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食堂に入ると、昼食には少々早い時間にも関わらず、労働者風の男性達がまばらに円卓を囲んでいました。

女将さんに笑顔で案内され、私達は席につきます。

「若いのから話は聞いてるよ。何でも注文しとくれ。――で、あの大蛇を退治したのはあんた達で、しかも大蛇はキラだったって、そこら中で噂になってるけど、本当かい?」

ランチセット二人前の注文をカウンター奥の厨房に大声で伝えると、女将さんは早速話を振ってきました。

お喋りしたくて仕方ないご様子です。

「まあね。ご依頼通り、仕事は完璧にこなしたさ」

軽い口調で主人が肯定すると、途端に隣の客が振り返り話しかけてきました。

「やっぱりアンタか。大蛇を追っ払った探偵ってのは」

行商人風の男性の発言を皮切りに、店内がざわつき出しました。

「あれが例の探偵?」

「へえ……」

体を反らしたり、首を伸ばしたりして好奇の目を向けてきます。

ご主人の自惚れかと思いましたが、大蛇退治の探偵の顔は、割と知られていたようです。

お昼前ということで、店内に客は少なく、また、私達の席に近寄ってくるような物好きはいませんでしたが、前触れなく注目が集まるというのは、やはり居心地が悪いものです。

澄まし顔でやり過ごそうする私と違い、主人は椅子にもたれかかり、悠然と笑って、

「探偵シキビだ。大蛇退治からキラの解除まで幅広く受け付けている。一つよろしくな」

こういう時、ご主人の見栄えのする顔立ちは大変便利です。

ひらひら手を振るご主人に、店内の客達もノリノリで冷やかし始めました。

「おう、やるじゃねえか」「調子に乗ってらあ」「よ、色男」と囃し立てるのを、ご主人は余裕綽々で受け取っています。

私はと言えば、余計な口出しせずに、大人しく席に着いていました。

こういった身内の悪ふざけというものは、端で聞いているとやたらと羞恥心をかき立てられるものです。

……恥ずかしいので、ホントやめて欲しいです……。

「それで、退治出来たって事は、つまり最初っから大蛇はキラだって見抜いていたのかい? 薬か何かを投げたらしいけど、それはあのキラ大蛇を操っていた犯人めがけて?」

女将さんが話を戻してきました。

大蛇に接近した辺りの話を、当事者の口から聞きたいみたいです。

「その辺りは警官にも聞かれたが、生憎、近くに人影はなかったな。薬の方も大蛇の頭を狙ったよ」

「ほう、そりゃどんな薬かね?」

「それは企業秘密だが、いくつかの香辛料と柑橘の果汁を調合した物だとは明かしておこう」

客の合いの手にも、スラスラとご主人は応えてみせます。

薬の調合は超常の力を用いますが、素材自体は市場で買い求めることが出来る品ばかりですので、こういう時下手な嘘を必要としないのは、解術師の利点と言えます。

「ははあ、つまり犯人はくしゃみと涙で退散したってわけか」

「いい気味だ」

客達が愉快そうに笑います。

皆様は一様に、人間の犯人がいる事を前提に話をされていますので、ご主人が返答を一部かわしたことには気付かなかったみたいです。

「それにしても怖い話さ」

ひとしきり笑った後、ふと女将さんが表情を曇らせました。

「あんな大きなキラなんて聞いたことないからねえ。新しく建てられた北の豪邸も全壊したって言うし、全く、誰の仕業なんだか……」

「そりゃあ、学生共だろう」

女将さんのぼやきに、今度は反対側の隣の席から声が上がりました。

「ほう? 学生というと、師範大学の?」

