裏切りの月⑤ 出会い
小一時間にも及ぶ【ゲルゼア】掃討作戦は終結を向かえた、作戦行動を終え続々と集まってくる兵士たち
集結している場所は開けた所に松明と魔法による明かりが灯され
そこの場所だけが暗い山中で煌々と照らされていた
戻ってくる兵士の何人かは風呂敷の様な布に何かを包んで運んでいる
それを集結場所の中心に運んでくると、まるでゴミ捨て場にゴミを投げるように無造作に投げ捨てた
するとその布の中には人の生首が入っており、投げ捨てられた首は地面をゴロゴロと回転し止まる
暗殺者たちは殺され首となって一か所に集められていたのだ
そしてそれがある程度の数が集まると一つ一つ見えやすいように列に並べられた
夜中の山中で生首が並んでいる光景は兵達にとってもゾッとしないモノであったが
これは必要な事だと言われ渋々ながらその命令に従っていたのである
そしてすべての首が並べられたところで一人の男が兵に案内されて歩いてきた
黒いローブに身を包み怪しげな雰囲気をまき散らしながら、統一された正規兵の中にあって
ひときわ異彩を放つ男ムゲナである、ムゲナは【ゲルゼア】のメンバーが全員死んだかのか
確認するために一人一人の首を確認しに来たのだ、いわゆる〈首実検〉である
一人一人丁寧に確認しながらゆっくりと歩くムゲナ
その態度はまるで仕事の検品作業でもしているように無感情で淡々とおこなっている
そんなムゲナの姿をを見た今回の指揮官サイモン将軍は
ムゲナに敵意交じりの軽蔑の眼差しを向けながら吐き捨てるように口走った。
「わが身可愛さに自分の部下達を生贄として差し出し、自分だけのうのうと生きているとは
何とも恥知らずな男よ、さすがは害虫の親玉といったところか
同じ空気を吸うのでさえ汚らわしいわ‼」
サイモンはわざとムゲナに聞こえるように大きな声で言い放つが
当のムゲナは聞こえていないかのような態度で完全スルーしていた
周りの兵達がハラハラして見守っている中、全部の首実検を終えたムゲナが初めて険しい表情を見せた
その表情が気になった兵が思わずムゲナに問いかける。
「あの……何かあったのでしょうか?」
その問いかけにフッと口元を緩ませるムゲナ。
「いや、ここにある首は総勢二百人分ある、しかし【ゲルゼア】の総勢は二百三人だ……」
静かな小声でつぶやくようなムゲナの言葉に思わずゴクリと息を飲む兵。
「つまり三人足りないと?まさか我々の包囲網を突破して逃げ延びた奴がいると!?」
その言葉にゆっくりと首を振るムゲナ。
「いや、この包囲網は私が考えたものだ、入ったら最後、絶対に逃げられん
三人の内、 二人は下位のメンバーだ、おそらくどこかに身を潜めてジッと隠れているのであろう
そんな事をしたところでいずれは発見され殺されるだけなのにな、愚か者が……
だからそいつらが見つかるのは時間の問題だ、心配はいらん
しかしもう一人は……」
「もう一人はどうしたのですか?まさか包囲網を突破したのですか!?」
ムゲナはその質問には答えなかった、ふと空を見上げ、夜の山中を
幻想的に照らしている見事な満月を見つめ嬉しそうに笑った。
「やはりお前は気が付いたか……ナンバーシックス」
一方、アランは一人山中を駆け抜けていた、逃げ始めてから数分後に
後方で怒号の様な声と笛の音などが聞こえてきて自分が感じた嫌な予感が
的中したことを証明した、しかしそれが当たったからといって喜べる状況ではない
ギリギリのところで最悪の事態には遭遇しなかったというだけなのだ
もはや【ゲルゼア】は壊滅した、向こうにムゲナがいる以上
アランはグダルカン帝国とベーゼナ公国のお尋ね者となっている可能性が高い
となると逃走先の選択肢はそう多くない、グダルカン帝国とベーゼナ公国にとっての敵国である
ゲルドガルム王国に行くしかない、以前潜入作戦で使ったルートを使い
難無く密入国に成功したアランだったが、手持ちの金はそう多くは無い
そしてこの国の市民権も無いのだ、しかしアランは迷うことなくある所に向かっていた
それは【ゲルゼア】のルートからではない、独自の情報で知っているという場所である
