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裏切りの月  作者: 雨乞猫
3/13

裏切りの月③ 試練

登場人物


アランジュベール…幼少の頃、親に見捨てられ否応なしに暗殺者アサシンとして訓練される、それにより人を信じられなくなり、やがてプロとして淡々と仕事をこなす凄腕の暗殺者アサシンとなる、性格は無口で無感情、徹底したリアリストで〈目的の為なら手段を択ばない〉事を信条としている。


ジャック…アランのパートナー、表向きは裏路地の小さな店で武器や防具、家庭の道具に至るまで修理とメンテナンスを請け負っている道具屋をやっている、しかし裏では暗殺者の仲介、違法な商品の横流し、国外逃亡の手助け、書類の偽造や裏の情報提供と金額次第では何でも扱う裏社会の窓口になっている。


そんなメンバー達の気持ちを逆なでするかのようにムゲナは冷徹に話しかけた。


「何をやっているお前ら、さっさと訓練に行かんか」


その言葉に絶望で崩れ落ちていたデボラが勢いよく立ち上がる。


「何言っているのよ、サムはアンタが殺したんじゃない、許さない、絶対に許さないわよ、この人殺し‼」


デボラは涙目になりながらムゲナに挑みかかろうとする、それを必死で止める男子達


他の女子たちも挑みかかっては行かなかったが物凄い形相でムゲナを睨みつけていた


そんな様子を見て呆れ気味の態度で冷たい視線を向けるムゲナ。


「お前は何を言っているのだ、私は人殺しだ、そしてお前らも


 その人殺しになるんだ、今更何を馬鹿な事を……」


「誰がアンタの思い通りになんかなるものですか、絶対に許さない


 サムを殺したアンタを絶対に‼」


今にも〈殺してやる〉と言いたげなデボラ、他の女子たちも心は同じとばかりに憎悪の目をムゲナに向けていた


するとムゲナはニヤリと笑い、とんでもないことを語り始めたのだ。


「何だ、お前らそんなにサムの事が好きだったのか、あんな裏切り者の事を」


その言葉に一番驚いたのはアランだった、まさかここで自らバラすとは思ってもいなかったからである


そしてムゲナは話をつづけた、その様子はまるで楽しかった思い出でも語る様に


薄ら笑いを浮かべながら上機嫌で語ったのである。


「何だその顔は?信じられないとでも言いたげな顔だな、でも事実だ


 サムの奴はここに来てからずっと私の意のままに動くスパイだったんだよ


 お前らが脱落しないように見張りながら常に私に報告を欠かさなかった


 サムの意見や行動は全て私の指示によるものだ、その見返りにあいつは


 陰でいいものを食べ、女を抱き、金ももらっていたのだ


 そんな裏切り者が死んだとしてもお前らが気に病むことは無かろう」


その話を呆然と聞いていたメンバー達だったがデボラが再びムゲナに食いつく


「そんな話信じる訳ないでしょ、いい加減な事ばかり言って、サムがそんなことする訳ないわ


 あの人は私の……私達の……」


再び涙ぐみながら唇を振るわせ絞り出すように反論するデボラだったが


そんな彼女をあざ笑うかのように口元を緩ませ愉悦に浸るムゲナ。


「全く貴様らはどこまでおめでたいんだ、奴が裏切り者だという事に


 とっくに気が付いていた者もいたのだぞ、なあアラン」


突然話を振られたアランは戸惑い硬直する、皆の視線が一斉に集まり


信じられないといった表情でアランを見つめていた


「ねえ嘘でしょアラン……サムが本当は裏切り者だったなんて


 嘘よね、嘘だって言ってよアラン‼」


皆がアランの言葉に注目する、特に女子たちはまるですがるような目でアランを見つめている


それ程までにサムが裏切っていたなんて事を認めたくないのだ


アランはそんな視線に耐えられないとばかりに思わず顔を背け視線を逸らす


しかしその態度と答えないという行動は正にムゲナのいう事を肯定しているのと同じであった


まんまとムゲナに使われた形のアラン、口惜しさと腹立たしさでこぶしを握り締める


しかしそんなアランに追い打ちをかけるかのように皆のやりきれない気持ちは


アランに向けられたのである。


「何でなんだよ……何でサムの事黙っていたんだよ‼」


「そうよ、自分だけわかっていて黙っているなんて酷いじゃない‼」


「どうせ心の中で俺達の事笑っていたのだろ?いい性格しているぜ」


散々罵しられても反論しないアラン、そんなアランの態度が益々皆を苛立たせたが


そんな様子を見ていたムゲナが突如大笑いし始めたのだ。


「はっはっは、お前らはどこまで馬鹿なのだ、アランは気が付いた


 お前らは気が付かなかった、それだけの話ではないか


 自分の無能さを人にぶつけるとは、恥の上塗りという言葉を知っておるか?


