誘い
差し出された手紙を前に、ご主人は顎に手を掛けます。
「ほお? 私宛の手紙か。さて、差出人はどなただろう?」
「さあね。人伝に頼まれたんだよ。あんたに渡してくれとな」
面白がるご主人に、男性は如何にも面倒臭そうに肩を竦めました。
「怪しいです。受け取ってはいけません」
「俺もそう思う」
すかさず警告する私に、男性も投げやりに同調してきました。
私はきっと相手を睨みながら、
「だったらそんな事引き受けないでください!」
「金を貰っちまったんだよ」
男性は不貞不貞しく言って、封書を突き出します。
「受け取るだけ受け取ってくれ。後は処分するなり何なり好きにすりゃあいい」
面倒事をさっさと手放したい男性に、私は呆れ返って、
「そんな物受け取るはずないでしょう」
「よし、貰おう」
「ご主人っ!」
笑顔で封書を受け取ったご主人に、私は辺り憚らず声を上げました。
慎重に行動すると誓った舌の根も乾かぬうちにこの言動。
冷静な私もさすがに激高してしまいます。
「何を考えているんですかっ⁈」
詰め寄る私を余所に、ご主人は封書を裏返し見ています。
「じゃ、俺はコレで」
封書を渡した男性は片手を上げると、用事は済ませたと言わんばかりにそそくさと立ち去ってしまいました。
本当に行き合いに頼まれただのようです。
「ご主人、知らない人から物を貰ってはいけませんっ!」
「このタイミングだ。私宛のファンレターに違いない」
などとご主人はご満悦そうにほざいておりますが、一目で高級紙と分かる封筒に宛名はありません。封蠟にも刻印はなし。見るからに怪しげです。
「断言します。中身は絶対不幸の手紙です」
半眼で進言するも、ご主人はどこ吹く風で、
「人伝に手紙を預かるというのは思いの外責任を伴う。早々に解放してやらねばな」
「そっ――」
私は思わず言葉を飲み込みました。
ご主人が何を言っているのか、分かったからです。
いきなり思い出したくもない昔話を持ち出され、勢いを削がれた私は、狼狽えながら視線を反らしました。
「……あの手紙は、最大級の不幸の手紙でした」
「かもしれん。だが、私をお前さん達の元へ導いた」
気のない口振りのご主人に、私はムスッと顔をしかめます。
「この話題は今必要ですか?」
「手紙は重要だということだ」
的外れにかわされた挙げ句、丸め込まれたような気分です。
私が返答に窮する間に、ご主人は躊躇いなく封筒を開けると、中から三つ折りにされた便箋を引き出しました。
開いた紙面の文面を目で追い、にやりと笑みを浮かべます。
「そらみろ、噂の御仁からの招待状だ」
「噂?」
そう言って示された便箋には、大蛇の正体を暴いた探偵に依頼しい事がある、といった旨の簡潔な文章と、末尾には差出人として、師範大学学長の名前がサインと共に記されていました。
「クオン・E。当大学までご足労願う、か」
手元に戻した便箋を見つめ、ふふん、とご主人は楽しそうに鼻を鳴らしました。
「行ってみる価値はありそうだ」