アランの様な上位暗殺者であれば独自の情報網を持っている
暗殺者という職業柄、仕事は可及的速やかに行う必要があるが
【ゲルゼア】からだけの情報だと不測の事態に対応しにくい点がままあるのだ
だからこそ現地での情報屋や仲介屋というのは非常に重要なのである
アランはバラートの森を抜け、ゲルドガルム王国の国境を越えて街に入って行く
もはや夜も更けてきているので人通りは全くない
どことなく寂し気で静かな街並みの石畳を早足で歩いていくアラン
まるでそこがいつも通い慣れている道であるかのように迷いも躊躇もなく足を進める
そして裏路地のある古びた道具屋の前で足を止めた
周りを警戒する様にキョロキョロと見回し誰も居ない事を改めて確認すると
静かに道具屋のドアを開けた、中は狭くやや薄暗い感じがする店だが
小ざっぱりしていて並べられている商品も手入れの行き届いた良い物であることが一目でわかる
奥にいる店主と思しき男は年齢三十半ばぐらい、長身で浅黒い肌
強面のスキンヘッドで鋭い目つきをしている。
「お客さん、もう営業時間は過ぎていまして、良かったら明日以降にまた
来ていただけませんでしょうか、申し訳ありませんが……」
言葉は丁寧だが顔つきは〈こんな時間に来やがって、さっさと帰れ〉
とでも言っている様な表情を浮かべていた。
「俺は客ではない、ここは裏ルートの仕事を多く請け負っていると聞いてきた」
何も疑うことなく言い放つアランに対し、苦笑しながら目を閉じゆっくり首を振る店主。
「何の事やらさっぱりわかりませんが、何処かとお間違えなのでは?」
「茶番はいい、ルソー商会のモンゾから聞いている、ここが裏では有名な店だってな」
その言葉を聞いた店主の表情から笑みが消えた。
「ほうモンゾから……じゃあしょうがないな、最近は憲兵なんかが
捜査の為に嘘の依頼をしてくることがあるからよ、まあ悪く思わないでくれや……で?
アンタはどんな要件でウチに来たんだい?盗品の横流しか?
それとも国外逃亡か?ああ先に一つ言っておくが 麻薬は取り扱ってないぜ
以前地元のマフィアともめて酷い目に合ったからな」
「いやそういった依頼ではない、俺自身の仲介を頼みたいのだ」
その瞬間店主の目つきが鋭く変わる。
「売り込みか……珍しいな、要するに俺とマネージメント契約がしたいという事か
で?お前さんの特技は?一体何ができるっていうんだい?」
「おれは暗殺者だ、それしかできん、頼めるか?」
「殺しか……悪いがそれは無理だ、アンタも知っていると思うが殺しを含めた暗殺者の案件は
【ゲルゼア】が独占している、俺の所にもたまに依頼が来るが【ゲルゼア】への
依頼料が払えないから、とか【ゲルゼア】に断わられえたから
とかばかりでロクなのがない、【ゲルゼア】がある以上
フリーの暗殺者なんて商売にならないアンタも諦めて……」
その話に割り込むように口をはさむアラン。
「【ゲルゼア】はもう無い、グダルカン帝国とベーゼナ公国により壊滅させられた」
それを聞きギョッとした表情を浮かべ驚きを隠せない店主。
「それは本当か!?にわかには信じられない話だが……」
「事実だ、おそらく明日にでも両国から発表されるはずだ」
店主は無言のまましばらくアランをジッと見つめていたが考えがまとまったのか再び口を開く。
「わかった、俺も事の真相を調べてみるから返事は少し待ってくれ
そうだな……明日のこの時間にもう一度この店に来てくれ、それでいいか?」
「ああ、かまわない」
そう言ってアランは店を後にした、そして翌日の夜に再び店を訪れる
周りに待ち伏せの兵などが居ない事を確認し中に入ると店主はニヤリと笑みを浮かべた。
「おう来たか、アンタの言う通り【ゲルゼア】は壊滅したらしいな
それでアンタはその生き残りって訳だな、両国から手配書が出ていたぜ
賞金もかけられていた……」
その瞬間アランは腰の剣に手をかけ戦闘態勢を見せる、それを見た店主は
慌てて両手を前に出し左右に振って否定する仕草を見せた。
「おいおい待ってくれ、俺はアンタを差し出す気はないぜ」
