それから3時間
40代半ばとなってしまったサラリーマン。
赤敷喜六は、ひとまず右の頬をつねってみた。
・・・痛い
左の頬もつねってみた。
・・・やはり痛い。
左右の頬がジンジンする。
喜六は今、目の前に広がる風景があまりに信じられなかったため、力加減ができなかったらしい。つねった跡がピエロの口のように真っ赤に残っている。
・・・ついさっきは、確かに自宅へ帰ってきたはず。
ここ最近は朝から晩までよく覚えてもいない書類作成や詰まらない会議出席などの仕事に追われ、記憶喪失になっているのではないかと思えるほど、生活している時間の感覚がなかった。
それでもわが身に起きたこの現象には何の予兆も誰の説明もなかったため、仕事の忙しさから現実逃避した意識の表れであるだろうと、無理やり現在置かれている現状を理解しようと努める。
「・・・夢?でも、痛い。ここは?どこだ?」
後ろを振り向くと、玄関のドアは無い。
きれい・さっぱり・完全に消失していた。
「・・・どうして?」
溜息しか出ない。これが夢ならば目が覚めればよいところだが、そよぐ風や強い日差しを現実と思えるほどに非日常的な現実がある。
これがいわゆる「異世界転移」かと思いつくまでに、立ち尽くしたまま1時間が経過していた。
「どうしたもんか・・・」
思い悩むのも飽きてきたため、ふと身の回りを確認するが、服装は自宅へ帰ってきたときのスーツにネクタイ。革靴。あまりに普通過ぎる。この異常な風景に対して、あまりに異物感が半端ない。
「ハア。しょうがない。360度見渡しても何もない。しばらく歩いていけば何かみつかるかな?」
現在置かれている状態を理解しつつも、あきらめの境地に至った喜六は、ようやく歩き出すに至ったが、ここまでに3時間が経過していたことに気付くのは、腕時計が午後8時を指していたことに気付いたためだ。