05
日中の勤務を終えて、俺は疲れを感じていた。
勤務報告を書き終えると、ノートPCを閉じた。
立ち上がって、皆に告げる。
「お先に失礼します」
一人が声を掛けてきた。
「清水さんは施設行きのバスに乗るんですか?」
「ああ、そうなんだ。皆は自家用車?」
「地元民ですから。おつかれさまでした」
「おつかれさまでした」
警備室の人に会釈をして、更衣室へ入る。
電力会社の人も何人か着替えていたが、お互い誰も口をきかなかった。着替えると、スマフォで時間を確認した。
管理棟を出ると、施設行きのバスを待った。
バスを待つ場所には小さな小屋が建っていて、雨風はそこでしのげるようになっている。
電源棟や燃料保管庫側の門が開くと、バスが出てきた。
燃料保管庫の改修作業をやっている連中が大勢乗っていた。俺は座席をやっと見つけて、座った。顔を覚えている訳ではなかったが、朝乗って来た連中とは違うように思えた。
ドライバーが『出発します』というと、バスは走り出した。
バスが原子力発電所を出ると、朝止まったプレハブのある空き地に止まった。何か知らぬ言語でしゃべりながら、連中が降りていく。俺以外の全員が降りて行ったあと、俺はドライバーに聞いた。
「朝の人たちと別の人たちに思えたけど、同じ人なんですよね?」
「ああ、連中は三交代だからな。朝乗って来た連中と、さっき降りて行った連中は違うよ。俺も、日中のバスだけで、夜中は別の奴が運転してる」
「三交代ですか」
「真夜中にも一本、バスが往復している。過酷な勤務だ」
ドライバーは突き放したようにそう言った。
過酷な勤務だ。そこに共感の言葉はない。かわいそうだとか、外国の人にばかりそんな作業を押し付けて、とは言わない。過酷だが、生きる為に働くしかない、という現実がドライバーにも彼らにも共通してあるのだ。
施設につくと、俺はドライバーに礼を言って降りた。
調理場に入っている管理人から夕食を受け取ると、食堂の席に着いた。
食堂のテレビがつけられていて、夜のニュースが流れていた。
『子牙沖での商船遭難の捜索が難航しています』
資料映像で同型の船の映像が流れる。
これは見たことがある。以前もニュースでやっていた、商船が難破したのか、行方知れずになった事件だ。たしかここの近所、原発付近の海のことだ。
『自衛隊へ支援要請が出され、本日から哨戒機を派遣して、付近の海上の捜索にあたります』
映像は近くの自衛隊の基地の映像が映る。
大きな皿のようなレーダーを乗せた哨戒機だった。
『海上付近の天候もこのところ不安定で、観測される落雷の数が例年の四、五倍になるのではと言われています』
視聴者からの投稿なのか、スマフォで取ったような雷の映像が流れる。確かに画面の端に原子力発電所の発電棟の煙突がちらりと見える。そして海から空へ向かって、雷が何度も走っている。
手前側の部屋は、落雷で停電したのか暗くなる。
『映像のように、落雷件数の増加とともに地域停電も増えており、付近住民は不安を募らせています』
映像で、近郊の漁師のインタビューが流れる。
子牙沖自体は漁場ではないらしいのだが、漁場に向かう時に付近だけ天候が異常で、漁を中止したり、迂回したりしているということだった。
何か、実感と合わない。
この施設から外にでて海を見た時も、波はうねっていたが、雷は見ていないし、今日、原発の周囲を一周したが、防風が吹き荒れている訳でもない。
俺が市街地側で研修を受けている間、ずっと原発周辺は変なてんきだったのだろうか。
テレビ画面が、地元の気象台のレーダー画像を出して見せる。
原発の位置にマークが入っていて、確かにその印をつけた付近に、急に雨雲や雷雲が発生して消え、発生しては消えている。
天気予報のコーナーを担当している女性が呼ばれ、このレーダーの動画を説明する。
『山などにあたって空気が上昇したり、下降したりすることで天候の変化が起こりますが、この辺りは海ですので、どのような原因でこの場所だけ天候が変化しているのかが分かりません』
俺は思った。
原子力発電所の熱が上がっていて、海水を出し入れしながら冷却しているとしたらどうだ。付近の海に熱せられた海水が戻る。陸地側は雪が残っているような気候だ。異常に温められた海水が海上の空気を温め上昇気流を作る。原発沖にだけ、異常に発達した雷雲が発生するという訳だ。
いや、そんな簡単に天候を操作出来たら世界に砂漠はないだろう。何か別の理由があるに違いない。人間に、地球上のすべての出来事を理解できるわけない。
