裏切りの月⑥ 再会
アランにとって何年振りかの複数での食事である、アランが必要以上に慣れ合いを嫌うのは
家族との思い出が頭をよぎるからだった、子供の頃は楽しかった
両親に愛され自分も両親の事が大好きだった、頼もしくてあこがれの父
いつも優しかった母、しかしそんな楽しかった日々は突然終わりを告げた
父の失業を境に家庭は崩壊、母はアランを捨て若い男と逃げ、父は酒浸りでアランに暴力をふるう毎日
ついにはわずかな酒代欲しさにアランを奴隷として売った
血肉を分けた両親でさえ自分を見捨てたのだ、他人など信用できるわけがない
優しくて暖かい思い出があるからこそ裏切られた時の絶望感は凄まじく
どん底を味わったのだ、傷つきたくないから他人とは関わらない
それがアランが人生の中で学んだ事であった
そんなアランの信念を無視して仲間との食事に連行するアリサ、バルドの案内の元、ある店にたどり着いた
そこは繁華街から少し離れた裏通りともいえる場所にあり
細い道を抜け貧困層の住宅街の一角にその店はあった
手狭な入り口をくぐると中は人であふれていた
外見の貧相さとは裏腹に中では人々が楽しく会話する声が自然と耳に入ってくる
中年女性と思われる威勢のいい店員の声が何度も聞こえ、大勢の客の注文を取るので
あちこち走り回りながら忙しそうな様子が見て取れる
そんな光景を少し見ただけでこの店がとても繁盛していることがわかった。
「ここは俺の行きつけの店なんだ、客層は悪いし騒がしくてムードもへったくれもないが味は保証するぜ
それに安くてボリュームがある、貧乏時代は毎日ここで飯を食ってたもんだぜ」
バルドは得意げに親指を立てウインクする、アランは相変わらず無反応だったが
アリサは想像していた店と違ったのか少し引き気味で苦笑いを浮かべていた
そんな時バルドに声をかけてきた客がいた、顔を赤らめ酒臭い息を吐きながら
酒の入ったジョッキ片手にバルドに肩を組んできたのだ。
「ようバルド久しぶりじゃねーか、おっなんだ?今日はえらい別嬪さんを連れいてるじゃねーか珍しい
どうだいねーちゃん、俺と一緒に飲まないか?一杯奢るぜはっはっは」
タチの悪い酔っ払いといった感じの男性客に引き気味の愛想笑いを浮かべるアリサ
一方バルドは絡んできたその男を無理やり引きはがすと苛立ち交じりに言い放つ。
「やかましいぞレオン、今日は俺の仲間と食事に来たんだ
酔っ払いが絡んでくるんじゃねーよ、あっちに行っていな、シッシッ」
右の掌を振りながら〈あっちに行け〉とゼスチャーするバルド
男は首をすくめてスゴスゴと引き上げて行った。
「すまないなアリサ、根は悪い奴じゃないんだが……まあ気にしないでくれ」
「え、ええ、中々ユニークなお店なのね……」
三人は店の一番隅の席に座り机の上のメニューに目を通した。
「ここのアイリッシュシチューは絶品だぜ、まあ正直この店の料理は当たりハズレが激しい
万が一ハズレを引くと飛んでもなく酷い味だから気を付けてくれ
まあ俺に任せてくれれば大丈夫だけどな」
得意げに親指を立てるバルド、その時バルドの背中からそれを咎める声が聞こえた。
「ちょいとバルド、いい加減な事言っているんじゃないわよ
ウチの料理はどれもこれもおいしいって評判なんだ
料理が口に合わないのはアンタの味覚の好みの問題だよ‼」
バルドが驚いて振り向くとそこには先程まで客の注文で走り回っていた
中年女性が腕組みしながら立っていた、年は四十歳半ば
小太りで気が強そうな印象の女性だ。
「あっ、おかみさん久しぶり、今日は仲間を連れてきたんだ
特別に気合い入れて料理頼む、とオヤジさんには伝えてくれ」
少しバツが悪そうに愛想笑いを浮かべながらそう話しかけるバルド
