7話 恋人宣言
「待ち伏せですね。おおかたフィン様だけでなく私達も狙っていたのでしょう。結構恨みを買っていますからね」
レミリアがやれやれと頭を振る。
「これだから海賊なんかの依頼は断るべきだったんだよ。紹介状があったとしてもね」
ルルカの言葉に頷くと、レミリアは俺の方を見る。
「フィン様、ここは協力してヤツらを撃滅しましょう」
何やら次々と状況が変化していって、ついていくのがやっとだ。だが、海賊たちは定期船の他の客たちにも構わず攻撃してくる。放っておくわけにはいかない。
「味方ってことでいいんだな?」
俺は二人に確認する。
「そりゃもちろん、義弟になるんだからね」
とルルカが言う。
ツッコミたいところだが、今はそれどころではない。俺たちは海賊たちに向き直った。
「まずはあの魔弾砲をどうにかしないとね」
「なら俺のサメで近づいて乗り込もう。召喚術を使うからーー」
「その間、守れってことね? 任せな義弟よ」
そう言ってルルカは物凄い跳躍力で飛び上がると、飛んでくる魔弾を次々と素手で弾き飛ばす。なんと心強いことか。
乗客の悲鳴や憲兵たちの怒声を聞き流しながら俺は魔力を流し込む。
《通常召喚》メガロドン!!
海に光の円が広がり、中から船と同じくらいの大きさのサメが現れた。
人魚アリアを助ける為に召喚した特大のサメだ。
「わおっ! これがサメ!?」
ルルカが見るからにワクワクした様子で言う。
「さすがフィン様。なんと大きくて勇ましいのかしら」
レミリアはうっとりとメガロドンを見つめている。何か卑猥な響きを感じたのは気のせいか?
「これってフィンの《極星召喚》なん?」
「いや、《通常召喚》だよ」
極星とは、もっとも強力な召喚獣を呼び出す召喚術のことだ。俺の場合はシャーク軍団だね。
「俺の召喚術のことは後で話すから、さっさと海賊たちを倒してしまおう」
俺たち3人はメガロドンに乗り込み、海賊船に突撃した。
飛んでくる魔弾砲なんて気にすることなくメガロドンは海賊船に突撃した。
そして船に喰らいつく。
海賊たちが阿鼻叫喚する中、レミリアが冷静に一言。
「これ、私たち必要ないのでは?」
◆
それから数分後、俺たちは海賊たちを撃滅していた。
客船に乗っていた者たちは震えながらメガロドンの背に乗る俺たちを見ている。
「船にいる憲兵たちはあたしらのことを黙認してくれるわけだけど」
と、ルルカが船を指差す。
なるほど、やはり憲兵たちはガンネローズ家と通じていたんだ。
「でも、ここまで大事になるとそれも無理。面倒なことにならない内にさっさと立ち去らねえと」
ルルカの提案で俺たちはメガロドンに乗ったまま、その場を後にした。
手頃な小さな島にたどり着き、一息吐く。
「ここまで来れば大丈夫でしょ」
俺らは島にある小さな村の酒場にやってきた。テーブル席に腰を下ろす。
「で、これからのことなんだけど」
ルルカが切り出すとすかさずレミリアが身を乗り出す。
「もちろん、式の準備を進めないと……」
「待ってくれ!そもそも俺は結婚に同意していないぞ!」
「え……?」
レミリアは信じられないといった様子だ。いや、勝手に結婚の話を進めている方が信じられないぞ。
「いや、そういうのってもっと時間をかけてこうお互いを理解し合う必要があるだろ? そもそもどうして俺なんかに惚れたんだよ?」
そう問いかけるとレミリアの頬がまた少し赤く染まる。
「それはフィン様の空色の眼がとても美しかったからですわ」
「え、それだけ?」
ただ眼が綺麗だからという理由であったばかりのヤツと結婚しようとするか?
「それこそが重要ですわ。眼は口程に、いえ、それ以上に物を言う。その人のすべては、目を覗き込めばわかると私は考えています。これほど綺麗な眼をしているフィン様はきっと誠実なお方」
なんだかよくわからないけれど、褒められるのは嫌じゃない。
「けどさ、俺の眼って色が変わるんだよ。たぶんそろそろじゃないかな?」
俺の眼を見ていたガンネローズ姉妹は驚きの声を上げる。
「ホントだ! 眼の色が変わった!」
「だろ? 残念だけど、こっちの暗い色が本当の俺の眼なんだよ」
俺は自嘲気味に言った。
ボルテア号に乗っていた時も、船員たちからは気味悪がられていた。
俺だってこんな眼は好きじゃないさ。
するとレミリアは小首を傾げる。
「そうですか? 私はそちらの眼も好きですよ。深い海を見ているようで、何だか落ち着きますもの」
「そ、そうかぁ?」
俺はレミリアの意外な反応に戸惑っていた。
この眼を好きだと言われたのは初めてだ。何だか不思議な気分だ。
「さて、これで私がフィン様に惚れた理由は説明しましたから、結婚の話をーー」
「それはちょっと待った!」
話を進めようとするレミリアを俺は全力で静止した。
「だからっていきなり結婚は早いって!」
「もう、フィン様は奥ゆかしい方ですねー。わかりました譲歩しましょう」
レミリアは勢いよく立ち上がり、自分を指し示す。
「これから私たちは恋人同士です。それなら良いでしょう? これからじっくり私の魅力を味わってもらいますから!」
レミリアによる突然の恋人宣言。
それに対して俺は動転してしまったわけだが、
「えと、はい、よろしくお願いします」
あっさりと同意してしまった。
こうして、俺に人生初めての恋人ができた。
「じゃ、この話はここまでね」
ルルカが身を乗り出す。
「こっからは別の話ね。あたしらは海賊どもに雇われたわけだけど、どうやって紹介状を手に入れたのかわかんないんだよねぇ」
「そうですわね。紹介状があれば信用できるだなんて、愚かな父にはホントに呆れますわ」
レミリアがため息を吐く。
「だねぇ、あのバカ親父」
ルルカは注文していた飲み物を一気に飲み干した。
「まぁ、紹介状は少なくとも海賊が手に入れられるモノじゃないのは確か誰かが提供したんだろう。それと、海賊たちにアンタの情報を流したヤツがいると思うんだ」
ルルカが言わんとしていることが理解できた。
「たぶんだけど、ソイツが今回の襲撃の黒幕じゃないか?」