表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏切りの月  作者: 雨乞猫
9/13

裏切りの月⑨ 絶望

アランが自分の家に着いたのは教団支部を襲撃して丸一日経った翌日の事だった


ようやく家族に会える喜びに胸躍らせていたのだが、家に着いてみると何やら自宅が人でごった返していた


近所の人たちが集まり何やら騒いでいる、そして数人の国家治安維持隊の


姿が見えた、国家治安維持隊というのは地域の治安を守るために組織されている国家組織であり


警察の様な役目を担っている、嫌な胸騒ぎが止まらないアランは慌てて自宅にたどり着くと


隣の家のマルロウ夫人が半泣き状態でアランに近づいてきた。


「ああアランさん、ようやく帰ってきた、一体どこに行っていたんだい


 アリサさんとマリーちゃんが……」


そう言うとボロボロと涙を流し始めた、マルロウ夫人のその態度に益々不安が膨らんでいく


そしてマルロウ夫人の両肩を掴み迫る様に問いかけた。


「アリサとマリーに何かあったんですか、一体何が!?」


アランが問い掛けてもマルロウ婦人は首を振りながらボロボロと涙を流すばかりで話にならない


そんな時アランの肩を叩く者いた、振り向くとそれは国家維持隊の男であった


他のメンバーが若い隊員ばかりなのに一人だけ中年男性といった風体である。


「あなたがここの家の主であるアランさんですか?」


「はい、そうですが、何か、妻と娘に何かあったんですか!?」


その男はアランの問いかけに対し目を伏せ静かに語り始めた。


「申し遅れましたが私、この地域の国家治安維持隊を指揮しているキーロフと申します

 

 あなたには大変お気の毒だとは思いますが、奥様と娘さんは亡くなりました


 何者かによって殺害されたようです……」


アランはあまりの衝撃に膝から崩れ落ちた、目の焦点を失い何も考えることができなかった


キーロフが何度も話しかけるがアランの耳には入ってこない。


『殺された……アリサとマリーが……俺は一体何のために……』


しばらく呆然としていたアランだったが、キーロフのある言葉を聞いて我に返る。


「奥様と娘さんの身元確認をしていただきたかったのですが……


 今日は無理そうですね、また明日にでも……」


アランはスッと立ち上がり鬼気迫る形相でキーロフを睨むように顔を近づけた。


「わかりました、確認します」


キーロフは複雑な表情を浮かべ諭す様に語り掛けた。


「わかりました、でも一つ言っておきますが、奥様と娘さんの遺体の状況なのですが……

 

その大変いいにくいのですが、酷い状態でして、血液や皮膚などを採取し検査した結果


 遺体は奥様と娘さんで間違いないと出たのですが、身内の方に身元確認していただく


 というのが一応決まりでして……申し訳ありません」


キーロフは申し訳なさげに話すがアランは何かの間違いである可能性に賭けていた


アランの自宅で殺されており遺体もある、何より国家治安維持隊が検査した結果


本人達で間違いないと出たのだ、殺されていたのが別人何て可能性はゼロに等しい


それでも万が一、億が一の可能性にすがるアラン、暗殺者時代は徹底的なリアリストだった彼からは


想像もつかない変貌ぶりである、しかしアランは何の根拠もなしにただ盲目的に信じていただけではない


アリサは自分と共に暗殺者として戦った仲間でもある、しばらく現場を離れていたとはいえ


アランが認めた程の腕前の持ち主でもあるのだ、そんな経験もあるアリサが


そうそう簡単にやられるとは思えなかったのだ、アランは様々な可能性を頭の中で模索しつつ


キーロフに案内され自宅の寝室に入った、しかしそこはいつもの見慣れた光景とは


あまりにもかけ離れたモノが目に飛び込んできた、壁に赤いペンキでもぶちまけたのか?