 そもそもお前らの中で孤立しているアランが〈サムは裏切り者だ〉と


 いったところでお前らは信じまい、益々孤立するだけの話だ


 皆アランを見習うのだな、わかったら、さっさと訓練に行かんか馬鹿どもが‼」


吐き捨てるようにそう言い放ちその場を去っていくムゲナ


終始ムゲナのペースで事が運び口惜しさをにじませるアラン


最後の言葉も皆に責め立てられているアランをかばって発言したのでは決してない


憎悪の対象となっているムゲナがアランをかばい〈アランを見習え〉などと言ったら


まるでアランがムゲナ側の人間の様に聞こえるからである


ただでさえ信頼していたサムが裏切り者だったとわかり疑心暗鬼になっているところに


ムゲナ側をにおわせる発言で今まで以上にアランが孤立することがわかっていてやったのだ


そしてムゲナが彼らの〈殺し屋育成計画〉が第二段階に入った事に気が付いた


最初の内は脱落者を出さない様にメンバー全員に一致団結させる


次に厳しい訓練と過酷な状況を乗り切らせるためにサムを使って誘導し体力と心構えを作らせる


そして頃合いを見てサムを切り捨て、一番信頼していたリーダーが裏切り者だったと告げ


仲間意識を断ち切り暗殺者として独り立ちできるように意識改革させ全員を切り離す


何もかもがムゲナの掌の上でのことであった。


『それにしてもサムの奴、使われるだけ使われて用済みとなったらゴミの様に捨てられるとは……


 そもそも俺に裏切り者だとバレたという事を馬鹿正直にムゲナに報告したな


 ワザワザ自分の失態を報告する馬鹿がどこにいる、そんな甘い連中じゃないことぐらい


 わからなかったのかアイツは!?元々切り捨てられる予定だった可能性は高いが


 俺にバレた事が決定打になったのだろうな、自業自得と言えなくもないが惨めな最期だ……


 俺は絶対そんな死に方はしない、必ず生き残ってやる』


アランはこれからますます厳しくなる状況を覚悟しつつ、生き残る決意を固くした


それからというもの、他のメンバー達同士もあまりしゃべらなくなり


仲間意識や団結といった感情や認識を持てなくなっていた様だった


女子達にも変化が見られた、サムがいなくなった事でいがみ合いは無くなったものの


言いようのない鬱屈や焦燥が膨らむばかりで、もはや女子達の中でも


仲間同士の関係修復は不可能となっていた、そんな事があっても彼らに休息などない


暗殺者になるべく日々の訓練と教育は続いていく、そして5年の月日が流れた


ここに連れて来られた時はまだ子供だった彼らももう十六歳~十八歳になっていた


日々の訓練もあってか、男女ともに体つきに変化が出てきた、男子はたくましくなり


女子は随分と女っぽくなっていたのである、そして彼らに再び運命の日が訪れる


ある日の朝、皆の前にムゲナが現れた。


「いいかよく聞け、お前らに伝えておくことがある、今までの訓練と教育により


