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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
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ナザロの戦い_2



 壊滅した集落で、目的と言われる影陋族を見つけたなら、調査隊としてそれを追うのは当たり前のことだろう。


 髪の長い影陋族と聞いたが、見えた限りだと一部だけ長いが全体の印象は短髪だった。

 だが髪の長さなど切れば変わるのだし、情報が正しいとも限らない。


 とにかくそれを追うが、あまり計画的に立てられていない集落の建物のせいで死角が多い。妙に狭かったりやけに空いていたり。

 家と家の路地に逃げて行ったその影陋族を追って走る兵士と冒険者たち。


 一番に先行しているのは冒険者の一人だ。

 手柄をという気持ちもあるだろうし、兵士より優れた身体能力を見せつけようという思いもあるだろう。



 逃げるということは、戦闘訓練を受けた集団と戦うことを避けたいということか。村の素人相手とは違い。

 それでも、集落を壊滅させられるほどの力があるのなら、逃げる必要など――


(なぜ、逃げるんだ?)


「うわぁぁぁっ!」


 マーダンがその疑問を抱くのと、先行していた冒険者から悲鳴が上がるのはほとんど同時だった。



 冒険者とは、一部例外もいるが、どちらかと言えば慎重な傾向の者が多い。

 というか慎重でない者は大体に早死にする。先行したのは例外として。


 こうした捕り物でも、マーダンなどはつい性分から後ろを走ってしまう。

 何か不測の事態があった場合に、後ろにいる方が生還率が高いのだから。


「くそっ、回り込め!」


 兵士長の言葉に、兵士たちがその路地を迂回して別々に追っていくのだが。


「かなり深い。ロープでもないと引き上げられんが……」


 後列を走っていた冒険者たちは、その場から動かない。

 四人が四人とも、冒険者同士の嗅覚で違和感を嗅ぎ取っていた。

 落とし穴に落ちた二人を確認したり、周囲の警戒をしたりと。



「おかしいな」


 そう思ったのはマーダンだけではない。

 情報と違いすぎる気がする。


 こういうのは悪い傾向だ。およそ魔物退治でも、この感覚で良いことがあった試しがない。

 もし情報通りなら、あの影陋族は人間の部隊を見るなり正面から襲い掛かってきてもよさそうな気がしたが。


(本当に情報通りなら、それも困るんだが)


 素人とはいえ百人規模の人間を殲滅出来るだけの力があるのだとか。

 間違っていてほしい情報もあるが、これは少し違う。



 ()は……そうだ、獲物ではなく敵だ。

 敵は、この調査部隊が来ることを察知して、罠を張っていた。


 だとすれば――


「っ!」


 風切り音は聞こえた。


 マーダンなら、その剣を弾き返すことも出来ただろう。

 だがその冒険者はそれほどの反射神経はなく、運の悪いことにちょうど真逆の方向に注意を払っている所だった。


「ぶふぁっ!? ぐぁぁぁぁ!」


 刺さった瞬間に疑問と驚きの息を吐き、続けて悲鳴を上げて倒れる。



「敵だ!」


 マーダンを含めて残った三人の冒険者が剣の飛んできた方角を確認した。

 だが見えない。


 建物の屋根の影だ。

 剣を投擲して、即座に身を隠している。刺さる前に。


 渇いた風だけが無人のような集落を吹き抜け、誰もいないというかのように砂ぼこりだけを巻き上げていく。

 


