裏切りの月④ 決別
登場人物
アランジュベール…幼少の頃、親に見捨てられ否応なしに暗殺者として訓練される、それにより人を信じられなくなり、やがてプロとして淡々と仕事をこなす凄腕の暗殺者となる、性格は無口で無感情、徹底したリアリストで〈目的の為なら手段を択ばない〉事を信条としている。
ジャック…アランのパートナー、表向きは裏路地の小さな店で武器や防具、家庭の道具に至るまで修理とメンテナンスを請け負っている道具屋をやっている、しかし裏では暗殺者の仲介、違法な商品の横流し、国外逃亡の手助け、書類の偽造や裏の情報提供と金額次第では何でも扱う裏社会の窓口になっている。
ムゲナ…暗殺組織【ゲルゼア】の創始者にして総帥、幾人もの子供を暗殺者として
育成している、冷酷無比な性格で優秀な暗殺者を育成する為ならどんなことでもする
。
アランは連絡拠点の小屋に着くと隙間から中の様子を覗き込んだ
その小屋は数年誰も使っていないだろうと思われる倉庫の様な建物で
中から数人の男の声が聞こえてきた、小屋内には色々な道具が散乱していて
壁にはいくつもの隙間があり、そこから吹き込む隙間風が中の人間を責め立てた。
「う~寒い、何なんだ、ここは、もっとましな場所は無かったのかよ!?」
「文句言うな、俺達は観光に来た訳じゃ無いのだからな」
「まあ、この寒さも明後日までの辛抱だ、明後日になれば俺達がこの国を変える
そうすれば暖かい暖炉も美味い食事も思いのままだ」
「全くだ、あの馬鹿王族とクソ貴族共に思い知らせてやるぜ‼」
アランがそんな会話を聞きながら中の人間を確認する、普通の人間であれば
真っ暗な部屋の中の様子など見えるはずもないのだが
特殊な訓練を受けているアランには何とか見えていた
『十、十一……十二、全部で十二人か……さて始めるか』
アランは中の人数を確認すると胸元から一本の小瓶を取り出した
そして顔半分を黒い布で隠すと、瓶のふたを開け中の液体をドアの下から流し込んだ
やや青白い液体は小屋の床を伝い中に流れて行くと見る見るうちに気化を始め蒸発し始める
それが隙間風に乗って小屋の中にいる人間の方向へと流されて行く
しばらくして中の一人が口を開いた。
「う~寒さで小便したくなった、ちょっと外でしてくるぜ」
そう言いながら立ち上がろうとした時、フラリとよろけて床に倒れ込む
「おいおいどうした、酒も飲んでないのに酔っぱらっているのか?」
他の者達が笑いながらからかうが倒れ込んだ者は真剣な表情でつぶやく。
「いや、体が何かおかしい、体がしびれて上手く動かないんだ……」
その瞬間である、〈バタン〉という激しい音と共に小屋のドアが開くと
そこに30cm程の筒状の物が投げ込まれた、皆がドアの方向に注目する中で
その筒はいきなり眩しい光を放ち辺りを真っ白な世界へと変えた。
「ぐあああ、何だ!?」
「ちくしょう、目が、目が見えねえ‼」
「これは閃光弾だ、ちくしょう一体何処の誰が‼」
アランの投げ込んだ特殊閃光弾は激しい光を放ち中にいた者の目を無効化する
人間の目は許容範囲を超えた強い光を網膜に受けると綱領調節が間に合わず目がくらみ
一定時間、目で見ることができなくなる、両目を押さえながら剣を手に取る男達。
「襲撃だ、敵が来るぞ、全員抜刀し迎撃準備を‼」
「迎え撃てって言ってもよ、見えないんだ、目が見えないんだよ‼」
「それに体も変だ、何だかしびれて上手く動かない、自分の体じゃないみたいだ‼」
気化させたしびれ薬で体を弱らせられ、閃光弾で視覚を無効化された男達
いくら精強集団といっても気化したしびれ薬で体を弱らせられ
閃光弾によって視界を無効化された者達ではアランの相手にならなかった
男達は目が見えない中でやみくもに剣を振り回すが、そんな剣がアランに当たるはずもなく