しかしアランは戦闘態勢を崩さず、鋭い視線を向けながら問いかける。
「どうして俺を売ろうとしない、俺にいくらの賞金がかけられているのかは知らないが
それなりの金額はもらえるだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、店主は二マリと笑う。
「馬鹿言え、こんな大きなビジネスチャンス逃すかよ、俺は商売人だ、金の話には
鼻が利く、いいか商売というのは需要と供給の関係で成り立つ
【ゲルゼア】が無くなったって急に暗殺者への依頼がなくなるわけじゃない
となるとこの先、いかに腕の立つ暗殺者 を抱えているかが商売の決め手となる
殺しを含めた暗殺者家業というのは特に信用が大事だからな
依頼の完遂と秘密厳守が絶対だ、だからこそ報酬も法外だし
依頼者の中には〈いくらでも出すから‼〉なんて奴もいるだろう
となればこんなおいしい商売は無い、あんた【ゲルゼア】のナンバーシックスだろ?
手配書に出ていた、噂は聞いているぜ、【ゲルゼア】きっての凄腕暗殺者
死神と呼ばれたナンバーシックス、こんなビックビジネスチャンスを
はした金の賞金なんかで見逃せるか、俺にも運が向いて来たぜ」
目を輝かせ嬉しそうに語る店主にようやく戦闘態勢を解くアラン。
「ならば契約はOKという事でいいんだな」
アランの言葉に大きく頷く店主。
「ああ、それで取り分だが依頼料の三割をもらいたい、こちらもそれなりに
危ない橋を渡ることになるし、事前の下調べも必要だからな、どうだ?」
「ああ、それで構わない」
アランが二つ返事で了解すると満面の笑みで右手を差し出す店主。
「よし、これで契約成立だ、これからよろしく頼むぜ相棒、申し遅れたが俺の名はジャック
ジャック・ハウンドだ」
アランは差し出された右手を無視して口を開く。
「アランだ」
差し出された右手を無視し、言葉少な気に自己紹介するアランに対し
少し拍子抜けした様な表情を見せるジャックだったが、すぐに思い直しニヤリと笑う。
「じゃあアラン、この国で住むための国民権の書類は俺の方で偽造しておく
明日にはできるから今晩は宿にでも泊ってくれ、金がないならこの店で寝てくれてもいい
狭い店だが寝るだけならかまわないだろ?書類が出来たら住み家は自分で探してくれ
融通の利く不動産屋は紹介してやるからよ、それでいいか?」
「ああ、かまわない」
再び大きく頷くジャック。
「よし、俺にもようやく運が向いて来たぜ、突然幸運の女神が舞い降りて来たって感じだ
まぁどう見ても女神というよりは死神だけどな、でもそんな事どうでもいい
商売の為なら悪魔にだって死神にだって喜んで魂を売りつけるのが本当の商売人ってモノだぜ
これから忙しくなるな、ガンガン依頼を取って来てやるから頼むぜ相棒」
こうしてアランはジャックと組みフリーの暗殺者として行動することとなった
その時ジャックが何かを思い出したかのように胸ポケットから一枚の紙を取り出す。
「そういえば少し気になった事がある、両国から出ていた手配書の事なんだが
似顔絵も描かれているんだけどよ、ちょっと見てくれ」
ジャックの出した紙は手配書でアランの似顔絵も描かれていたのだが
そこに描かれている人物像はアランとは似ても似つかない顔が描かれていたのだ。
「これは一体どういう事なんだ?まぁこっちにしてみれば有難い話だけどよ」
手配書をジッと見つめ少し考えてから答えるアラン。
「これはこの手配書を作った【ゲルゼア】創始者ムゲナの俺に宛てたメッセージだ」
アランの言っている意味がわからず首をかしげるジャック。
「はぁ?どういう事だそれは?」
「今回ムゲナは自分の命を助けてくれるという条件で【ゲルゼア】壊滅に手を貸した
しかし結果的に俺を逃してしまった為、俺からの報復を恐れている
この手配書は〈もうお前を追うことはしないから俺を狙うな〉という
ムゲナからのメッセージだ」
その話を聞いて怪訝そうな表情を浮かべるジャック。
「何だよそれは、自分が助かりたくて部下を売ったのか?
