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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

竜王の番様は不幸だと仰る。そんな無礼者は番様では無い。そう、皆んなが言いました。

作者: 佐藤なつ

牢獄は薄暗く底冷えがしてどことなく空気がよどんでいるものだ。

それは竜王のおわす都の貴人牢であっても同じ。

ただ、最下級の部屋だからだろうか。

廊下ですらも薄汚れている。

一足、進む程に気持ちはどんよりと曇る。

そっと歩けども、足音は石壁に響き、その音はさらに気持ちを重くさせた。

最奥の部屋に辿り着くと、先導していた看守が鉄格子にかけられた錠に鍵を差し込んだ。

カチャリと解錠の音がして、キィと軋む金属音をたてて戸が開けられた。

入って、粗末な木の椅子に腰掛ける女性と相対する。


「だれ?」

微かな声。

その声は高すぎず低すぎず何の特徴もない普通の女性のものだった。

こちらを見る顔も特徴は無い。

凡庸であることが特徴ともいえようか。

凹凸の少ない、平べったい顔。

目は小さく。

鼻もちょっと低い。

唇も小さい。

とにかく全部が小さい。

身体も凹凸が少なく棒のようだ。

存在感が無く取り立てて秀でた所は見られない。


こんな人間が竜王の唯一とは信じがたい。

やはり、偽りの番であったか。

訪ねてきた男、執政官は内心憤った。

しかし、冷静な自分が訴える。

こんな凡庸な人間の女が、竜王を騙したとも思えない。

と。

しかし、逆にこんな女だからこそ、竜王に迎えられた幸運に舞い上がり、身の程を弁えない贅沢の味を覚え、思い上がった行動をしたのかもしれないとも考え直す。

何と声をかけるべきか、悩み、逡巡する間に、

「誰?」

女は、更に問うてきた。

今度は少し強めに。

なのに、すぐさま言った事を恐れるような表情をした。

きょろきょろと視線が彷徨う。

そこには唯一としての自信も何もない、ただの平民がいるだけだ。


男は自分の名は名告らなかった。

ただ、執政官であると伝えた。

何の?とは彼女は言わなかった。

「そう。」

と、小さな声で言った。

この場合執政官と言えば、刑罰を与える存在だとわかるはずだろう。

彼女への刑罰は、死刑しか有り得ない。

数年前、竜王の番として、人間の国の片田舎から竜王の住む都に迎え入れられ、愛情を捧げられた。

彼女の為に全国から珍味が献上され、美しい錦で衣装が作られ、貴石も捧げられた。

この世の全てが彼女の為に捧げられた。


今代竜王は長らく運命の番が見つからなかった。

しかし、王は王として子孫を残さねばならない。

あまりにも長い間、番が見つからなかった王はやむなく後宮を構えた。

各国の王は進んで自分の姫君達、高位貴族の娘を差し出した。

竜王は美しく、寛大で、聡明で、とにかく自分の大事な娘達を差しだしても惜しくない相手だったからだ。

娘達が望んだということもある。

竜王の後宮は大層華やいでいた。

