11話~19話
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にぎやかな時間が終わり、夜の闇が私の部屋を包み、またいつもの淋しさが戻ってきた。
僕がいるよ、と言うようにワンちゃんが頬をペロリとなめる。
「ふふ!ワンちゃん今日は一緒に居てくれるの?」
もふもふの胸毛にダイブするように抱き着く。
「なんだか…、夢みたいだった…。
明日、お城に行ったら何があるのかな…。
いい事がいっぱいありすぎて、凄く怖いな。」
こんなこと今までなかった、不安に逃げ出したくなる。
「わふわふっ!」
ワンちゃんは楽しそうな顔で私を見て、またぺろりとなめてすりすりしてくれる。
「ふふ!ワンちゃん!
今日は一緒に寝よう!」
「わふっ?!」
「ワンちゃんも、帰っちゃう?」
私が見つめると、ワンちゃんはしょうがないな~みたいな仕草でベットに飛び乗り、尻尾をパタパタして見せる。
きっと今が一番幸せな時間だ!
私は笑いながら駆け寄って、ワンちゃんのふわふわに抱き着いた。
大好き。大好きワンちゃん。
本当にワンちゃんが居てくれて良かった。
大好き。ありがとう。
今日は幸せにひたひたに浸かったような気持ちだった、もふもふのワンちゃんの胸毛に顔をうずめて世界一幸せな気持ちで眠った。
無音が支配したような闇夜に、ラフィリアの部屋に足音もさせずに近づく黒い影。
黒い人影に一筋の光がきらめいた。
その時だ、人影が一瞬不自然に体をくねらせ倒れ込む。
闇の中からメイドが煙のように音もなく現れた。
どこにでもいそうな地味なメイドの手に握られている血の滴るナイフだけが異質にみえた。
メイドのピューマの様な耳がピクリと動きどこか遠くに聞き耳を立てる。
鋭い瞳を光らせ、メイドはまた闇に溶けるように消えた。
「わふわふ!わん!」
背景に太陽を背負ったワンちゃんに、ほっぺをぐいぐい鼻で押されて目が覚める。
「ワンちゃん~眩しいよ~~~。」
「ふふふ。おはようございます。まだおネムでしたか?」
カーテンを開けているピューマの耳を持つメイドが、優しい顔で微笑む。
このお屋敷では見たことのないメイドさんだ。
私は朝の平和で優しい光景に、まだ夢でも見ているのかと口を開いてぽかんと呆けてしまう。
「…???」
「もうそろそろガスティール商会の方達がいらっしゃいますわ。
お風呂に入って、着付けにメイクまで一通りの工程が御座いますから、本日は大忙しですよ。」
その言葉と共にまるでクリスマスの朝みたいな、わくわくする時間が始まった。
ぼやぼやとした目はいい香りのふわふわの泡のお風呂でしゃっきりして、ぼさぼさの髪は高級そうなシャンプーとパックでサラサラのトゥルトゥルになった。
お風呂での沢山の工程を済ませると、髪を丁寧に乾かす間にマッサージと爪を整え、つるつるキラキラにしていく。
こうして、正真正銘の侯爵令嬢然とした、ものすごい変身をした。
その間私は、皆の手際の良さに魔法を何度も見ている心地だった。
ワンちゃんが選んでくれたドレスを着つけてもらう。
髪が綺麗に編み込まれ、まとめられ、サラサラの髪をなびかせる。
服に合わせたアクセサリーを身に付け、メイクが完成するころには、鏡の中には美少女が最上級の装飾で輝いて見えた。
どこもかしこもキラキラに彩られた姿が鏡の中で嬉しそうに笑っている。
ワンちゃんが満足そうにワン!と吠えて、駆け寄ってぺろっとなめそうなところを、皆に慌てて制止される。
私はみんなの慌て様に、ワンちゃんの嬉しそうな顔が、面白くて、可笑しくて、幸せで、声をあげて笑っていた。
不安が自然と吹き飛んでいく…。
魔法の様な一日は今始まった。
四頭の立派な白馬が軽快な蹄を響かせ、何とも豪奢な馬車が屋敷の前に到着した。
私はそのあまりの威厳尻込みをして、ワンちゃんの影に隠れそうになる。
すかさずピューマのお耳のメイドさんが私の手を取ってにっこりと微笑み
「大丈夫ですよ。
ここからは付いて行くことは出来ませんが、私も最も信頼している方が向こうでお出迎え致しますから。」
そう言って優しく馬車に乗せてくれた。
不安顔の私を乗せて馬車は屋敷の敷地外へと出ていく、思えばこの世界に生まれてこの方あの屋敷から外に出た事がなかった。
カーテンがきっちりされている馬車の中から、ほんの少しだけカーテンを開けて外を見る。
森のような場所を抜けると、街並みが現れきた。
町を行きかう人は皆獣人で、武器を持っていたり、魔法の杖を持っていたり、まさかここはファンタジーの世界なのでは?と言う考えが今更ながら浮かんできた。
獣人さんと言うだけでも大分ファンタジーだったのに、魔法や冒険者のいるような世界だったとは思い至らなかった。
まさか魔物まで居るのかな?魔王まで居るのかな?