 敵がいたはずの屋根。

 そして風が抜けていった風下へと釣られるように視線が動いた。


「ぶぐぅっ!」


 反対、風上側からだった。


 猛烈な勢いで投擲された拳ほどの大きさの石で、一人の冒険者の左顔面が砕ける。

 眼球が陥没する音は、その命が失われることをマーダンに伝えた。



「くっそがっ!」


 続けて投擲された石を躱して、その先を睨む。

 そこには、最初に見かけたのとは別の、影陋族の女の姿が。


「こいつが……」


 最初のは囮だ。わざと見つかって注意を引いたのか。

 単純な手だが、まさか影陋族がそんな罠を張ってくるとは思いもしなかった。


 マーダンが知る影陋族とは、よく言えば純真で、悪く言えば愚直な性格の者が多い。


 奴隷だからそうなのかもしれないが、言われたことをただこなす。曲解して手を抜くことも出来るはずだが、ただ言われた通りにやろうとするだけの。


 このカナンラダ大陸入植当初に影陋族と戦った戦記を見ても、力も数も劣るくせに正面から戦うばかりだったと言う。

 少なくとも、囮を使って分断するなどの策を考えるという話は聞いたことがない。



「っとに、そういうことかよ」


 ある程度の力をつけた影陋族で、何かしらの仕掛けを準備して襲ってくる。

 数千匹の魔物を殺させて力をつけたのかもしれない。


 戦い方も、人間への対策を考えて実践している。

 もしかしたら、北方の影陋族の拠点で対人間用に鍛えられたエリート、という可能性もある。



「戦争、ってわけか」


 虐げられるばかりだった影陋族が何かの反攻作戦に出てきた、と。

 だとすれば面白い。

 この情報は金になるし、この女も金になる。


「せっかくだからよ。人間様の敵ってんなら、俺の専門分野だぜ」


 マーダンの口元に笑みが浮かんでいた。



  ※   ※   ※ 



「も、もう逃がさんぞ」


 三人の兵士に取り囲まれる。後ろ髪だけ左右、長くたなびかせて逃げていた。

 黒髪は全体的には短く切り揃えて、さっぱりとした印象は気に入っている。


 見繕った服装もかなりあっさりしていた。太腿の辺りで千切ったような短い丈の服に、さらしのように巻かれた胸帯。


 動きやすいといえばそうだ。

 清廊族は寒さに強い体なので、あまり厚着をする必要がない。

 だがその姿は、兵士たちに男の欲を掻き抱かせる。



(……あの男の目と同じ)


 吐き気がする目だ。


 ミアデは集落の外れのだだっ広い荒野で兵士たちに追い付かれた。

 追い付かせた。

 本気で逃げていたら逃げ切ってしまう。それでは目的と違う。


 追いかけてきた兵士たちは、囲んだ所で息が上がっている。

 走り続けて止まると、一気に呼吸がきつくなるものだ。


(すぐに)