 お前らの暗殺者としての下地は出来上がった、後は仕上げをするだけだ


 今日から三日後、最終試験をおこなう、それが終わればお前らも晴れて


 一人の暗殺者として一人前だと認めよう、その最終試験の内容はお前らが仲間同士


 一対一で殺し合い、生き残った方を合格とする、異論、反論、質問は一切受け付けない


 最終試験の対戦の組み合わせは三日後の試験前に発表する


 試験までの三日間は訓練も教育もない、何をしても自由だ


 各自心の準備でも整えておくのだな、以上だ‼」


再びそう言い放ち何事もなかったかのように立ち去るムゲナ


しかしあまりに衝撃的な事を告げられ、メンバー達は戸惑いを隠せない


「仲間同士で殺し合いって……何だよ、それは!?」


「そんなことできるかよ、冗談じゃないぞ‼」


「でもムゲナに逆らったら俺達もサムやトニーの様に……」


皆はそれ以上何も言えなかった、トニーというのは仲間だった男子だ


アランより一つ年下であり、体も小さくて最初は訓練にも中々ついていけなかった男である


ある日訓練中に大怪我を負い医務室に運ばれて、そのまま帰っては来なかった


足の骨折なので死ぬ様な怪我ではなかったのだが、彼がみんなの前に顔を見せることは二度となく


その時は誰も口にしなかったが、その足の怪我を見て〈適正なし〉と判断されたトニーは


ムゲナの指示により処分されたのであろうと、それ以来メンバー内でトニーの話をすることは無かった


皆暗黙の了解で避けていたのだ、そんな事を含めメンバー達は苛立ちと絶望感で立ちすくむ


女子達が早々に退散しアランもその場を離れた、今から三日間やることもないので


仕方なく自主練でも始めようかと思っていた時である。


「ねえアラン君、ちょっといいかな?」


後ろから声をかけられ振り向くと、そこにはセシルという女の子が立っていた


このセシルという子は女子の中では引っ込み思案な性格であまり前に出るようなタイプではないのだが


女子メンバーの中でも特にグラマラスで走るたびに胸が揺れ男子達の目線が自然とそこに



視線が集中してしまう事も多々あった、そんなセシルがアランに声をかけてきたのである。


「何だセシル、何か用か?」


アランは少し驚いたが、それを表情に出さず冷静に問いかける


最近ではアランに声をかけて来る人間も少なく特にこのセシルなどは


この5年間でほとんど話した事も無かったからだ、セシルは顔を背け


何か言い辛そうにモジモジしていたが意を決する様に口を開いた。


「あのねアラン君、実は三日後の事なのだけど……私怖いのよ


 怖くて怖くて仕方がないの、アラン君とは今までほとんど話したこともないのに


 都合がいいと思うかもしれないけれど、私を守ってほしいのよ、お願い」


アランはその話を聞いて目を細めた。


「お前の言っている意味が分からん、三日後の最終試験は一対一の戦いだろう?