不覚にも西洋のと東洋の混じったどこの国ともいえないファンタジーな街並みに、時折見える妖精さん、そのどれもにワクワクが止まらず、不安がどこかに飛んで行ってしまった。
「…すごい…!!」
町や人々に見とれているうち、白く輝く立派な王城が見えてきた。
遠目からも目を引きキラキラ輝いていた王城は、近づくにつれその高さと広大さがこの国の規模を表してるようだった。
城下町はお堀を超えた先にあり、お堀の内部の島も広大だ、入り口からお城まではまだまだある。
こんな大きな島の周りにお堀を作るのもまた大変そうだ。
本当に私はこの世界のことをまるで知らなかったんだ。
屋敷を出てからこれまでの時間で、今までの5年よりも、もっとこの世界のことを知れた気がした。
お城の門が開き、城の中へと馬車が入っていく。
背後で門が閉まる音を聞き、もう戻れない緊張感が走った。
馬車から降りると、小山の様な影を落とし、ものすごく背の高い男性が親しみを感じる笑みで立っていた。
熊みたい。
そんな感想を持ったが、彼は本当にクマの獣人であろう、まあるい耳に、毛量の多い茶色い髪の毛をしている。
きっとお尻にはかわいいクマのしっぽがあるんだろうな、と一人で考えてしまう。
男性は大きな体を出来るだけ小さく折りたたむようにしゃがみ、目の前でくしゃくしゃの顔に低く響く声で、暖かい挨拶をする。
「お初に御目に掛かり光栄に御座います。私は今回の護衛役を務めさせて頂きます。
近衛騎士のグリザリア・セキ・ピルディアサスと申します。
レディの屋敷からお見送りした、ピューマのメイドの夫です。
私が広間までご案内させて頂きます。」
「ああ!メイドさんの最も信頼してる方!」
私がメイドさんの言葉を思わず繰り返す。
すると大きな顔が赤面して豪快に笑う。
「ははっは!照れくさいですな!
それでは!
早速ですが、お姫様まいりましょうか!」
グリザリアさんが一歩歩くのを、てててててと駆け足で付いて行くと、おや?と言うように立ち止まり、何でもないようにふわっと体が抱き上げられた。
「ここから謁見の間は遠いですから、僭越ながら私が足になりましょう!」
そう言って優しく二カッと笑う。
「有難う御座います。」
その優しい笑顔にびっくりして嬉しくて、なんだか昨日から皆凄く親切で、優しくて、危険な、とても危険な期待をしてしまう。
この世界でも私は嫌われ者なだけではないのかもしれない。
私を好きになってくれる人もいるかもしれない、・・・・と。
昨日から沢山の勇気をもらったのに、謁見の間に足を踏み入れた瞬間。
そのピリリと緊張感の漂う、冷え切った雰囲気に思わず身を固くした。
沢山の人が王座の間の左右に整列している。
その中私は王座の真ん前に案内され、ここで待つようにと言われた。
謁見の間には、お母様も居て、今にも倒れそうな顔色で下を向いて立っている。
私が入ってきても顔を上げてはくれない。
その隣にはひげを蓄え、金髪にジャッカルの様な大きな耳を持った男性が、苦々しい顔でこちらを睨み付けている。
あれは…お父様?