ロクでもない奴だなそいつは、でもよ、【ゲルゼア】の創始者なら
暗殺者の事は知り尽くしているんだろ?だったら自分を餌に
お前をおびき寄せて仕留める事を考えたりはしないのか?」
「奴にとっては俺を殺す事が目的じゃないからな、あくまで自分の保身が第一である以上
わざわざ危険を冒す意味がないと考えたのだろう、それに暗殺というのは
おこなうより防ぐ方が何倍も難しいんだ、いくらムゲナとはいえ毎日四六時中警戒していては
神経が持たない、危険はなるべく回避するよう仕向ける、実にムゲナらしい選択だ」
ジャックは腕を組みながら感心気味に聞いていた。
「なるほどな、わざわざ虎の尾を踏む必要は無いって事か、だがこっちにとっては
有難い話だが、どうにも釈然としない話だな、自分は部下を殺しても殺されるのは御免ってか
そりゃあ殺されるのは誰でも嫌なんだろうけどよ……」
「暗殺者というのはそういうものだ」
何の感情もなく淡々と言い放つアラン、感情には左右されないプロ中のプロ
それが一流の暗殺者というモノなのであろうと感心するとともに頼もしく感じたジャックだった。
そして三日後から仕事の依頼を受け始めた、ジャックの読み通り【ゲルゼア】が無くなった今
暗殺者への依頼は後を絶たなかった、何せこの世界ではどこもかしこも戦争をしており
しかもどこの国も国内では貴族同士の権力闘争が行われていたからである
しかも【ゲルゼア】を壊滅させた張本人であるグダルカン帝国とベーゼナ公国からも
依頼が来ていたのだ、半ば呆れ気味に仕事を受けていたジャックだったが
アランは特に気にする様子もなく淡々と仕事をこなしていた
そして今日も依頼された仕事を終えたアランがいつもの様にジャックの店で熱いコーヒーを口に運んでいた。
「ジャック、お前に仕事の依頼をしたい、俺専用の刀を作って欲しいから
腕のいい職人を紹介してくれ、色々な仕掛けを仕込むつもりだから
小まめなメンテナンスが必要だが、そっちの方はお前が引き受けてくれるのだろう?」
それを聞いて思わず口元が緩むジャック。
「武器のカスタマイズか……いいぜ腕のいい奴紹介してやるよ
ただし料金は高いぞ、腕のいい奴ほどプライドも高いからな
中には法外な金額を要求する奴もいる、まぁお前の今まで稼いだ金を考えれば
払えない金額とかはあり得ないだろうけどな、あとメンテナンスは俺に任せろ
本来俺の本業はそっちだしな、ただし料金は高いぜ
理由はさっき言ったとおりだ、それでもいいか?」
「ああかまわない、金はいくらかかってもいい、お前が一番腕の立つと思える職人を紹介してくれ」
「よし、契約成立だな、じゃあ明日にでもここに行ってくれ
一見の客の仕事は受けない奴だがジャックの紹介と言えば受けるはずだ」
ジャックは今書き終えた住所と店の地図と名前を書いたメモを手渡す。
「わかった」
メモを受け取り翌日に武器職人の元を訪れるアラン、そして細かな打ち合わせの後
数日後には依頼した物が出来上がってきた、それを目にしたジャックが思わず目を細めた。
「こりゃあ中々の武器だな、メンテナンスも相当大変そうだ」
