第八話 喧騒
いつの間にか、俺は女子たちの食事中の会話に参加させられていた。
「ねえねえ、天の家に泊まったって本当!」
なぜ疑問形ではないんだ。
とまあさっきから周りの女子は俺の話題で盛り上がっている。ていうかよくそんなにネタがあるものだ。しかも天と妹子ちゃんと城ヶ崎浜が仲良くなっているし。
「泊まってない」
とは言うものの、全く聞いていないし。
どうやら先ほどの悲鳴は、俺が天の家に行ったと聞いたことに起因するものらしい。そしてどうやら俺がうずくまる姿が可愛いらしく、天が続けて黒板を引っ掻いたそうな。迷惑だ。
だが、何で天は僕が黒板を引っ掻く音が嫌いですぐにうずくまってしまうことに気付いたのだろうか。もしかしたら入学式の時に気付いたのかもしれない。
女子たちの終わらぬ会話に頭がくらくらしてきた。
「都靄様、一度私の家においで下さい」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを聞いてきたので、適当に答えた。
「本当ですの?」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを聞いてきたので、適当に答えた。
「では今日にでも」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを聞いてきたので、適当に答えた。
「では今すぐ参りましょう」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを聞いてきたので、適当に答えた。
「では皆さん、準備を」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを言ったので、適当に答えた。
「都靄様はしばらくお待ちください」
「ああ、いいよ」
誰かが何かを聞いてきたので、適当に答えた。
喧騒が離れていった。
で。
ここはどこだ?
「私の自宅ですわ」
簡潔な説明をありがとう。だが、この邸宅は簡潔には語れない。
先程、入り口にあたる鉄門が閉まる盛大な音がしたが、それは些細なことでしかない。
鉄門から正面に見える大豪邸まで200メートルはあろうか。人間がいくら頑張っても20秒はかかる距離もあるそこを、俺たちはリムジンに乗って進む。
学校を出てからはや10分、なかば無理矢理連れてこられた俺は窓から体を乗り出していた。
反対側はさすがに見えないがシンメトリーになっているであろうその庭にはカラフルな花が一面に咲き誇り、所々には有名な彫刻を模した樹木がアクセントとして植えられ、遠くの小さな、それでも三階まではあるであろう中世風の建物を見ればここが本当に日本かどうか疑ってしまう。
リムジンの進む先を見ると池が道を遮るように横たわり、その中央には高々と水を噴き上げる噴水があった。そこの周りを時計周りに半周した所でリムジンは横向きに止まった。まだここから大豪邸まで50メートル程あったはずだが。
リムジンの扉が外側から開き、外に出た。
一番最後に出た俺は、そこで見た光景に耳を、目を、頭を疑った。
「「「「「おかえりなさいませ、三日月子お嬢様。いらっしゃいませ、同学の皆様」」」」」
丁度、俺が見ていたのが左側だったためか気付かなかった。リムジンの止まった所から大豪邸の前までの道の左右に、これでもかという程の黒服に白エプロンの、しかも美形の、何て言ったか。
「メイド?」
天の呟きに納得した。
そう、彼女たちはメイドという職業だろう。メイドが沢山並んでいた。だがこんなに必要なのだろうか。
俺と天と妹子ちゃんは固まっていたが、城ヶ崎浜は勿論のこと他の子たちも一切気にすることなく進んでいく。
俺が現実逃避をしている所に声がかかった。
「皆様も、どうぞ此方へ」
少し皺枯れた、だがどこか深みのあるその声の主を見ると、リムジンを運転していた男性だった。丁度、リムジンの扉を閉め終わった所のようだ。
その運転手の優しい笑顔を見て少しだけ緊張のほぐれた俺たちは、その白手袋の示す方に向かって歩き始めた。