昨日からの魔法の様な温かみがすっと引いて行くように、一気に心が冷え切ったようなそんな心地がした。
私の立場を思い知らされるように、足元がぐらぐらと揺れるように眩暈がした。
昨日教えてもらった作法で、王座の前に力が抜けるに任せるように膝をつき、王様が来るのを顔を伏せた礼で待つ。
鼓動が早くなり、冷えた指先が小さく震えるのを感じた。
前方で足音と王座に座る気配がする。
低く良く通る若い男性の声が、第一声を発する。
「皆の者、面を上げよ。」
私はほんの少し顔を上げたが王様の顔を見ることが怖く、王様の大きな靴だけをちらりと見ることしかできず、視線を床に落としてしまう。
「遠路の者も居るであろうが、良く参ってくれた!
急遽呼び寄せたのも重大な発表があるからだ。
これは決定事項の発表だ。
心して聞くように。」
王様の声にほんの少し空気が揺れるような息遣いがする。
場が動揺を隠せず、固唾を飲み込む。
「今回の主役は、そこに居るスフィアリム侯爵令嬢だ。」
名前を呼ばれた瞬間、びくりと肩が震える。
目線を伏せた状態でも、皆の顔が一斉にこちらに向くのが分かった。
堪えきれないように、皆がひそひそと話し、場がざわざわと沸き立っていく。
「私は、
彼女と婚約することにした。」
「・・・・・へっ?!」
あまりに予想外の言葉に、反射的に顔を上げ、素っ頓狂な声を上げてしまう。
しんと鎮まった後、爆発音の様などよめきがその場を支配する。
私はと言うと、悪戯そうな顔で笑う王様と目が合い、なにかに操られた様に自然とつぶやいていた。
「…ワンちゃん…?」
黒々とした美しい髪に若く端正な顔立ち、力強い目元をした王様は、優しい紫の目を細めて、にっこりと笑って頷いた。
‥‥え?
‥‥‥‥え????
頭がとても付いて行かない、今私はなんて言ったんだっけ?
「ワンちゃん?」
・・・・ワンちゃん????
ふわふわで可愛い大きくなったワンちゃんの姿と、玉座に座る若く美しい王様がなぜか私の中でリンクする。
???????????
王様は悪戯で可笑しそうに目を細めて笑う。
紫の瞳はワンちゃんと同じように優しく不思議な輝きで私を見ている。
黒々とつややかな髪にワンちゃんと同じ形のすっと尖った耳。
ふさふさのしっぽは今は楽しそうにふわふわ揺れている。
「陛下!御言葉をお許し頂きます!この子供は人間ではないですか!」
一人が口を開くと、堰を切ったように口々に反対意見が紛糾した。
「そ!そうです!人間などと!!何より!まだ小さな子供!」
「陛下との年の差を考えてもふさわしくは無いでしょう!」
「ましてや人間などと!!」
「このようにひ弱な生き物!」
「そもそも、スフィアリム侯爵家に令嬢がいるなど!聞いたことが御座いません!」
「陛下の婚約者に人間など!ふさわしいはずも御座いません!!」
皆一様に叫ぶように大きな声で、とんでもないことだと怒りに任せた調子でしゃべり続ける。
王は冷ややかな目でそれらを眺めながら、美しい顔を呆れ顔にしてため息をつく。
「我は、貴殿らに意見を求めただろうか?」
冷ややかで厳しい良く通る声が、広間に反響するように響き渡る。
場が凍えるように静まり返った。
小太りの巻髭の男性が震える声で、小さくつぶやく。
「な、なぜなのです…?」
小さな呟きだったが、静まり返った広場ではやけに響いて聞こえる。
それはこの場に居る、私を含めたすべての人の疑問だった。
皆平等に混乱している。
「彼女は、私の番なのだ。」
その瞬間、皆が息をのむ。
場に衝撃が走ったことが分かった。
皆、毛が逆立つほどにびっくりしている。
その一言がよほど強大な事なのか、半分納得感のようなものが流れるのを感じたが、肝心な私には理解が出来ていなかった。
番とは、いったい・・・?
堅物そうな、老人が意を決して声を上げる。
「番様なら、無理も聞きましょうが、彼女の髪は金色では…?」
その一言にまたざわざわと騒がしくなった。
私の髪が、金色・・・?
私は自分の髪を見る、金ではあるが紫の輝きが無視できないほどにある気がする。
「ああ、そのことだが。
彼女は人間だ。酷い環境に居たので、我が守るために守護の魔法をかけ、色も隠していた。」
そう言って王様がパチンと指を打ち鳴らすと、私の周りで何かがはじけるような気配がした。
「金に!む、紫!!!!」
再び大きなどよめきが場を包み込む。
「王の色だ!」
「王家の色だ!」
「紫など!王以外にはいない!!」
私は何のことか分からず、自分の髪を見る。
気が付いた時には、もうこの色だと思ったけれど、生まれつきのものではなかったのだろうか??
