裏切りの月⑧ 決意
運命の日は突然訪れた、その日は仕事が早く終わり、自宅へと戻ってきたアラン
玄関の扉を開けても何の反応もない事に少し驚く、いつもなら妻と娘が迎えに来てくれるのが日課なのだが
その日は誰も来なかった、不思議に思い家に上がり寝室に入るとそこには妻と娘の姿があった
少しほっとしたアランだったが、振り向いた妻アリサの顔が悲壮感漂う絶望的な表情を浮かべていたのだ
よく見ると娘のマリーはベッドの上で大量の汗をかきながらハアハアと苦しそうに息を切らせていた
ただならぬ雰囲気を感じたアランはすぐさまアリサに問いただす。
「おいアリサ、マリーは、マリーは一体どうしたんだ!?」
アリサは唇を動かしてはいたが言葉にはなっていなかった
そんなアリサの両腕を掴み揺さぶりながら問いただすアラン。
「しっかりしろ、君は母親だろ、何があった、一体何があったというんだ!?」
困惑しているアリサだったがようやく少し落ち着いたのか、か細い声で説明を始めた。
「今朝マリーの様子がおかしかったから病院に連れて行ったの、そうしたら……
マリーは、マリーの心臓には重大な疾患があって普通の医学では治せないって
このままだともう何年も持たないだろうって……」
その話を聞いたアランは絶句する、しかし一家の大黒柱である自分が
狼狽え取り乱すわけにはいかない、しっかりしなくては娘を助けることができない
そう思い返すと、アリサに対して静かにゆっくりと質問した。
「普通の医学では治せないって事は、特殊な医学なら治せるって
いう事だよな?どうなんだアリサ」
その質問にアリサはコクリと頷く。
「今最新鋭の治療法だったら治せるかもって
でもあれは……」
アリサが落ち込んでいる理由がようやくわかった、《ベクスドチェイン》療法
それは医学の発達しているこの国の最新治療法である
この国は魔法医学が非常に発達していて人間の体細胞を魔術によって複製し
切開手術をすることなく内臓を完治させるという画期的な医療法である
通常の回復魔法では傷や疲労を完治させることはできても内蔵の疾患までは治せない
しかしこれを使えば痛みを感じることなくモノの十分で治療が可能という夢の様な技術
魔法と医学の融合ともいえるこの国にしかない特別な高等医療魔術なのだ
しかしそれほどの高等医療には当然莫大な治療費がかかるのである
それはまず体細胞から内臓の複製を作る事が非常に困難で国の専用機関でしか行えない事
そしてこの特殊な医療魔術を術式を操れるものが二人しかいないという事実である
アリサも魔法を使うことができるのでこの医療術式がいかに高度な魔術を必要とするかわかるのである。
「この《ベクスドチェイン》療法にはペプルド金貨三百枚必要なの……
そんなお金、どうやっても無理よ……」
ペプルド金貨はこのゲルドガルム王国の通貨で現代の金額に換算すると一枚約三十万円
つまり約九千万円という事になる、その金額を聞いて愕然とするアラン。
「今我が家の貯金はどれだけある?」
「昔の二人の貯えがあるけど、精々ペプルド金貨八十枚分ってところよ……」
疲れ切った表情でうなだれるアリサ、アランはしばらく考え込んでいたが意を決したかのように軽く頷く。
「金は俺が何とかする、だから心配するな……」
その言葉に驚愕の表情を浮かべてアランの顔をまじまじと見つめるアリサ。
「そんな大金どうやって……まさかあなた!?」
その時アリサにはわかった、夫が娘の治療費を稼ぐために暗殺者に戻ると決意した事を。
「止めてよ、もうあんなことするのは止めて、お願いよアラン‼」
しかしもう既に決意していたアランを説得することは無理だった
無言のまま出て行こうとするアランの背中に抱き着いた。
「お願いだから止めて……」
しかしアランの心は既に決まっていた、説得は無用だと言わんばかりの口調で静かにつぶやく。
「マリーの為だ……」
