↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やとこ
第二部 苦くて甘くて痛くて甘い
78/364

第75話 血と魔石



 部屋にはカチナだけが残っている。


 長い付き合いだが、落ち着いて話す機会はずっとなかった。

 あの裏切りの夜からずっと、まともに話した記憶がない。


 もちろんそれは印象的なことで、実際には氷巫女として、長老として、お互いに言葉は交わしていたはずだが。




「……言えませんでした」

「当然です」


 素っ気ない言葉が返される。

 悪気があるわけではない。カチナは昔からこんな風な話し方をしていた。


「言い出さぬように見ていたつもりです」

「……すみません」


 罪悪感に負けて、パニケヤが吐露してしまうのではないかと。

 カチナはパニケヤを心配してくれていたのだろう。



「……ゆっくり話す機会がありませんでしたが」


 そう思っていたのはパニケヤだけでなく相手も同じだったらしい。

 従姉妹になるカチナとの会話は、いつも事務的な話ばかりになっていたから。


「ヤヤニルとメディザのことで、恨み言の一つも言われるかと」


 子供たち。

 パニケヤの産んだ子。双子の兄妹。

 裏切りの日の後に、パニケヤは双子を出産した。

 そのどちらも、もういない。



「あなたのせいではありません、カチナ。あの子たちが選んだことです」

「……私が、敢えて引き留めなかったとは思わないのですか?」

「引き留めたのでしょう、あなたは」


 西部に戦いに出ると言った若者を、カチナは引き留めたのだと確信がある。


「あの子たちに真実を語ったのは私です。私独りで抱えるのが耐え切れずに、あの子たちに……」

「ヤヤニルは、自分がこの災禍を終わらせると。責任感の強い子でした」


 なぜ、ダァバは清廊族を裏切ったのか。

 ただの嫉妬だ。

 次代の氷巫女を妻として清廊族の長となる予定の兄に嫉妬し、殺した。

 そしてパニケヤを……



「あなたに似たのでしょうね、パニケヤ」

「……私は、無責任でした。事実を知ったヤヤニルがどうするのか考えもせずに」


 双子の兄妹が、出生の真実を知ったらどうなるのか。

 想像すべきだった。墓まで持っていくべきだった。

 パニケヤの甘さが、子供を墓にすら入れてやれない結果を招いた。



 兄のヤヤニルは、妹メディザを里に残して西部の戦いに向かったと。

 元服前の年齢でありながら戦線に立ち、そして帰ることはなかった。


 メディザはクジャに残りメメトハを産んだが、その後も厳しくなる戦いを知り、兄を追うように西部に発った。

 帰って来たのは、わずかばかりの髪だけ。


 当時、人間の軍にいた勇者と戦い、仲間を庇って粉々になったのだと聞く。

 メディザの他の犠牲もあり、その敵は倒したということだったが。




「……あの時は聞けなかったのですが、パニケヤ」

「……」

「あの子たちの父親は……ダァバ、なのですね」

「……はい」


 自分の子供たちには言ってしまった。そして戦いに出て、散った。

 孫には、言えない。

 言う必要もないし、言ったところでどうしようもない。


 当時のパニケヤの惨状から密かに噂されていたことではあったが、面と向かって確認したのはカチナが初めてだ。



「……あの下郎がどうであれ、パニケヤ。あなたが長老として清廊族を守ろうとしてきたことは私が知っています」

 己を責めるパニケヤを慰めるように、珍しくカチナの声音が和らぐ。


「ずっと……あなただけに、つらい思いをさせてしまいました」


 苦い思いを噛み締めながら呻くカチナ。

 腫物を触るように、被害者のパニケヤを扱ってきた。遠巻きに。

 年齢が近く同性のカチナが助けになるべきだっただろうに、そうせずに。