 俺に守ってほしいとはどういう事なのだ?」


セシルはその言葉にビクっと反応すると目線を逸らせて少し震えだした

「三日後の事じゃないの、もちろん最終試験も怖いわ、仲間同士で殺し合うのだもの


 でも私が本当に怖いのはその後の事なの、暗殺者として一人前になるって……


 ずっと人殺しをつづけながら生きるって事でしょ?それを考えると怖くて怖くて……


 だからアラン君に守って欲しいの、具体的に警護して欲しいという事じゃなくて


 そんな状況でも生きていけるという心の支えが欲しいのよ、だから……」


セシルはそう言ってアランに近づいて来てそっと手を握った


予想外の行動に驚いたアランは一瞬硬直し戸惑うがすぐさま我に返り手を引きはがす。


「何のつもりだ、セシル!?」


拒絶されたセシルは再びアランを見つめると静かに語り始めた。


「三日後には死んじゃうかもしれないでしょ、もしそれをクリアできたとしても


 いつ死ぬかわからないという夢も希望もない未来しかない……


 私は嫌、恋も知らず処女のまま死にたくない、だから心の支えが欲しいの


 貴方はみんなの中で一番凄い、戦闘技術も知識も誰より優れているし


 たった一人サムの裏切りにも気が付いた、私そんな貴方の事を……


 だからお願い、一時のぬくもりでもいいの、私と……」


セシルはそう言って再び手を握り、体を密着させてきた、女性特有の柔らかい手のぬくもりと


ふくよかな胸が体に当たる感触、そしてほのかに香る石鹸の香りがアランの心をかき乱す


アランとて思春期を迎えている健康な男子である、オスとしての本能が沸き上がり


抑えきれない程の衝動が頭の中に押し寄せて来る、しかし同時に


言いようのない引っ掛かりがあった、それの正体はアラン自身にもわからなかったが


自身の奥底から感じた危険を知らせる本能の様な予感、欲望と危機感


二つの本能が心の中で激しくせめぎ合うがアランが選んだのは後者だった。


「セシル、すまないが俺は君の期待には沿えない、まずは三日後の最終試験が終わってからだ


 三日後にお互い生き残ることを考えよう」


アランに拒絶されたセシルは絶望的な表情を浮かべる


そして再び何かを言おうとしていたが、それを聞くことなくアランは立ち去った


セシルはその場でへたり込んで動けなかった、セシルとの話を振り切る様に早足で歩くアラン


しばらく歩いていると倉庫の中から声が聞こえてくる、不思議に思い覗いてみると


そこにはメンバーの男女が体を寄せ合い激しく性行為をおこなっていた


外に漏れてくる喘ぎ声を気にする余裕もないほど一心不乱に求め合う二人


アランは特別気にすることもなくその場を立ち去る、先程のセシルではないが


三日後には死ぬかもしれないのだ、恐怖と未練を振り払うように


お互いの体を求め合うという行動は理解できた


アランが自主練をしている最中にも他の男女がそういった行為をしている現場に遭遇した


夜になり部屋に戻るが男子メンバーは誰一人部屋に帰ってこなかった


三日後には殺し合いをするかもしれない相手と顔を合わせたくないという心情とおそらくは皆


男女共に相手を見つけて一緒にいるのであろうと推察できた、そして運命の日


最終試験の朝がやってきた、男女合わせて十二人のメンバーが集められムゲナの前に整列する


そしてこの中の半分が死ぬのである、しかし不思議とメンバー達の表情には恐怖や絶望は無かった


その様子を見てニヤリと笑うムゲナ。


「もう思い残すことは無いなお前ら、では最終試験を始める、ルールは簡単


 どんな手段を使っても良い、相手を殺せばそこで終了だ


 終わった者からここに戻って来い、説明は以上だ


 それでは最終試験の組み合わせを発表する」


ムゲナが最終試験の組み合わせを発表し始める、すると男子全員が驚愕の表情を浮かべ言葉を失う


アランはその時ようやくムゲナの意図を理解した、その最終試験の組み合わせは


全て男女の対戦、男と女の戦いなのだ、確かにメンバーは現在十二人


男子六人と女子六人で数もぴったり合う、しかし当然男は男、女は女同士で


戦うと思っていた男子達は激しく動揺する、それに対して全く動じることなく冷静な女子達