と思えるほど壁という壁に血が飛び散っており、部屋の中の全ての物が赤く染まっていた


そしてその壁の中央に血で書いたと思われる不気味な紋章


おぞましくも汚らわしいその印は見間違うはずもない、【パルマ教団】の紋章であった


呆然とそれを見つめるアラン。


「何故だ?どうしてわかった……」


独り言のようにつぶやくアラン、その声はキーロフには届いていなかったのだろう


申し訳なさげにアランに近づき小声で問い掛けた。


「これはあの【パルマ教団】の紋章の様ですな、旦那さん、何か教団に恨みを買うような 


 事に心当たりはありませんか?」


先程とは違い目を細め鋭い視線を向けるキーロフ、しかしアランもまさか本当の事を言う訳にもいかないので


特に口調を変えることなく静かに答えた。


「いえ、全く心当たりなどありません……」


その反応に小さくため息をつき、表情を崩すキーロフ。


「まあそうでしょうな、教団に狙われる者は基本それなりの権力者と相場が決まっておりますから


 その点あなたは普通の労働者の様ですし、なぜ教団が?……


 ではご遺体の確認を……」


促されるように遺体の所へ向かうアラン、隣の部屋に二つの大きな布をかぶせられているのが


それなのであろうとすぐにわかった、布をめくると凄惨なまでに原形をとどめていない遺体が


目の前に現れる、暗殺者として何人もの遺体を見てきたアランでさえこれ程の酷い遺体を見るのは初めてだった


着ている服は確かにアリサの物だがこれほどの状態ではいくら身内でも本人確認も困難なほどである


だからこそわずかな可能性があると考えるアラン、もしかしてこれは別人なのでは?〉と


しかしそんなアランの淡い期待はすぐに打ち砕かれた


それは遺体の左手の人差し指を見たからである、そこには絆創膏が巻いてありそれをはがすと


そこには最近できたと思われる傷があったのだ、これはアリサが最近キッチンで作った傷であり


その傷跡も治り具合も数日前のと一致した、ガクリと肩を落としうなだれるアラン


わずかな望みも絶たれ絶望に打ちひしがれる、その態度を見たキーロフが


ゆっくり首を振り、後ろの部下に小声で告げた。


「やはり本人達で間違いないようだ……教団の犯行となればこの人にも被害が及ぶかもしれん


 警固の兵を数名残し、旦那さんへの事情聴取は明日以降にしよう、今日はもう無理だろうからな……」


夜も更けていたのでキーロフを始め国家治安維持隊の大半の人間が引き上げて行った


そんな中、呆然と立ちすくむアラン、娘を救いたいと思い取った行動で全てを失ったのだ


それは父親に売られた時より大きな衝撃だった、翌日から国家治安維持隊による事情徴収が行われたが


アランは何を聞かれ何を答えたのか全く覚えていなかった、ただ教団の事だけは何も話さなさず


〈なぜパルマ教団に襲われたのか?〉という質問には知らぬ存ぜぬで押し通した


もはや生きる気力すら失せていたのだが、アランにとってどうしても不可解なことがあった


それはどうしてアランの犯行だとバレたのか?という事である


教団支部を襲い幹部であるギドを始め大勢の信者達を殺害はしたが


あれほど念入りに証拠を残さない様に用心したにもかかわらず


翌日には妻と子供が殺されたのだ、いくら教団の情報網が優れていようとも


アランもその道では超一流の暗殺者なのだ、証拠や痕跡を残すなんてことはあり得ない


もしバレたとしてもあまりに早すぎる、そう頭によぎった時


《それを調べ、真相を知るまでは死ねない》と考えるようになっていた


生きる気力を失い生ける屍と化していたアランの目に光が戻ってきた


そう考えた時、アランの足は自然とジャックの店へと向いていた


もし誰かが情報を漏らし、それによって妻と娘が死んだのであれば、そいつを絶対許さない