 双子のヤヤニルとメディザが死地に赴いたのも、カチナの気遣いが足りなかったからだと言われても仕方がない。

 だから恨み言を聞かされても当然の報いだと、ずっと思っていた。


 裏切りの日からずっと、カチナとパニケヤが長老となっても、今日まで。

 きちんと話をしてこなかった。



「メメトハは私たちクジャの子です。どんな血であろうと、恥じることなどありません」

「カチナ……」

「パニケヤ、あなたは……そう。もっと誰かを頼るべきです」


 自分だけで抱え込み、悩み、悔み。

 そうさせてしまってきたカチナたち周囲の者にも責任はあるにしても。



「……あなたには、言われたくありませんね」


 心外だというように反論するパニケヤの表情は、あの裏切りの日より昔にならカチナも見たことがある。

 剣の稽古で負かした時だったか、仕立てた服の丈が長すぎて、結局カチナが着ることになった時だったか。

 昔は、もっと遠慮なく言い合いをしていたような頃もあった。



「メメトハには、良い友が出来そうですから」

「ええ、それは同意します」


 もっと昔に、カチナとパニケヤがより多くの言葉を交わして困難に立ち向かっていたのなら。

 そうしたら、状況はもっと良くなっていたかもしれない。


 メメトハには同じ後悔をさせたくない。

 メメトハの母のように、無惨な姿で帰るようなことも。

 そうさせない為に、カチナたちも出来ることをしなければ。



 勝利を、掴む。


 振り返ってみれば、パニケヤもカチナも、ずっと負けない為に戦い続けてきたようなものだ。

 ダァバが乱したこのカナンラダで、清廊族が滅びぬようにと。

 そんな風に日々を送ってきた。


 突如として現れた若い女たちが、人間に勝利する為に戦うと言った時に、カチナは可笑しいと思った。

 何を妙なことを、と。


 可笑しいのは自分の方だったと気付く。

 愚かしい。


 子供たちに泥を啜ってでも生き延びさせる為に戦うのではない。

 明るく、幸せな未来の為に戦う。

 当たり前のことを忘れていた。



「……ダァバを討ち、人間を滅ぼします。その為にあの子たちを鍛えましょう」

「ええ、カチナ」


 彼女らは、偉大なるニアミカルムで千年を生きた魔物に導かれてここまで来たのだと言っていた。

 それはまた運命的な話ではないか。



  ※   ※   ※ 



「では行ってきますね、ルゥナ様。お寂しくなったらこれを」

「大丈夫ですから、気を付けて行きなさい」


 トワに小さな袋を押し付けられて、呆れながら彼女を送り出す。

 寂しくなったら、と。トワはルゥナを子供のように思っているのだろうか。



「リィラ、道案内をしかと務めなさい。先日のこともあり、予想もつかぬ事態もあるかもしれません」

「はい、おばあ様」


 リィラを案内人に、トワ、ユウラ、ニーレたちは山へと向かう。

 ニアミカルムの中腹にあるという真白き清廊に。



 ――尽きぬ矢があれば。


 武器を整えようということの中でのニーレの呟きに、誰もが微妙な顔をした。

 ニーレの弓矢の技術は高いが、矢には制限がある。

 確かにそんなものがあれば便利だろうが、そんな馬鹿なと。



 ――あります。


 パニケヤは、真白き清廊で暮らしていた。

 そこにはパニケヤの他にも清廊族が一緒だった。その中の一人の戦士が持っていた弓矢。

 氷弓〈皎冽〉という銘の古くから伝わる武器。


 キフータスに襲われ、魔物の波の中でそれを手にしていた戦士が倒れるのを見た。

 魔物が武器を持つこともない。

 あのまま真白き清廊に残されているだろう、と。


 使えるのなら使ってくれた方が死んだ戦士も喜ぶと言われ、探しに行くことにした。

 ニーレは自分の我侭だからと独りで行くつもりだったが、さすがにそれは許可出来ない。

 彼女のことをよく知るトワとユウラ、そして案内としてリィラが付き添うことになった。