逆にパニックになった男たちは味方を斬りつけてしまい同士討ちを引き起こしてしまう
そんな混乱する中で一人、また一人と打ち倒し淡々と仕事をこなしていくアラン
そして最後の一人となり、一番奥で身を潜めて隠れていた男の前に立った
しかし、その男の顔を見た瞬間、アランが驚愕の表情を浮かべた
「父さん……」
それは変わり果てた父の姿だった、五年ぶりに見た父の姿は自分の知っている父とは随分と違っていた
髪はボサボサ、清潔感のない無精ひげを生やし、体もガリガリに痩せていて
聖騎士団にいた頃の精悍さは微塵も感じられなかった
そんな事とは露知らず両目の見えないまま、やみくもに剣を振り回す父。
「ちくしょう、やられてたまるか、俺はもう一度聖騎士に戻るんだ
もう一度あの栄光の日々に、この野郎、正々堂々と戦いやがれこの卑怯者‼」
そんな変わり果てた父の姿を見てもアランには何の感情もわかなかった
父の行動を観察するようにじっと見ていた、やせ衰え、細くなった腕で
剣を振り回す哀れな男、目をつぶっていてもよけられそうな程鈍った剣筋
過去の栄光にすがるしか生きていけない惨めで哀れな存在
父の様になりたいと憧れ、遠征から帰ってくるといつも自慢げに武勇を話してくれた
尊敬し憧れ、大好きだった父、最後はわずかな酒代欲しさに自分を
売った憎っくき父……
アランは以前抱いていたそんな気持ちを微塵も感じず、冷静に父の姿を
観察できている自分自身に驚いていた、哀れにもがいている父のそばに
無言のまま静かに近づき、父の剣を左手で軽く止め、持っていた剣を冷静に急所に突き立てた。
「がはっ!?」
急所を貫かれた父は動きが止まると剣を床に落とし前のめりに倒れる
その時アランに抱き着くように手を伸ばし、すがる様に両手でアランお顔を掴んだ
しかし徐々に全身の力が抜けていき、立っていられなくなると
引力に負ける様にズルズルと崩れ落ちていった、その際にアランの
顔半分を隠している黒い布に手がかかる、自分の体が崩れ落ちていくと同時に
その布もはがされアランの顔があらわになった。視力の戻ってきた父は
その顔を見て愕然とする。
「お前、アランか?……なぜ父親である俺を……」
最後にそう言った父は力なく床に倒れ込み二度と動かなかった
そんな父の姿を見下ろしながらボソリとつぶやいた。
「なぜって?それが任務だからだよ、父さん……」
そう言い残しその場を去るアラン、すぐに光による狼煙を上げ仲間に知らせると
各隊は一斉に奇襲を開始した、こうしてアランの初任務は終った
三百人からなる反乱分子達を完全に掃討し部下には死人はおろか
怪我人すら一人も出さずに依頼人の要求通り作戦完全遂行した
〈ミッション コンプリート〉この先、アランの関わる作戦において、これ以外の
報告がされたことは無い、初任務を終え引き上げてきたアランを出迎えたのは意外にもムゲナであった。
「作戦は成功したようだな、ご苦労、でどうだった初任務は?」
何か含みのある言い回しで探りを入れるようにアランの顔を覗き込む
今回の作戦のターゲットの中にアランの父親が入っていた事を承知で話している様にさえ見えた
そんなムゲナをジロリと見つめ無感情で答えるアラン。
「何も問題ない、依頼内容に沿って作戦遂行した、それだけだ……」
その言葉を聞いてニヤリと不気味な笑みを見せるムゲナ。
「結構、結構、これからもその調子で働け、これは今回の報酬だ、受け取れ」
ムゲナはそう言って金貨を三枚手渡した、それの金額に少し驚くアラン
それはグダルカン帝国の通貨でバーデム金貨、現代で換算すると一枚約30万円の価値のある金貨である。
つまり初めての任務で100万円弱の金を手に入れたのであった
しかし金額の多さにはやや驚いたが特別嬉しいとか達成感とかは無かった