 数的優位という油断もあっただろう。息を整えようと止まる。

 その間隙を突き、ミアデの拳が一人の兵士の喉に突き刺さった。



「ぶ、ぇ……」


 握り込まれた寸鉄が、兵士の喉を突いていた。

 口の端から血を零して倒れる兵士。


「隊長!」


 一番不愉快な目をしていたから最初に殺したが、隊長だったのか。

 逃げ腰になった残りの兵士に対して、正面から一気に間合いを詰めた。


「ひっ!?」


 慌てて突き出される槍を躱しつつ、相手の膝頭を思い切り踵で蹴りぬいた。


「あっ、ぎゃあああぁぁぁっ」


 関節が逆に折れる。

 膝を砕かれて倒れる兵士。これでもう逃げられない。



 最後の一人に向けて、出来るだけ獰猛な笑顔を浮かべる。


 今までずっと、人間の笑顔に怯えて暮らしてきた。

 人間の怒鳴り声に震えて暮らしてきた。

 その気持ちを、その思い出を返してやらなければ。



「ま、まだ……仲間がいるんだぞ……」


 兵士が、震える顎を集落の中心に向ける。

 ミアデもまた、そちらを見やった。


「そう……」



 静かに頷いて、顎で示す。


「いないみたいだけど」


 そこには、清廊族にしては少し薄い色素の髪……茶色に見える長い髪の少女が、木製の粗末な杖を振ってミアデに何かを示す姿があるだけだ。

 こっちは終わったよ、と。


「もう、いないみたいだけど?」


 にい、と笑いながら歩み寄る。

 がたがた震える兵士に近付くと、彼は勝手に腰を落とした。

 尻をついた地面に染みが広がる。



「……情けない奴」


 漏らしてしまった男に蔑む言葉を。

 ミアデが人間の奴隷だった頃、虐待に耐え切れずに漏らしたりしたら、さらに激しい折檻を受けたものだ。


 この男をどうするべきだろうか。



「ほ、他の……」

「?」


 まだ何か言いたいことがあるのかと、そのまま聞いてみた。


「他の……村の、人間は……」

「ああ、それなら」


 ちょうどいい。

 答えは知っているし、彼が知りたいのなら教えてあげよう。

 冥府への土産話には悪くないのではないか。



「あんたの下……」


 とんとん、と、音は出ないが指で下を指差す。

 この荒野の、掘り返して埋め戻したようなこの地面の下を。


「ぜぇんぶ、この下で死んでるよ。なんなら掘ってみる?」

「し、……ひっ……」


 ずさ、ずさりと、足をばたつかせて逃げようとする兵士の男。


「じ、地面の……」

「そうだね」


 ミアデは、男の漏らした跡を踏まないように迂回しながら、彼に告げた。


「あんたも、いくんだよ」


 きちんと教えておこう。


「地獄に」



  ※   ※   ※ 



 生き残ったのは、厄介な相手だった。


 それだけの力があるから生き残っていると言えるのか。

 残った二人の冒険者は、どちらもルゥナに油断を許さないだけの実力を有していた。


 不意打ちではない遠距離攻撃では有効打にならない。

 かといって、接近戦で二対一では不利が否めない。


(一人なら、なんとか)


 人間から奪った唯一の魔術杖はセサーカに渡してしまった。

 魔法が使えれば打開策もあっただろうが、魔術杖なしでは満足な魔法は使えない。


 どうしたものかと思ううちに、足元に用意しておいた投擲に適した石はなくなってしまった。

 それに気が付いたのか、二人の冒険者が迫ってくる。



 集落の中を走るが、この二人は撒けそうにない。

 先に準備しておいた、壁に立てかけてある木材を蹴り倒す。

 彼らは倒れてくる木材を厭わず、それを振り払って追ってきた。


(本当に厄介な)


 冒険者は普通の人間とは身体能力が違う。

 この程度のやり方では足止めにもならないのか。



(それなら)


 近場の家に逃げ込んだ。

 ドアを開けて入るルゥナの背中を彼らも見ていたはず。


「……」


 だが、踏み込んでこない。


(でしょうね)


 彼らは用心深い。待ち伏せをしていたルゥナたちが、意味もなく追い詰められそうな家に逃げ込むかと考えてしまう。


 罠があるかもしれない。

 その迷いは多少なり足止めになった。



(とはいっても、ここには何もない)


 そのまま二階に駆けあがる。


 裕福な様子の家ではないので、当然ガラスの窓などなく、室内は暗い。

 だが清廊族は夜目が利く。光がほとんど差さない洞窟内でもある程度見えるほどに。


 踏み込んできてくれても有利に戦えたかもしれない。



 二階の木製の窓を蹴破り、その勢いのまま窓枠の上を掴んで屋根に上がる。


「ちぃっ、逃がさねえよ!」


 冒険者も、適当な取っ掛かりを掴んで屋根へと跳び上がってきた。

 今度は屋根伝いの追走だ。さきほどまでとは逆方向に戻るように。


 足場が悪いので追ってくる足は鈍る。

 ルゥナの逃げ足も遅くなる。どうしようもない。



「くぅっ!」


 脛の辺りに痛みが走った。

 何かを投げられた。先ほどまで投擲を続けていたルゥナだが、今度は後ろから投擲を受けた形だ。


 痛みを無視して走り続ける。

 屋根を蹴り、隣の家に。

 距離が縮まっていく。


 怪我の影響ではなくて、また何か投擲を受けるかもしれないという意識が働いて、どうしても後ろが気になってしまう。

 その分だけ進む速度が遅くなり、距離が縮まっていった。



「おらっ掴まえ――っ」


 すぐ後ろからかかった声に、身を躍らせる。

 空中に。

 屋根伝いに跳ねていた体を、足場のない空中に投げ出した。


「っ!?」


 さすがに冒険者も、即座には飛ばなかった。

 一度地面を確認してから、改めてルゥナの後を追って飛ぶ。



(そこは慎重さが足りないですね)