その一言を残しアランは出て行った、アランは走った、娘の為、家族の為に
今となっては暗殺者という職業を嫌悪しているアランであったが
そんな思いを振り切るかのように走る、そしてある店の前に立つとその入り口の扉を開けた。
「いらっしゃいませ……ってアランじゃねーか、久しぶりだな
二年ぶりくらいか?」
こはジャックの店である、久しぶりの再会に笑みを浮かべるジャックとは対照的に
思いつめた顔でジャックに近づいていく。
「ジャック、単刀直入に言う、金が要るんだ、何か大金の入る仕事は無いか?」
その思いつめた表情を見てただならぬ雰囲気を感じたジャックは眉を顰め問いかけた。
「何かあったのか?」
アランは悲壮感すら感じさせる表情を見せ絞り出すように口を開いた。
「娘の、マリーの心臓が……治療に金が要るんだ、とてつもない大金が……」
その一言で全てを理解したジャックは腕組みしながらため息をついた。
「そういう事か、しかしお前がいなくなってから暗殺者の仕事依頼は受けて無いんだ
今から呼びかけても、急に大金の入るような仕事依頼が来るかどうか……」
渋い表情で眉を顰めるジャック、しかしなりふり構っていられないアランはジャックに詰め寄った。
「何だっていい、どんな仕事でもする、だから頼むジャック‼」
店のカウンターに両手をつき深々と頭を下げながら懇願するアラン
その姿を見て静かに口を開くジャック。
「あるぜ、一件だけ高額の依頼が……」
その言葉を聞いて顔を上げパッと明るい表情を浮かべた。
「あるのか、そんな高額の依頼が?なら頼む、どんなことでもする
だから……」
しかしその依頼内容を聞いてジャックが躊躇していた理由がわかった。
「その依頼内容は教団がらみだ、その意味がわかるなアラン」
アランの顔が一瞬でこわばる、ジャックが言う教団とは【パルマ教団】という宗教団体である
この国だけではなく世界中に信徒がいてその数は約百二十万人ともいわれている巨大組織だ
パルマ神という神を崇める宗教団体なのだが、その思想は非常に過激であり
パルマ教以外の教えを絶対に認めない、その手法は苛烈を極め
ありとあらゆる手段を使って他宗教を弾圧し、潰してきた
もちろん【パルマ教団】を批判する者、害をなす者にも同様の報復が待っている
この教団が恐ろしいのは信徒がどこにいるのかわからないという点である
これほど過激な布教活動を行っている為にどこの国家も【パルマ教団】に対しては
《国際的テロ組織》という共通認識があり、紛争状態で仲の悪い国同士でも
こと【パルマ教団】に関しては情報を共有し合い、教団を潰すためなら
共同で軍を出撃させることもいとわないという恐ろしい組織なのだ
それ故に信徒達も公に自分がパルマ教の信徒であるとは名乗らない
もし知られたら一発で投獄されるからである、そして逮捕された信者に待っているのは
組織の情報を吐かせるための苛烈な拷問、パルマ教信者はどのみち死刑なので
死んでもかまわないという程の拷問が課せられる、だから信者たちは
地下に潜りひっそりと活動を続けている、つまり普段は一般の市民の顔をして暮らしているが
教団からの指令があれば即座に行動を開始する、いわば世界中に
百二十万人のテロリストが潜伏しているという事なのだ
その信徒は各国家の中心人物にまで及んでいると言われていて
事実、国が教団弾圧の為に軍を動かしたり政策をあげるだけで何らかの報復活動を行う徹底ぶりである
国に対してですら必ず報復活動を行うような非常に過激で危険な組織、それが
【パルマ教団】なのである、だからジャックも教団がらみの仕事は一切受けなかったし
あの【ゲルゼア】ですら避けて通った、だからこそ各国家が大金を出してでも依頼してくるのだ
非常にわかりやすいハイリスクハイリターン、もしバレたら家族ごと皆殺しに合う事は確実である