子供の頃、父親が失業して酒浸りになってからは生活が困窮し
食べる物すら満足に無かった事を考えると夢の様な金額なのだが
その見たこともない大金を手にしたのが父親を殺して手に入れたモノ
というのは何とも皮肉な話である、それ以来アランには次々と任務が与えられた
今回の様な国家からの依頼で集団での軍事支援から個人的な依頼の単独作戦まで
その内容は幅広く多岐にわたったがその全てをそつなくこなし
組織内での信頼と地位を確立していった、それに従い金の貯えも増えていったが
特に何に使うアテもなく、増えていく一方だった、父親の落ちぶれた姿を見ていたので
酒を飲む気にはなれなかったし暗殺者として鍛えられた養成時代に
毒見をしながらの食事をすることに慣れ食事を楽しむという感覚は既に無く
体が小食に慣れてしまっており、豪華な食事をする気にもなれなかった
そんな虚無の様な暗殺者の生活が1年ばかり続いた、そしてその運命の時は突然訪れる
ある日【ゲルゼア】のメンバーが全員集められた
約二百人の前でムゲナが嬉しそうな表情である報告をした。
「我が【ゲルゼア】に所属する暗殺者の者達よ、今日は記念すべき時である
我々は今まで 様々な国からの依頼で働いてきた、特にグダルカン帝国と
ベーゼナ公国との紛争では多大なる貢献をしてきた事は周知の事実であろう
そしてその両国から我々に提案があった、両国はこの度、終戦協定を結び
軍事同盟を組むこととなり、その一環として我々 【ゲルゼア】を
国家機関として認定し両国の専用特殊部隊として認知するとの提案だ
これがどういう事かわかるか?つまりお前らも働き次第では貴族になれるという事だ
どうだ、悪くない話であろう」
唐突ともいえるムゲナの報告に普段は静粛に聞いている暗殺者たちもざわつき始める。
「貴族?俺達が貴族になれるって!?」
「嘘みたいな話だが、グダルカン帝国とベーゼナ公国の貴族共は
俺達の恐ろしさを嫌って程知っているからな
俺たちの脅威に屈したともいえるぜ」
「信じられない、貧乏で奴隷として売られた私達が
まさか貴族になれるなんて……」
あまりに衝撃的な知らせに皆は興奮を抑えきれない様子だった
そんな中でもただ一人、冷静に考察している男がいた、アランである。
『グダルカン帝国とベーゼナ公国が手を組むという事はある程度
予想の範囲内だ、この両国の紛争はもう十年も続いている
戦というのは金がかかるからな、両国の国庫もかなり切迫した状況
なのだろう、そして急速に勢力を伸ばしているゲルドガルム王国の
脅威を考えればこの両国でいがみ合っている場合ではないと考えるのは
当然の事、そしてこの紛争で我々は両国に多大なダメージを与えてきた
その恐ろしさは身に染みて知っている、それを考えれば
〈敵に回られるぐらいなら取り込んでしまえ〉という発想は納得
できないではない、しかしあの気位の高い貴族共が我々の脅威に屈して
組織ごと我々を取り込み、貴族位まで与えるとは……少々違和感を覚えるが
まあ人間切羽詰まれば誇りだの尊厳だの言っていられないという訳か
それにしても暗殺者が貴族とはな……』
思わず口元が緩むアラン、しばらくざわつきが続いていたが
それも落ち着き始めた頃再びムゲナが語り始めた。
「この度、グダルカン帝国とベーゼナ公国に我等が統合されるにあたって
手土産としてゲルドガルム王国への破壊工作を行う、今更だが
我等の実力を示し両国にとって我等を取り込むことがどれほど有益かを
指し示すいい機会だ、両国内には我等を取り込もうとすることに
難色を示している者もいるらしいからな、その様な愚か者にわからせる為にも
今回の作戦はどうしても成功させなくてはならん、暗殺組織【ゲルゼア】としての