竜王の性格、品格に触れた為だろうか、後宮でありがちな諍いもなく、全員で竜王を支えようとしていた。

そうして、どれ程の時がたっただろうか、多種族が輿入れしていた為、寿命の違いにより少なくない人数の女性が入れ替わった。

それでも、後宮は変わらず華やいでいた。

そこに現れた片田舎の人間。

全く垢抜けず薄汚れた女であったが美姫達は快く受け入れ、作法などを親切に教えた。

なのに、女はそれを拒絶して、宛がわれた宮に閉じこもった。

いや、宮の敷地に新たに家を用意させて、そこに住み着いた。

全てを、竜王の訪れさえも拒絶して。


その辺りから、竜王も身体も変調を萌すようになった。

竜王の体調不良は世の変調を来す。


天候不良が続き、不作になっていった。

最初は微細な変化だった。

長雨が続くとか、夏の暑さが厳しいとか。

それが、どんどんと悪化していったのだ。

ある国では雷雨が続き、ある国では日照りが続いた。

竜王の変調も悪化していった。

床に伏す事が増えていった。

竜王の力が及ばなくなった為、今や、毎日のように、どこかの国の惨状が報告されるようになった。

そんな中でも、女の閉じこもる宮には贅沢な品が贈られる。

竜王が望んだのだ。

彼女を喜ばせて欲しいと。

何が彼女を喜ばせるのかわからないからと全ての国から献上品を募った。


唯一である平民女を優先して、後宮の身分有る美姫達は後回しにして。

各国の苦しみを聞き入れずに。


不満の声が、上がるのは当然だろう。

竜王の治世、ここまで世の中が荒れたことはなかった。

唯一の番が見つかれば豊穣の世が約束されるはずだった。

なのに、今、この惨状はどういうことなのだろう。


人々は囁いた。

不満を。

不安を。

囁きは広まり、声が大きくなり、そして、皆の意見は纏まった。

あの女は真の番ではないのでは?

まがい物ではないのか?

と。

疑いは囁くほどに、広がる程に信憑性を増していった。


あの女は竜王を謀った。

あの女は世を荒らした。


変わっていく囁き。

それが囁きでは無く堂々と人々が口にするようになると


あの女を排除しよう。

どこからともなくそんな声が上がった。

瞬く間に、同調するものが増え、世間に蔓延した頃だったろうか、竜王が倒れた。


重体となり寝台から上がれなくなった。

既に虫の息。


すぐさま女は宮から連行され牢に繋がれた。

すると、竜王の容態はほんの少しだけ改善した。

今にも身罷られそうな虫の息から、ほんの少しだけ。

女を離した事で竜王の体調が良くなったのであれば、女を始末すればきっと王は戻るだろう。

いますぐに処刑をしよう。

上層部は決定した。

女を拘束して2日後、刑を執行する為に執政官として男が派遣されたというわけだ。


それでも、罪人に聞かねばならぬ。

どんなに罪作りな存在でも、懺悔の時間を与えねば。

ここは竜王の国。

未開の蛮族が治める無法地帯ではないのだ。


執政官は一言告げた。

「最後の懺悔を聞きましょう。」

本来なら神官の仕事だが、神官は恐れた。

竜王が惑わされた存在に神官も惑わされてしまうのでは?

