました。

慎重に廊下を進みながら部屋の中を窺います。

小部屋は。問題のある学生達がたむろしていたという割りには綺麗に片付いていました。

ベッドがあるのは、ここに泊まり込んで研究をしていたからでしょう。粗末な毛布が大雑把に畳まれていました。

「これもキラのようです」

室内を覗き込んだ私は、扉の近く、目線の高さに取り付けられた長方形の小箱を示します。窓の施錠に使われたキラと同じ模様が入ったそれに「どれどれ……」ご主人が手を翳すと、途端に、ビーッと耳をつんざくような機械音が大音量で鳴り響きました。

「待て待てっ!」ご主人は慌ててキラを停止。ぷつりと音が途絶え、大きく嘆息。

「警報器か?」

「無線式の伝声管と思われます」

コツコツと指先でキラを小突きながら、内線のようなものだろうと当たりをつけました。



「――疑問がございます」

伝声管キラを入れた採集鞄の蓋を閉め、私は廊下を振り返ります。

「キラは建物の施錠には向きません」

不透明な物体で接着されていた階段塔一階は省くとして。

「扉や窓が気まぐれで開閉出来ないとあって生活に支障をきたします。にもかかわらず、この研究棟は三ヶ月もの間、キラによって封鎖されていました。これは一体――?」

「そこは私も気になっていた」

少し考え、ふとご主人は何かを思いついた顔で、

「――質流れした古代帝国の遺産が魔導器だったことは知っているよな?」

「豪商に買い取られ、国外へ流されたとも聞き及んでおります。転売としては最低に分類されます」

「国によっては重罪だ。それで、その魔導器の中にはエネルギーを発生、拡散させる機能を持つ物があったそうだ。要は周囲の魔導器にエネルギーを供給するための魔導器だが、キラもその効果を受ける事が出来たとしたら?」

ご主人がにやりと笑いました。悪巧みを持ちかけるような秘密めかしたお顔は、私の経験から推測するに、世迷言を口にする前触れです。

よって私も塩対応に徹します。

「魔導器が稼働していると仮定するなら、学生達が起動させたことになります。魔導術の心得もなく、古代の機器を動かせるかどうかは疑問です」

「地方貴族が保管していた魔導器は、照明や空調といった日常で使われた物が殆どだったと聞く。私の術のように、ボタン一つで誰でも操作出来たという話だ」

もっともらしい顔で頷くご主人に、私は淡々と、

「現在、魔導器はすべからく重要文化財に指定され、個人で所有することは禁止されております」

「何事にも抜け道はある。ここの学生達は大層裕福な出自、というのが、お前さんの見立てだったな。実家でこっそり保管していた魔導器を持ち出したとすれば、どうだ?」

「よしんば魔導器が稼働していたとして、燃料が問題です。古代帝国の遺産はすべからく霊薬を消費して稼働します。現在霊薬を製造する方法はローテクの三通りのみ。そのいずれも魔導術の心得が必要です」

「おや、お前さんは知らなかったのかい?」

意外そうな口調で尋ねるご主人に、私は眉を寄せ、

「何がでしょう?」

「古代帝国の魔導器は、基本機能を維持するために、燃料はある程度自動回復するのだよ」

「え? そうなんですか?」

思わず素で聞き返してしまいました。

「ああ。爆発的な駆動には霊薬を投入する必要があるが、魔導器は一度稼働させると、壊れるまで動き続けるようになっている。休止はしても停止はしないそうだ」 

「それは……知りませんでした」

適当を語ること多いご主人ですが、こと魔導術に関しては、曖昧な情報は口になさいません。

可能性としてはなきにしもあらず、のような気がしてきました。

「何より、この王立大学には前例がある」

「前例?」

「レイ・アッシュローズ博士だ」

「それは」

もやつく名前が出ました。何だか今日は、目にも耳にもよく付きます。

「――泥炭加工品、晶炭の開発者ですね。エネルギーの効率化を図り、産業革命に出遅れていたこの国を、一気に先進国へと押し上げたと記録されています」

心情が表に出ないよう、素っ気なく概要を述べるに留めておきました。

「その御仁だ」ご主人は頷き、

「彼は王立大学に在学中、壊れた魔導器の修理に成功している。それを使って晶炭を作り出したのだよ」

「……本当ですか?」

「本当だとも」 

さすがに疑いの目を向ける私に、ご主人は堂々と太鼓判を押します。

「しかしエネルギー供給用の魔導器か。これはあり得るぞ……」

ご主人は期待を込めた含み笑いを漏らします。

どうやら話しているうちに、ご主人自身がご自分の説に乗せられてきたようです。

「ふう」と私は吐息。

「ご意見、拝聴しました」

採集鞄の肩紐を握り締め、

「では急ぎましょう」

「って、こらこら、待ちなさい」

スタスタと早足で歩き出した私を、ご主人が慌てて追いかけます。

ご主人の口車に、私も乗せられてしまったようです。



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