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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やとこ
第二部 苦くて甘くて痛くて甘い
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第71話 重なる想いと許せぬ唇



 体毛が鋼線のようで刃が通りにくい。

 毛皮の下の脂肪が分厚く、さらにその内側の筋力も尋常ではない。

 その上で寒さにも強い。


 メメトハが見る限り、非常にやりにくい相手だ。

 リィラ愛用の短剣はかなりの逸品だ。それを手にしたアヴィの力でも断ち切れない肉厚。



「ロックモールなのに」

「違うのじゃろう」


 先ほどまでは逃げ回っていた魔物だが、今はなぜか逃げなかった。

 ぶつぶつと呟いている。

 まもの、にんげん、ろど……などと途切れ途切れに。

 混乱しているようだが。


 リィラ達がこの周辺の住民を避難させている。

 既に逃げ出した者もいるが、親が戦いに出たので家に隠れていた子供もいた。

 これ以上、町の被害を広げるわけにはいかない。



「たぶん顔が弱点だわ」


 ぽつりとアヴィが呟く。


「ほう、よく気が付いたのう」


 それに応じるメメトハの声は渇いていた。


「……わからなかった?」

「阿呆、皮肉じゃ」


 考える必要もなさそうなことをわざわざ。

 敢えて口にしたのというのは、メメトハに聞かせるためか。

 言葉にして、意思統一を図る。

 メメトハとアヴィは付き合いがない。お互いの意図を合わせるには言葉が必要だ。



「じゃあ」


 それだけ言って駆け出すアヴィの背中に、メメトハは舌打ち混じりに答える。


「勝手な奴め」


 苦い呟きを。

 頼もしい。そう感じてしまう自分に苦いものを感じて。


 だが実際に、アヴィの戦闘力は群を抜いている。

 己の身に返ってくる痛みに構わず動けるその判断力も、彼女の力を存分に発揮していた。



(恐ろしくないのか?)