おかみさんと言われた中年女性はアランとアリサにチラリと視線を向ける
それに気づいたアリサはペコリと頭を下げるがもちろんアランは無反応である。
「ふ~ん、アンタの仲間かい珍しい、それにしては随分と美人さんに色男だね
言っておくがウチの料理はどれもおいしいし客に対して気合いの入れ方を変える
なんてことはしてないからね」
苦笑いを浮かべるバルドにそう言い放つとアリサとアランに向かってニコリと微笑みかけた。
「この子をよろしく頼むわね、ちょっと融通が利かないところはあるけど
根はいい子なんだよ」
まるで母親の様な言葉をかけてくるおかみさん
別の客に呼ばれすぐに他の席に行ってしまったがそれを微笑ましい表情で見つめているアリサ。
「いい人なのね、ここのおかみさんは」
バルドは少し照れながら話し始めた。
「ここのおかみさんとオヤジさんには俺が無職で貧乏だった時
何度も格安で食べさせてくれたんだ、時にはツケでいいからって……
二人には子供がいないから俺を子供の様に可愛がってくれたんだ
だからここのおかみさんとオヤジさんには今でも頭が上がらないんだけどな」
少し恥ずかしそうに、だけども嬉しそうに話すバルド、少しすると料理が運ばれてきた
バルドおすすめのアイリッシュシチューは本当においしく口にしたアリサも驚いた。
「おいしい、これ本当においしいわね」
「そうだろ、ここのアイリッシュシチューは絶品なんだよ
俺なんか毎日こればっかり食べていたくらいだからな」
そう自慢げに話すバルドだったが、ふとアランに視線を移すと不思議そうな表情を浮かべた。
「アラン、お前随分とゆっくり食べるんだな」
バルドの言葉に驚いたのか、思わずアランの方を見るアリサ
確かに言われてみればアランの食べ方は他人が違和感を覚えるほどゆっくりである
一口一口を口に含みながら風味と味を確かめる様に喉に流し込んでいた。
「随分じっくり味わって食べるのね、ちょっとイメージに合わないというか少し意外だわ」
二人が不思議そうな表情を浮かべながら見つめているが
アランはそんな視線を全く意に介さない様子で食事を続けていた
しかし呆然と見つめている二人に対して静かに口を開く。
「二人は俺が暗殺集団【ゲルゼア】にいたことを知っているのだよな?
これはその時の名残だ、【ゲルゼア】では時々食事に毒が混ざっていて
それを識別できるよう訓練されていただからこういった食事方法になる
だから俺の事は気にせず食事を取ってくれ」
そんな凄まじい話を実にあっさりと話すアラン、理解はできたものの納得しきれない二人だが
そんな事をここで掘り下げても空気が悪くなるだけなので食事を続けることにした
店の雰囲気も相まって徐々に楽し気な会話になっていく三人
とはいってもアランからしゃべることは無くアリサが話しかける事に答えるだけなのだが
その時バルドは気が付いた、いや今までも薄々気が付いてはいた
しかし己の心の中で否定し続けていただけなのだった
それはアリサがアランに好意を持っているのではないか?という疑問である
今までバルドはそれとなくアリサにアタックしていた、しかしその度にゆるりとかわされ
少しヘコんでいただがそんなアリサがアランに対しては妙に積極的なのだ
知っての通りアランは無口で不愛想、必要以上の事は話さないという男である
だから仲間としてコミュニケーションを取る為にアリサはアランに話しかけているのであろうと解釈していた
しかしアリサがアランに話しかける時の目が気になっていた、そして今日は特にそれを感じるのだ。
『おいおい嘘だろ、よりにもよってアランに負けるのか!?
そもそもこんな不愛想でぶっきらぼうの男のどこがいいんだ?