しばらく考え込むアラン、しかし気持ちは変わらなかった。
「受けようその依頼、ジャック頼む」
ジャックは目を閉じ大きくため息をついた。
「わかった、明日にでもクライアントの所に行ってくる、わかっているとは思うが
教団の案件は慎重の上に慎重を期す様にな、わずかな証拠や痕跡を残しただけでも
家族ごと皆殺しに合うと思っていた方がいい」
アランは静かにうなずく。
「ああ、わかっている、久しぶりに来ていきなり厄介な事を頼んでスマンなジャック」
ジャックは両手を広げ優しく微笑んだ。
「何に、いいってことよ、確かに教団の仕事はリスクもでかいが報酬は桁違いだ
お前がいなかった時の分を、今回の依頼で取り戻させてもらうぜ
じゃあ明日の夜にでもまたこの店に来てくれ、細かい打ち合わせをしよう」
こうしてアランは店を出た、アランは念のためにその日は家には帰らず
一晩宿屋で過ごし、翌日改めてジャックの店を訪れた
ジャックは既に打ち合わせの用意をしており、机の上には既に地図が広げられていた。
「おう来たなアラン、じゃあ早速始めるとするか、【パルマ教団】の秘密集会は月に一度の
割合で行われているらしい、各国に支部の様な場所が存在していて、それぞれに支部長的な幹部がいるらしい
この国では国境付近の東の村、ホースト村にある潰れた教会跡で深夜に開かれているとの事だ
あそこは人通りも少ないし夜中に教会跡の廃墟に近づく物好きはいないだろうからな
正に盲点だったようだ、ただ人数の規模やどれぐらいの警戒態勢をしているかまではわからないそうだ」
地図上の地点を指さしながら説明するジャック、それを黙って聞いていたアランはつぶやくように口を開いた。
「十分だ……」
既にアランの頭は教団の集会をどう襲撃しどう殲滅するかを考えていた
そんなアランを頼もしく感じながらも、やや呆れた口調で話し始めるジャック。
「しかし、ここまでわかっていて軍を動かさないんだから国も存外
腰が引けているよな、まあ国軍を動かしたら絶対痕跡は残るし
その後の報復が怖いのだろうけどよ、じゃあ俺達は何の為に
高い税金払っているんだ?って言いたいよな」
そんなジャックの言葉にクスリと笑うアラン。
「まあそういうなジャック、そのおかげで俺達は莫大な報酬を得ることができるのだから」
「まあ、それもそうか……そもそも裏家業の報酬は国に申告してないから
税金払っていないし、申告できないから裏家業なんだけどな、はっはっは」
ジャックは冗談っぽくそう言うと上機嫌で笑った、こうして正式に依頼として請け負ったアランは
三日後の夜にはホースト村の東にある教会跡の廃墟に来ていた
少し離れた小高い丘の様な所で息をひそめ、ジッと観察していると
何処からともなく人影が現れ始め、次第に続々と人が集まり、教会跡の廃墟に入って行くのが見えた
その集団は手に明かりを持つこともなく、夜の道を進んできたの様である
全員が飾り気のない黒いローブを身に纏い一言も発することなく静かに教会内に入って行く
そんな様子をジッと丘の上から観察しているアラン、このような深夜にそれらを
観察することができるのは頭上に浮かぶ月のおかげであった
この日の夜空には鮮やかな満月が地上を照らしていた
雲一つない夜空から惜しみなく地上を照らす月光は、どこか幻想的であり
それ自体がどこか宗教的な雰囲気を感じさせた、信者たちが全員入ったからなのか
教会の扉が中からゆっくりと閉められた、手入れもしてない教会の扉なので閉める際にも
〈ギィイ~~~〉という不気味な音が辺りに響き渡る
扉が完全に閉まったのを確認しアランも移動を開始した
窓の隙間から中を観察すると、教会の中は大量のろうそくで視界を確保している様であった
居並ぶ信者の列の先頭にある一人の男がゆっくりと歩いて来る
すると信者たちがざわつき始め、中には両手を合わせて上が身始める者も出始めた
