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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
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第2話 ナザロの戦い_1



「いいですか、セサーカ。ミアデ」


 人気のない集落の一部屋で、ルゥナはテーブルに敷いた布に地図を書きながら話していた。


 急に力が増した少女たちは、熱を出してしまった。

 人間の村にはそれなりに快適な寝床があったし、食料も残っている。

 置いていくわけにもいかず、無理に連れ回して病状が悪化するのもよくない。


 数日、この村で休息することにして、セサーカとミアデの回復を待った。


 人間の死体と命石を埋めていて、通りすがりの冒険者に襲われたのが二日前。

 あとはアヴィと少しだけゆっくりとした時間を過ごしたりもしていたが。


(……こういう時間は、今までありませんでしたから)


 思い返してみて、悪くはなかったかという気持ちもある。



 そうしている内に気配を感じた。

 村に近付いてくる人間の集団を。


 先日のことがあり、ルゥナも警戒を強めていた。少数ではなく、ある程度の数で移動している集団なら気配を完全に消すことが難しい。

 土煙や炊事の煙、風に乗って流れる臭いや音。


 もう一刻もしないうちにこの村に到着するだろうそれらを察知して、彼女らを呼んだ。

 ミアデとセサーカは、熱は下がったはずなのになぜか上気した面持ちで、多少髪が乱れていた。



(……元気を持て余してしまった、ということでしょうか)