と。

「懺悔?何に?」

女は不思議そうに言う。

これが意図せずというのならば大したものだろう。

相手の神経を逆撫でするこれ以上無い言葉だ。

女は、心ない言葉で後宮の心優しい美姫達を貶めていたと言う。

執政官がこの役を振られたのは、冷静な質を買われたからだ。

それでも、執政官の心はさざ波程度だが揺らいだ。

各国の惨状を耳にしていた身としては許せない発言だったからだ。

「今までの行いに対してです。」

務めて冷静に執政官は告げた。

「今までのしてきたことを思い出せば良いの?」

女は不思議そうに言い、それからフッと鼻で笑った。

「思い出したくないことなんだけど、言わないといけないのかな。でも、いいよ。そうしないといけないんでしょ?」

吐き捨てるように女は言う。

なのに、言った瞬間にその目は、何かに怯えるようにキョロキョロと彷徨った。


「私は、モモ。人国の貧しい漁村の漁師の長女です。」

早口で言われた内容は、懺悔では無かった。

女は身の上を語り出したのだ。

しかし、その内容は執政官も知っていた。

竜王の唯一。

彼女に最上の待遇を与えるべく生い立ちを調べ皆に周知されたからだ。


漁師の娘、モモ。

子だくさんの貧乏家庭の長女として家を切り盛りし、働きづめの親代わりとなって弟妹の世話をし、独り立ちを助け、借金の形に、年の離れた男の元に嫁ぐはずだった。

すんでの所で竜王に見初められて、この都につれてこられた。

竜王に感謝し、幸運に感謝していれば良かったのに、欲をかいた強欲な女。


「この王宮で過分な待遇を受けていました。」

彼女は、早口でそこまで言って口を噤んだ。

噤んだまま黙っている。

幾ら待っても悔恨の言葉はない。

「では、なぜ。そこで満足しなかったのですか?」

執政官は待ちきれず聞いてしまった。

「満足ですか?」

「あなたの罪は、それ以上を望んだ事。身の程を弁えない行動。おわかりでないのですか?」

呆れた気持ちが、そのまま出てしまった執政官に、モモは

「そう思われるのなら、そうなんでしょ。」

自棄になったような言い方をした。

先ほどのように言い過ぎたと周りを見ることもない。

「何故、そんな他人事なんですか?自分の事ですよ。」

執政官は責める口調が止められなかった。

モモは今度は、アハハと笑った。

大口を開けて声を上げて笑う。

この王宮では見ることの無い、庶民の笑い方だった。

執政官は、なんて品の無い笑い方なのだと思った。

その目を見て、モモは笑うのを止めた。

その代わり大きな大きな溜息をついた。

「だって自分の事だなんて思えないよ。」

溜息とともに出た言葉も、砕けた口調。

正に庶民のものだ。

口にする内容も全くもって知性を感じさせない。

何よりも、

「なんて無責任な。」

呆れ、詰ってしまった。

執政官として平静でいなくてはいけないのに。

しかし、それも仕方が無いと執政官は自己弁護した。


この女が唯一として自らの役割を果たせば世は乱れなかった。

役割を果たすなんて大仰な事はない。

ただ愛を受け止め、幸せに浸っていれば良いだけだったのに。

そうすれば、この世は栄え、誰しもが幸せな世を謳歌できたのに。

「無責任かぁ。」

女は執政官の言葉を繰り返した。

それも腹立たしく見える。

「私の責任って何?」

聞き返された言葉に、執政官の腹立ちは増しに増した。

ただ一個の人間として見ても、この女は、王の唯一としての気概も無い。

同じ人族でも、他の姫は気高く美しく、後宮でも上手く溶け込んでいた。

平民として生きてきた女に気高さ、美しさを望むのは無理にしても、

「私。何の責任も無いと思うんだけど。」

などと愚かな事を口にされてしまっては、許せない気持ちが湧き上がってくる。

しかし、執政官としての職務に私情は挟んではならない。

自らを戒めながら

「各国から貢ぎ物を受け、贅沢を享受したでしょう。それに応える責任があったはずでしょう?」

噛んで含めるように言葉をかけるも、女は、

「何にも欲しくなかったんだけど。」

などと言う。

「望んでいない?金銀財宝、この世の全ての財を受け入れて。」

平静になろうとしたのに、執政官の口からでるのは非難の声。

「そんなの、あたし、いらない。あたし、いえ、私、何にも要らなかった。」

幼い、子供のような言い訳が許せない。

「受け取っておいて何を言うのですか?」

「受け取る?押しつけられたんだよ。もう何回も言っているのに聞いてくれないのはあんた達じゃないか。私、何も要らなかった。あんた達がバカにする人族の、何にも無い寂れたど田舎の、貧乏な小娘でいた方がずっと良かった。連れてこられて、ゴワゴワする金ぴかな重くって息苦しい服を着せられるのも。歩くのも苦労する踵の高いゴテゴテした靴を履かされて自由に動けないのも。話すのだって言葉を選べって自由に話せない。食べ物だって珍味だって言って元の形がわからない食べ物を、ほんのちょっぴり堅苦しい作法で食べさせられて・・・。」