「ギド様じゃ、ギド様がおいでくださった‼」
「おおギド様、何と神々しい‼」
信者達からギドと呼ばれるこの男がこの地を任されている幹部なのだろうと推察できた
ギドは手に持っていたランプの様な道具に右手をかざす、するとそのランプは眩しい光を放ち始め
まるで大型の照明器具の様に教会内を明るく照らした。
「おお、奇跡じゃ、奇跡をおこされた‼」
「さすがはギド様、神のお力を授かった御方‼」
信者達の賞賛の言葉に対し、右手を挙げて応えるギド、その明かりのおかげで
ハッキリとその姿を確認することができた、年は六十歳前半程で
背は高くやや肥満気味の恰幅のいい体格をしている、身にまとっている黒いローブは
信者たちの物とは違い金の刺繍が入っており所々に宝石の様なモノがちりばめられていた
ギドが左手で持っているランプを見たアランが思わずつぶやく。
「マジックアイテムか……」
アランがそうつぶやいた時、ギドがスッと右手を挙げる
するとすぐ後ろにあった祭壇の上から下に向かって滝の様に水が流れ始めたのである
勢いよく流れ落ちる水は着地と同時に弾け飛び、水飛沫となって舞い上がる
ランプの光に照らされた水飛沫はキラキラと輝き、先ほどまでの
ろうそくの明かりしかなかった暗い室内と同じ場所とは思えない
きらびやかな雰囲気を醸し出す、信者たちは思わず
〈おお~~~‼〉という感嘆の声をあげた。
「何という美しい、夢の様な世界じゃ、ギド様の起こした奇跡じゃ」
「ギド様、我々を導いてください、何処までも付いていきます‼」
惜しみない賞賛がギドに向かって浴びせられる、しかし目を閉じゆっくりと首を振るギド。
「誤解してはいけません、皆を導くのはパルマ神様であり
その言葉を伝えるのは大司教様であらせられるセルジュ様です
私はその手伝いをしているに過ぎないのです」
そんなギドの言葉を聞き益々盛り上がる信者達、よく見ると信者には十代前半と思われる者から
腰の曲がったお年寄りまでおり、皆がギドの言葉に感銘を受けている様子が見て取れた。
「パルマ神様万歳、セルジュ様万歳‼」
「セルジュ様、ギド様、我等をお導きください‼」
教会の中にギッシリと詰め込まれるように入っている無数の信者たちの賞賛を一身に浴びるギド
左手に光るランプを持ちながら右手を振り微笑みながら信者たちに応えていた
そんな様子を冷静に観察するアラン、元々この教会は水の神を崇める宗派の教会であった為
裏にある川からポンプで水をくみ上げ祭壇に水を流して小さな滝を作っていた
それをそのまま利用しているのである、この教会の宗派も【パルマ教団】を批判した為に
信者によって潰された、その施設ごと利用してしまうしたたかさがあった
『光るランプのマジックアイテムと流れる滝の演出で信者の心を掴んでいるのか……
しかしこの信者たちの陶酔ぶりはやや常軌を逸している、一体何が……ん!?」
見ていたアランの鼻に甘い香りが漂ってくる。
『この匂いはランダゲ草……そうか、あの滝の水にランダゲ草の成分を混ぜて流しているという訳か!?』
ランダゲ草とは麻薬の一種であり、それを吸引した者に幻覚を見せるという作用がある。
ギドはそれを使い信者たちを誘導していたのである。
『なるほど、ランプと滝の演出で信者たちの心を掴み、ランダゲ草の作用で思考能力を奪いながら
洗脳しているという訳か……随分と念入りだな』
信者から惜しみない賞賛が送られ続けていたがそれを制する様に右手を差し出すギド。
「皆さん静粛に、これからパルマ神様よりの言葉を皆に伝えます
先日セルゲイ街にあるモンス教の教祖が事もあろうに
我等が【パルマ教団】を痛烈に批判したとの事です
これを許してしまっては世の秩序が乱れてしまいます
世界を救うという我等の崇高な意思を踏みにじる許しがたい行為です
この由々しき事態に対しパルマ神様はモンス教とその教祖に対し