そんなことを考えながら食事を済ませた。
俺は食器を片付けて、食堂から自室へ戻ろうとした時、テレビのニュース番組が謝罪しているのが目に入った。
『さきほど子牙沖の天候の異変で不適切な説明があったことをお詫びいたします』
そのお詫びを、何度も繰り返していた。
調理場から、管理人に声を掛けられた。
「これ、電力会社からクレームが入ったな」
「?」
俺が何も言わないと、管理人は言葉をつづけた。
「さっきのレーダーの図で、わざわざ原発の位置にマークをいれていたろう。テレビ局の意図はわからないが、電力会社的には気に入らないだろうな。地域の天候悪化と原子力発電所に繋がりがあるように受け取っても不思議じゃない」
俺はもう一度テレビを振り返ってから、管理人に言った。
「この地域じゃ、テレビに電力会社からのクレーム入ること多いんですか?」
「ああ。難くせに近いようなものもある。ああやってアナウンサーを誤らせて楽しんでいるのかと思うほどだよ。けど誰も文句は言えない。金が流れているからな。原子力発電所があるから、街が、市が、県がなりたってる」
「そうですか」
つづけて俺は管理人に『ごちそうさま』と伝えて、食堂を出ようとした。
すると、管理人が付け加えた。
「原発に勤めている人に言うのはなんだが、原発とか海には近づくんじゃない。黙って仕事して、時期をみて転勤するんだ。出来る限り早く」
「……」
なんとなく答えに困っていたら、管理人は黙って調理室の奥に戻って行った。
部屋に戻って、テレビのニュースをネットで調べてみた。
検索結果が、一般的なニュースサイトものばかりだった。SNSの情報とかそう言ったものも検索結果としては上がってくるはずなのに。俺は少し疑問に思って別のことを調べてみた。高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違えた事故のことだ。するとやはりSNSの検索結果も表示された。
おかしい。
俺は何か原因を考えた。
市街地で泊まったホテルでもそんなことはなかったと思う。だとしたらこの施設に入ってからという事になる。俺は施設のWiFiに接続するのではなく、スマフォで直接インターネットに接続した。すると、検索結果が違っていた。
この施設のLANは何か制限が入っている。単純にインターネットに出る前に、検閲するような機能が入ったファイアーウォールが入っているに違いない。あるいは検索エンジンを提供している会社が、発信元から判断して忖度しているのか。
隣国のネットワークの検閲は有名だったが、自分の国でもおなじような検閲が行われていると思うと、少しショックだった。
俺はもう一度、施設のWiFiに接続し、検索を行った。
『子牙沖』
子牙沖だけだと対象が多すぎるのか、普通に表示される。
これに『原発』を含めると、とたんに検索結果が少なくなる。実際のサイト数もすくないのだろうが、それにしても検索結果に上がる件数が少なすぎる。
原発の代わりに他の気になる単語を入れてみる。
『外国人』
子牙沖と外国人。この組み合わせの結果も異常に少ない。当然、組み合わせとしては『原発』より少なくなることは予想されていた。俺は接続を切って、直接スマフォの通信を使って検索する。
子牙原発の燃料保管庫の改修で、多くの外国人が雇用されている件は大手の新聞社では取り上げていない。外国人受け入れの問題自体は国の政策として記事にはなっている。しかし、受け入れた外国人がこの『子牙』原発で過酷な労働に勤務しているという部分は、地方紙でも取り上げていない。
かといって、SNSの書き込みが多いかというとそれも意外なほどに少なかった。これしか検索結果がないのであれば、施設のネットワークを介して見ても、ほぼ検索結果がないのは納得がいく。
俺はこのまま施設のネットワークを使うべきか悩んだ。スマフォのネットワークを使用すると、すぐに使用量の限界にくることは分かっていた。だが、検閲されているとなると、話は別だ。
これが電力会社の仕掛けた検閲だとすれば、今日試したワードは、管理人、いやこの施設にいる管理人ではなく、電力会社方の管理者に把握されているだろう。今日のこの検索だけで要注意人物になったかどうかは分からないが、用心に越したことはない。
急にネットワークから外れるのも変だろう。他愛のない用途の時は施設のネットワークを使い、そうではない場合はスマフォのネットワークを使おう。俺はそう決めた。