そう知っていたのだ、男子達には最終試験の対戦相手は当日の朝知らされると聞いていたが


女子達には事前に聞かされていた事を理解する、アランの対戦相手はセシルだった


そして他の対戦相手もこの三日間一緒に過ごした相手であった


この年齢になれば男子と女子では身体的能力に差が出る、まともに戦ったのでは


女子達に勝ち目は薄い、だからこそ女子達は〈女の武器〉を使ったのだ


男とは基本単純な生き物である、肌を合わせれば自然と情もわく


自分を頼りすがってきた女の事を守ってやりたいという感情が湧いてくる


実際この絶望的な最終試験を迎えるとわかっていても〈あの子の為に戦い生き残る‼〉


と考えていた者も少なくなかった、その守りたいと思っていた対象が自分の殺すべき相手なのである


だからこの三日間も〈心の整理をつける為〉の期間ではなく


女子達が対戦相手である男子達を籠絡する為の時間なのであった


それを知らされた男子達の衝撃は凄まじかった。


「おい、嘘だろデボラ……俺達あんなに愛し合ったじゃないか!?」


絞り出すように訴えかけるマイク、しかしデボラの返事は更に突き放すものだった。


「ごめんなさいマイク、私あなたの事好きでも何でもなかったの


 だから貴方に抱かれている時も嫌で嫌でしょうがなかったわ


 なのに貴方しつこいんだもん、そういえば貴方 私の為に戦うって


 言ってくれていたわね、じゃあお願い、私の為に死んでくれる?」


含み笑いを浮かべながらどことなく楽しそうに語るデボラ


それを聞いたマイクの表情はこの世の終わりを迎えたかの様な


絶望感で満ち溢れていて、見ていて哀れなほどだった。


他の組み合わせでも同じことが起こっていて困惑する男子達


そんな者達の心の整理がつくまで待っていてあげるほどムゲナは親切な性格をしていない


「お前らさっさと指定された場所へと移動しろ、こんな密集していては


 他が邪魔で戦いにくいだろうが、それといつまで呆けているのだ馬鹿ども


 移動しない奴は〈戦闘拒否〉とみなし、この場で私が処分してやるぞ


 わかったらさっさと行け‼」


早足で移動する女子達とは対照的に足取りも重く動揺を隠せない男子達


特にマイクは目の焦点も合っておらず、完全に〈心ここにあらず〉といった感じであった。


身体能力で優る男子と精神的に圧倒的有利な立場の女子


この両者の戦いはムゲナが合図の狼煙を上げて始まる


〈対戦者の思惑など知った事ではない〉とでも言わんばかりに」


容赦のない戦いは無情にそして粛々とおこなわれた、そしてここにも男女で戦う二人がいた


アランとセシルである、男子達の中で唯一女子の誘惑に乗らなかったアランは


セシルに特別な感情を抱いている訳もなく、ゆっくりと近づいて行く


それとは対照的に女の武器が通じなかったセシルはアランを目の前にしてガタガタと震えていた。


「どうしたセシル、もう戦いは始まっているぞ?」


「私がアラン君に勝てる訳ないじゃない、だから私は……


 お願い死にたくない、私死にたくないのよ、助けてよ‼」


ヒステリー気味にそう叫び、頭を抱えながらその場にうずくまるセシル


しかしアランは冷徹な視線で見下ろしながらゆっくりと近づいて行った


そして右手に持った剣を高々と天にかかげた、その瞬間セシルは物凄い形相で


振り向き口に含んでいた短いストローの様な筒で針を噴き出した


鋭い針先がアランの顔面目掛けて真っすぐに向かって行く


その瞬間(勝った‼〉と思ったのかセシルの口元が思わず緩む


しかしそんな喜びもつかの間、セシルの表情は絶望へと変化した


セシルの噴き出した毒針はアランの剣のつかの部分に突き刺さっていたのだ


「な、何で?」


信じられないといった表情でアランを見つめるセシル。


「含み針か……悪くない戦術だ、セシルお前が何かを狙っていたことはわかっていた


 だからワザと剣を大きく振りかぶり隙を作ってお前の攻撃を誘ったのだ


 お前はそれにまんまと引っかかった、それだけの事だ……


 含み針という選択は悪くなかったがその前にもう一つ意表を突く攻撃を


 した後で奥の手として含み針を使った方が効果的だったな


 