〈魂の救済〉をおこなうように命じられました
皆さんこの愚かな者達に神の教えを示す時が来たのです」
ギドの言葉を聞き一気に盛り上がる信者達。
「何という愚かな者達よ、我等が崇高な教えを批判することは万死に値する‼」
「その者達に魂の救済を‼」
「パルマ神様こそが唯一無二の絶対神、それをわからぬ邪教徒共に正義の鉄槌を‼」
それは正に狂気の沙汰ともいえる光景であった、ギドの言葉に先導され信者達が
陶酔しきっている様子が一目でわかった。
『こうして狂信者を先導しテロリストへと変えているという訳か……
今この世界で【パルマ教団】の事を表立って批判する者などいるはずが無い
そんな事をすれば確実に潰されるからな……こうやって言ってもいない言動をでっちあげ
無理やり難癖をつけ、対抗宗教を潰していく、マフィアも呆れるほどの外道ぶりだな……
さて、そろそろこっちも始めるか』
アランはランダゲ草の水飛沫を吸引しない様に黒い布で顔の下半分を隠し
祭壇のある方向へと移動を始める、そして懐から赤い液の入った小瓶を取り出すと
滝へと繋がる水の中にその液体を流し込んだ、しばらくすると狂気に沸いている信者達に異変が起こり始める
一人、また一人と倒れ始めたのだ、しかし麻薬の作用で陶酔しきっている信者達は
横で倒れる者がいても全く気にする様子もなく、ギドとパルマ神に賞賛を送り続けていた
しかしかなりの数の信者が倒れるとさすがに異変に気が付くギド
目つきが鋭いモノへと変わり周りをキョロキョロ見渡し始めた。
「何だ、一体何が……」
そして自分の体にも異変が起きている事に気が付いたのである。
『これは、体の機能を停止させる神経系の毒だ、おのれ~一体どこのどいつが!?』
アランの仕掛けた毒によりバタバタと倒れ始める信者達、そんな中で
ギドは両手を高々と上げ叫んだ。
「ポイズン レジスト‼」
するとギドの体が青く光り、何事も無かったかのように動き始めたのである
その様子を見て思わず目を細めるアラン。
「毒耐性の魔法、奴は魔道士だったのか!?」
その瞬間キョロキョロと周りを見回していたギドがアランの方に視線を向け静止した。
『見つかった!?』
ギドはニヤリと不敵な笑みを浮かべるとアランの居る方向へ向かって叫ぶ。
「そこか、ネズミが‼」
ギドは鬼の形相で右手を高々と掲げた。
「死ね、サンダーアロー‼」
ギドの右手の先からバチバチと音を立てた青白いプラズマが発生し
それが稲妻の矢となってアランに向かって飛来してきたのだ
それをとっさにかわすアラン、今までいた場所が稲妻の衝撃で吹き飛ぶように爆発した
アランは剣を取り出しギドの前に姿を現す。
「貴様何者だ?我等が【パルマ教団】に手を出しておいて生きて帰れると思うなよ‼」
ギドはアランを睨みつけながら左手で光るランプを持ち右手の掌を上に向けている
その掌からは先ほどと同様の青白いプラズマがバチバチと音を立てて発生しており
《いつでも稲妻の攻撃魔法を放てるぞ‼〉と言わんばかりであった
魔導士と暗殺者の戦いはいわば距離との戦いでもある
何とかギドの懐に飛び込み接近戦で勝負したいアラン
それをさせじと距離を取り、遠間から魔法攻撃を仕掛けたいギド
両者睨みあいの様な状態が続く。
『このまま睨みあっていても埒があかないな、少し仕掛けてみるか』
アランは懐からナイフを取り出しギドに向かって投げつけた
するとギドはその投げナイフに対し身にまとっているローブを使って咄嗟に防いだ。
「フハハハハハ、馬鹿め、このローブはな特殊な生地を使い魔法耐性の呪術も施してある
よほどの攻撃か巨大魔法でなければこれを貫くことができん
つまり貴様はこのワシに近づくことができない限り、遠距離からの魔法攻撃でなぶり殺しという訳だ
わかったならさっさと諦めて楽になれ、ついでに貴様の魂も救済してくれるわ」
もはや勝ちを確信しているギド、それでもギドが仕掛けてこないのは