女にはこれがクールに見えるって事か……いやマズいぞ
このままではアリサは……』
内心焦ったバルドはアランに対し少し意地悪な質問をしてみた。
「なあアラン、お前は彼女とかいるのか、今まで付き合ってきた女とかは?」
その質問にアリサがピクリと反応する、しかし問われたアランは躊躇することなく答えた。
「そんなものはいない、今までもいたことなどない」
その答えに少しほっとした様な表情を浮かべるアリサ、それを見て益々面白くないバルドは質問をつづけた。
「そうか、確かにアランは女とイチャイチャするイメージではないな
俺も今はたまたまいないけど、じゃあ欲求不満とかになったりしないのか?
時々無性に女の子が恋しくなってムラムラしたりすることは?」
バルドの少し意地悪な質問をぶつけるが、そんな質問ですら何の躊躇もなく答えた。
「性欲処理の事を言っているのか?それならば問題ない、たまに金で娼婦を買っている」
聞いていた二人はその言葉に驚きを隠せなかった、大きく口を開け絶句する
しかし思い直したのか、再び話をつづけるバルド。
「そ、そうか……少し意外だな、でどこに行っているんだ?」
「サッドウィル通りの奥に娼婦街があるだろう、今日もそこに行くつもりだった」
あっけらかんと何の抵抗もなくそう言い切るアラン、絶句して固まるアリサをよそに逆に乗ってきたバルド。
「ああ、あそこか!?俺もあそこには何度か……いや友人から聞いたことがある
だったらいい話があるぜ、この店の裏通りにも娼婦街がある
知る人ぞ知るっていう穴場らしい、娼婦街だけに穴場っていうのも
言いえて妙だけどな、中々良いって聞いたことがあるぜ」
本来の目的を忘れどことなく嬉しそうに話すバルドの話にジッと耳を傾けるアラン
しかしそんな話を両サイドから聞かされているアリサは堪ったモノではない
顔を真っ赤にしながらうつむきプルプルと震えていたがとうとう我慢できなくなったのか
両手でテーブルを叩き二人の話に割って入った。
「いい加減にしてよ、レディーの前で話すような内容じゃないでしょ‼」
ハッと我に返るバルド、アリサが物凄い目で自分を睨んでいたからだ。
『え~俺だけ?アランも一緒に話していたじゃないかよ……』
どうにも納得できないバルドだったが、結果的に墓穴を掘ってしまった形になってしまった
そしてその後はとりとめのない話をして終わり解散となった
店を出たアランはバルドに聞いた裏通りの娼婦街に行ってみる事にした
アランがいつも行っているサッドウィル通りの娼婦街はいわば政府公認の施設である
建物も立派で上級士官などの公的な者も訪れるちゃんとした場所だ
それ故に料金もそれなりに高額である、それに比べてこの裏通りの娼婦街は非合法の施設である
薄暗い裏通りに小汚い小屋の様な建物が居並び、そこで客引きの娼婦が客を誘い
個々で料金交渉をするというシステムを取っていた、その分だけ政府公認の娼婦街に比べ料金は格安であり
若い子から年季の入った女性までバリエーションは豊富である
なぜこのような非合法の施設がまかり通るかというと、この国ゲルドガルム王国は
度重なる勝ち戦で国内も栄え活気に満ちていた、しかしそれは同時に貧富の差を生み
同じ国民でも戦争需要に乗って多大な恩恵を受ける者とそうで無い者との格差が激しくなってしまったのだ
政府公認の娼婦街の施設の料金が高いのはそれだけ多くの税金をかけているからでもある
アランは前にそこの娼婦が不満気に愚痴言っていたことを思い出す。
「ここの料金は結構高いけど私らに入る分はすっごく少ないのよ
それは政府が税金でみんな持って行っちゃうからさ
あ~あ、私も非合法の所に移ろうかな……」
そんな事を思い出しながら薄暗い裏通りに入って行くアラン
だから政府公認の娼婦街から非合法な所へと移る者も少なくない