もっと言えば《そいつを殺して自分も死のう》とまで思っていたのである


そしてジャックの店の前に立つと勢いよくドアを開けた


突然のアランの訪問に少し驚いた表情を見せたジャック。


「アランか……今回のことは、何と言っていいか、言葉が見つからない


 だが自暴自棄になるなよ、アリサとマリーの分まで……いや、すまねえな


 もっと気の利いたことを言えればよかったんだが……」


気を使いながら言葉を選ぶジャックに対しアランは表情を変えることなくゆっくりと近づいていく。


「教団に関する情報が欲しい、それと今回の件を依頼してきたのは誰だ?」


鬼気迫るアランに対しジャックは諭す様に語り掛けた。


「なあアラン、もう教団にかかわるのは止めよう、お前まで死ぬことになる


 それに依頼 主の素性は言えない、それがルールだろ、何をいまさら……」


そんなジャックの胸倉をつかみ詰め寄るアラン。


「アリサとマリーを殺されているんだ、今更止められるか‼


 いいから情報をよこせ、それと依頼主の名前を‼」


激しく詰め寄るアランに対し気圧されながらもアランの要求を拒絶するジャック。


「教団に関する情報はない、あっても今のお前には教えられない


 それに依頼主の事は絶対に言えない、お前に暗殺者としての誇りがある様に


 俺にだって仲介者としての誇りがある、脅しに屈してルールを破ったとあっては


 仲介者としての沽券にかかわる、これだけは、言えない、例えお前の頼みでもだ‼」


ジャックの目には強い意志を感じた、アランは怒りに震えながらも言葉を飲み込む


協力を得られそうにないとわかったアランは無言でジャックの店を後にしようとした、その時。


「ちょっと待て、アラン」


ジャックの呼び止める声に振り向くと、先程よりも深刻な顔つきで


アランを見つめながら忠告するように話し始めた。


「教団の情報はないが、お前に関する情報が入っている


 国家治安維持隊はどうやら今回の事件の犯人をお前だと考えている様だ


 どうやら、その方向で捜査を進めているらしい」


あまりの事に耳を疑うアラン、両目を見開き再びジャックに激しく詰め寄った。


「何でそんな事になるんだ、俺がアリサとマリーを殺す訳がないだろう‼」


ジャックは憐れむ様な目つきでアランを見ると一呼吸おいて語り始めた。


「もちろんそうなのだが、お前犯行のあった前日に教団支部を襲撃した事を言わなかっただろう?」


「当たり前だ、そんなこと言える訳ないだろう」


「だから疑われている様なんだ、犯行のあった日にアリバイがない


 直前で仕事も止めているし、教団との接点も無いと思われているから


 教団がアリサとマリーを襲う理由が見当たらない、いわゆる犯行動機ってヤツだな


 これといった物的証拠がない以上、状況証拠で判断しお前を犯人と断定している様だ


 悪い事は言わないから逃げろアラン、国家治安維持隊は威信にかけても


 この事件を未解決では終わらせない、多少強引だろうが、お前を逮捕に踏み切るはずだ


 国外逃亡の手助けなら俺が……」


ジャックが話している途中だったがアランはそれを遮る様に口をはさんだ。


「そんな馬鹿な話があるか、メチャクチャじゃないか!?」


興奮気味のアランに対し軽くため息をついて一呼吸置いた後、ジャックが静かに口を開く。


「疑がわしきを罰するのが国家治安維持隊だ」


アランにとってそれはとても納得のできるモノではなかった、激しい憤りで体が震える。


「ふざけるな、俺は逃げん、取り調べだろうが裁判だろうが受けてやる、


 そうすれば必ず俺の犯行でないことがわかるはずだ、ここで逃げたら


 俺が犯行を認めたことになってしまう、暗殺者として逮捕され


 処刑されるのであればまだ納得もするが、こんな事で罰せられるなど