 二拍ほど早く地面に降り立ったルゥナ。

 手持ちの武器は、腰に差していた短刀のみ。


 落下してくる冒険者に向けて、その短刀を逆手に持って突き立てた。


「ぬぅぅっ!」


 殺せるタイミングだと思ったが、熟練の冒険者の対応力はルゥナの予想より少し上だった。



「っ!」


 腕を犠牲にして、その短刀を受け止める。


「ぐぬぅぅ」

「……」



 即座に短刀から手を離して後ろに飛んだ。

 上から落ちてくるもう一人の冒険者。

 屋根の上でルゥナに何かを投擲した方だろう。


 それまでルゥナがいた場所あたりに、その男が持つ剣が振り下ろされていた。



「大丈夫か、マーダン」

「ああ、ちいと焦っちまったぜ」


 答えながら、マーダンと呼ばれた男は腕に突き刺さった短刀を抜いて投げ捨てる。

 そして、腰辺りからなにがしかの瓶を取り出して、中の液体を傷口に降りかけた。


「っつぅ……ってぇなぁ」


 傷口が、見る間に塞がっていく。

 治癒の魔法薬。安価ではないし数も多く出回っていない。だが、一定以上の冒険者であれば常備しておきたい道具だろう。



(手強い)


 片方を手負いにさせたと思ったのに、それも回復されてしまった。

 逃げ回る中で息切れでもしないかと思ったが、そんな期待も出来そうになかった。


 一定以上の経験を積んだ冒険者というのは間違いない。先日の連中もそうだった。


 冒険者の奴隷として使役されていたルゥナにはわかる。彼らはおよそ平均中ぐらいの実力の冒険者。

 つまり自分も、そのくらいの実力であるということ。



(もっと強くならないといけない)


 アヴィの願いを叶える為に、自分も今のままではいられない。

 もっと多くの人間の命を食らって強くならなければ。

 差し当たってはこの二人だが、今のままでそれが可能だろうか。



「ルゥナ様!」


 横から声が掛かった。

 セサーカだ。自分の担当した兵士を片付けてきたのか。

 木製の杖を振りながら駆け寄ってきた彼女を一瞥して、すぐに冒険者に意識を戻す。



「不用意に名前を呼ばないように」

「え、あ……」

「敵に余計な情報は与えることはありません」


 斜め後ろでセサーカが小さくなるのを感じる。

 別に叱ったつもりはない。ただ教導しているだけなのだが。



「……生かして帰さなければ同じことですから、次から気をつけなさい」

「あ……はいっ」


 少し元気を取り戻したような声を聞きながら、手を差し出す。

 要求するように。


「はい」


 セサーカの手から、魔術杖がルゥナに渡る。



「なめられたもんだぜ……魔法使いだってのか?」


 マーダンとかいう冒険者が訝しむように低い声を出す。

 ここまで武器とも言えないような武器で冒険者どもを相手にしてきたルゥナが、味方から魔術杖を受け取ったことを受けて。



「さあ、()()()()


 情報を与える必要はない。

 人間どもに与えるのは死と苦痛。屈辱と絶望だけでいい。


「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐」


 身も、心も、凍てつき砕けるほどの氷獄を知らしめるのも悪くはない。


「ぐ、まじかよくっそ……」

「この、これは……」


 二人の冒険者が、突如発生した猛烈な吹雪に顔を覆いながら走り出す。

 吹き付ける氷雪の範囲外に逃れようと。



 ルゥナは、他の清廊族がそうであるように、氷雪の魔法が得意だ。

 広範囲に効果を及ぼし、敵の視界と体力を奪う。


 ただ、この手の氷雪魔法は性質上どうしても瞬殺というのが難しい。

 寒いから即死ぬというほど人間は慎ましさがないので、やはり一手足りない。



(アヴィなら……)