 普通なら、どれだけ効率的だとしても、自分の苦痛を考えたら躊躇する。

 そういう様子がないのは、意志が強いのか、あるいはそういう感情が欠落しているのか。

 メメトハにはわからない。

 とにかく、今は目の前の敵だ。



「やあぁっ!」


 斬撃では切れないと見て突く。

 アヴィの持つ剣の切っ先が魔物の足に刺さった。


「いでえよぉ!」


 喚きながら、アヴィの体を圧し潰そうと腕を振り下ろしたが、空を切って地面を叩いただけ。すでにそこにはいない。

 魔物が遅いのではない。アヴィの動きが速かった。


「はあっ」


 再度、今度は大地に叩きつけられた魔物の腕に突きさされる。


 途端に、魔物が腕を横に振るった。

 アヴィが刺した切っ先をそのままに、それを握るアヴィごと振り払う。


「くっ」


 握り締めた剣と共に横に払われるアヴィ。


 アヴィが痛みを恐れないのに対して、この魔物は痛みに怯えながらも構わずに暴れる。

 怯える気持ちとは別に、暴れまわる本能でもあるように見えた。

 それだけではない。与えた傷が見ている間に塞がっていく。

 その回復力があるから、無茶苦茶な行動を取れるのか。



「天嶮より下れ、零銀なる垂氷」


 メメトハが使えば、その魔法はセサーカが使うより威力が高い。

 一本の円錐状の氷柱が打ち出され、咄嗟に顔を庇った魔物の腕を貫いた。


「うぎゃあぁっ!」


 悲鳴を上げて、貫いた氷柱をそのままに魔法を放ったメメトハに向かって跳びかかる。



「なんのっ」


 躱すメメトハだが、魔物の狙いは違った。

 メメトハのいた場所を飛び越え、反対側の壁に取り付くと――


「うだあぁぁ!」


 壁を足場にして、身を躱したメメトハに再度突貫した。

 最初の飛び込みよりも速く、強烈な勢いで。


「っ!」

「させない!」


 避け切れないメメトハを、アヴィが横から掻っ攫った。


「つぅ」


 地面を大きく削り、その先の建物を壊しながら転がる魔物。

 その爪が、アヴィの足を掠めていた。


「おぬしっ!」

「平気」


 庇われた。

 戦いの中で誰かに命を救われたことなど、メメトハには久しく記憶にない。


「とにかく、あいつを」



 メメトハを置いて、傷ついていない方の足を主軸にして飛ぶ。

 魔物の方は、転がった状態から振り返るが、そこにはメメトハしかいない。


「あァ?」


 見失ったアヴィを探そうと首を回す。


 侮られた。

 メメトハは脅威ではないと舐められた。



「冷厳たる大地より、奔れ永刹の氷獄!」


 誰かの支援など、本来ならメメトハがすることではない。

 しかし、庇われて、命を救われて尚、強情を張っている場合ではない。

 メメトハの放った魔法が、魔物の足を捉える。


 凍り付き、大地に繋ぎとめられる魔物が、上を見上げた。

 見上げた先に、剣を構えるアヴィの姿がある。

 魔物の首から生えた、不釣り合いに小さな男の顔に、その切っ先を突き立てようと。


 切っ先から逃げようとして、足が動かないことに気が付いた。

 メメトハが作った氷柱が魔物を大地に固定している。痛みに鈍く、冷たさにも鈍かった。だから気付くのが遅い。


 力を込めれば氷の戒めを砕くことは出来ただろうが、その刹那の時が足りなかった。気付くのが遅れた結果。


 咄嗟に両腕で顔を覆ったのは、弱点だったからなのか、ただ目の前に迫る切っ先が怖かっただけなのかもしれない。

 分厚い腕が、盾としてアヴィの前に塞がる。


 これでは顔を攻撃出来ない。

 それにアヴィは足に傷を負っている。

 この魔物と違って、アヴィの傷は見る間に塞がるようなことはない。

 このまま落ちてしまえば、次に来る反撃を躱すことは出来ない。



 だが、顔を覆った魔物には見えていなかった。

 目を瞑り、襲い来る痛みに怯えるそれは、アヴィの動きが見えていない。

 アヴィが拳を振り上げたことに気が付かなかった。


 攻撃を防ごうと掲げた自身の腕を貫き、消えぬ円錐状の氷柱。

 メメトハが突き刺した氷柱の魔法は消えていない。

 それに向けて、アヴィの拳が叩き込まれる。



「ぎぃやぁぁぁぁぁっっ!」


 円錐状なのだから、食い込めばそれだけ広く傷口を広げる。

 空中にいたアヴィには踏ん張りが利かず、氷柱が腕を貫通することはなかったが。


 大きく穿たれた腕は力を失い、だらりと垂れた。涙と涎に塗れた顔が覗く。

 氷柱を殴り、空中で一回転したアヴィがそこに振り下ろした。


「お、らぁ……」


 リィラから借り受けた短剣を、ロドという男の右目に。そのまま奥まで。




「アヴィ!」


 落ちてくる女の名を呼びながら、メメトハは受け止めた。

 思った以上に深い傷を負っている戦友の体を、地面に叩きつけられぬように抱き留める。



「大丈夫か、おぬし」

「ん……ありがとう」


 言ってから自分の足で立とうとして、その眉間が険しくなった。

 無理もない。戦っている最中は気にならなかったとしても、脛の横あたりにかなり深く傷が入っている。


「……」

「無理するでない」



 どばぁっと音を立てて、巨体が倒れた。

 クジャの町を破壊し、ここに命果てる異様な魔物の躯。


 喋る魔物などメメトハは初めてみた。



「……なんだったのじゃ、こやつは」

「人間……人間と、魔物の、混じり物……?」


 言いながらアヴィの眉が寄せられたのは、今度は痛みではなく疑念からのようだった。

 自分で言いながら、そんなものがいるのかと。


「これが人間、なのじゃな……」

「……普通は違う、けど」


 地面に残る魔物の死骸を見ながら、アヴィは首を振った。


 メメトハは人間を見たことがないので、どういうものかわからない。

 普通は違うけれど、戦いとなるとこんな形になるのか。

 アヴィの様子からはどうも違うようだが。



「その、おぬし……」

「アヴィ」


 言い淀んだメメトハに投げられる彼女の名前に。


「?」

「アヴィ」


 もう一度。

 何を、言っているのだろうか。

 激しい戦いで何かおかしくなってしまったのか。


 傷ついた足を気にする姿勢で、だがその目は真っ直ぐにメメトハに向けられていて。


「……さっきは呼んでくれた」

「あ……? あ、あぁ、あれは……」


 魔物に止めを刺して落ちて来たアヴィに呼びかけた。


 馴れ馴れしかっただろうかと。

 思い出したら恥ずかしい気がする。



「メメトハ」

「……うむ、アヴィ。いろいろと……大変、じゃったな」


 よろ、と。

 バランスを崩したアヴィに手を差し出すメメトハに、彼女の体が預けられた。

 戦いの疲れも、傷の痛みもあるだろう。



「妾も、その……済まなかった……」


 肩を貸して、顔が見えない。

 こんなタイミングでなければ言いづらいので、今ここで謝罪をする。


「其方らの苦労を鑑みずに、身勝手なのは妾の方じゃな」


 アヴィの手が、メメトハの背中に回された。

 気にするなというように、とんとんと。


「……うむ」


 反対の手が頬に回されて。


「……うん?」



 いつのまにか、合わせていなかったはずのアヴィの顔が目の前にあった。

 目の、前に。


「んむーーっ!」


 なにが、なんだか。

 唇に柔らかい感触。それと、妙に心地よい熱が中まで……



「……許すわ」


 無表情のままに、そんなことを。

 せめてこんな時には、微笑みのひとつでもあったらと。



「許さぬわぁ!」


 初めてだったのに。

 なのに、そんな深い体験をさせられて、その上にちょっと胸が高鳴ったなど。

 許せるはずがない。



「メメトハ様!」


 遠くからリィラの焦った声が聞こえてくる。

 今のを見られたのか。

 何と言ったらいいのか、こういう時にはどうすれば。



「メメトハ様! 後ろ!」


 正確には、背後という意味ではなかった。

 意識の後ろ側。

 向き合うアヴィとメメトハとの横で。



 死んだはずの魔物の躯が、その肉塊を、びゅくん、びゅく、と。

 不規則に、不気味に脈動させて、起き上がろうとしていた。



  ※   ※   ※ 


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