 アヴィとの口付けで少女の中の何かを変えてしまった部分があるのかもしれない。


 それはいい。

 その気持ちがアヴィに向かうのでなければ、ルゥナにとっては問題ではない。


「人間の集団が、この村に迫っています」


 セサーカとミアデの顔に緊張が走る。

 だがそれは一瞬のことで、後にはご飯前の子供のような表情を浮かべた。



「ルゥナ様、あたしが殺していいですか?」


 ミアデの傾向は悪くない。


「ちょっとミアデ、どういう相手なのかもわからないのに」


 セサーカの考え方も、悪くない。



 少女たちはそれぞれ性分が異なる。当然のことだが。

 少し血の気が多く攻撃的な思考のミアデ。

 冷静に、どうするのが効率的なのか考えようとするセサーカ。


 ここ数日で確認した限り、それは戦闘能力にも反映していた。

 武器を使った戦闘が得意なミアデと、魔法を使った遠隔攻撃や支援が得意なセサーカ。


 どちらも今の時点でルゥナに勝ることはないが、得意分野を伸ばしていくのは戦力として有用だろう。



「わかっているとは思いますが、人間の中には冒険者がいます」

「冒険者……」


 ミアデとセサーカが息を飲む。


「それだけではありません。兵士の中にも、それと変わらぬ力やそれ以上の者もいます。英雄と呼ばれるような者が」

「……」

「見た目だけではわかりません。危険な相手もいるのだと、まず理解しておきなさい」


 これから先は戦争だ。

 人間と清廊族との。

 ただ殺戮を楽しむだけでは勝利できない。


 敵を知り、こちらの被害を最小にして、人間の被害を最大にする為にどうすればいいのか。

 手駒として用意したミアデとセサーカにも、簡単に死んでもらっては困る。



「敵のことがわからない以上、まずは私と貴女達とで対処します」


 そう言ったルゥナの背中で、みしりと音が鳴る。

 座っていたアヴィが立ち上がって、ルゥナの背中に立った。


「どうして……私が戦えば済む話だわ」

「いけません、アヴィ」


 ルゥナはそれを認めない。

 それは一番危険なことだから。

 先日助けられて、改めて考えた。アヴィを最前面に立たせてばかりではいけないと。



「今も言いました。人間の中には英雄や、勇者と呼ばれるような強大な力を持った者がいます」

「ゆ、う……」


 アヴィの拳に力が込められる。

 憎い何かを思い出すように。


「数は、多くありません。そうそう出会うこともないでしょうが」

「……」

「それでも、そういった人間や、それに近い力を持った冒険者などがいた場合に、何の情報もなく戦うのは危険です」


 先行して敵と当たるのは、アヴィではいけない。


「アヴィ……貴女に何かあれば、他の誰にも代わりがいません」

「でも……」


「母さんの仇を討つ」


 びくり、と。

 アヴィの体が震えた。


 その様子を目に収めてから、そっと息を吐く。

 言い聞かせるように。


「それまで生きて、戦うことが貴女の使命。英雄も勇者も必ず殺す。そうでしょう」

「……わかったわ」


 アヴィは頷いて、再びルゥナの後ろの椅子に腰を下ろした。

 不安げにやり取りを見守る少女たちに、ルゥナは無表情のまま首を振った。


 聞くな、と。

 アヴィと自分との想いに踏み込ませたくはない。

 他の誰でも。



「……そういった心配事だけでもありませんが。ミアデ」

「は、はいっ」


 急に名前を呼ばれたミアデが、びしっと背筋を伸ばして声を上げた。

 別に叱るつもりはないのだけれど。


「人間を殺せば、それが貴女達の力になる。わかりますね?」

「……はいっ」


 にやりと、ミアデの口元に笑顔が戻る。

 戦力の強化も目的の一つだ。


「セサーカも。無色のエネルギーを得ると共に、戦闘に慣れることも重要です」


 片割れも、涼やかな笑顔を浮かべて頷いた。

 穏やかな気性に見えるが、その瞳の奥は冷たい色。


「この村の簡単な地図です。人間どもはこちらの道から来ますから……」


 ルゥナの説明に、ミアデ達が聞き入る。



 この村の名前は何と言ったか。

 黒涎山から西南に歩いて三日ほどの場所にある小さな村。ナザロだったか。

 この場所から始まる。


(アヴィと私の、本当の戦いの日々が)


 ナザロの戦い。

 後に人から災厄と呼ばれる彼女らの初陣だった。



  ※   ※   ※  




 調査隊は11名。


 近隣集落からの被害の報告はあったが、集落が壊滅など信じられる話ではない。

 とはいえ、複数の集落から同じ報告が上がってくれば嘘だとも思えない。


 レカンの町はこの辺りの拠点となる大きな町で、兵士の数であれば三千を超える。

 だが、今度は報告による別の危機感があった。


 次に襲われるのはレカンの町かもしれない。

 となれば、不用意に兵士を動かすことも出来ない。


 そこで、6名の兵士から成る小規模部隊と、募集に応じた5名の冒険者で、被害があったという集落に向かっていたのだが。

 