政府は以前それを憂いて娼婦街を始めとする非合法な組織を徹底的に取り締まり弾圧したことがあった
しかし結果的にそれは低所得民の反発を招き抗議デモや反政府運動、性犯罪の増加という
予期もしない結果を招くことになってしまった、それ以来政府は
このような非合法組織の存在を黙認することとなる
アランが裏通りを進んで行くと何人もの娼婦が声をかけてきた。
「お兄さんあんまり見ない顔だね、どうだい私と、アンタみたいないい男なら
特別サービスしちゃうけど」
「あら良い男ね、ぜひ私と良いことしない、アンタなら安くしておくよ」
「ちょっと、この人は私が最初に目を付けえたのよ、邪魔しないで頂戴‼」
なぜかアランを取り合って喧嘩まで始める娼婦たち
しかしアランがこの裏通りの娼婦街に来た本当の目的は娼婦を買う為ではなかった
この国の現状を見ておきたかったのと、こういった非合法の組織には必ず元締めと言われる中心人物がいる
そういった人間は色々な裏事情に詳しく様々な情報網を持っている事が多い
だからその元締めと知り合い情報の共有をしたいと交渉するつもりでいたのだ
アランの仕事上、情報は何より重要である、ありていに言えば多ければ多いほど有難い
アランは積極的に誘ってくる娼婦たちには見向きもせず、裏路地のさらに奥へと進んで行く
奥に行くにしたがって娼婦の数も減っていき人もわずかになってくる
こういった所の元締めは万が一摘発があった時の為に一番奥にいるのが相場である
それを知っているアランは薄暗い裏路地を更に奥へ奥へと進んで行った
そして娼婦達もほとんどいなくなり一番奥の建物の前にたどり着く
そこは大きさこそ、大したこと無いのだがアランが外から見ただけでそれとわかる建物であった
アランは何の躊躇もなくその建物のドアをノックしようとした時、後ろから呼び止める声が聞こえた。
「お兄さん、私とどうですか?安くしておきますよ」
振り向くとそこにはガリガリに痩せた女が立っていた、見素晴らしい服を身に着け
髪もボサボサで年も四十過ぎであろうと思われる娼婦であった
しかしその娼婦の顔を見て愕然とするアラン。
「母さん……」
そこに立っていたのはアランを捨てて若い男と逃げた、変わり果てた母の姿であった
しかし母はアランには気が付かない様子でヘラヘラと笑っている。
「どうだいお兄さん、テクニックならそんじょそこらの若い女には負けないよ
お兄さんいい男だから安くしていくからさ……」
あまりの事に愕然として言葉も出ない、すると少し離れた所から同じように
四十歳以上と思われる娼婦が大声でアランに声をかけてきた。
「お兄さん、そいつは止めた方がいいよ、そいつはね、悪い男に引っかかって
この国につれて来られて薬漬けにされた挙句娼婦として働かされてきた女なんだ
もう稼げないからあっさりと捨てられてね、もう今じゃ自分の名前すらわからないくらい
クスリで頭がおかしくなっちまった女だ、そんな女ほっておいて私とどうだい?」
母の状態を理解したアランは頭が真っ白になりクルリと背中を向けて逃げ出した
走り去るアランの背中に罵声を浴びせてくる母ともう一人の娼婦
今来た道を全力で駆け抜けていく、客引きの為によって来る娼婦達には目もくれず
時には差し出してくる手や体を突き飛ばしてでも先を急いだ
アランは珍しく取り乱していたのだ、【ゲルゼア】での初任務の際に反乱軍に加わっていた父を
その手にかけた時でさえこれほどの衝撃は受けなかった
変わり果てた母の姿が何度も何度も頭の中を駆け巡る、アランは無我夢中で走った
かなりの距離を走ったと思われる為、もはやあの裏通りの娼婦街からは相当離れているはずである
気が付けばどこかの橋の上にいた、夜分なので周りに人気もない為非常に静かで
足元からの川の水の流れる音が聞こえてくる、そのどこか安らぐ様な光景と川のせせらぎを聞きながら