ご主人が興味を示すと、円卓を囲う職人風の男性達が、ここぞとばかりに話し出しました。

「ああ、そうだとも。金持ちのぼんぼん共が、大学にキラやら何やらを大量に持ち込んでやらかしたって、なあ?」

「おう。ほれ、例の爆発も」

「あったあった。こそこそやってた何かの実験が失敗したとかで、とんでもねえ爆発が起きて、こう、空に白煙がムクムク上がってたのを俺は見たぞ」

「その前にも、校舎に化け物が出たと言って、教師が逃げだしとったが」

私は眉をひそめました。

大蛇騒動以前にも、大学内でおかしな事件が続いていたようです。

街の方々が学生を疑っていた理由が分かりました。

興が乗ったのか、客同士で会話が続きます。

「キラもなあ、金に飽かせて裏社会の人間から仕入れたって話だぞ」

「じゃあ、関わったもんが何人も消えてるってのは、ならず者と揉めたせいか?」

――何やら不穏になってきました。

どうやら思った以上に危険な背景が、この事件には隠されているようです。

黙って話に耳を傾けていたご主人が口を開きました。

「最初に大蛇が目撃されたのはいつなんだ? 昨日が初めてという訳ではあるまい?」

蚤の市で噂になっていたぐらいですから、それ以前から目撃情報はあったはずです。

客の一人が顎に手を掛け、覚束ない表情で、

「――確か、先週の月曜だったか。夜明け前に、でっかい蛇が川を泳いでいたって騒ぎになったのが、最初だったっけか?」

「粉々にされた豪邸の庭を横切ったってのが、先じゃなかったかね?」

この辺りの時系列は曖昧のようですが、つまりそれだけ大蛇は街の各所に出没していたということです。

これらの情報に、ご主人は少し考え、

「豪邸の方も早朝かい?」

「いや、そっちは真夜中だ」

客の返答に、ご主人は眉根を寄せ考え込みます。

街の皆さんは、一連の事件は学生達による愉快犯だと考えているみたいですが、真珠様を知る私達はそうはいきません。

何だか話がややこしくなってきました。

この事件、一筋縄ではいかないようです。

客の一人が、渋い顔で溜息を吐きました。

「やっぱりガキ共のしでかしで決まりだろうな。あんな大量の火薬まで持ち出して、自分達の不始末を、大蛇と一緒にまとめて全部吹き飛ばすつもりだったのさ」

「――何ですって?」

私は驚いて振り向きました。

火薬なんて、そんな物騒な情報は初耳です。

情報を口にした職人風の男性は、意外そうな顔で、

「何だ、嬢ちゃん知らんかったのかい? サーカスワゴンみたいな派手な荷車に大量の火薬箱が積んであると、自警団の若いのがエラい騒いどったぞ。あんなものが大通りで爆発したら大惨事だったとな」

「そうそう。この探偵さんが大蛇、いやキラか。とにかくヤツが街に入る前に追っ払ってくれなかったら、大通りでどかーんだ。ありゃあ下手すると、何十人と巻き込まれていたぞ」

「おお、おっかねえ」

一人が芝居がかった仕草で身を震わせてみせました。

「そんな……」

不発に終わった今なら笑い話で済みますが、自分の主人が爆死させられかけたと知っては穏やかではいられません。

「一体誰の仕業だったのですっ」

鋭く声を尖らせる私に、情報源の男性は少し面食らった顔で、

「だから学生だろうって……」

「分からないのですかっ⁈」

思わず立ち上がった私に「おお」相手が仰け反ります。

「警察が犯人探しとるから、まあ落ち着いて」

他の客達が宥めるように笑いますが、こんないい加減がまかり通る道理など、あっていいはずございません!