 まあ、そんな忠告も、これから死ぬお前には無意味だろうけどな……」


アランがそう言い放つとセシルの顔から一気に血の気が引き小刻みに震えだす


慌てて立ち上がろうとしたが腰が抜けているのか、バランスを崩しよろけて尻もちをつく


獲物を追い詰めるようにゆっくり近づくアラン、セシルは首を振りながら必死で懇願する。


「いや、お願い助けて、死にたくない、何でもするから、殺さないでお願い……」


「ダメだ、セシルお前が俺を殺そうとした時点でお前を殺す事に


 何の躊躇も無くなった、殺意を持って相手を殺そうとしたのに


 自分は殺されたくない……なんて都合のいい事があるわけないだろう


 今まで何を学んできた?いっそ覚悟を決めて剣を取れ」


セシルは震えながらも腰の剣を引き抜いて構える、しかし完全に怯えきっており


ただでさえ力量差があるアラン相手にそんな状態で勝てるはずもなかった


セシルが意を決し斬りかかった瞬間、セシルの剣は宙に舞い地面に突き刺さった


再びセシルの顔に絶望感が浮かぶ。


「終わりだ……」


戦いの終結を告げるアラン、再び尻もちをついてへたり込むセシル


恐怖のあまり股間から水分があふれ出し地面を濡らす。


「いや、死ぬのは嫌……死にたくない、死にたくないの……」


次の瞬間、アランの剣がセシルの心臓に突き刺さる、大きく目を見開き


口をパクパクさせながら意識が遠のいていくセシル。


「死にたくない……死にたく……」


大粒の涙を流しながら力なくその場に崩れ落ちるセシル


アランは動かなくなったセシルの体に近づき首にそっと手を当て生死を確認すると


恐怖で大きく見開いたままのまぶたををそっと閉じ、その場を立ち去った


アランがムゲナのいる開始場所に戻ってくると、その姿を見てニヤリと笑うムゲナ。


「やはりお前が一番乗りか、セシルもあの体を持っていてそれを


 利用しきれなかったようだな……まあお前相手じゃ無理もないか……」


ムゲナが再び下卑た笑いを浮かべるが、それには全く反応しないアラン


そしてしばらくすると、一人、また一人と開始場所へと帰ってきた


結局生き残ったのはアランを含む男子が三名、女子が三名の六人であった


もちろんその中にデボラもいた、印象的だったのは勝ち抜いた女子達は目をギラつかせ


興奮状態なのに対し、アランを除く男子達はどこか思いつめた表情をしていたという事である


こうして最終試験を生き残った六人は一人前の暗殺者として正式に


暗殺組織【ゲルゼア】の一員として所属することとなった、その翌日


アラン達は別の場所へと連れていかれた、今までの五年間もの間


洞窟内と周りの森から出たことのないアラン達にとって五年ぶりの外の世界であった


馬車に揺られある場所へと到着するとそこには組織に所属している暗殺者が大勢いた


どうやらアラン達がいた場所は【ゲルゼア】にとって、あくまで拠点の一部だったようで


他でも同じような事がおこなわれていたのであろうと推察できた


一同に集められた二百人程の暗殺者、どの人間を見ても冷徹な眼差しと死の雰囲気を漂わせている


そんな暗殺集団の前に【ゲルゼア】の創始者であり総帥、ムゲナが立つ


「皆の者よく聞け、今日は新たに六人の仲間が加わった、これから共同で作戦に当たることもあるだろう


 今からそいつらの紹介とナンバーを授ける、皆も心して聞くように」


暗殺組織【ゲルゼア】ではある絶対的なルールが存在する


それは共同で作戦を行う時、現場の指揮権は立場の上の者が指示を出し


その命令は絶対ということである、暗殺という職業柄、想定外の事態や


予想外の出来事が発生することも間々ある、その際に現場での早急な判断が必要であり


その指揮権をナンバー上位者に全面的に委ねるという事である


そしてその組織内ランキングともいえるナンバーはムゲナが独断で決定する


もちろん異議異論は認めない、ムゲナがその人間の能力を見て判断し各自に付けていく


アラン達の様な新人が入ってくるたびにそのナンバーのランキングが変わるのだ


所属する暗殺者たちにとって現場の指揮官の判断は作戦の成否に即つながり自分達の命に係わる問題なので


それこそ信頼のおけない相手にはなって欲しくは無いのだ、とはいっても新人が入ってきても


大体ナンバーは二百人いる中で190番台、よくて150番台といったところである


共同作戦の際に現場の指揮を執るのはまず10番以内のナンバーと決まっていて


数々の作戦をこなし経験を積んで徐々にランキングを上げていくのがこの組織の常識となっていた