「メンテナンスはジャック,お前に任せるつもりだが不可能ならば他の職人に頼むが……」
するといつもは見せたことのない形相でアランを睨みつけるジャック。
「馬鹿言っているんじゃねーよ、俺以上の職人何てどこの国にもいやしねえ
アランお前は本当にラッキーだぜ、世界一の道具屋が目の前にいるのだからな」
まるで勝ち誇る様に自己アピールするジャック、それに対し
特に態度や口調を変えることなく、静かに口を開いた。
「別に世界の何番目でも構わない、きちんとメンテナンスをしてくれる人間であればな」
興奮気味のジャックに対しいつもの様に淡々と返してくるアラン
ジャックは子抜けしたかのように軽くため息をつく、こんなやり取りが毎日の様に続いていた
そして今晩も仕事を終えたアランがいつもの様にジャックの差し出したコーヒーを口に運んでいた
するとその瞬間、アランの表情が変わった、その反応を見て
〈待っていました‼〉とばかりの嬉しそうな表情を浮かべるジャック。
「おっ、わかるかアラン、実はコーヒー豆を変えたんだ、前のより良いだろ?」
嬉しそうに問いかけるジャックに対し特に表情を変える事もないアラン。
「別に……俺にコーヒーの良し悪しなどわからん、どちらもコーヒーだ」
あまりの反応の薄さにジャックは思わずため息をつくが次の瞬間
グイっと貌を近づけ、真剣な表情で話しかけてきた。
「なあアラン、ここらで少し真面目な話をしたい、もちろんビジネスの話だ
お前さん仲間と共同で仕事をする気は無いか?」
アランのコーヒーを持つ手がピタリと止まり、無言のまま鋭い視線を向けると
見上げるようにジャックを見つめた。
「仲間だと、一体どういうことだ?」
ジャックの真剣な眼差しと表情に何とかアランを説得しようという意気込みが伝わってくる。
「アラン、お前にこんなことを言うのは釈迦に説法なのだろうが
今のご時世、たった一人で実行可能な依頼なんて要人暗殺ぐらいのものだ
お前も知っての通り今はどこもかしこも戦争しているこんな世の中じゃあ暗殺よりも
施設への破壊工作や敵軍への後方撹乱、連絡手段の妨害、敵地潜入による諜報活動といった
殺し屋としてではなくて、どちらかというと特殊工作員としての依頼の方が多い
ぶっちゃけ実入りもそちらの方が断然いいしな、だがいくらお前が優秀だとといっても
これは単独では無理だ、だからアランお前には仲間を使ってチームとして動いて欲しい
もちろん指揮権はお前に委ねるし、集める仲間は腕と信頼のおける人選をするつもりだ
どうだアランやってくれないか?お前は【ゲルゼア】でもチームを率いて
何度も指揮を執ったことがあるのだろう?その腕を見込んで頼む、この通りだ」
両手を合わせて頭を下げるジャック、おそらくはそういった依頼が
ジャックの元にかなり来ているのだろうと容易に想像できた
しばらく無言で考え込むアラン、しばらく熟考した後に静かに口を開いた
「わかった、その要望には応えよう、ただし条件がある」
思ったよりも素直に応じてくれたアランにホッとした仕草を見せると
すぐに満面の笑みを浮かべるジャック
「おおそうか、ありがてえ、でもその条件っていうのは何だ?