 真白き清廊までは片道で一日半ほどだと。

 すぐに見つかればいいのだが、少なくとも何日かは戻れない。

 四名を見送り、ルゥナ達も自らを改めて見直す。


 魔物の群れとの戦いで、使っていた武具も多く失われた。

 エシュメノの短槍やミアデの足甲、セサーカの使う魔術杖は問題ない。

 ウヤルカの薙刀は、柄の部分に罅が入ってしまい修繕が必要だ。



「ネネラン、貴女は色々と器用なのですね」

「あ、はい。武器や衣類の繕いは、よくしていましたから」


 パニケヤがネネランの持つ槍を見ながら褒めると、ネネランは照れ臭そうに俯く。


 繕い、というレベルではないように見える。

 ネネランは戦いの中で、魔物の骨や牙を組み合わせて自分が使う槍を作っていた。

 有り合わせの素材で、都度補修しながら。



「その槍も悪い出来ではありませんが、急いで組んだだけですか」


 そこらの魔物と戦うだけなら十分かもしれない。

 だが、長く厳しい戦いの中で使うには不十分。


「壊れたら、またどうにかします」

「それも戦いの中では必要でしょうが、ルゥナ」


 呼んで、手を出す。


「怨魔石がありますね。これもいい機会……いえ、きっと巡り合わせなのでしょう」


 ルゥナは、自分の腰袋から魔石を取り出す。

 顎喪巨蟲の死骸から得た魔石だが、これが怨魔石だとは知らなかった。



「なぜ、これが……?」

「氷巫女の特性です。共感にも通じますが、姉神に連なる者であれば何かしら状態がわかってしまうので」


 姉神に連なるもの。

 それは魔物も含めた、魔神の恩寵を受けた存在のことを指すらしい。

 メメトハとアヴィが同調して魔法を使ったというのも、その特性のひとつ。




「これを使い、ネネランの槍を強化したいと思いますが、構いませんね?」

「え? あ、それならエシュメノ様の……」


 自分のことよりもエシュメノを優先しようとするネネランなら、そのように言うだろう。


 けれど、言われたエシュメノが嫌そうに首を振る。


「ソーシャに何かするの、やだ」


 槍をどうにかするという話で、ソーシャが残した右と左の短槍――今は籠手形状だが、それをいじることを嫌う。

 パニケヤも、そんなエシュメノに頷いた。


「その槍は他に類を見ないものです。変に構うこともないでしょう」

「ほら、婆ちゃんもいいって」


 へへっと、嬉しそうに籠手を撫でるエシュメノ。

 彼女にとっては最高の武具に違いない。



「差し当たり、貴女の作った槍が一番適しています。うまくいけばエシュメノの短槍にも劣らぬものになるでしょう」

「むぅ」


 今度は不満そうに口を尖らせるエシュメノだが、ルゥナとしてはそれほどの武具が準備できるというのなら心強い。


「それでお願いします、大長老。ラッケルタに騎乗するネネランには、丈夫な長槍が欲しいと思いますから」


 騎兵として戦えるネネランは、突進力を期待出来る。

 長槍は壊れやすく、強度を増そうとすれば今度は重量も増えてしまう。バランスが悪く使いにくかったら意味がない。

 特殊な手法で、使い回しが良く頑丈な武器が作れるのなら、それが良い。



「そうしましょう。それでは……」


 顎喪巨蟲の赤黒い魔石を手にして、パニケヤはそれぞれを見回した。

 真白き清廊に発ったトワ達以外は全員が揃っている。


「……エシュメノ。あるいは、ルゥナ。血をいただけますか?」


 そう言って、カチナが持ってきた小さな器を示した。

 掌に収まるような小さな杯。

 そこに血液を、と。



 指名されたエシュメノは顔を顰める。


「そいつの魔石に?」


 顎喪巨蟲はエシュメノを食らおうとしていた。

 ソーシャのことも、そんな風に。

 エシュメノにとって良い印象ではない魔物で、それに血を与えることには気が進まない。



「私の血で良ければそれで」


 ルゥナかエシュメノだと言うのなら、ルゥナの血で構わないだろう。