「彼女に会った時すぐに番だと分かった。
ただ、彼女の環境は酷いものだった。」
鋭く刺さるような視線を、お父様に向ける。
お父様はと言うと、もはや生きているのが不思議なほどの顔色で、ガタガタ震えている。
「だから、会ったその日にすぐに契約を交わしたのだ。
彼女を悪意から守れるように。」
契約?ワンちゃんとあった日に?
ふわふわの子犬と会った、あの優しい日を思い起こしたけれど、契約をした覚えはなかった。
私が不思議な顔をしていると、王様が気が付き、素敵な笑みで微笑みながら鼻をちょんちょんと指で触って見せる。
?…鼻??
あの時したのは、実家の猫とよくやる挨拶??
あれが…。契約だったの??
「それに、誤解しないでもらいたいな。
彼女の方が私より1歳年上。
彼女は子供の成りではあるが、5歳。
彼女の容姿は、人の特徴の一つで大人になるのが獣人より遅いだけだ。」
「5歳?!もう立派な成人の年ではないか!」
「どう見ても子供だぞ?!」
「人の特徴??」
信じられないという顔で、皆一様にじろじろと私を見る。
え??????
5歳ってこんなもんじゃないの??
確かに、最初に会った時は子犬で、よちよち歩いてたワンちゃんが、もう大人になってるけど!
私ってこの世界では異常な成長なんだ!
「獣人の成人は3歳。その後成長は緩やかになり、人との寿命は変わらぬ。
ただ人間は見た目が成人のようになるのに、18年はかかるらしい。」
「じゅうはちねん?!!!?!!!」
皆、一様に飛び上がりそうなほどに驚き続ける。
「今までもわが国では人型の子供は生まれていた。
そういった子供はすぐに死んでしまっていたが、そもそも育て方が我々と異なる。
人型は、成長に時間がかかる分、その魔力は獣人の比ではない。
私たちは、その事に気が付かず、今までずっと健康に生まれた魔力の素養の高い人間を、奇形の弱い個体として上手く育てもせず、死なせてしまっていたのだ。」
「彼女が私に会うまで生きていてくれたのは、彼女の母の功績と、王の番の為加護があったからに過ぎない。」
初めて聞く情報に、ただただ放心したように皆聞き入る。
ところどころで、小さくつぶやくように。「そんな…。」「まさか、あの子は…」と震える声が聞こえる。
次々と話される事に衝撃を受け、震えているのは私も同じだった。
私の疑問が、今次々と紐解かれていくように、明らかになっていく。
若く美しく聡明な王の顔が、自然と目に溜まっていく涙でぼやけていく。
今までの痛みが溶け出すように、自然と涙が零れていた。
私の流した涙に気が付き、すぐさま王様が慌てた様子で駆け寄ってくる。
その優しい瞳は本当にワンちゃんで、私の安心できるあの子なのだと、すとんと納得できてしまった。
ワンちゃん、王様だったんだ…。
駆け寄ってきたワンちゃんがオロオロと私を抱き上げる。
綺麗な男性の顔で顔を覗き込まれる、片手で私を抱えながら優しく涙を拭いてくれる。
あまりにも違う動作なのに、いつものワンちゃんだと思った。
私が泣いていると涙を拭いてくれる。
いつものワンちゃんだ…。
止まることない涙に私自身が戸惑った。
緊張の糸が溶けて…。
ずっと、ずっと不安だった。
生まれた時から、この世界でいらない人間だと、ずっとそう言われて、ずっとそうだと思っていた。
私が神の気まぐれで、外から来た人間だから。
一生変わらないと思っていた。
でも、ワンちゃんは出会った時から、ずっと言ってくれていた。
ずっとそばで、大丈夫だと、そう言っていたんだ。
私の安心は堰を切ったように涙となって零れて、今までの悪意も悲しみも全部、全部洗い流してしまうくらいに、次から次へと、とめどなく、とめどなく。
私はワンちゃんの首にいつものように抱き着いて、人間のワンちゃんも私に頭をすりすりして大丈夫だと言ってくれる。
泣き止まない私の背中を優しく撫でてあやしながら、玉座に上る。
少し高い位置で、皆の方に向き合いワンちゃんは続けた。
「この子の魔力は子供の今の状態で、私の3倍以上ある。」
「三倍!!」
「王の魔力は普通の獣人の倍以上あるぞ??!!!」
驚嘆と信じられない思いとで、場がざわざわとまた騒がしくなる。
王の優しい仕草を見て、場は先ほどの緊張と怒りと言うよりも、前向きに聞こうという姿勢になっていた。
番と言うのはそれだけ重大なことなのかもしれない。
「魔力がいかに重要で、それを維持することが大変なものか身にしみてわかる者も居るだろう。
魔力が及ばぬばかりに倒せなかった、悪魔も居た。
時折生れ出る人間は、むしろ神の采配。
この混沌の世界に落として下さっていた、救世主であったのだ。」
え?!神??