モモは一気に話始めた。

何もかもがウンザリ。

イヤでイヤで仕方が無かった。

執政官は呆れて呆れて仕方がなかった。

いや、憤りすら覚えた。

世の誰もが、少なくとも後宮の貴人達をも羨む待遇のありがたさすら分からないとは。

こんな女の為に王は心を尽くし苦しんだのか。

一通り不満をぶちまけた女は肩で息をしていた。

「あなたは罪を自覚していないのですね。」

自分の感情を隠すこともない執政官の声が部屋に響いた。

「罪?罪・・。そうですね。この世を終わらせるかもしれない事は罪なんでしょうね。」

か細い声で女は言った。

そのまま続けて、

「だから、謝りました。『申し訳ありません。』って。」

最後の言葉は吐き捨てるように言った。

「そのような誠意のこもっていない謝罪など・・・。」

執政官は怒りで最後まで言葉にならなかった。

それに大きな大きな溜息を女はついた。

「はい私が悪いですね。悪いんです。言い方が悪いんですよね。もう、私の言う事、すること、存在が許せないんですよね。でも、もう私、どうしようもないんです。言われるように努力しました。口調も、自己紹介も、謝罪も、しろと言われたようにしました。皆、そうじゃない。おかしい。そんな口調で、そんな言葉遣いで、そんな態度で、って色々言ってくるの。言ってきて、指導してやったんだから感謝しろっていうの。そういう毎日に、疲れました。私は疲れちゃったんです。

何でも願いを叶えてくれると言われました。この世界の最上の方に望んでないのに望まれて、皆は口々に私の事、幸せだと言うし、皆も幸せになるって言う。にこにこしてオメデトウって言うのに。、そのくせ裏で私の事をめちゃくちゃ言ってる。笑ってる。

アタシのわからない難しい言葉で言われて、意味がわからないんだって笑われて。

その後でわからないなら教えてあげるって言われて、勉強しましょうなんて言われて。

親切そうに言うから、訳わかんないのに勉強して。

でも、全然わかんなくって、笑われて。

それでも頑張って、頑張ったんだけどさ。

びっくりしたよ。

皆が言っていたのが悪口だってわかったから。

あたしだってさ。

家の手伝いしてたから、簡単な計算とかは出来るよ。

だけどさ、難しい、お上品な言葉なんてわかんなくってさ。

わかんないって言うと怒られて、あざ笑われて。

必死になって勉強したら、意味がわかるようになったら、バカにされてるってわかるだけ。

・・・・そんな勉強・・したくないよ。

でも、王の為に、もっと愛される為にしないといけないって言われるんだ。勉強イヤだって言うと我が儘だって言われる。全部全部そんな感じ。

皆はアタシに王の願いを叶えてやれって言う。

だけど、私の願いは叶えてくれない。

大声で笑うことも。好きに喋ることも、好きな格好をする事も、全部駄目だって言われる。

そんな作法は駄目、駄目、全部駄目。

私に自由にさせてはくれない。

こんな毎日だったら、私は、あの村にいたかった。

弟や妹と一緒に苦労して、怒ったり笑ったりしてたかった。

結婚するはずだった人も、いい人だった。

年は離れてたけど。アタシを小さい頃から知ってて頑張っているっていつも褒めてくれてた。

弟達だって、貧乏だけど毎日頑張ってた。けど、城からお金が貰えて弟達は頑張ることをやめちゃった。

お願いしたら簡単にお金が入るんだもんね。頑張らなくても良いもんね。アタシ、本当にガッカリした。

あんなに一生懸命働いて、将来アタシを楽にさせてあげるって頑張ってた頃の方がいい顔してたよ。

今は、ただのなまけものだ。

はははっ、アタシ、幸せになれるって言われたから来たのに。

アタシ、幸せじゃない。

家族も、お金もちになったけど、幸せそうに見えなかった。

今はもう、どうしているか知らない。

なんか、「ちゃんとやれ。お前のせいで金が貰えない。」って手紙が来たのが最後だよ。

あんなに姉ちゃんって慕ってくれてたのに。

皆で少ない食べ物を分け合ってた時の優しさなんてなくなっちゃった。」

ボロボロと女は喋りながら涙を流す。

袖でゴシゴシ顔を擦り、消え入りそうな声で女は言う。

「アタシ、不幸だよ。幸せになるって言われたのに。全然、幸せじゃないよ。

けどね、皆、私の言うこと、我が儘だって言うんだよ。

泣いたら竜王様が悲しむから泣いちゃいけないって言われるんだよ。

我慢すると、余計悲しくって、どうしていいのかわかんなくって。」

ボソボソと女は話し続ける。

「我慢して、何とか笑おうとしたんだけど、王様はドンドン元気がなくなっちゃって。それで、皆がまた色々言ってくる。もうアタシどうして良いのかわからなくって、帰りたくっても帰して貰えないし、肝心の家族はおかしくなって帰る場所もないしさ。