魔法は使用した直後に隙ができるからである、もし魔法による攻撃がかわされた時
一気に間合いを詰められローブで守れていない部分、首元とかの急所を狙われたら困るからである
しかしギドには勝てるという確信があった、このアランの使用した神経毒は即効性はあるが
水で薄めて滝の水飛沫により散布している為、致死量を超える程、吸引してしまった者は少ない
つまり時間が経てば信者達が復活し圧倒的多数をもってアランと対峙できるのである
したがってギドはアランに間合いを詰められる事だけを注意し、にらみを利かせているのである
その意図をアランも理解していた、そして再び懐からボールの様な球体を取り出しそれを地面に叩きつけた
するとその球体は地面で弾け大量の煙を発生させる、教会内が白い煙で包まれ一瞬にして視界がゼロになる。
「目くらましのつもりか?無駄な事を、魔力探知‼」
その声と共にギドの目が赤く光る、すると白い煙の中に赤く光る人型の物体が目に映った。
「ワシの魔力探知は人間の体温を感知することができる、このような煙の中でも貴様の行動は丸見えよ
コソコソとネズミらしいやり方だが所詮は下賤の技
このワシに通じるとでも……何だ!?」
次の瞬間、後ろの祭壇の滝から一気に大量の水が流れ出してきたのだ
教会の中は一気に水浸しになりギドの足元にも水が流れてきた。
「裏のポンプを破壊しておいたのか、しかし一体どういうつもりだ?
こんな真似をして、このワシが隙を作るとでも思ったのか、クックック浅はかな」
するとギドの目に赤い人型の光が接近してくるのが目に映る
体勢を低くして一気に間合いを詰めようと近づいて来るアランを確認したのだ
それを見て思わずほくそ笑むギド。
「自暴自棄になって一か八かの突撃か、思い切りの良さだけは褒めてやろう
だがワシに挑むには百年早かったな、食らえ、サンダーアロー‼」
ギドは身をかがめながら接近してくるアランに向かって振り下ろす様に稲妻を放った
その瞬間、アランは後方にジャンプし稲妻をかわす、床に直撃した稲妻は弾ける様に爆発し水飛沫が舞い上がる。
「ほう、避けたのか、ネズミにしてはやりおるの……ぎゃああああーー‼」
悲鳴の様な叫び声をあげ、その場にバタリと倒れるギド
凄まじい衝撃が体を襲い一体何が起こったのかわからず困惑していた。
「一体何をしたのだ……まさか!?」
ギドはうつ伏せに倒れながら水浸しの床に顔を付けている、そこである事に気が付いたのだ。
「まさか、私は自分の雷撃魔法を自身で受けたのか!?」
「その通りだ、水は電気を通すからな、裏のポンプを破壊し床を水浸しにして
それに向かって雷撃魔法を放たせた、俺が体をかがめて低い姿勢を取っていたのはその為だ
お前のローブは魔法にも耐性があるようだから、その影響を受けない足元を狙った」
白い煙の向こうからアランの声が聞こえてくる。
「馬鹿な、この教会内の床は全て浸水している、ワシが電撃を受けたのであれば貴様とて電撃受けたはず
一体どうやって……」
ギドの疑問はすぐに判明した、白い煙が徐々に晴れ始め視界が開けてくると
アランの姿が浮かび上がってきた、だが雷撃魔法を受けた様子もなく
何事も無かったように立っているアラン
床に倒れたままのギドは驚きを隠せないでいた。
「なぜ貴様は平気で立っている、どうやってワシの電撃から……はっ、貴様‼」
白い煙が完全に晴れ視界が通常に戻る、そしてアランの足元を見たギドが驚愕の表情を浮かべた
アランは床に倒れている信者達の背中の上に立っていたのだ。
「貴様、よくも~、これで勝ったと思うなよ、ワシはもう少しすれば回復する、その時は……」
怒りで体を震わせながら必死で立ち上がろうとするギド
しかしアランは素早く近づくとうつ伏せで倒れているギドの髪を左手で掴み
強引に持ち上げると、首元に剣を当てた。
