第十三話 宇宙儀
瀬賀井妹子に手を引かれ(そう手を繋いでいたのだ)、電車に乗り(そうお金を使わされたのだ)、自転車で数分(そう走らされたのだ)、着いた所は一般的な二階建ての一軒家だった。
俺が疲れていることになぜか気付いてくれない妹子ちゃん。こっちを見ることなくさっさと家の中に入っていってしまった。
家の外で待たされること十数分。一人の女性が話しかけてきた。30代前半に見える。
「あなた、どちら様かしら」
少し棘のある口調で話すが、そこを気にすることはない。こういった人にはそれなりの対応が求められる。
「あ、初めまして。僕は瀬賀井妹子さんと同じクラスの☆☆高校一年、東条都靄と言います。今日は瀬賀井さんにお呼ばれに上がったのですが。あなたは瀬賀井さんの」
母親だろうと当たりをつけて聞いてみた。
「あら、御学友の方でしたか。私、妹子の父でございます。どうぞお見知しりおきを」
――何だか予想外の出来事が多発している。一昨日の杉目のことといい、昨日のファンクラブのことといい、そして目の前の妹子ちゃんの母親、否父親のことといい。
その母親、否父親が俺の顔を覗きみていた。つい、飛び退いた。
慌てていたとはいえ、よく考えてみれば失礼なことをしてしまった。なので謝る。
「すみません」
だが妹子ちゃんの母親、否父親は笑みを崩さずにこう言った。
「構いませんよ。私、人をからかうのが趣味なので」
その妹子ちゃんの親(性別は怖くて確認していない)に連れられ俺は中に上がった。
リビングに通され、妹子を呼びにいく、と親は言いおいて二階に行った。一人残され、することもないので部屋を見渡した。
薄型の液晶テレビの側に観葉植物、反対側の小さな棚には新聞や雑誌が入り、上には赤べこと掌大の将棋の駒、その上の壁にはアイスクリームの写真が全体の半分を占めているカレンダーが三月のままになっている。
キッチンとリビングの境目にあるカウンターはすでに物置と化していた。広告が積み重なり、その間を縫うようにルービックキューブや木彫の熊、ミニチュアの凱旋門、小さなサボテン、さらには太陽系の惑星の動きが再現できる装置、確か名前は宇宙儀だったか。そんな物まであった。
「気に入ってくれた?」
雑多な物に目を奪われ、ついついここが他人の家だということを忘れてしまっていた。
妹子ちゃんの親はさっきまで俺が見ていた宇宙儀を羨ましそうに眺めながら言う。
「これ、いいでしょ。先週届いたばかりなのよ。それを組み立てて昨日やっと完成したの。東条君は幸運よ」
何が幸運なのかいまいち分からなかったが、一応曖昧に頷いておいた。
「妹子は着替えてから来るみたいだから、それまで何か飲みたいものある?」
「では、お茶を」
「は〜い」
そう笑顔で言うとカウンターの向こうに消えていった。
妹子ちゃんの親は大分若く見えるが何歳だろうか。しかもあれで本当に男だったら城ヶ崎浜の大豪邸とメイドたち以上に驚異だ。
ドスン
「近くでどうぞ」
いつの間にか俺の目の前にいた妹子ちゃんの親が置いたのは、先程までカウンターにあったはずの宇宙儀だった。妹子ちゃんの親はそれだけを言うとさっさと戻っていく。
ゆっくりとネジのほどけていく音を背景に、太陽系を模したその九つの球体はゆっくりと公転と自転をしている。相当忠実に再現されているようだった。
それにしても、俺は何しにここにやってきてしまったのだろうか。こんなことで時間を潰すくらいならば、昨日の城ヶ崎浜の誘いに乗っておくべきだったかもしれない。
すぐに戻ってきた妹子ちゃんの親は二つの湯呑みを置くと、テレビの電源を入れてワイドショーを見始めた。
そしてしばらくの間はテレビの中の人と妹子ちゃんの親の笑い声だけが響いていた。