ギャラの取り分ならもちろんお前さんの分を一番多くして……」
嬉々として語るジャックの話を遮る様に頸を振るアラン。
「そんな事を言っているのでは無い、仲間となるべき人選の方はジャック
お前に任せるが、最終決定は俺が自らの目で見て判断する、それが条件だ」
どんな条件を突き付けられるかとヒヤヒヤしていたが
何処か拍子抜けしたようにホッと胸をなでおろすジャック。
「何だよそんな事か、それは当然だな、自分が使う部下の人選を自分で見て
判断したいというのは当然の意見だ、いいぜ、ある程度候補をこちらで
ピックアップしておくから最終判断はアランお前の方でやってくれ
もう既に候補者の人選は俺の方で済ませているから後はお前に任せるぜ
ただ言っておくがリストアップした人間は皆、腕は確かだし信頼のおける人物ばかりだ
その辺りはある程度俺を信じてくれていいぜ」
ジャックは右手の親指で自分自身を指さし、得意げにそう言い放った。
「腕がいいのは当然の事だ、技量の足りていない奴や作戦の意図を理解していない
頭の悪い奴がいると作戦の失敗はおろか全滅につながることもある
腕のいい事は最低条件だがその腕がどれほど優れていて
どんな事が得意でどんな事が苦手なのかを知っておく必要がある
それは作戦の立案自体に大きくかかわる問題だからな、どうしても自分の目で確かめたい
それとジャック、お前は先ほどから《信頼のおける人物》と言ってい
るが
作戦行動において人間の性格や信頼性などどうでもよい、寧ろそんなものは邪魔でしかない」
その発言にジャックは顔をしかめた。
「おいおい、命を懸けて一緒に行動する仲間に信頼性は大事だろ
僅かなはした金で直ぐに仲間を裏切るような人間じゃオチオチ背中を任せられないだろ!?」
「では逆に質問する、信頼のできる人間とはどういう人物の事を言っているのだ?」
アランから質問が返ってくることを想定していなかったジャックは少し戸惑うが
聞かれている事は普通に考えればわかる事である為
どうしてアランがそんな事を聞いてくるのか、思わず首を傾げた。
「そりゃあお前、信頼のできる人物と言えば、そうだな……
しっかりとした信念があり自分の仕事に誇りを持っていて
仲間の事を大事に思えるような性格の人間、金では動かない
強い意志を持っている……ってところかな?」
その答えにアランは目を閉じゆっくりと首を振った。
「ジャック、お前は何もわかっていない、作戦行動において
理想や信念、性格の良さなど寧ろ邪魔だといった訳はだな
しっかりとした信念など持っていたら、もしもその信念に反する
依頼内容や命令だったらどうするんだ?その強い意志や信念が邪魔をして
作戦行動に支障をきたす事があれば本末転倒ではないか
そして仕事に対する誇り、これも邪魔だ、そもそも俺達暗殺者の仕事は
余程特別な制約がない限り〈どんな手段を用いても結果につなげる〉というのが基本方針だ
そこに正々堂々とか正義の為になどというモノは存在しない
誇り高き人間というのはこういった事柄にこだわる愚かな人間が多い
貴族共を見ていればわかるだろう?そして仲間を大事に思える性格
これが一番厄介だ、そういった人間は仲間よりもっと大事な人間の為になら
どんな裏切りもいとわない、罪悪感を感じながらも、大事な者の為に
仲間をも裏切る、例えばその人物にとって大事な者を人質にとれば
その人間を簡単にコントロールする事ができる、優しさや情の深さというのは
俺達暗殺者にとって美徳ではない、寧ろ重大な弱点を抱えていると言ってもいい
だから家族の為にとか恋人の為に……なんて奴は一番信用できない
寧ろ金目当てで動く人間の方がわかりやすくて良い
仲間というのはあくまでビジネスパートナーに過ぎないと
割り切っている様な人間でなければダメだ」
言っている事は理解できるし、なるほどもっともだと思える内容ではあったが
あまりにドライな考え方にジャックは思わず顔をしかめた
しかしアランはプロ中のプロ、超一流の暗殺者だ、ここまで徹底しているからこそ
今までの実績があり失敗することなく作戦を完遂してきたのだろうと改めて感心した。
「わかった、メンバー人選はお前に任せて俺は一切口を出さない、それでいい?
じゃあ 俺がリストアップしておいた人物達のプロフィール書類をお前に渡しておく
その中から会ってみたいと思える人物を教えてくれ
実は早くお願いしたいという依頼が結構来ててな
早めに教えてくれるとありがたい、それでいいかアラン?」
「ああ問題ない、明日にはピックアップしてお前に伝える」
二人の話し合いはそこで終わりその日はそれで別れた。
翌日書類選考によって選出された数名の者達がアランとの面接へと訪れた
そしてその最終面接も滞りなく進み結局二人の人物が選ばれる
その事を聞いたジャックは思わず頭を抱えた。
「おいおいマジかよ、あれだけいた人間の中で選ばれたのはたった二人なのかよ?