 絶対に認めないぞ‼」


息を荒げながら興奮気味にまくしたてた、常に冷静だったアランのこんな姿を見るのは初めてで


ジャックは少し戸惑いながらも話しかけた。


「もう何を言っても聞かないようだな……わかった俺の方でも情報を


 集めてみるし、いい弁護士も紹介してやる、とにかく自棄になるなよアラン」


頭が混乱してジャックの気遣いにも気が付かないアラン


そして数日後ジャックの言った通り、国家治安維持隊のキーロフが


部下を数人引き連れてアランの元に現れた。


「アランさん、あなたには奥さんと娘さんを殺害した容疑がかかっております、


 できれば手荒な真似はしたくありませんので、大人しく我々とご同行願えますかな?」


無言のままコクリと頷き、言われるがまま連行されるアラン


国家治安維持隊の取り調べは非常に厳しいモノであった


昼夜を問わず数人がかりで尋問された、恫喝や脅迫じみた言動も多々見られたが


アランは通常の人間とは違い特殊な訓練を受けているので、動揺することなく、かたくなに犯行を否認した


こうして数日にわたる厳しい尋問が行われていたある日の事、取り調べを終えた


一人の若い隊員が机で書類仕事をしているキーロフの元に若い隊員が現れる


その疲れた表情が取り調べがあまりうまくいっていない事を示していた。


「どうだ、例の容疑者は、犯行を認めたか?」


キーロフの問いかけにゆっくりと首を振る隊員。


「いえ、まだ認めてはいません、あれは相当精神的にタフな奴ですね、もしかすると


ただモノじゃないかもしれません」


「ただモノじゃないからこそ、妻と子供を殺せたのかもしれんしな


 いずれにしても奴が犯人で間違いないはずだ」


そんなキーロフの言葉に若い隊員は口に手を当て少し考えこむ仕草を見せた。


「おい、何か気になる事でもあるのか?」


キーロフが思わず問いかけると、ハッと我に返り慌てて両手を振った。


「いえ何でもないです……ただ、もしかすると奴が犯人ではない


 という可能性はないのかな?と思いましてね……」


そんな部下の疑問を即座に否定することは無く、キーロフは腕組みしながら〈う~ん〉とうなった。


「お前の気持ちはわからないではない、奴の目を見ていると嘘をついているようには見えないからな


 ただ犯行のあった日のアリバイがない、そして教団に狙われる


 理由が全く思い当たらないとなると、どう考えても状況的にクロとしか思えない


 しかし証拠が全く無いからな、だから本人から自白を取るしかなないのだが……


 あれは落ちないな、しょうがない、上に聞いてみて場合によっては


 状況証拠だけで犯人と断定し送検する、必ず法廷に送るぞ」


「はい」


結局、一週間にわたり厳しい尋問は続いたがアランは頑として犯行を否認した為


国家治安維持隊は証拠不十分のまま送検しアランは裁判を受ける事になった


この国の司法制度は事件の規模によってどの法廷で裁判を受けるのか決められる


上級、中級、下級とランク分けされておりアランは上級法廷で争う事になった


もちろん裁判で負けた場合は控訴などなく即、実刑が科せられる


上級法廷のみ一般の人間にも見学が可能であり、大衆の前で判決が下るのである


裁判の前日ようやく面会の許可がおりジャックが来てくれた。


「何だかやつれたなアラン……ちゃんと寝ているのか?


 それで早速本題に入るが今回の事件は何かがおかしい


 俺の知っている腕利きの弁護士が昨日になって急に弁護依頼を断わってきたんだ


 他の弁護士も同様に 全く取り合ってもくれない、こういう場合


 国選弁護士が付く事になっているのだが、調べてみたら


 今回の裁判を担当する国選弁護士のサグアとかいう野郎で


 元国家治安維持隊の隊員なんだ、普通あり得ないぜそんな事!?


