少年B
「私が彼女を殺したの」
ぼんやりとした、重たい髪の毛しか記憶に残らなさそうな幼馴染はそう言った。
数日前におきた女子高生殺人事件の目撃者が探されている最中、帰り道のことであった。
夏の暑さですべてがどうでもいい俺は(暑いからってひでえ冗談だ)と思った。
犯人がこんな堂々と歩いている訳ない。
捨て猫を匿っていた時も「宝物を隠した」と連れ立ち、共犯に仕立て上げてきたではないか。
てっきりそれの一環だと思って、それで。
一笑に付して終わり。
質の悪い冗談だとからかって終われたらなんと良かったか。
幼馴染の言った場所から、遺品が見つかるまではそう思っていた。
「こんちは……えっと、「今日来る学生って君だよね?こっちだよ」…っス…」
次の週、俺は警察署に来ていた。
あれから警察に通報し、幼馴染は連れていかれた。
しかし、幼馴染が年上の人間に怯えずっと口を噤んだままで、最初に打ち明けた俺が呼ばれることになった…らしい。
案内された取調室。幼馴染はじっと俯いていたが、俺が来たと職員が伝えると顔をこちらに向けた。
「わ…久しぶり。学校どう?」
メモ書きする職員しかいなくなったからか自分から話し始めた。
こちらを窺うような上目遣いが気持ち悪い。
「普通。お前がいなくなっても何にも変わんねえよ」
どっかりと座り、渡された聞くことリストを手に向かい合う。
帰ってアイス食いたいし警察署には正直ビビるので手早くすましたい。
供述調書
Q.被害者とはどんな関係?
「知り合いだったけど友達ではなかったな。一か月ぐらい前に同じ委員会で話す機会があって、そこから…って感じ」
Q.そこからって何だよ
「ビジネス的な…win-winの関係的な…。彼女の仕事を私がやる代わりに彼女は私の苦手な仕事をやってくれるって約束。すっごい助かったな」
Q.被害者のことをどう感じていた?
「私地味で暗いし顔もよくないから羨ましいって思ってたよ。顔華やかだし、頭の回転もはやくてすごいよね。性格は反吐が出るけど」
Q.事件の理由は?
「さっき言った約束事をあの子がなしにするって言ったから」
※ここから様子が変に落ち着く。
Q.それだけ?
「それだけ。直接言ってくれたら別に怒らなかったよ。ただ、私がいない場所で悪口と一緒に反故にする話してたから…頭がどうにかなっちゃった」
Q.盗み聞きかよ趣味悪いな
「違うの、仕事終わったから報告しようとして、あの子お友達といたから気を窺おうとしてたら聞いちゃったの。でも盗み聞きしてしまったし私悪いね…いや陰口言ってる方が悪いじゃん!ちゃんと正面から手袋投げてよもう!」
Q.殺した時の記憶はある?
「詳しく覚えてない。話聞いてしまった少し後に彼女を呼び出して…倉庫の脇にある荷車で山へ運んだと思う。そこからはもうわかんない」
※現場には少女の名札が落ちていた。
荷車に指紋は付着していなかったが被害者の血痕あり
Q.…被害者は顔面以外の傷がひどかったらしいけど本当に覚えていない?
「顔は殴るとかわいそう。だってご家族の目に触れるから…って避けてたんじゃないかな」
Q.なんで(約束に)固執する?
「だって、約束って守らなきゃダメでしょ?」
Q.約束を破ったからといって殺すことはなかったのでは?
「殺すことはなかった、それはそうだね。でも約束は守られるべきだよ。指切りげんまんだって破ったら針千本飲ませていいって歌われてる。それを私に言わないで反故にするあの子がおかしい。お互いに利のある約束結んだのにそれを破って利だけを食らおうとするなんて理性のある人間がする行為じゃない。もう動物に成り下がってる。約束をすることでお互いを対等な人間だと認めて、約束をきっちり終わらせることで誠意が示せるんだよ。…じゃあ約束を反故にされた私って何?動物以下の存在なの?人間になりたくて、社会性を持ち合わせた素晴らしい人間になりたかったのになんであの子は邪魔したの?私悪いけどあの子だって悪いじゃん!…」
※急に興奮する。約束と人間になりたい意思を語るが支離滅裂のため省略
Q.
「…ごめん。質問これで終わり?来てくれてありがとう。君にはいっぱい恩を返していきたかったけど…許してほしいな」
Q.おまえ誰?
「なんで急に名前?あ、なるほど!うふふ、私は少女Aだよ!知ってることこれで全部だからもうお話できませんよ。ひとりぐらいじゃ死刑にならないだろうけど、君とはこれでもう二度と会えないね。迷惑かけたくないし私のこと忘れてほしいな」
10個の質問をし、必要な供述を得たことで解放された。
中断すべきところで中断できなかったことの謝罪と、今回の謝礼を渡されて帰った。
暑い暑い帰り道。ひんやりとした取調室とは大違いで風邪をひきそうだった。
夕陽が山に落ちる。せっかく買ったアイスも食べる気にならない。
自転車を押しながら砂利だらけの道を歩く。
あの日もそう、教室で寝すぎて警備員に起こされて学校を出た。
共働きだからどれだけ帰りが遅くたっていいしのんびり歩いて帰っていた。
そしたら山の入り口にアイツの鞄が落ちてたから、山に入ったんだ。
そこで、そう。
幼馴染は覚えていないって言ったけれどそりゃそうだ。
起きたら全部終わってたんだから。
どんくさくて、憧れの人みたいな人間になりたくて、約束を大事にしていた幼馴染。
たかが約束のために自分の人生を捨てたアイツ。
暴力が嫌いで殴られるがまま大人しくしていたアイツ。
「警察って意外と騙せるんだな。いやアイツがいたからか…」
受けた恩は必ず返す、契った約束は絶対守る。
絶対君のこと守ると言った幼馴染は少女Aになって、俺は少年Bになり損ねた。
初作品です。
現実で腹立つことあったので厄落とししました。