3:Invitation
翌日、千刃は午後から降り出した激しい豪雨に襲われており、いつも以上に夜を彩る闇の濃度を増幅させていた。時折響く雷の咆哮は廃ビルへの侵入者を威嚇し、闇の世界へ呑み込もうとする悪魔の叫び声に感じられる。
今回の帝国祓魔座からの指示は、廃墟となったビルに住み付き惨殺を繰り返す二体のヴァンパイアを始末すること。この二体は殺害した者をゾンビとして支配することもなく、ただただ己の欲望のままに行動する“人の敵”という訳だ。
五階建てのそのビルは長期間放置されていたのであろう、外壁は黒く薄汚れ、窓が割れ放題な状態であり、崩落の危険があるのではないかと思える亀裂さえ所々に入っていた。さらに非常階段であろうビルの横に設置された簡素な螺旋階段は、使用する状況が訪れたときには真っ先に潰れてしまいそうなほど老朽化していた。
その前で灯りも持たず、並ぶ183センチと130センチのデコボコな二人の影。
「さて、仲良く二人並んで正面からか、手っ取り早く二手に別れるか、それとも二体とも八重乃がやるか」
「まず瑞希から消すか、うん」
お互い廃ビルの方から視線を外さず、雑談でもするかのように軽く言う。
このとき既に瑞希の傘に打ち付ける雨の音は騒音と呼べるレベルまで達し、使い方が悪いのか本来の性能の限界なのか、とにかく雨を防ぐという効果は発揮できなくなっており、腕や脚はずぶ濡れになってしまっていた。様々な技術が開発される現代において、こんな身近な物がいつまでも進歩しないのは、偉いお方たちは傘などという道具を使わないのではないかと、瑞希はいつも思う。
一方、八重乃は傘ではなく雨合羽を着こんでいたので被害は受けていなかったが、頭を叩かれているような大粒の雨には十分すぎるほど辟易していた。
「雨って強敵から解放されるんなら、階段なんて雑魚は蹴散らしてやるか。ボスってのは大体、最上階にいるもんだと決まってるしアッサリ終わらそう」
「私はあんな落ちそうな階段イヤダ。二手に別れたほうが効率がいいし、そっ、それでいこう」
「ピーマン食べないから高いトコが苦手なんだよ。じゃ、あとでなー」
入り口から階段の方へ歩きながら、振り返らずに手をゆらゆらとさせ進んでいく。その背後では頭の雨水が沸騰して湯気が出そうなくらいに顔を真っ赤にした八重乃が、目を三角にして抗議の視線を飛ばしていたが、気にする様子もなくそのまま奥へと消えていった。