 ネネランとて、自分が使う武具にエシュメノの血が混ざっていることを喜ぶような性癖はないと思う。


「うぅ……」


 前髪でいつも隠れている目元が、俯く角度が下がってさらに見えにくくなっているけれど。

 変な性癖は、ないと信じたい。仲間なのだし。



「私じゃ、だめ?」

「残念ですが」


 申し出たアヴィにパニケヤは首を振り、ルゥナの手にナイフを走らせた。


「つっ……」

「すみません、後で治癒を」


 小さいとはいえ杯を満たすほどの血となれば、それなりの量になる。

 熱く痛む傷口から溢れる血を見ながら、心配ないと笑って見せた。



「アヴィが、癒してくれますから」


 甘えるように聞こえただろうか。


「……そうね」


 少し間が空いたことを不安に感じながら。



「十分です。そうしたらこの血を」


 盃を地面に置いて、パニケヤが何事かを呟きながら目を閉じた。

 沈黙の中、パニケヤの囁きだけが響く。


 見守っていると、ゆっくりとルゥナの血が空中に浮かび始めた。

 赤い球となり、次第にその大きさが膨らんでいく。

 真紅の宝珠のように、両手で抱えるほどに。


 中身は液体でありながら霧のようにも見える。

 液体で、気体。



「超臨界流体……」

「アヴィ?」


 知らない言葉を漏らしたアヴィに訊ねるが、軽く首を振ってそのまま見届けるように促された。


 パニケヤが、その赤い球状の血液の中に、赤黒い魔石を軽く放る。

 そのまま、囁く言葉が少し強くなって続く。

 少しずつパニケヤの声が強く、大きくなっていくに従い、逆に真紅の球は小さくなっていった。


 元の魔石と同じ程度まで小さくなる頃には、パニケヤの額に汗が目立ってくる。

 戦いから数日、傷は癒したとはいえ完全に回復したわけではない。

 大丈夫だろうかと心配になりかけたところで、パニケヤが口を開いた。



「ネネラン、槍をこの下に」

「あっ、はい」


 宙に浮かぶ赤い球の下に、ネネランが手製の槍を出した。


「そのまま、途中で手を放しても構いませんから」


 赤い球は、パニケヤの視線に沿ってネネランの槍に落ちていく。

 さらさらと、粉のように、雫のように。

 吸い込まれるように、その槍へと注がれる。



「ひゃっ」


 宙に浮いていた球が消えると、今度は爆発的な勢いで、粘膜のように槍全体に伸び始めた。

 驚いたネネランが槍を手放して、地面に転がる。


 転がった時には、既に槍は姿を変えていた。

 元々、牙や骨を組み合わせ、魔物の尻尾などで括り合わせていた無骨な槍だった。

 持ち手が変えられるように、骨三本ほどで捻じれるように柄を形成していたそれが。

 怨魔石の赤い粉に飲み込まれ、包み込まれ、赤黒く上塗りされたような姿に。




「うまくいきました、か」


 魔物の牙や骨が、赤黒く染まり毒々しい印象を強くしている。

 だが、先ほどまでと違い、ばらばらに組み合わせたままではなく、一体化したような形に完成していた。



「……これ、触っても大丈夫ですか?」

「ええ、生き物には影響はありません」


 おっかなびっくり、自分の槍を拾うネネランだが、赤黒い粘液が伸びてくることはなかった。

 拾い上げて、軽く振ってみる。



「あ……すごく、馴染む感じです」

「それは良かった。貴女自身が作った武具でしたから」


 ネネランが自分の手で、自分に使いやすいように作った槍。

 それを強化する形になったので、馴染むのは当然かもしれない。


「これならエシュメノ様をお守りできます」

「むぅ、別にいい」


 嬉しそうなネネランと、口を尖らせるエシュメノ。



 それからふと、自分の胸元を握りパニケヤに数歩寄った。

 小さな胸元から、何かを取り出して。


「……これも、何か出来る?」


 取り出したのは、深緑の魔石。

 ソーシャの遺した魔石だった。