最後の仕事だ、我等総員で作戦に当たる、出立は今夜、皆準備を怠る事の無いように、以上だ‼」
そう言い放ち立ち去るムゲナ、その後も興奮を抑えきれない者達は
〈貴族になったらどうするか?〉とか(自分達を捨てた者達に見せつけたい)
とかいろいろな事を語っていた、しかしアランはどこか釈然としない
ムゲナの説明は納得できるものだし、今の情勢を考えれば両国が同盟を結び
【ゲルゼア】の恐ろしさを知っている両国が敵に回られることを恐れ
取り込もうとすること自体は自然の流れとも言えた
しかしどうにも嫌な胸騒ぎが止まらない、これは理屈ではなく〈勘〉である
だが理性ではなく感情でモノを考えるというのはアランにとって最も愚かな行動だと思っていて
そんな予感を振り払うかのように今晩の作戦の準備に備える事とした
しかしこのアランの予感が的中することとなる、ゲルドガルム王国に向け
【ゲルゼア】所属の二百二名の総員が出立した、このような総員での
作戦行動は過去にも一度しかなく、その時は絶大なる戦果を挙げていた
今回は全員での作戦なのでアランは部隊長としての参加である
既に地位的、実力的には組織内ナンバー1だったが、いまだに異名として
〈ナンバーシックス〉と呼ばれていた、今回の作戦指揮は【ゲルゼア】の創始者にして
総帥である〈ナンバーゼロ〉ムゲナ直々に指揮を執る事になっている
ゲルドガルム王国への襲撃は夜になる為、昼過ぎに出立する暗殺者達
今朝この話を聞いたときは興奮のあまり浮かれていた者ばかりであったが
さすがに徹底的に鍛え抜かれた暗殺者集団らしく、誰一人として無駄口を叩かず
冷徹な目で今夜の作戦に備えていた、今回の作戦はそれほどまでに重要なモノであり
もし失敗するようなことがあれば【ゲルゼア】と両国の統合話が無効になる可能性も少なくないと
皆考えていた、隊列を乱さず無言のまま歩みを進める暗殺者たち
そして辺りもすっかり暗くなりグダルカン帝国の国境を越えバラートの森という場所に入った
このバラートの森を抜けるといよいよゲルドガルム王国の国境である
皆の緊張感も自然と高まっていく、しかしそれとは対照的に夜の森は驚くほどの静寂さを保っていて
時折吹く風が木々を揺らす音だけ微かに聞こえるといった状態だった
そんな中で後方の部隊を率いていたアランの胸騒ぎが治まるどころか更に大きくなっていく
そしてある事に気づいたのだ。
『どうして虫の声が聞こえない、これほどの広大な森で虫の音一つ聞こえないのは
おかしくないか?季節的に虫が少ないのもあるのだろうが、何か……』
頭の中に浮かぶ疑問を自分自身に投げかけ、必死で頭を回転させるアラン。
『疑問と言えばこのバラートの森を抜けるというルートを選択した事もそうだ
確かに、ここを抜ければ最短距離でゲルドガルム王国にたどり着くことができる
しかし敵に待ち伏せされた場合、逃げ道が少なく、下手をすれば全滅すらあり得る
危険なルートであり非常にリスクの高い選択ともいえる
いくらグダルカン帝国と通じているとはいえ奴らが裏切らないという保証は
何処にもない、普段は慎重派のムゲナがどうして今回は……』
その時アランはふと空を見上げた、そこには見事なまでの満月が静かな森を美しく照らしていた
それはどこか幻想的であり 下界の生物たちに何かを告げている様にすら見えた
その瞬間アランの背中に冷たいモノが走る、それは死の予感
暗殺者として培ってきた勘ともいえる本能だったが、それは確実にアランの心に危機を知らせたのだ
『満月……満月だと!?本来夜の作戦行動において秘密裏に動く俺達の姿を照らす満月は
マイナスでしかない、どうしても日にちが無くて、その日に決行しなければならない
緊急の場合を除いて基本満月の夜に作戦行動をとることはあり得ない
しかし今回ムゲナはそれを実行した、何故だ?