そしてムゲナが新しく入って来た者達の名前とナンバーを授けていく。


「まずはアンヌ、ナンバー197、次にシモーヌ、ナンバー195、ジャック、ナンバー193


 そしてデボラ、ナンバー174……」


メンバー達が次々と紹介されナンバーが与えられる、そして最後にアランの紹介があった


「最後にアラン、ナンバー6」


その瞬間一同にどよめきが起こる、従来なら新人は150番以上が普通であり


100番内なら相当優秀とされてきた、それがいきなり一桁ナンバーである6など異例中の異例なのだ


この組織内でも前例のない偉業を成し遂げたアランはその後ランキングが上がった後でも


畏怖と畏敬の念を込めて、死を運ぶナンバーシックスの異名で呼ばれることとなる


そして翌日には初仕事が任された、アランにとってデビュー戦が現場で


戦闘指揮官というとんでもない作戦だった。


その初任務での依頼内容はオストレク王国で一部の反乱分子が内乱を画策している為


それを事前に潰してほしいいうモノだった、暗殺の対象人数は約三百名


本来であればオストレクの国軍が動く事案である、しかし国としてはこの内乱を


公にはしたくないらしく、あくまで秘密裏に解決したいという事で


オストレク王国から直々に【ゲルゼア】が依頼を受けたのである


この世界は各国が常に戦争状態であり、しかも貴族たちによる派閥争いや権力闘争も激しく


どの国も内情は決して一枚岩とは言えなかった、その為【ゲルゼア】への


依頼は絶えることは無かった、その依頼内容も多彩であり、要人暗殺


拠点への襲撃、軍隊が進行する為のサポートである後方撹乱、敵連絡手段の妨害、食糧庫への襲撃


敵国の情報収集、偽情報の拡散など、殺し屋というよりは工作部隊や特殊部隊といった内容が多かった


金額次第でどこの依頼もどんな内容も受ける為、戦っている国同士のバックで


【ゲルゼア】の暗殺者たちがお互い動いていた、なんてことも珍しくなかったのだ


そうやって【ゲルゼア】は直実に力をつけムゲナ自身も各国に相当顔が利くようになっていた


もはやこの組織は各国でも重要な位置を占めるまでになり


 【ゲルゼア】無しでは戦争はできない と言われる程に影響を与える存在となっていた


そんな背景の元、アランの初仕事は祖国であるオストレク王国の反乱分子の掃討である


三百人という人数は反乱としては小規模のものだが暗殺するには大人数である


アランは30人の部下を連れ作戦内容を説明する。


「反乱分子共は十か所の拠点に分かれて潜伏している


 その場所は事前に情報を得て判明しているから各自三名ずつで


 その拠点を襲撃し潰して欲しい、できるな?」


アランは三十人を三名ずつの10隊に分け各小隊長に命令を出す。


「しかし司令官、何処か一つが襲われればその連絡を聞いた各反乱分子共が


 体勢を整え警戒して来るのでは?奇襲ならいざしらず、武装兵三十名ほどを相手に


 我々三人ではいささか無理があるかと……」


ベテランの小隊長がアランの作戦に懸念を示す、しかしアランは


気にすることもなく話をつづけた


「問題ない、反乱分子の連絡網はある拠点一か所が担っている


 各拠点の中心の位置に当たる、郊外の小屋だ、どこかに異変が起きたとき


 そこに連絡が行きそこから各所に伝えられるというシステムを取っている様だ


 つまりそこを真っ先に潰してしまえば問題ない、急造の反乱組織らしい


 ずさんなシステムだが、この際それに助けられるのだからこちらとしては有難い」


その話に納得しながらもまだ不安が残るベテラン暗殺者たち


「ですが司令官そのような拠点だからこそ、そこを守る者は精鋭だと思われます


 しかしそこに割く余剰戦力はありませんが……」


その懸念にも動じることなく冷静に答えるアラン。


「俺が一人で行く、だから問題ない」


その言葉には他の者達もさすがに驚きを隠せなかった。


「一人で!?いくらなんでもそれは無茶ではないですか、ナンバーシックス‼」


「問題ないと言っている、各自指示通り作戦行動をとれ、俺が連絡拠点を潰したら


 空に光の狼煙をあげる、それを見たら各所同時に奇襲を開始せよ、いいな」


有無を言わせぬアランの勢いに黙ってうなずく他暗殺者たち


そして素早く移動する各小隊の者達、アランの初任務は反乱分子の精鋭が待つ拠点に対し


たった一人で急襲をかけ鎮圧するというモノであった、アランの暗殺者アサシンとしての初仕事は


こうして始まったである。















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