辛くって辛くって、『死にたい。』って言ったら、王様が倒れちゃってさ。それもアタシが悪いらしくって凄い怒られて。」

女は大きく溜息をつくと、突然、笑い出した。


「ふふふっ。ふふふふふふふっ。ははははっ。幸せの楽園。竜王様のおわす後宮。叶わないことは何もない、奇跡の都。けど、そんなのおとぎ話だったよ。竜王様はあたしの願いは何にも叶えてくれない。アタシの事、唯一だって言いながら、我が儘言わないでって責めるのに。他のお姫様は、竜王様に願いを叶えてもらったってアタシに自慢してくるんだよ。至上の愛とやらを捧げられているアタシは、後宮の中で一番、不幸だ。ううん。後宮の中でアタシだけが不幸だ。ふふふっ。」

女はひとしきり笑う。

その笑い方も知性も何も無いと執政官は思った。

それは、幸福を享受する器が無かったのでは。

とすら感じた。

チラリと執政官を見た女は笑うのをパッと止めて、真顔になった。

「・・・アタシもさ、自分でも何とかしようとしたよ。だけど、誰もが優しい顔してアタシをバカにして、そのくせアタシの事を責めるんだ。アタシの知らないしきたりとか、常識でアタシを責めてくるんだ。そういう時は皆凄く楽しそうなんだ。竜王の唯一って何?皆の生け贄になるのが役目なの?こんなおかしい世界ない。いらないよ。」

そういうと女は執政官を見た。

その目は仄暗くよどんでいた。

「だけど、もう、終わりだね。やっと、初めて、アタシの願いは叶うんだもん。アタシ、ここに来てようやく幸せ・・違う。凄い落ち着いた気持ちになっているんだ。やっとやっと、あのお屋敷から出して貰えた。」

女はフゥと小さく息を吐いた。

「やっと息が出来る。」

それは本心なのだろうと執政官は感じた。

あの最上級の物が揃っている宮よりも、貴人用とはいえ、牢の方が落ち着くと女は本心からそう思っているのだろうと。

「出たいなら何故言わなかった。」

執政官の声は勢いを無くしていた。

「私、何度も何度もお願いした。王に。皆に。帰してって。無理ならせめて後宮から出してって。だけど、駄目だって言うの。」

聞いてそれもそうだろうと思った。

女が、もし本当に唯一なのであれば王は近くに置きたいと願うだろう。

竜王の願いは絶対。

ならば、その番の願いは?

今までは番の意向が竜王と異なることなんて無かった。

だから、考えるまでも無かった。

ぐるぐる考えを巡らせる執政官に女は続けて言った。

「毎日が苦しくて、泣けて泣けて仕方なかった。そうしたら王も泣いて泣いて、辛そうだった。それ見た周りが私を責めるの。王が泣いてるって。有り得ないって。あんまりにも言うからさ。私、泣く事もできなくなった。その内、何にも思わなくなった。諦めたの。あの人達は、あの人達のやりたいように、言いたいようにしか言わない。私はただ黙っているだけで良い。そう思うようになったら、王様は倒れて、寝付いちゃったんだ。そうしたら、皆、すっごい怒ってきてさ。私のせいだって言って、あのすっごい立派な宮からすぐ連れ出されてココに来たの。びっくりするくらいあっさり。」

女はフフフと笑った。

「最後にね、私が王城から連れ出される時にはさ、皆が見に来たよ。皆、皆見に来たよ。こんなに人がいるんだってくらいね。」

満面の笑みを浮かべて女は執政官を見た。

「ねぇ、もう連れていってよ。こんな話している時間がもったいないでしょ?私みたいな賤しい女と同じ空気吸うのも穢らわしいのでしょう?」

「連れて行くとは・・。」

「コレする所。」

女は首に手をちょんと当てた。

首切りの仕草だ。

執政官は躊躇した。

女の言う通りだ。

思った以上に時間は経過している。

もう連れていかねばならない。

だけど、何かが、引っかかった。

今、このまま連れていってはいけない。

頭の中で警鐘のような音が鳴る。


今までのやり取りを脳内で振り返る。

女はなんていった。

自分は不幸だと言った。

この世の最高の待遇を受けて。

願いは何も叶わないとも。

望んでいない

何故、竜王は体調を崩した?