まさか罠!?いやしかしグダルカン帝国とベゼーナ公国が
俺達に罠を仕掛けたからといってムゲナがそれに付き合う理由がない……
理由、理由があれば……はっ、まさか!?』
その時アランの脳裏に恐ろしい事が浮かんだのだ
『グダルカン帝国とベーゼナ公国は同盟を結ぶ際に俺達【ゲルゼア】の壊滅を企んだ
俺達は敵に回すと厄介だし、両国の意向で様々な暗殺や破壊工作に携わってきた
それを公にされると困る奴らが大勢いる、だから奴らはそれをもみ消し
うやむやにする為 に【ゲルゼア】を潰す事で合意したんだ‼
それを知ったムゲナは【ゲルゼア】を潰す手助けするという条件で
自分だけ助命してもらう約束を取り付けた……
そう考えれば辻褄が合う、いくら【ゲルゼア】が精鋭だといっても、高々二百人程だ
グダルカン帝国とベーゼナ公国の兵力を合わせれば総勢四万人近い、まともに戦っては相手にならないのは明白
つまり俺達は奴らの同盟の為の〈生贄〉という訳か……』
何も知らない【ゲルゼア】のメンバー達は静かな森深くへと進んで行く
それが死地への行進であるとも知らずに……
もう死へのカウントダウンは始まっていた、アランは更に頭を回転させ必死で考える
『ここから1㎞ほど進んだ所に開けた場所がある、おそらくはそこが奴等の計画している襲撃地点だろう
どうする、皆にも知らせるか?いやいくら俺がムゲナと奴らがグルだと説明しても誰も信じないだろう
それにここで俺達がおかしな行動を起こせば奴らは即座に伏兵を動かすはず
ムゲナの事だ、それぐらいの算段はしているはず、ならば……』
アランは部隊長として後方の隊を率いており、横にいる副官にそっと告げた。
「小便がしたくなったので俺は少し隊を離れる、すぐに追いつくから気にしないでくれ」
それを告げられた副官は二コリと頷いた。
「今晩は冷えますものね、任務中にもよおしたら大変です、行ってきてください
その間は私が指揮を引き継ぎます、どうぞごゆっくり」
こうしてアラン一人道をそれ、そそくさと森の中へと入って行った
そして進行方向とは真逆の方向へと走り始めた。
『早くここを離れなければ、一刻も早く‼』
闇夜に溶け込むようにアランの姿は森の中へと消えて行った
そんな事とは露知らず【ゲルゼア】のメンバー達は森の奥深くへと進んで行く
アランから任務を引き継いだ副官は不信に感じキョロキョロと辺りを見渡していた。
「遅いな部隊長、道に迷っている、なんてことは無いのだろうけど……」
その瞬間である、夜の森に甲高い笛の音が響き渡る、何事かと驚いて周囲を見渡す【ゲルゼア】のメンバー達
すると周りはいつも間にか既に大勢の兵で囲まれていたである。
「馬鹿な、これほど大規模な伏兵の気配に我々が誰も気が付かなかったなんて!?」
そこにはグダルカン帝国とベーゼナ公国の伏兵、約八千が【ゲルゼア】を壊滅せしめんと
完全に包囲していた、伏兵を指揮しているグダルカン帝国の指揮官
サイモン将軍の口元が二マリと緩みサディスティックな笑みを浮かべる。
「見たか【ゲルゼア】の害虫共、我が国の誇る宮廷魔導士の魔法と
マジックアイテムによって完全に気配を消すというこの見事な伏兵戦術を
もはや貴様等は袋のネズミよ、今まで散々煮え湯を飲まされてきた恨み
ここで晴らさせてもらうぞ、クックック
全軍突撃、【ゲルゼア】の害虫共を一匹たりとも逃すな‼」
グダルカン帝国とベーゼナ公国の連合軍による伏兵約八千が雪崩の様に押し寄せて来た
先頭の部隊を任されていた部隊長が思わず顔をしかめ総司令官であるムゲナに指示を仰ごうとする。
「ものすごい数の伏兵です、どういたしましょうかムゲナ様!?」
しかしそこにムゲナの姿は無かった、今までそこにいたはずのムゲナが忽然と消えていたのである
一瞬唖然とする部隊長だったが、伏兵たちはどんどん迫ってくる
迷っている時間は無かった、すぐさま気を取り直し全員に指示を出す。
「作戦は中止、各自散開し撤退行動を開始せよ、急げ‼」
訓練された【ゲルゼア】のメンバー達はすぐさま撤退行動を開始する
元々暗殺者である彼らは緊急時において撤退を最優先するべきと教え込まれている
敵が想定以上の強さだった時や数の多い時には戦闘は避けるのが鉄則であり
戦うのは本当に最後の手段としてなのだ、迫り来る兵達に対し【ゲルゼア】のメンバー達は
煙玉や閃光弾を使用して視界を遮り何とか逃走を試みる
しかしこの襲撃地点は元々逃走ルートが少ない場所であり
数の上でも二百人対八千人という圧倒的な格差がある
そしてこの包囲網を築いているのが【ゲルゼア】の創始者ムゲナなのだ
彼は暗殺者達の行動パターンを知り尽くしていた、そんなムゲナが念入りに
そして何重にも張り巡らされた包囲網を突破する事など到底不可能であった
網にかかった獲物のごとく、一人また一人と討ち取られていく暗殺者達
もはやこれは戦闘ではなく狩りであった、一方的な蹂躙、狩る者と狩られる者
そこには感情の入り込む余地などなかった、それでも何とか逃げようと懸命に逃走ルートを模索する暗殺者達。
「クソっ、行く所、行く所に伏兵が居やがる、どうなっていやがるんだ‼」
手持ちの道具も使い果たし、只々逃げるだけの暗殺者の一人が怒り交じりにつぶやく
すると草むらの中から突然槍が飛び出してきてその男の足に突き刺さった。
「ぐあああああ、こんな所にも!?」
足を押さえ思わず倒れ込む暗殺者の男、そして草むらと周りから続々と兵が現れた。
「本当にここに来たよ、こんな所に配置されたときは手柄を立てる機会なんて
ないと思っていたけれど、ラッキーだぜ、さあ害虫退治といきますか」
ゆっくりと近づいて来る兵達に対し、もう立ち上がることも出来ない暗殺者の男は
這ってでも逃げようとしていた、そんな姿を見て笑い始める兵達。
「おいおい、そんなんで俺達から逃げられると思っているのか?