「回復の暇など与えると思うか、お前はここまでだ諦めろ、最後に聞くが教団の秘密を話せ
そうすれば考えてやらなくもない」
そんなアランの言葉に身を震わせ激しく怒るギド。
「ふざけるな、ワシはパルマ神にこの身を捧げ総大司教セルジュ様に絶対の忠誠を誓う者
誰が貴様の様なネズミに屈服するものか、身の程を知れこの痴れ者が‼」
ギドは怒りの表情を浮かべ睨みつける様にアランを見つめた
そんな罵声にも近い言葉を浴びせられても特に表情を変えることもなく
顔を更に近づけると淡々と語り始めた。
「話したくないのであれば別にかまわない、教団の秘密を記した書類がどこにあるかは
もう調べがついている、安心して死ね」
アランの言葉を聞き驚きの表情を隠せないギド、両目を見開き信じられない散った顔を見せた。
「なぜその事を知っている?あの書類の隠し場所は私とセルジュ様以外は知らないはず!?」
その時ギドが一瞬チラリと祭壇の方に視線を向ける、それを見逃すアランではなかった。
「そうか、あそこに隠してあるのか……」
アランのセリフで初めて自分が嵌められた事に気が付いたギドは怒りに任せて怒鳴り散らした。
「おのれ図りおったな、貴様の様な痴れ者は地獄へ落ちろ、神をも恐れぬ救いがたき愚者よ
苦痛と苦悩でその身を焼かれ、未来永劫苦しみ続けるが良いわ‼」
思いつく限りの罵詈雑言を並べてアランを侮蔑するギド
しかしそんな相手にも特に感情を揺さぶられることなく静かに仕事を全うする。
「貴様のしてきたことを思えば自業自得といった所だろう、俺が言えた義理ではないが
貴様等のいう魂の救済とやらを執行してやる、ありがたく思うのだな」
最後はわめくように叫びながら死んでいったギド、アランはギドの視線の先の祭壇を探ってみた
すると祭壇の裏に隠し部屋の様な所を発見する、それは畳二畳分程しかない狭い部屋だったが
木製の小さな机が置いてあり、その引き出しの中に書類はあった
一見しただけでは全くわからない様に暗号化されており、ここでその暗号を解くには
少々時間がかかると判断したためその書類は持ち帰ることにした
未だに床に倒れ込んでいる信者達ごと教会に火を放つアラン
燃え盛る炎の中から信者たちの様々な悲鳴が聞こえて来た
断末魔の叫びともいえるその声に以前にはなかった感情が心を揺さぶる。
「俺は単に仕事をこなしただけのはず、しかし何だ、この嫌な感情は……
相手は狂信者のテロリスト共だぞ!?どうしてしまったんだ、俺は」
全く無自覚だったが確実に以前とは違う自分自身にやや戸惑ってしまう
しかし感情に行動を制限されてしてしまうわけにはいかない
素早くその場所から撤収し人気のない道を選んで進むんで行く
本来家の方向とは全く逆に向かって走り出す、それは念には念を入れての行動である
万が一にも自分の素性を知られる訳にはいかない為、逃走経路も大回りに取り
証拠や痕跡を残さないよう十分な配慮をして進む、そして途中では
何度も後をつけられていないかを確認しながら慎重に進んだ
教団幹部のギドが魔導士だった以上、つけてくるのが人だけとは限らない
使い魔や魔法干渉による追跡の可能性もあったからだ
そういった可能性を全て考慮し、愛する妻と娘の待つ家路へと急いだ
一方その頃、家でアランを待つアリサは祈るような気持ちで夫の帰りを待っていた
アランからから《しばらく帰れないかもしれない》と聞いてはいたが
いつ帰ってくるかはわからないので不安で仕方がなかったのだ
仕事の内容は教えてはくれなかったが、その態度から相当危険な仕事依頼であることは想像がついた
娘を寝かしつけ一息ついたところで玄関の扉があく音が聞こえた。
「アランが帰ってきた‼」
アリサは安堵と喜びの表情を浮かべ、玄関に向かって小走りで迎えに行こうと部屋の扉を開けた時
目の前に立っていたのは黒いローブを纏った十数人の男達であった。