 考えかけて、やめた。

 そんな場合ではない。不毛な思考よりも今はこの冒険者どもを始末するだけ。


 追撃を逃れようと左右反対に逃れる冒険者の片方――先ほど短刀を突き刺したマーダンに狙いを定める。

 大地を抉るような踏み足で間合いを詰めて、その喉に貫手を放った。



「っざけんな!」


 吹雪で目を細めながらも、ルゥナの動きは察知されていた。

 傷を癒した右腕でルゥナの貫手を払いつつ、左手で腰のショートソードを抜き放つ。


 ルゥナの腹を割こうとするその一撃を、男を飛び越えるように宙返りして躱し、向き直る。


「このマーダン様も舐められたもんだぜ」


 顔についた霜を拭いながら、ルゥナを睨みつける冒険者。

 もう一人は逆方向に走った為、少し距離がある。


()()で、俺とやり合おうって――」


「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」


 そう、丸腰だった。ルゥナは。

 手にしていた魔術杖はない。


「う、ぐああぁぁぁぁっ!」


 それを手にしたセサーカが放った魔法は、ルゥナのそれよりは弱い威力で範囲も限定的ではあったが、一度凍えたマーダンの体に再度吹き付けたことで劇的な効果があった。


 体中についた霜が、少し体温で溶けかけて、再び凍り付く。

 氷点下の温度で吹き付ける風は、彼の体力を削るだけでなく肉体的な痛みも与えていた。

 濡れた体で吹雪の直撃に遭ったというところか。



「ばっ、ぐ……味方ごと……っ!?」


 確かにルゥナもその魔法の範囲に入っているが、先ほど飛び越えたことで男の体がセサーカとの間に挟まれている。壁になっている。


 そうでなくとも清廊族は寒さに強い。人間とは違うし、その前の氷雪を受けてもいないのだから、そこまでの痛手にはならない。


 凍えた体を更に冷却され、それでもルゥナに向けてショートソードを振る冒険者。

 だがその動きには精緻さも速度も足りなかった。

 やぶれかぶれの攻撃に対して、その持ち手を蹴り砕く。


「ぐぁぁっ」


 武器を蹴り上げられたその男の股の間を容赦なく蹴り上げた。


 ぶちゃり、と。


 そんな感触が足の甲に伝わり、不快感と達成感の両方がルゥナの心を過ぎる。



「あ、が……」


 腰から力が抜け落ちて、地面に崩れた。

 急所だ。まともに立つことは当分できないだろう。



「ちくしょうが!」


 そう吐き捨てるのはもう一人の冒険者。

 マーダンとは逆方向に走った為に少し離れた位置から、さらに後ずさっていた。


 仲間はもう助からないから、自分だけ逃げようと。

 もちろん逃がすつもりはない。



「っ!」


 男の狙いはルゥナではなかった。

 手にしたナイフを二本、続け様に投げる。正確な狙いで、セサーカに。


(しまっ――)


 咄嗟に、体が動いた。

 ルゥナは咄嗟に、その男を追うことよりも先に、セサーカに向かって投げられたナイフを迎撃に走る。


(あ……?)


 投げた直後には、男は背中を向けて全力で離脱に走っている。

 ルゥナは、投げられたナイフの一本を払い落とし、もう一本が――


「きゃあぁっ!」

「セサーカ!」


 顔を庇ったセサーカの二の腕に突き刺さった。

 杖を落として倒れるセサーカを、駆け寄って抱き起す。



(違う。追わないと……)


 頭で考えることと体の動きが違う。

 腕に刺さった程度、致命傷ではないだろうから、それよりも敵を追わなければならない。


「く、ううぅ……っ」

「動かないでください。傷口が広がります」


 口から出るのは淡々とした事実。

 抜く前に止血をした方が――


(だからそれよりも優先順位が……)



「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」


 轟いた声にはっと振り向けば。


「あ……」


 集落の外れ辺りまで逃げていた冒険者の男の右足が掲げられていた。

 吹き抜ける砂塵の中で、そこに立つ長い黒髪の清廊族の手に、千切られた男の足が。


 滴り落ちる血と共に、その首から長い黒布が揺らめいていた。



  ※   ※   ※ 


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