地面を這いつくばるその姿はお前らにはお似合いだけどよ
惨めというか情けないというか、最後くらい男らしく戦うという
選択肢は無いのかねこの害虫は」
嘲笑にさらされながらも必死で逃げようとする暗殺者の男
しかし足が使えない男がいくら必死で逃げようとしてもそれを許してくれるほど現実は甘くは無かった。
「ちくしょう、こんな所で死んで堪るか、俺は貴族になるんだ
俺を売った奴らにを見返して……」
その言葉を聞いた兵達の表情が嘲笑から険しいモノへと変わった。
「はあ、貴族だと?貴様らの様な害虫が貴族だと、馬鹿も休み休み言え
害虫の末路は死と昔から相場が決まっているんだよ
黙って大人しく駆除されていろ、この虫けらが‼」
怒りに任せた兵達の槍が男の背中に突き刺さる。
「ぐあっ‼、ちくしょう……」
次々と槍を背中に突き立てていく兵達、うめき声と叫び声が夜の森にこだまする
しかしその声は兵達のサディスティックな快感を掻き立てるだけであった
愉悦交じりの表情を浮かべながらその残虐な行為を繰り返す兵達
何度も何度も背中を刺された暗殺者の男の瞳には既に光が消えていた
それでも兵達が殺戮行為を止めることは無かった
次々と仲間が殺されていく中でまだ逃げ続けている者もいた
アランの同期でもある女暗殺者デボラである。
「死ない、私は絶対に死なない、生き残るために好きでもない男にまで抱かれたのよ
それなのに……こんなところで死んで堪るもんですか‼」
しかしそんな思いも虚しくその逃走劇も終わりを迎えようとしていた
デボラも手持ちの道具を使い果たし、ついには数人の兵に囲まれ完全に逃げ場を失っていた
仕方がなく剣を構え戦う姿勢を見せるデボラ、しかしそんなデボラの悲壮な
決意をあざ笑うかのように完全武装の兵達がヘラヘラと笑いながらゆっくりと近づいて来た。
「へえ~中々いい女じゃねーか、殺すのは勿体ないな、ひん剥いて楽しむか?」
「よせよ、こいつらは骨の髄まで殺しが染みついている害虫だぜ
そんな下心を持ってい たらあっという間にあの世行きだぞ」
「殺してからひん剥くしかねーのかよ、死体と楽しむ趣味は無いしな、あ~勿体ない」
そんな事を好き勝手に話している兵達に怒りの視線を向けるデボラ。
「ふざけるな、誰がアンタ達何かにーーー‼」
怒りに任せて斬りかかるデボラだったが、その剣はあっさりと受け止められる
そして次の瞬間、わき腹に激しい痛みを感じた、思わず振り向くとそこには
自分のわき腹に剣が突き刺さっているのが見えた、そして急に全身の力が抜けていき
その場に崩れるように倒れ込むデボラ、大量の血が地面に広がり大地を真っ赤に染めていく。
「あ~あ、急所に一撃かよ、でもまだ生きているよな、じゃあお楽しみタイムと行きますか」
意識も薄らいで指一本動かせないでいるデボラに兵達が群がってくる
乱暴に服をはぎ取られ覆いかぶさってくる男達に対し、もはや感覚もないデボラは
小さなころの出来事を思い出していた、まだ家族が何とか食えていけていた時代
貧乏ながらも家族三人でピクニックに出かけたときの思い出である。
『楽しかったなぁ……お父さん、お母さん、まだ元気にしているのかな……』
そんな事を考えながらデボラは静かに目を閉じた。