あの、オタクで自分勝手で、嫌な感じの神の事??
????
そうなの??
神の遊びに見えたのに、この世界に必要なことなの??
そんなことを起こすのが神の御業なのか、神とはそういう存在なのか、もはや訳が分からなくなった。
泣きすぎてしゃっくりを上げていたが、びっくりし過ぎてしゃっくりが止まるかと思った。
全部神の手の平の上だった孫悟空みたいな気持ちだ。
「我はここに宣言する!
人間を大切に育てられるよう教育施設を建て、人間が生まれた家には相応の援助もする。
育て方が分からぬからと、亡くしていい命などは無い!」
「これは、この世界の為、国益の為にも重要なことだ!
皆、全力で国中に広めよ!」
「最後に、この子の魔力がいかに凄まじいか、見せよう。」
「え?!私、魔法使えないよ??」
今度こそびっくりしてしゃっくりが止まった。
「大丈夫だ、魔力をはかるだけなら水晶に触れるだけでいい。」
玉座の脇から人の頭もありそうな大きな水晶が、恭しく運ばれてくる。
え?本当に??魔法なんて、魔力なんてあるの??
私、地球人だし、そんなの使ったこともないのに?
不安がる私の頭を優しく撫でながら、とろけるような優しい笑顔で「大丈夫だ」と囁くように諭す。
~~~~~~人間の顔!良過ぎてずるい!!
私は差し出された大きな水晶に、恐る恐る手を伸ばした。
私の手が水晶に触れた瞬間。
水晶が目もくらむような光を放ち、キラキラとあまりに美しい音を奏でて粉々に砕けていき、パァァっと光を放ち霧散した。
びっくりし過ぎて固まったままの私に。
目を限界まで見開いて、固まる広場の人々。
息をのみ、そのまま時間が止まったように無音になった。
ワンちゃんは一人微笑み、私の頭を撫でる。
「言っただろう?」
なんて小声でささやく。
そのあんまりに素敵な笑みに、正気に戻る前にほっぺが赤くなった。
「皆、事の重大さが分かったであろう?
我々が今まで、神の意志をどれほど無碍にしてきたか。
分かったら、事を最速、最重要事項としてあたれ!
これは勅命である!」
「はっ!!」
正気に戻り、事の重大さを理解した貴族たちが、真剣な顔で声を揃え礼をする。
この世界で新たな風が動き出した。
そんな瞬間だったんだと、そう思う。
そこは大きな部屋に大きな窓、木材と白を基調とした柔らかなデザイン、そこかしこに植わる緑が陽だまりに賛歌を歌っている。
そんな空想の楽園の様に、暖かく美しい部屋だった。
天井から吊り下げられてる、木目と金を組み合わせた繊細な細工のシャンデリアに目を輝かせ、目の前に咲き誇る薄紫の花に目を奪われる。
夢中で辺りを見渡す私のほっぺを、ワンちゃんがつつく。
「僕の紫を君の部屋に置きたかったんだけど、君のそばにはすぐ妖精が寄り付くから。
浮気はダメだよ?」
悪戯な顔でほっぺをツンツンしつつ軽口をたたく。
冗談でもその容姿では破壊力が凄いのだから、やめて欲しい。
心臓が持たないよ。
私のほっぺはきっと林檎のように真っ赤だろう。
大人なのに!今は5歳だけど・・・。
4歳の大人に、今の私は形無しだ・・・。
なんだかわけがわからないな・・・。
「ここは私の部屋なの?」
とりあえず最初の疑問を口にしてみることにした。
「そう、君がここで暮らせるように作らせたんだ。
気に入ってくれると嬉しいんだけれど。」
そう言って尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに笑う。
ワンちゃん可愛い・・・。
・・・じゃなくて!