 しかも明日の裁判には国王とその側近であるナンバー2が傍聴に来るって話だ


 いくら大きな事件とはいえ一家庭で起こった事件にワザワザ国王とそのナンバー2が来るなんて


 どう考えて変だ、このナンバー2のドグラとかいう奴が国家治安維持隊のトップで今回


何が何でもこの事件の犯人をお前にして解決したがっている張本人らしい


確かにこれは大きな事件だから国家治安維持隊の威信にかけて未解決では終われない


というのはわからなくはないが、いくら何でもこれは異常だ


国選弁護士の件もそうだが、これはお前を陥れる為の完全な出来レースだ


アランお前、何かとてつもない事に巻き込まれている可能性があるぞ!?」


真剣なジャックの訴えに無言で考え込むアラン、するとジャックが急に表情を緩ませ


明るい口調で問いかけてきた。


「ところでアラン、何か食べたい物はないか?ブタ箱の飯は不味いだろ、


 差し入れぐらいの融通は利くみたいだから、何か食べたい物があったら持ってきてやるぜ」


そんなジャックの申し出にやや緊張感が解けたのか、軽く頷き優しく答えるアラン。


「じゃあCHILD BAKERYのパンを四つ頼む、とにかく甘い物が食べたい


塩気のあるものではなく中にアンコが入っているような物を


それに粉末状の砂糖をまぶして食べたい、頼めるか?」


そんなアランの頼みを聞いて呆れ顔のジャック。


「おいおいCHILD BAKERYって言ったら今若い女性に大人気の店じゃねーか!?