 それを見たパニケヤは、やはり氷巫女の特性なのか事前に察知していたのだろう、驚いた顔はせずに微笑む。


「それは怨魔石ではありませんが。貴女を守りたいという意志が宿った魔石のようですね」


 優しい表情で頷いた。



「私も、少し疲れてしまいました。あとでゆっくりと、どうすると良いか見てみましょう」

「エシュメノの血、使っていいから。全部」

「全部はいりませんよ、エシュメノ」


 エシュメノを守りたいというのに、エシュメノの血を全部使ってしまったら意味がない。

 気持ちはわかるが、気持ちだけが先に行きすぎだ。



 横から手を取られた。

 温かい感触が、手の平に痛みと共に悦楽を与えてくれる。


「……くすぐったいです」


 アヴィが、まだ手に残っていたルゥナの傷に舌を這わせる。

 その感触がこそばゆく、気持ち良い。


 じんとした痛みが薄れていくのを感じながら、されるがままに任せた。

 傷を見ていられなかっただけかもしれないが、アヴィから触れてくるのは久しぶりな気がしたので。


 ここの所、アヴィを遠くに感じていた。

 ただの気のせいならいいのだけれど。



「こりゃあ見事なもんじゃのぉ」


 ウヤルカが、ネネランの槍を手に取りながら感心の声を上げる。

 先ほどまではパニケヤとの会話に加わらずに、ミアデたちと何事か話していた。

 槍が出来上がり、その丈夫さと鋭さに大きな声が出てしまったらしい。


 皆の視線が集まると、赤黒い槍を掲げたまま笑い、それから首をわずかに傾けた。


「じゃが、どうしてルゥナかエシュメノなんかね?」


 それはルゥナも気になっていたのだが。


「他のもんの血じゃいけんか?」


 ウヤルカの質問を受けたパニケヤに視線が集まると、大長老は年を重ねた顔に少し微妙な苦笑を浮かべる。

 年甲斐もなく気恥しい、というように。



「ええ、貴女方の中では……そうですね」


 頷いて、少し言葉を迷うようにエシュメノとルゥナに目線を走らせてから。



「清廊族の、処女の血でなければならないので」



 手の傷を行き来していたアヴィの舌が、止まった。

 静寂の中、遠くの空から何かの鳴き声だけが響き渡る。

 時が凍ったように、沈黙が場を支配した。



「ぁ……」


 半分に開いたルゥナの口から、空気が漏れただけ。



 急に固まった空気に、言ったパニケヤと訊いたウヤルカ、そしてエシュメノだけが、置き去りにされたように周りを見回す。


 アヴィも、ミアデも、セサーカも、ネネランも。

 ルゥナを見る目が、何色でもない。


 何の感情も、何かの意味も見いだせない。

 驚愕や戸惑いではなく、それらの感情もまるで追い付いて来ないようで。

 パニケヤの言葉が理解できないという中で、ただ。



 ――裏切り者。


 そう言われているような、そういう目に見えて。



「……ごめん、なさい」


 かろうじてそう言えただけで、まだアヴィに取られていた手を離した。

 そのまま背中を向けて、逃げるようにその場を離れる。


 仲間の目が怖くて、急かす心が足を速める。

 けれど、重い。


 手に、まだうっすらと残る痛みを抱きしめる。

 先ほどまで感じていたアヴィの温もりを、逃がさないように、忘れないように抱きしめる。



(私が……私は、嘘ばかり)


 何かを失うとしても、何も得られないとしても。

 全て自分のせいでしかなくて、そう思うとやりきれなくて。


 ふと、懐に何かを感じる。

 トワが残していった小袋だ。



 ――お寂しくなったら、これを。


 馬鹿なことを言い残して。

 けれど、その残された袋を傷の残る手で握り締めると、我慢していた涙を堪えることは出来なかった。



  ※   ※   ※ 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。