お前の言い方から選ばれる人間は少ないだろうとある程度は覚悟していたがそれにしても……
まあいい、人選はお前に一任すると言ったからな、で誰なんだ?
お前のお眼鏡にかなった人物というのは?」
アランは手にしていたプロフィール書類を二枚ジャックに手渡す。
「この二人だ」
渡された書類に目を向けるジャック、そしてすぐさまニヤリと笑った。
「さすがだなアラン、この二人は俺がピックアップした人間の中でもピカイチの人物達だ」
選ばれた二人は男女一人ずつで男はバルド・ケッヘラーという長身の剣士
そして女はアリサ・メルフェールという回復魔法も使うことができる美人短剣使いであった。
「ああ、この二人はそれぞれ素晴らしい力の持ち主だった
バルドは剣士としての信念がやや強いきらいがあり
アリサは情にもろそうな一面があったが、それを補って余りある能力がある
頭もいいし身内もいないというのが気に入った」
アランの説明にウンウンと何度も頷くジャック。
「バルドはパルトラム王国の元騎士でな、若いころからその実力は騎士長にも匹敵する
と言われていて将来を嘱望されていた人物だったのだが奴の上司が貴族のバカ息子でな
実力のあるバルドがどうも気に入らなかったらしく散々嫌がらせされたらしい
それでその貴族のバカ息子をぶん殴って騎士をクビになったという男だ
アリサはある有名な魔道士の弟子として教えを受けていたのだが
その国が戦争で滅ぼされてしまってな、それ以来各国を転々と渡り歩いたらしい
短剣使いとしても魔道士としてもあれ程の腕を持っているから
どこへ行ってもすぐに採用されたみたいだが、何しろあれだけの美人だ
言い寄ってくる男が絶えなかったらしい、何処の国にも上には貴族がいて
結局いつも〈愛人になれ〉とかいう強引な誘いを受けたり、セクハラまがいの事をされて
辞める羽目になったらしい、まあ美人は得だと言われているが
世間でいう程、得でもないようだ」
そんな事を得意げに語るジャックの話を流し気味に聞いていたアラン。
彼にとってその人物の生い立ちや性格などどうでもよかったからだ
こうして二人と仲間として行動することになったアラン
一人が三人になっただけで仕事の依頼内容が目に見えて変わった
元々アランはずば抜けて優秀な暗殺者でありその指揮能力も極めて高い
そしてアランも驚いたのは、この二人の能力の高さである
ある程度能力が高い事はわかっていたが、アランの予想をいい意味で裏切り
非常に高いポテンシャルを見せつけるバルドとアリサ
たった三人でも軽く十人分の仕事ができると判断したアランはその事をジャックに告げる
それを聞いたジャックはたいそう喜び次々と依頼を受けてくる
それを淡々とそして完璧にこなす三人だった、そんなある日の事
依頼の仕事をこなし帰りの道中でバルドが話しかけていた。
「なあアラン、あんたあの【ゲルゼア】の生き残りなんだって?