崩した後、持ち直したのは・・・。

何故?


グルグルと考えを巡らせる間。

「刻限を過ぎておりますぞ。」

執政官に仕事を押しつけた神官がゾロゾロ現れた。

女は囲まれ連行されていく。

いや、自ら望んでいるかのような足取り。

乱暴に引っ張られているのに、ついていっている。

後宮の女性では考えられない早さだ。

彼女は裸足なのに。


そんな些細な事など気にならないように。


様子を見て、出遅れた執政官は慌てて付いていく。

刑場に到着し、鍵を開ける時にようやく追いついた。

さすがの女も少し疲れが見えるようだ。

久しぶりに歩いたからだろう。

執政官は女に手を差しだそうとした。

何故かそうしないといけない気がしたのだ。

それを、女は


「私、一人で行けますから。」

と、言って素気なく断った。

「いや、そういうわけには。」

言いよどむ執政官に、

「最後の最後まで願いを叶えてくれない人ばっか。」

と、言って女は笑った。

「でも、良いよ。もう皆関係なくなるもんね。」

女は男に手を出した。

だけど、触れそうで触れない位置に。

そして一歩踏み出す。

どんよりとした空の下。

刑場には一目見ようと集まったらしい人々が沢山居た。

沢山の視線が刺すように感じる。

一瞬の静寂の後のざわめき。

その全てに悪意が籠もっている。

襲ってくる人々の負の感情。


執政官は一歩下がりそうになった。

自分に注がれている視線では無いとは頭ではわかっている。

なのに、生身の身体が攻撃されているような感覚が襲う。

その視線をものともせず、刑場での女の足取りは軽やかだった。

執政官は自然に遅れた。

女は迷うこと無くに処刑台に上がる。

壇上に上がった女を見て、人々の声が一際、大きくなった。


これで諸悪の根源がいなくなる。

元に戻るのだ。

偽者め罪をあがなえ。


口々に小さな、凡庸な、ただの女を攻撃する。

そう。

ただの女だ。

こんな女に竜王をどうこうする力があるのか。


いや、ないのでは。


執政官の心の焦りは増しに増す。

何か。

何かを間違えているのでは。


だって、殺してくれるんでしょう?


女が望んだのは”死”。

王は番の願いを叶える。

番を幸せにする事が竜王の幸福。

番の望みが叶えられなかったら。

番が不幸であったなら、王はどうなる・・・。

王が体調を崩したのは、番が不幸であったからではないのか?


持ち直したのは、宮から出たいという番の願いが叶って番の心が平穏を取り戻したからなのでは。

そう。

持ち直しただけ。

快癒はしていない。


離れることは苦痛を伴うこと。

それでも竜王は番の想いを汲んだのか?


女が本当の番であったなら・・・。



恐ろしい事に。

違うと思いながらも


執政官は、慌て処刑台に駆け上った。

上がろうとした。

だが、押さえ込まれた。


目の前で上がっていくギロチンの刃。

ぽつり、ぽつり。

雨が降り始めた。

ゴロゴロと不穏な音。


「駄目だ!駄目だ!中止だ!やめろ!!!」

叫ぶ。

叫ぶが聞こえない。

執政官の声はかき消された。

歓声に。

天を切り裂き、地に落ちる光の衝撃に。

それは、一度では終わらない。

二度、三度。

そして、段々、近づいてきて。

既に降りている刃にも落ちた。


観客達は逃げ惑う。


そこにも雷光は落ちていく。

倒れていく、人々。

高貴な身分の美しい衣装に身を包んだ者達が無残な姿になっていく。


竜王の怒りを受けて。


「・・・おわりだ。」


執政官は、その場にへたり込み。力なく呟いた。

絶え間なく続く、裁きの音。


次は自分かと、怯えながらただただ目の前の地獄絵図を見ることしかできなかった。

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