何とか落ち着きを取り戻そうと必死で息を整えていた、その時である。
「あれっ、そこにいるのアランじゃないの?」
聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、そこにはつい先ほどまで一緒に食事していたアリサがいた
両手には大きな袋を抱えていてどこかで買い物でもしていたのだろう
しかしそんな事を気にすることも考える余裕も今のアランにはなかった。
「ねえどうかしたの、さっきまでと雰囲気が全然違うけど……
それに顔色悪いわよ、何かあったの?」
食事の時と明らかに雰囲気が違うアランの様子を心配そうにのぞき込むアリサ
仕事の時でさえ焦ったり取り乱したりしたことなどないアランの様子が明らかにおかしい
目は泳ぎ血の気が引いたように顔色が悪い、そして足や手の指先がかすかに震えている
常に冷静沈着がモットーのアランが今は見る影もないほど取り乱していた。
「アリサ……何でここに?」
絞り出すように口を開いたアランだったがその問いかけもおそらくは考えて発言したものではなく
なんとなく口から出ただけのものだとアリサも感じていた
しかしとにかく落ち着かせようと、なるべく自然に答える事にした。
「ここ、私の住んでいる近くなのよ、ほらここ川が近いでしょ
この川の流れる音が好きでこの近くに住むことにしたの
あなた達と別れてから家に食料品が少なくなっている事を思い出してね
夜でもやっている市場に買い物に出かけていたのよ、今日は野菜が安くてね
ほら、こんなに一杯……えっ!?」
アリサが話している最中にユラユラとふらつきながらアランが近づいて来た
まるでゾンビの様な足取りでゆっくりと近づいてくるアランにどこか恐怖さえ感じてしまう。
「ねえどうしたのよアラン、ちょっ、ちょっと、まずは落ち着いて‼」
アリサの声も届いていない様子であった、もう目の前にまで近づいているアランがジッと自分をを見つめていた
言葉も出ないままどうしていいのかわからないアリサも見つめ返す
しばらく無言で見つめ合っていた二人だったが、アランが急に背中を向けゆっくりと歩き出した
もちろん何かを伝えることもなく無言のままである。
「ちょっと待ってよ、アラン一体何が……」
アリサは無言のまま立ち去ろうとするアランの腕をつかみ強引に引き止めた
再びアランの前に回り顔を覗き込む、すると驚くべきモノを目の当たりにしたのだ。
「アラン……あなた泣いているの?」
アランの両目から涙がこぼれ落ちていたのだ、アラン自身も自覚は無く無表情のまま涙だけが流れていた。
「何でもない、ほっておいてくれ」
再び立ち去ろうとするアランの両腕を握り、睨みつけるように厳しい表情で話しかけるアリサ。
「私達は仲間なの、仲間の一大事にほっておける訳無いでしょ
まずは落ち着いて理由から話して……えっ、ちょっと!?」
話を聞こうとしたアリサに急に抱きつくアラン、突然の事に戸惑いを隠せないアリサだったが
気が付くとアランの体は小刻みに震えていた、そしてアリサは悟った
この抱擁は愛情表現や性の衝動によるものではなく、ただただ何かにすがりたい、という心の表れなのだ
子供の様におびえるアランをそっと抱きしめるアリサ、そしてそっと耳元でささやいた。
「こんなところでずっといるわけにはいかないでしょ、家に来て……」
アランは言われるがままアリサに付いていく、五分ほど歩いたところにアリサの家はあった
あるアパートの一室で玄関を入ると部屋の中は物が少なく小奇麗な感じで整頓されており
アリサの性格を物語っていた。
「何にも無いでしょ、私あまり物を置くのが好きじゃなくて、今コーヒーでも入れるわ」
そういってキッチンに向かおうとするアリサの背中を抱きしめるアラン