 途中で目的地が変わった。

 道中で、つい先日襲われたという人間が逃げ延びてきたのだ。


 今まで被害の報告がなかったナザロという集落。

 調査隊が出発した頃に襲われ、街道沿いにレカンの町へと逃げようとしていた所で鉢合わせた。

 事情を聞けばまさに、調査対象の襲撃で間違いがない。




「まさか本当に影陋族の小娘だっていうのか?」


 マーダンの疑念は調査隊全員が同じ思いだった。


「てっきり崩れた黒涎山から何かの魔物が出てきたんだと思ったんだが。確か、グィタードラゴンとかが住み着いていたんだろう?」

「そう聞きますがね。メラニアントの巣だったとも」

「ありゃあ日の当たる場所で活動出来ないはずだ」


 二十日前に黒涎山が崩落したという話は誰もが知っている。

 特に地震などがあったわけではない。噴火という様子もないので、理由はわかっていないが。



「ああ、アリか」


 話していた兵士に向けて、マーダンがにやっと笑う。意地の悪い笑みを。


「巣穴から地面を掘り進んで、地面の下から……バクゥッ! てな」

「やめて下さいよ。そういうの」

「わりいわりい。そんなんなら、気が付いたら集落が壊滅していたなんてこともあるかと思っただけだ」


 わははと笑うマーダンに、兵士はイヤそうな顔で口を尖らせた。

 嫌な冗談だ。

 そうと聞けば、なんとなく足元が恐ろしくなる。


 アリ系統の魔物の恐ろしいところは数だ。一匹ならともかく、多くのアリに集られて肉を削られながら殺されるなんて、想像したくもない。


 なのに、してしまうではないかと。

 村に着く前にと先ほど食べた食事が、何だか胃の辺りから戻ってくるような気がする。



「とりあえず、敵は目に見える影陋族の女らしいからな。えらい美形だって言うんだから楽しみにしようぜ」

「はあ……」


 溜息をつく兵士だが、彼にもわかっている。

 マーダンが頼れる冒険者であり、緊張をほぐそうと話を振っているのだと。


 数百人以上の人間が暮らしていた村を壊滅させるような何かが本当にいるのだとしたら、それは大きな脅威だ。

 集落には老人や女子供もいるのだから、戦える男の数で言えばせいぜい二百人というところ。


 専業の戦士などはいなくとも、数としてはそこそこの戦力だ。

 それこそ、グィタードラゴンでも襲撃してきたのでなければ、簡単に壊滅などしないはず。



「俺もいよいよドラゴン退治かって思ったんだけどなぁ」


 嘯くマーダンの言葉は冗談のようでもあり、本気のようでもあった。

 彼はもっと東の町で魔物退治を主にしている冒険者だという。ドラゴンが出たのなら戦いたいと思うのかもしれない。


 頼もしい、ということにしておいた方がいいだろう。

 冒険者というのは大抵が野心家で粗暴だが、そこらの兵士より強いことは間違いないのだから。



  ※   ※   ※ 



 村に入った人間どもが足を止める。


 気づかれただろうか。

 そう思ったが、違った。


 ――誰もいないな。手分けをして探すか?


 とりあえず方針の確認だったらしい。

 ルゥナは村の入り口近くの小屋に隠れて、胸を撫でおろす。



 ある程度中に踏み込んでもらった方がいい。

 この連中は小規模だが軍の部隊だ。


 おそらく、連続襲撃事件に対する調査を目的とした部隊。

 情報を持ち帰らせない方が得策だろう。


(ばらけてくれたら、個別に処理を……)


 ――いや、何があるかわからん。まとまって動くぞ。


 残念ながらルゥナの期待した展開にはならなかった。



 とりあえず、指示を出した男がリーダーなのだろう。

 最初に提案した男は、リーダーに対して敬意を払っていなかった。


 直接の部下ではなく、臨時の雇われ者。おそらく冒険者なのかと見当をつける。

 兵士よりも脅威度が高い、と見ておく。混成部隊ということになる。



 兵士が同じ兵装でいてくれたら見分けやすいのだが、残念ながらそうではない。

 それぞれが違った恰好をしていて、どれが兵士でどれが冒険者なのか。


 並の兵士相手なら、セサーカとミアデでも対応できると思う。

 彼女らは既に、成人の男と比べ倍近いほどの身体能力を有している。


 たったの、ということではない。普通の男の倍の筋力があるのなら、数人を相手にしても対応できるだけの戦闘力になる。


(兵士相手なら、問題ないと思いますが)


 熟練の冒険者となれば、彼女らと同等以上の身体能力を有していて、戦いにも慣れているはず。

 付け焼刃の少女に相手が出来るとは思えない。


(準備をしておいて良かったですね)



 ――いたぞ! 影陋族だ!


 声が上がった。

 その声を聞いて、ルゥナは立ち上がる。


 作戦の開始だ。



 見つけたミアデを追っていく兵士たち。

 集落は、あまり計画性なく密集して建物を建造していた為、死角が多い。


 ミアデはその死角に逃げ込み、追手の視線を切る。

 その背中を追う兵士たちがそこに駆けこむと、深めの落とし穴が――


「うわぁぁぁっ!」


 止まろうとした兵士に後ろからぶつかる者がいて、二人ほどが落ちた。

 深めに掘ってあったので、落下の衝撃で骨折程度はしているだろう。


「くそっ、回り込め!」


 散開する兵士たち。と言っても動いたのは五人だけ。

 その中で動かない者がいた。四人。



(あれは……冒険者ですね)


 落とし穴の中を覗き込み、それから周囲を見回している。

 兵士たちと違って、どうやらこういう不測の事態に慣れている。


(集落を壊滅させたような力があって、逃げ回るのはおかしい。と)


 落とし穴だって不審だろう。

 情報との違和感を覚えて迂闊に動かない。


 やはり厄介な相手だ。目の前の餌に釣られてくれたら良かったのだが。

 その場合は、背後からルゥナが襲うという手筈だった。


(こういう厄介な相手があの子たちの方に回るのも困りますか)


 セサーカとミアデでは、身体能力は別としても、駆け引きや技術的な部分で大きく劣る。

 この厄介な相手はルゥナが対処した方がいいだろう。



(私とて未熟ですが)


 弱音は言えない。

 ルゥナは、村の入り口に近い建物の屋根からその様子を確認して、一度身を隠して息を吐く。


 もう一度吸って、吐いた。


「……」


 握り締めた剣は、村を襲った際に誰かが落としていた粗末な短剣だ。

 特に惜しいものでもない。


 その刃の根元を親指と人差し指で掴み、肩の上に構えた。

 目線と、切っ先を合わせる。

 一番厄介そうに見える男……ではなく、別の冒険者に。


(まず数を減らす)


 放たれた短剣は狙いたがわず、一人の冒険者の脇腹辺りに背中から突き刺さった。



  ※   ※   ※ 

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