 こんなオッサンが若い女性に交じって並ぶのかよ……


 ヤレヤレ仕方ねえ買ってきてやるよ、まったくお前は男の癖に


 昔から甘い物には目がないからな」


「すまないな、ジャック」


「まあいいって事よ、今日明日中には届けてやるよ、楽しみにしていな」


そう言うと面会時間が過ぎた為ジャックは引き上げて行った


そして裁判の日が訪れた、上級裁判所はコロシアムの様に広く大勢の観客が入れるようになっている


ここで裁かれるのは殆どが大罪人と決まっている為、その刑が決定する瞬間を見るのも


庶民の楽しみの一つとなっていた、そして腕を縄で繋がれたアランが法廷に姿を現すと


一斉にブーイングが起こる、アランを罵倒する声があちらこちらから聞こえてきた


まるで悪役レスラーの入場シーンの様に興奮する観客たち


そして検察側ともいえる国家治安維持隊の者数名が現れ


最後にゲルドガルム王国の国王ベッデンハーゲンとその側近ドグラが現れると


場内が割れんばかりの歓声に包まれた、観衆達に手を振って応えるベッデンハーゲン国王


二人はアランの正面に座りニヤつきながらアランを見ていた


そんな空気の中で裁判が始まる、しかしその内容はアランが思っていたモノより遥かに酷い裁判であった


国家治安維持隊の主張に対し弁護士であるサグアは一切反論しない


まるでアランが全ての罪状を認めたかの様な口振りで粛々と進行していった


今回の事件にアランが犯行を行ったという物的証拠は一切見つかっていない


やっていないのだから当然なのだが弁護士であるはずのサグアはその事に一切触れない


弁護どころか国家治安維持隊の後押しをしている様にしか見えないのだ


もしこれが本気なのであれば無能を通り越して有害と言えるほどの能力である


堪り兼ねてアランが発言しようとするが、その都度、裁判長から


「被告人には発言権はありません、静粛に願います」


と静止された、そして裁判が終盤に差し掛かった時、傍聴席にいたドグラが急に立ち上がり


法廷内に入ってきて声高に叫んだ。


「皆さん聞いてください、このアランという男は元【ゲルゼア】の暗殺者であり


 幾多の命を奪ってきた極悪人なのです、そして事もあろうに自分の妻と娘を殺害し


 その罪を【パルマ教団】のせいにしようとした卑劣極まる人物なのです


 こんな男を許していいのでしょうか?否、我が国ゲルドガルム王国は


 平和と秩序に守られた優良国家なのです、皆さんの家族と平和を守る為にも


 このような大罪人は処刑されてしかるべきではないでしょうか!?」


なぜドグラがアランの素性を知っているのかはわからないが


【ゲルゼア】という名前の効果は絶大であった、数年前に潰された【ゲルゼア】だが


その悪名は一般庶民に至るまで知れ渡っており、アランを犯人と決めつける為の


印象操作としてはこれ以上ない程の効果を発揮した


そもそも被告人であるアランに発言権がないのに傍聴席にいたドグラが


法廷で発言すること自体、規則や秩序から著しく外れた行為であり


ぶっちゃけて言えば〈アランを犯人にする為ならば何でもあり〉


ともいえる無茶苦茶な行為なのだが、裁判長や弁護士からは何の発言も無かった


こんな無秩序ともいえる裁判なのだが観衆は大きな歓声を送りドグラを指示した


観衆というのは過程や規則よりも印象による感情が優先されるものであり


それを利用したドグラの演出は抜群の効果を発揮し


〈アランを処刑にすべし‼〉という空気が場内を支配した。


「この人殺し野郎を処刑しろ‼」


「自分の奥さんと娘まで殺すなんて、人でなし‼」


「悪人にはそれ相応の報いを、この極悪人にはギロチンがふさわしい‼」


四面楚歌とはこのことを言うのか、とばかりの罵声をその身に浴びるアラン


中には物を投げる者すら出てくる始末である、あまりの事態に思わず口元が緩むアラン。


「お前ら、そんなに俺を殺したいのか……どうなっていやがるんだ世の中ってヤツは」


自虐的にそんな事を小声でつぶやいた、そして観衆の声がやや収まってきたころ


裁判長が立ち上がりアランに判決を申し渡した。


「被告人アラン・ジュベールを死刑に処す、刑の執行は一週間後の明朝


 デルリード広場にて、ギロチンの刑を執行する、それまで過去の行いを


 反省し悔い改めなさい、以上」


法廷が大歓声に包まれる、拍手喝采の中、ベッデンハーゲン国王と側近ドグラが引き上げていく


何もかも失った上に家族殺しの汚名まで着せられ、怒りを通り越して笑いがこみあげてきた


そして心の中に何か黒くて熱いモノが込み上げてくるのがわかった。


「どいつもこいつもクソばっかりだ……いいだろう


 俺は俺のやり方で復讐してやる」


その夜、牢に閉じ込められたアランは粗末な夕食と共に


ジャックの差し入れてくれたパンと砂糖を広げていた


罪人に出される食事は冷めた野菜スープと水、という毎回非常に貧祖なメニューである


そんなアランの様子をニヤつきながら見ている牢番の兵士。


「お前の様な大罪人にはそれでも贅沢な食事だ、その差し入れのパンと砂糖が


 お前にとって最後のご馳走という訳だ、精々味わって食べるのだな」


蔑む様に見ている牢番の兵士の前でアランはパンを紙で包み固めると、その上に砂糖をかけ


更にその上から水を流した、その行為を不審に思った牢番の兵士が思わずアランに問いかける。


「おいお前、一体何をしている?」


その瞬間、先程アランが紙で包んだ塊が発火し赤い炎で包まれると


数秒後には凄まじい音を立てて爆発したのだ


近づいていた牢番の兵と牢のカギが爆風で吹き飛ぶ、牢の中には遺書を書けるように