そしてそのまま強引にベッドに押し倒した、しかしアリサは抵抗することなくそれを受け入れた
何かにとりつかれている様に乱暴にアリサの服をはぎ取るアラン
窓から入り込む月明かりがアリサの美しい肢体を映し出す
アランはむさぼる様にアリサを求めアリサはそれを受け入れた
こうして二人はその夜結ばれた、次の朝アランは目を覚ますと横にアリサがいるのに気が付く
言葉を失いジッとアリサの寝顔を見つめているアラン
窓から入ってくる朝日と鳥のさえずる声が嫌でも朝を感じさせた
そしてアリサも目を覚ました、ジッと自分を見つめているアランに
少し恥ずかしそうに顔を背け、なるべく平静を装いながら口を開いた。
「おはようアラン、もう大丈夫?」
一晩たったアランは母の件を何とか受け入れることができていた
しかしその代償として自分の負の感情を全てアリサにぶつけてしまっていたことを今更ながら思い出し
その事でやや取り乱していた、そんなアランの様子を見てクスリと笑うアリサ。
「もう大丈夫そうね、良かった、じゃあ朝食でも作るわ……
恥ずかしいからこっちを見ないで」
体にシーツを巻きベッドから立ち上がろうとするアリサの腕をつかんで引き止めた。
「アリサ、昨夜の事はその……本当にすまない、俺の自分勝手な感情で君の……」
アリサは右手の人差し指をアランの口に近づけ話を制止する。
「謝らないで、別に無理矢理じゃない、私自身が受け入れた事なの
男と女は理屈じゃないわ、逆に謝られるとこっちが惨めになるから
お願いだから謝らないで」
真剣な表情でそう語るアリサに何も言い返せなかった。
「わかった、でもこれだけは言わせてくれ、本当にありがとう」
深々と頭を下げ感謝の意を示すアランに、優しく微笑みながら首を振るアリサ
「じゃあ昨日何があったか話してくれる?あなたがあれ程取り乱すなんてただ事じゃない
もちろん無理にとは言わないわ、昨夜バルドにも言ったけど
人間言いたくない事の一つや二つあるものだから……でも
人に聞いてもらうとそれだけで気が楽になったりするモノなのよ
私でよかったら話してくれない?今じゃなくてもいいから
言いたくなった時でいいわ、じゃあ朝食を作るわ、アランは好き嫌いなんかある?」
「いや、嫌いなモノは特にないが……」
「わかったわ、ちょっと待っていて」
少し嬉しそうに微笑みながらウインクするアリサ、着替える所を見ない様に後ろを向くと
アリサの着替えの際の布がこすれる音が耳に入ってきて妙に気になってしまう
二人はアリサの作った朝食を食べ終わり食後のコーヒーを飲んでいた。
「ジャックの店程いい豆は使ってないけど、このコーヒーも中々のモノでしょ?」
にこやかに話を投げかけるアリサに対しいつものように答えた。
「俺にコーヒーの良さはわからん、しかしこのコーヒーの方がやや酸味が強いな
俺はこっちの方が好みだ、正直ジャックの店でも今のコーヒーより
前の方が好きだった」
「そうなんだ、ジャックが聞いたらきっとがっかりするわね、フフフ」
アランの話し方自体は普段と同じものだったが、自分の言葉でちゃんと答えてくれることが嬉しいアリサ
両肘を机に付けながら両手を組んで顎を乗せ嬉しそうに微笑みかける
そんな何気ない会話が何故か心地よく感じた、こんな気分を感じるのは子供のころ以来である
自分にまだこんな感情が残っていたことに驚き戸惑っていた
そして意を決したアランは急に真剣な表情になるとアリサに語り掛る。
「アリサ、昨夜君たちと別れた後何があったか話す、いや俺自身
今まで何があったかを全部話すから……聞いてくれないか?」
アランの真剣な申し出にアリサは姿勢を正し正座して聞く姿勢を見せた。
「ありがとう話してくれて、私でよければ聞かせてもらうわ
あなたの力になれると良いのだけれど」
こうしてアランはアリサが聞いている前で静かに語り始めた。