「もちろん素敵だと思う!
でも!
あの!そうじゃなくて!」
核心!肝心なことを聞かなきゃ!
「あの、私たち、婚約って・・・!
急に!あの!
どういうこと?」
「え?!い、嫌だった・・・?」
ワンちゃんの耳と尻尾がが可愛そうなくらい垂れてしょんぼりする。
ぺたんとなった耳も、その下のしょんぼりした人間の顔も、嫌なんて言えるわけないくらい可愛いしカッコイイ。
ただなんて言うか、ワンちゃんは大好きだけど。
今まで本当にワンちゃんだと、と言うか犬だと思っていて!
いきなり人間になって、婚約?その先は結婚?てことは恋愛的な?大人的な?そんなこと!
わかんない!
・・・・!
「・・・っていうか!
そう!だって私まだ、子供だし。5歳だし!
婚約って・・・わからない。」
慌てふためいてわたわたと振る手も小さくて、体だってワンちゃんがひょいって片手で抱えている程なんだもの、混乱する!
「そうだね。ごめんね。」
私の髪を優しく撫でながら、申し訳なさそうな顔をする。
そんな顔をさせたかった訳じゃないんだよ~
「ふふ。でも大丈夫。君を守るために婚約って言う形が必要だったんだ。
恋人のようなことは君が大人になってからしようね?」
そう言って私の鼻に自分の鼻をこつんとする。
「今はこれだけだ。」
そう言ってウインクをする。
十分刺激が強いです!!!
ワンちゃんといると赤面してばかりだ。
こんなに愛情表現は前世と今世を合わせたってワンちゃんだけだよ・・・。
「私、ここに住むの?今までの家は・・・、どうなるの?」
なんとなく気になっていた家のことを恐る恐る聞いてみた。
あの後父親と、あと・・・、お母様はどうしたのか・・・、怖いような気がしたが無視できることではなかった。
「ごめんね。あまり、ラフィに聞かせたくない話で、でも、スフィアリム侯爵は罰が必要になってくる。
私がラフィの部屋に泊まった時、暗殺者が現れたんだ。
王がいる部屋に暗殺者を送ることは許されない。たとえ知らなくてもね。
他にも余罪があって、司法の場にかける必要がある。
君の父上ではあるけど、僕は君に対する対応も許すつもりは無いんだ。」
ワンちゃんは眉間に力を込めながら低い声で言う。
「君にもしもの事があっていたらと、寒気がするし、どうしようもない怒りが湧く。」
「ワンちゃん・・・」
ワンちゃんは言わないようにしてるけど、私は父親に殺されそうになっていることを知っている。
だから、ワンちゃんが守ってくれていたかもしれないこと、ワンちゃんの怒りも分かる気がした。
私もきっとワンちゃんに何かが起こっていたら、絶対に許せない。
そのくらいに、ワンちゃんは私にとってかけがえの無い存在だ。
ワンちゃんもそう思ってくれていたのは、やっぱり嬉しい。
私はワンちゃんのほっぺを両手でぷにぷにする。
「ふふ。ありがとう!怒った顔だめ~。」
ワンちゃんは照れて困り顔で笑う。
私はワンちゃんといる時にある、この幸せな時間が大好きなんだ。
「ワンちゃん。お母様は?
お母様は悪くないの!絶対なの!本当にいっぱい愛してくれたの!
私も大好き!お母様に罰は与えないで!
お願い!」
私は必死に訴える。
お母様は、守ってくれたもの!お母様まで何かの罰が与えられたらどうしよう・・・!
「心配ないよ・・・。お母上は罪には問わない。
寧ろラフィを守っていたと聞いてる。
ラフィはここで暮らすけど、ちゃんとお母上にも会えるようにするからね?」
そう言って優しく抱き寄せて、背中を撫でてくれる。
柔らかな黒髪がふわふわで、ワンちゃんそのもので、頭をすりすりっと寄せる癖も人間でも変わらない。
ワンちゃん大好き。
一番安心できる。
人間になってびっくりしたけど、ワンちゃん大好きなままだ。
ワンちゃん、ワンちゃんだ~い好き~~!