「――まあ、何も起こらんで済んだのは探偵さんのお陰だわな」

ご年配の客が、取りなすように言いました。

「だが、あのキラ大蛇の暴れっぷりは尋常じゃなかった。嬢ちゃんの言う通り、あんまり無茶はせん方がええぞ」

さすがに心配そうな顔を向けられ、ご主人は、しかし、

「ご老体、お気になさるな。折角のご指名、ふいには出来んよ」

したり顔で豪語するものですから、隣席どころか、店内までもが再び盛り上がりました。

「ほう、言いよったぞ」

「こりゃ大したタマだ」

なんて褒めそやされて、ご主人、すっかりいい気になってふんぞり返っていますが、こっちはそれどころではございません。

女将さんが料理を受け取るために席を離れ、店内のささやかな熱狂が引いたのを見計らってから、私は小声でご主人を問い詰めました。

「――ご主人、どうしてこんな危険な依頼を引き受けたのです? 好奇心以外の解答を望みます」

「報酬が良かった」

ご主人はあっさり言いました。

指で示した報酬額は、確かに破格です。

「一体どなたからの依頼だったのですか?」

「通りすがりの老紳士だ」

「え、通りすがり?」

嫌な予感です。

「そうだ。ダイヤがはまった金の懐中時計を持っていたぞ。あれは相当な富豪だ。退治出来たら即金で払うと言ってくれた」

「しかも口約束⁈」

仰天した私は、思わず身を乗り出しました。

「間違いなくその場のノリで言っただけです。ご主人の名前も聞かずにいきなり依頼するなんて、ただの冷やかじゃないですかっ!」

「こういう場合は退治した後に名乗るものだ。それに貴人の依頼は大抵心付けと決まっている」

「そういう問題ではございませんし、そもそも依頼人が誰なのか分からないなら、依頼料どころの話ではありませんっ。――ああ、もう、何て愚かな真似をなさったのです……」

ご命令とはいえ、あの時、ご主人の側を離れるべきではありませんでした。

嘆く私に対して、ご主人はどこまでも暢気でした。

「そうカリカリしなさんな」

「ご主人は他人の言葉を額面通りに受け取りすぎです!」

鷹揚に笑ってみせるご主人を、私は奮然と睨みます。

「上手いこと収まりましたが、下手をすれば私達は街の住人に吊し上げられていたかもしれないんですよ?」

「ああ、あれはすまなかったねえ」

料理を運んできた女将さんが口を挟んできて、私は慌てて身を引きました。

「はい、お待ちどうさん」ランチセットを配膳しながら、女将さんが申し訳なさそうな顔で言いました。

「自警団の連中だろう? 大蛇をとっ捕まえてやると意気込んでいたからねえ。それが逃げられて、頭に血が上ってたんだよ。ちゃんと反省していたし、まあ、勘弁してやってくれ」

と、言われたところで、私は納得出来ません。

不平不満を表に出すなど、侍従としては二流かも知れませんが、さすがに今は許容されても良い場面だと思います。

私の顔を見た女将さんは、ちょっと笑っていましたが「おーい」と別の席の客に呼ばれ「はーい、今行きますよ」愛想良く応じ「じゃあ、ごゆっくり」私達に軽く声を掛けて離れて行きました。

私は卓に配膳されたランチセット、お茄子と挽肉のパスタとスープに目を向けました。

美味しそうな匂いと湯気を立てていますが、今の話で食欲は減退です。

いえ、正直なところ、朝食が早かったものですからお腹は空いています。

ですがこのような不条理、昼食一つで手打ちになど出来ましょうかっ!

私が義憤に燃えていると、無頓着に食べ始めたご主人がしれっと言いました。

「美味いぞ?」

卓に拳を叩きつけたい気分でしたが、さすがにそれはやり過ぎです。

私は深く息を吐くと、黙ってフォークを手に取りました。

料理に罪はありません。

食べ物に八つ当たりなど、どのような状況下でも言語道断です。

私は静かに食事を始めました。

殊更丁寧にフォークでお茄子を突き刺し、上品に口へと運んだ私は、直後、その濃厚な味に、一瞬で怒りが吹き飛びました。

じっくり煮込まれ、とろけるような食感となったお茄子に挽肉のソースが絶妙に染みこんで、大変美味しゅうございます。

二口目にフォークに絡めたパスタをホクホクと頬張っていると、視界の端にニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるご主人が目に入りました。

その勝ち誇ったような笑顔に、私は場も弁えず、フォークをくわえたまま盛大に頬を膨らませてしまったのでした。


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