この前ジャックから聞いたときはさすがに驚いたがこれほどの作戦を
難なくこなすその能力と肝の据わり方を身近に見て、妙に納得したぜ
今や伝説の暗殺集団【ゲルゼア】の生き残りって、もうアンタしかいないんだろ?」
アランはジロリとバルドを見たが無言のまま何も答えなかった。
「ちょっとバルド止めなさいよ、過去は過去何だから、人には言いたくない過去の一つや二つあるはずよ
貴方にも話したくない事くらいあるでしょ?」
アリサにたしなめられたバルドは少しバツの悪そうな表情を浮かべる。
「俺には話したくない過去何て無いけど、言いたくなかったのなら悪かったよアラン」
素直に過ちを認め謝るバルド、アランは目を伏せボソリとつぶやくように答えた。
「別にかまわない、言いたくないから言わなかった訳じゃない
言う必要性を感じなかったから言わなかっただけだ
それ以上でも以下でもない、だから気にする必要などない」
今度はアリサが目を丸くして驚く、逆にバルドはクスリと笑った
最初の頃、バルドとアリサの二人はとにかく口数の少ないアランに戸惑っていた
不愛想でぶっきらぼうなその態度に自分達に対して何か言いたい事があって
怒っているのではないか?とも心配もしたが、何度も作戦をこなしている内に
二人はようやく理解した、アランにとってこれが普通なのだと
とにかく異常に無口で必要最低限の事しか話さない、そのおかげで
話しかけるのはいつもバルドとアリサだった。
バルドは身長が190㎝以上ある長身だ、アランも180㎝近くあるのだがそれよりさらに大きい
性格が真っすぐで曲がったことが嫌いな青年といった感じの男である
他人に特に気を遣う事もしないその性格からアランやアリサにも最初からガンガン話しかけた
アランはそれに応えない為、自然とアリサと二人で話すことが多くなったのである
一方アリサは人当りも良く優しい性格で常にアランやバルドの事を気遣い
チーム内のバランスをうまく保っていた、しかし自分の事はあまり話したがらず
優しいながらもどこか二人と距離を置いていた、三人とも身寄りがなく
天涯孤独といった境遇は同じであったが、性格は全然違う為
最初はどうなる事かと思っていたアリサだったのだが、そんな心配をよそに
三人は絶妙なバランスで成り立っていた、何度も一緒に作戦をこなしていくうちに
お互いの事を理解し始める、そんなある日の事三人は作戦を終え
解散しようとしていた時バルドが二人に話しかけた。
「なあ二人とも、俺いい酒を出す店を知っているんだ、腹も減ったしたまには三人で
飯でも食いに行かないか?このまま帰っても二人ともどうせ俺と一緒で
一人寂しく飯を食うんだろ?だったらみんなで行った方が飯も酒も
美味いし、どうだ?」
特に気を遣う事もなく二人を誘うバルド、もちろんこの発言は本心ではあったが
実のところバルドはアリサに心惹かれていて、二人で食事をしたかったのだ
アランはどうせ断るだろうと思っていた為、三人で行こうと誘ったのである
アリサはチラリとアランの方をを見て優しく話しかけた。
「ねえアラン、私達一度も一緒に食事何てしたことないじゃない
仕事仲間として必要以上に慣れ合いを嫌うあなたの気持ちはわからなくもないけど
チームの親睦を深める意味も込めて一緒に食事とお酒を飲みに行くのも
たまにはいいとは思わない?」
アランは表情を変えないままアリサに返す。
「俺は酒を飲まない、そして食事は一人で食べても三人で食べても
味や栄養価が変わる訳ではないし三人で行く必要性を感じない、だから……」
バルドの予想通り誘いを断わろうとするアラン、しかしバルドにとって予想外の事が起きた
それはアリサがアランをしつこく誘っていたのだ
断ろうとするアランの話を途中で遮り顔を近づけて睨みつけるアリサ。
「ねえアラン、女性の誘いをそこまで無下に断るのは失礼よ
それに今回の一件が今後のチーム内の確執になって今後の作戦行動の
妨げになったらあなたの責任ってことになるけど、それでもいいの?」
まるで脅迫の様な脅し文句ともとれるアリサの発言に少し戸惑うアラン。
「アリサ、君の言っている事は支離滅裂で言いがかりにも等しい
大体一緒に食事に行く行かないで確執とかありえない、それに……」
理屈をこねながら何とか拒絶しようとするが、アランが話している途中にもかかわらず
その腕をグッと引き寄せ強引に腕を組むと引っ張る様にアランを連行する
普段優しくて気遣いを絶やさないアリサと同一人物とは思えない
強引な誘いにバルドは唖然として立ち尽くし、アランは困惑した。
「ちょっ、ちょっと待てアリサ、一体これはどういう……」
「いいから来なさいアラン、男らしくないわよ‼」
アランの意思を無視し腕をグイグイとを引っ張るアリサ
こうして三人は初めて食事に行くこととなった。