私はご機嫌でつい、心の中でワンちゃん大好きソングを歌っていると「・・・ゴ、ゴホンッ!」と咳払いが背後でした。
「スフィアリム侯爵令嬢、その辺にして頂けますでしょうか・・・あ、あの。
王が真っ赤な顔で身もだえておりますので・・・」
「え?・・・・なんで?」
抱っこから起き上がって、ワンちゃんの顔を見ると、真っ赤な顔でフルフルしている。
「セバス!やめろよ!歌ってくれなくなったらどうするんだ!?」
顔を赤く染めて、なんだかにやけ顔のワンちゃんが、プンスカ怒っている。
「歌?なんのこと??」
私心の中で歌ってたよね??
どういうこと?
「あ!いや!あの!だから!ち、ちがう!これは!」
ワンちゃんが耳をせわしなくピコピコしながら焦っている。
「侯爵令嬢、王様は侯爵令嬢に好きだと言われたいばっかりに、侯爵令嬢が心で強く思ったことが周囲に筒抜けだと、黙っておいででした。
我々獣人は声に出さなくとも、通じ合えます。
その原理で、侯爵令嬢の強く思った感情は伝わるのです。」
「ええっ????!!!!」
思わぬことに思わず大きな声を出してしまう。
「なんでばらすんだよ!もうこれから言ってくれなくなるだろ!」
「ワンちゃん?!」
「王がなかなか仰らないからです!王宮でお暮しになるのですから、今までと同じは無理でしょう。
今が潮時ですよ。」
「わんちゃん?なにそれ!なんで教えてくれないの~~~!」
今度は私が赤くなる番だ。
「大丈夫ですよ、侯爵令嬢。心の喋り方は練習すれば覚えられますから。
少しずつがんばしましょうね。」
「ああ!ラフィが好きって言ってくれなくなる!あんな大きな声で言ってくれることないのに!」
「そんなに大きい声だったの?!」
しまった!と言う顔をして、ワンちゃんが口に手を当てる。
「最悪!もうワンちゃんなんて知らない!」
そうしてとんでもない一日は、最後にとんでもない爆弾を落として幕を閉じたのだった。
次の日、お城見学としてお庭をお散歩させてもらっていた。
羊さんの獣人の可愛いメイドさんに案内してもらって、休憩にふかふかのソファーのある東屋で夢みたいに可愛いティータイムをしていた。
お城のメイドさんは、話しかけたら楽しそうに答えてくれて、凄くフレンドリーでいい人ばかりだった。
「ラフィ~?まだ怒ってるのかな~~?」
そこに、おもむろに、控えめとはいいがたいくらいにお供をずらっと連れたワンちゃんが現れた。
渋い猫耳の獣人さんのセバスさんも傍に控えている。
するとワンちゃんがふかふかの白いソファーの上で正座をして、首をかしげてこちらを伺ってくる。
私はほっぺをぷくっと膨らませて、プイっとそっぽを向く。
あざとい!失格!
ワンちゃんが、ショックを受けたようにビクッとして、耳も尻尾もたれてしょんぼりする。
ぐ!
かわいい・・・。なでたい・・・ダメだ!これもばれてるかも!
「~~~~~もう!怒ってない!
心の中秘密にする方法教えて!」
降参だよ!この恥ずかしい状況を改善することが先決だわ!
私なんて、何回もワンちゃんに可愛い!とか大好き~とか、心の中だからと大声で叫んだか分からない!
私の怒ってないの一言で顔がぱあっと輝き、耳がピコンと立って、尻尾をぶんぶん振っている。
う~!
かわいい!好き!
私は観念して、ワンちゃんの膝に抱っこしてもらうことにした。
ここが一番落ち着くのだからしょうがない。
「ゴホン。では、僭越ながら、セバスがご教授致しましょう。
王に任せては、何を教えられるか・・・信用なりませんから。」
「ひどいな!そんなことは無いぞ!ちゃんと僕にだけ、愛を伝えられる方法なども教える!」
「そのような高度な所から教えられても困ります!」
セバスはワンちゃんに容赦なくぴしゃッと却下する。
猫さんとワンちゃんの戦いは猫に軍配が上がってしまうものだ。
「ラフィリア様。お心の中の訓練も大切な事ですが、ラフィリア様には、この国の事、仕組みなど、王の伴侶として学んでいただかなければいけないこと、多々あるようです。
昨日お母上様、侯爵夫人にお聞きしたところ、教師による教育などは行っていなかったとお聞き致しました。
拝見いたしています所、お勉強を始めるのに十分な頭脳のご成長されているご様子。
早速ですが明日、教師を手配いたしました。
そちらの方も是非、宜しくお願い致します。」
「有難う御座います!知りたいこと!沢山あったんです!」
私の前のめりな勉強意欲に、ちょっと驚いたようだが、セバスさんは少し安心したようだ。
当たり前のことなんだ、私は心は大人なんだもの。
何も分からないままで生きて、選択するなんて!恐ろしくて出来ない。
「ラフィは、心は大人なのか?」
ワンちゃんがなでくりなでくり私の頭を撫でながら、ポソっと疑問を口にする。
しまった!私は心の言葉がばれるんだった!