小さい机と紙が用意されており、その紙を使って即席の爆弾を作り机を使って爆風を防いだのである


突然の爆発音に国家治安維持隊の隊員が何事か?と牢の前に集まってくる


やや遅れて隊長のキーロフも現れ爆発現場を見て愕然とする


牢の檻が爆発で吹き飛び牢番の兵も爆発に巻き込まれたのであろう


座りながら壁によりかかるような格好で死んでいた


もちろんそこにアランの姿は無かった。


「何だこれは、一体何が起こったというのだ!?」


キーロフを含めた隊員たちが呆然としていた所にドグラが姿を見せた


キーロフを始め隊員たちは慌てて直立し敬礼をしてそれを迎える


そんな部下達の事を気に留めることもなくドグラは牢の周りの有様をマジマジと見つめている。


「あの~ドグラ様、なぜこうなったのかは今から調べます、詳細はわかりかねますが


 罪人アラン・ジュベールは逃走、直ちに緊急手配を賭けますので……」


戸惑いながらも報告するキーロフをギロリと見つめるドグラ。


「奴に何か差し入れは無かったのか?」


「あっハイ、道具屋の主人がパンと砂糖を差し入れています


 今若い女性に流行っている様で、パンに砂糖をまぶして食べるようです」


「アランとその男の会話を記録した調書はあるか?」


キーロフは二人の会話の内容を記録したノートを渡すと、いぶかしげな表情でそれに目を通すドグラ


それを見て眉をひそめながら目を細め〈ちっ〉と舌打ちをした。


「なるほど、そういう訳か……」


何かわかったような態度を見せるドグラに対し、訳がわからないキーロフは


堪らず質問をぶつけた。


「何かわかったのですかドグラ様?」


問われたドグラは少し無言で調書を見つめていたが、突然振り返ると


その調書のノートをキーロフの顔の前に突きつけた。


「お前ら、この差し入れられたパンの中身は調べたのか?」


思わぬ質問に顔を見合わせながら戸惑う隊員達。


「いえ、さすがにそこまでは……見た目は普通のパンでしたが」


その答えにやや呆れ気味の苦笑を見せるドグラ。


「お前らはこの会話を聞いて何とも思わなかったのか?」


「はいCHILD BAKERYは有名なパン屋ですし


 そこのパンに砂糖をまぶして食べるというのは今若い女性の間で流行っているとも聞いております


 牢に収監されていた者が甘い物を欲しがり差し入れに頼むというのはよくある事ですし


 特に違和感はなかったものですから……」


その答えにやや苛立ち交じりの表情を浮かべるドグラ。


「いいか、この〈CHILD BAKERYのパン四つ〉というのはな


 C―4をよこせという意味だ、そして〈塩気のない物〉〈粉末状の砂糖〉という意味を考えろ


 塩の科学名称は塩化ナトリウムだ、ここから塩気、つまり塩化を抜くとナトリウムとなる


 そして奴は〈アンコが中に入っている物が欲しい〉と表現している


 つまりこれはな、粘土状になったC―4をパンの中に入れて粉末状の


 ナトリウムと共によこせというメッセージなのだ‼」


ドグラの説明を聞いても何のことやらさっぱり理解できないキーロフ達


申し訳なさそうな表情で再びドグラに質問する。


「あの……すみませんドグラ様、私達には何のことやらさっぱり理解できません


 申し訳ありませんが、もう少しわかりやすく説明していただけますでしょうか?」


そんなキーロフ言葉に軽いため息をつき蔑む様な視線を向けるドグラ。


「いいかよく聞け、奴はパンの中に隠されていた粘土状のC―4を紙で包み


 粉末状のナトリウムに水をかけたのだ、ナトリウムは水と交わると化学反応を起こし発火する


 それを起爆装置にしてC―4爆薬に点火し爆発させた、つまり奴は


 即席のプラスチック爆弾を使って牢を破壊したのだ‼」


あまりの衝撃の事実に言葉も出ないキーロフ達。


「まさかあの会話にそのような意味が……」


「この程度の暗号化された会話を聞いてもそれを見抜けず


 それをご丁寧にアランにワザワザ届けるとは、なんと浅はかな……」


吐き捨てるように言い放つドグラの言葉に、ようやく自分たちの


失態に気づいたキーロフ、顔面蒼白になり深々と頭を下げた。


「申し訳ありません、この失態は必ず挽回して見せます


 今から全隊員を動員して緊急配備をかけ、大罪人アランを必ず


 確保して見せますので何卒、ご容赦のほどを‼」


キーロフを始めそこにいる隊員全てが頭を下げている


しかし次にドグラの発した言葉は意外な言葉であった。


「必要ない」


「は、今なんと?」


「必要ないと言ったのだ、緊急配備などせずともよい、奴をしばらく泳がしておけ」


ドグラの言っている事が全く理解できないキーロフ、しかし国内ナンバー2であり


自分達の直属の上司であるドグラの指示には逆らえない、その意図を理解できないまま


指示に従う事とした、そんなキーロフに近づき耳元で囁くように言葉を告げるドグラ。


「キーロフ隊長、君には代わりにやって欲しい事がある、アランはしばらく泳がしておくが


 奴の逃亡を手引きした奴がいるよな、実にけしからん……わかるな?」


ドグラの言葉に思わず両目を見開き上司の顔を見つめるキーロフ


するとドグラは口元を緩めニヤリと笑みを浮かべた


それでドグラの要望を理解したキーロフはゴクリと息を飲み、力強く頷いた。

























 


 

























評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