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魔導師と解術師

「――魔導師と解術師はどう違うのでしょうか?」

噴霧作業が一段落し、キラに薬剤が浸透するまでの待ち時間に入ったご主人に、私は間を持たせるために尋ねました。

「さて、話してなかったか?」

「説明は受けましたが、未だに曖昧です」

ご主人はご自身の職業を解術師とし、決して魔導師とは名乗りません。

仕事ぶりは魔導師と変わりないように思えますが、ご主人は、


魔導師=魔導術。

解術師=術。


名称だけでなく、お使いになる技術もはっきり区別しています。明確な違いがあるようです。

ご主人は「ふむ」と頷き、

「超常の力を操れる者がいるのは知っているな。神通力、霊能力、超能力。色々呼ばれているが、有り体に言えば、体内で練り上げた気、霊力で事象に干渉し、超常現象を起こす力だ。霊薬を使うと、その力を増幅させたり、変化を与えることが出来る」

「ご主人がお使いになる特別な力ですね」

「特別って」

ご主人は思わずといった風に失笑なさいました。

「身の内深くに眠らせているだけで、誰しも生まれながらに持っている力だ。私のように上手いこと力を使える者がいて、そういった者達が集まり開発されたのが術だ。

術は主に道具や器物に価値を付与する技術だが、利便性を追求しすぎて、何重にも術を重ね掛けし、こんがらがる事態が多発した。ついでに術を使って悪さを働くヤツも現れて、これはいかんだろうってことで術を解く専門職が現れた。それが解術師だ。

一方魔導師ってのは、術を扱う者の中にあって、頭一つ飛び抜けた天才だ。魔という言葉を荒ぶる自然現象と定め、それを読み解き、有益に導く手段を考案する者」

「……以前教示下さった内容との相違点が見られません。魔導師の職業的性質への説明が不足しているいように感じます」

眉根を寄せる私に「そうかい?」ご主人は苦笑し、

「――自然の力ってのは、人に富も破滅ももたらす。恵みの雨も、過ぎれば洪水だ。昔の人間はその加減に気の流れが関わっていると考えた。自然界の気の流れが大風や地震といった天変地異とどう関係しているのかを観測し、法則を見出そうとしたのが魔導師だ。

やり方は様々だが、広く知られているのが立体庭園キューブガーデンだな。流動する気を描く。ただの絵じゃない。動く絵画だ。それを立体に汲み上げ、内部に疑似気象を発生させ、現実のそれと共鳴させる。気の観測装置にして、事象干渉を引き起こす魔導器であり、それ自体が魔導術だ。新たな術を開発する指標にもなる。 ――つまり」

 

魔導師=魔導術=魔導器。

解術師=術=超常の機能が付与された普及品。あるは汎用技術全般。


「という感じだ」

「魔導術は魔導師か魔導器でなければ使えないのですね」

「ああ、そうさ。魔導師は芸術家だ。感性が物を言う上級職さ」

空を仰ぐご主人の口調には、憧憬と諦観が込められているように見えます。

「博士もよく絵を描いていました。もう自分が最後だと繰り返し呟きながら」

今朝、博士の夢を見たせいでしょうか。

言葉が勝手に口から零れました。

「ああ、博士は素晴らしかった。霊薬で顔料をとき、絵の具として使っていた」

脈絡のない私の呟きを、ご主人はごく自然に拾い上げました。

「国を出てすぐ彼に師事できたのは幸いだった。たった一月の、得がたい日々だった。多くを学び、受け継いだ。 ……博士にしてみれば、異国の流れ者に知識を授けるのは、不本意だったかもしれないが」

回顧するご主人の横顔には、ご自身への皮肉が差しています。

「弟子を全て失ったと、博士はずっと嘆いておられました」

「お前がいたじゃないか」

「私は人形です。人ではございません」

「そうだった。飲み食いするし睡眠も取るから、すっかり忘れていた」

「ご主人の来訪は、博士にとって最後の希望でした」

ここは絶対に譲れないポイントですので、私の口調にも力がこもります。

「そうか」ご主人はただ小さく笑みを落としました。

「お前さんがそう言うなら、そう思うことにしよう。

 さて、薬は無事浸透したようだ。始めようか」

薬剤が染みこんだ白いレース模様は、 端が浮いてめくれ上がっていました。

ご主人は木製のペーパーナイフを用意すると、剥がれ掛けたポスターのような縁に差し込み、模様に沿って一周、何もない空間に張り付いた模様を壁紙のように引き剥がしました。

剥がされた模様は、洗濯ノリを張ったレース編みのテーブルクロスそのものです。

「いや、これはまた綺麗に剥がれたな」

洗濯物を干すようにキラを眼前に掲げ、ご主人はひたすら感心しています。

「博士の隠れ家の物に似ているな。西のものは芸術性が高い。おっと」

真ん中の小円が滑り落ちたのを、すかさず私が受け止めます。

手の平に収まったドイリーのような小円に、ほうっと嘆息。

「窓ガラスに貼り付けたらお洒落ですね」

「効果はもうないぞ」

ご主人は模様を畳むと、私から受け取った小円と一緒に紐で括り、結び目に切手のような紙片を貼り付け封印、蓋を開けて差し出した採集鞄に納めました。

「鍵は一つだといいのだが」

取っ手に手を掛け静かに押すと、小さく蝶番が軋み、扉が奥に沈みました。

ご主人はいったん手を止め、

「……防御の用意を」

ご主人の術で耐久性や機能性を上げた装備品で防御力を上げます。

釣り針をひっくり返したような耳飾りの端には小さなレンズが、革手袋の右手の甲には大きなレンズがそれぞれはめ込まれています。

両方ともレンズには空気を操る術が施されていて、耳の方は頭部の空調を一定に保つ呼吸器官の保護用で、要するにマスクですね。

手袋の方は、物に直接触れることなく、空気の振動で物の形状を調べたり、砂埃を吹き飛ばしたりする事が出来るようになっています。

落下物から身を守ることも出来ますので、大変重宝しています。

ご主人の小技が効いた、屋内探索用の便利アイテム、その耳飾りを耳に引っかけ、具合を確かめていると、隣で手袋をはめていたご主人が、出し抜けに「ふっ」と小さく吹き出しました。

腹に一物あるような含み笑いです。私は訝しみ、

「何か見つけたのですか?」

「色々とな」

惚けるように言うと「さあて」ご主人は洞窟探検へ挑む少年のように、にいっと口の両端を吊り上げます。

目に危険な稚気を嬉々と宿し、

「――では、調査といこうじゃないか」


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