何この世界!意味わかんないよ!
「はは!ラフィは正直に何でも話してしまうものね。
可愛い~。だから私はラフィに愛されていることを疑わずに済むよ。」
そう言ってまた癖のすりすりをしてくる。
「・・・でも時々規模がでかい、世界規模な話するよね?
別の世界から来たみたいに。」
!!核心を!
・・・無心だ・・・。
これは禅の作業なんだ。
心を無にしろ、私!
ああ!考えちゃってる!
考えないのって難しいよ~~!
「もしかしてラフィは神様から言われて来た、異世界の使徒なの?」
え?そんな言葉あるの?使徒じゃないけど!
「異世界から来たの?神様にはあった?」
気が付くと、そこに居る全員が私に注目して、目を見開いてみている。
たぶんこれ、ダメなやつ・・・。
無無無無無・・・・。
私は知らない。
何も分からない。
生まれる前のことなんて覚えてない。
「神様には生まれる前に会うのか。僕は途中から来るのかとも思っていたけど。」
!!
どうしよう。私は嘘が下手なんだ。
それは前世から変わらない。
絶対に隠せない。
「わんちゃん。私はおかしい?これはダメな事かな?
嫌いに、なる?」
私は、観念して聞いてみることにした。
不安いっぱいの私にワンちゃんは、優しく頭を撫でながら甘く微笑む。
「大丈夫。
おかしくないよ。
皆、どこから勉強を教えたらいいか分からないから、興味があっただけだよ。」
「ラフィは何も心配しないでいいんだよ。
僕は何があっても、君のそばに居るし、ラフィを大好きなのは変わらない。
僕が絶対に守ってあげるからね。」
そう言ってすりすりして、ギュッと抱きしめてくれる。
これ以上ないくらい心強い安心する腕の中だったけど、私は、ほんの少し心の片隅で不安が芽吹いたのを感じた。
私に用意された大きなふかふかのベット。
お姫様みたいな天蓋があってふわふわのレースが架かっている。
枕元には可愛らしいランプに沢山のお花。
綺麗でいい匂い。
夢みたいに素敵なのに、私は昼間のことが気になって、不安で寂しい気持ちになっていた。
私の前世の事。
神に転生させられたこと。
この世界でもそう言った言葉があるくらいだから、何か前例があったりするのかもしれない。
それは、この世界ではどういう事なんだろう。
まだ新しい世界に来て5年で、何もこの世界のことが分かっていないんだ。
最近いろんなことが変化しすぎて、凄くこわい。
コンコン。
扉がノックされる。
「ラフィ。入ってもいいかい?」
ワンちゃんだ。
私は駆け足で自分で扉を開けに行った。
すごく会いたかったから。
「ワンちゃん!」
「ふふ。どうしたの?そんなに不安な顔をして?」
そう言って私を抱き上げてギュッと抱きしめてくれる。
そこでようやく、少しふわっと不安が和らぐ気がした。
「ワンちゃん今日は一緒に寝てくれる?」
私はワンちゃんにぎゅっとしがみ付き、決心する。
ちゃんと話そうと思った。
前世の事。
この世界のことも聞きたい。
「私の話、聞いてほしい。」
ワンちゃんの紫の目を見てしっかりと伝える。
ワンちゃんはにっこり笑って、鼻をこつんとする。
「うん。ありがとう。
僕の愛する人。」
いつもの癖のすりすり。
大好きって言われてる気がしたから、私もすりすりを返す。
大好き。
「これからの二人の話と、これまでの二人の話をしよう?
僕の話も聞いて欲しい。
大丈夫。まだまだ夜は毎日あるからね。」
そう言って照れたみたいに素敵な顔で笑った。
10話たまったら投稿したいと思っています。
アルファポリスでは毎日投稿していますので、10日ごとの投稿になるかと思います。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/495086802/508693399
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