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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第五部 散る花。咲かぬ花
341/364

第333話 ままならぬ望みのまま



 どうすればいい。

 どこに正解がある。


 手探りで必死に探そうとするけれど、わからない。

 トワの顔はとても穏やかで、何一つルゥナに答えを教えてはくれない。



「わかりませんか? ルゥナ様」


 知っているはずでしょう、と。

 トワはそうやってルゥナを責める。



「トワ、私は……」


 わかってあげなければいけない。

 トワの胸の内を、誰よりもルゥナがわかってあげなければ。


「……」


 どうしたらいいのか。

 何を言えばトワの心に届くのか。

 呪術の杖を手にしたトワに、ルゥナが言うべき言葉はなんだ。



 いつも間違える。

 トワに対してはいつも、何度も間違える。



「貴女を……信じています、トワ」

「……」

「私を信じられないのも、わかります」

「あら、まあ」


 ふふっと笑う。

 どうにかその杖を下ろしてと手の平を向けるルゥナに、おかしそうに笑う。



「杖を取り上げようとしていますか?」

「……トワ、その杖は」

「質問に対する返事以外は、反抗ですよね」

「し……しています」


 素直に答えると、トワは満足したように頷いた。



「そこは嘘でも、していませんと言うべきでは?」

「……貴女に嘘は言いません」

「あら、可愛い。今のは可愛いですよ、ルゥナ様」


 もう一度笑って、頷いて。


「でもルゥナ様、おかしい気がします」

「……」

「だってルゥナ様はトワを信じているのに、なのに杖を取り上げようと?」

「その杖はよくないものです、トワ」



 嫌な輝き。

 ルゥナはそれがとても嫌なものに見える。


「そんなものを、貴女が持ってはいけません。トワ」

「これはトワの願いを叶えてくれる杖なんですよ」

「違う。違います、トワ」


 うっとりと口づけでもするように杖に頬を寄せたトワ、首を振る。

 なんでそんなものに。



「トワ……私が出来ることなら、何でもします」

「何でも、ですか?」


 差し出せるものなら何でも。

 だからこれ以上、罪を重ねないで。


「貴女を愛しています、トワ」

「ええ、知っていますよ」

「トワの言う通りにします。何でも貴女の望む通り」」

「ええ、そうなります」



 だめだ。

 だめだ。

 トワはもう腹を決めている。メメトハに向けて呪いをかけた時にはもう。


 これはただの言葉遊び。

 捕えた獲物を弄んでいるだけ。


 もっと上手に鳴きなさい。

 (さえず)りなさい、と。



 ルゥナに出来るのはせめてトワの気を引き、少しでも時間を作るくらい。

 アヴィが戻るかもしれない。

 町から仲間が駆け付けてくれるかもしれない。


 そうしたら……駄目だ!



 トワが仲間に呪いをかけたなんて知られてはいけない。

 メメトハは……



「私の案を聞いて下さい」

「案、ですか?」


 意外な言葉だったのだろう。

 関心を示した。


「メメトハには、普通に過ごすように命じましょう。いつもと変わらぬよう」

「……」

「貴女は呪いなどかけていない。誰にもわかりません」


 首を傾げた。

 不思議そうに。



「ルゥナ様?」

「皆と共に、何も変わらず過ごす。貴女のことを誰にも責めさせたりしない」


 隠し通せばいい。

 知っているのはメメトハとルゥナだけ。

 そのメメトハがトワの命令に従うのなら、誰にも知られずに済む。


「ルゥナ様、私にはわからないのですけど」


 本当に不思議そうに訊ねた。


「それは、ルゥナ様に得があることでしょうか?」

「私は、貴女を……失いたくないのです。トワ」



 メメトハは許さないだろう。こんな裏切りを。

 けれど、メメトハは逆らえない。ならば問題はない。どこにも問題など最初から存在しない。


「やっと、皆で穏やかに暮らせる未来が現実になるのです。トワ」

「……」

「貴女とその時を共に過ごしたい。望むのなら、私は貴女だけに尽くしますから」


 ね。

 だから、ね。


 媚びる。

 だからその杖を手放して、と。



「呪いなんていらない。私は貴女の望む通りに」

「望むままに?」

「どんな……恥ずかしいことも、しますから。呪いなんてなくても抵抗できないよう、両手を頭の上で組んで」


 逆らえなくて、逆らわないというのではなく。

 恥ずかしくて抵抗したいけれど、好きなトワが望むから脇を晒して身を捧げる。


「目隠しをして、怖がる私を好きに遊んで……いいですから」

「ルゥナ様ったら、本当に」


 トワの頬がほころんだ。

 とても嬉しそうに。



「してほしいんですか? そんな風に」

「……トワがしたいなら」


 枷をつけ、虚ろな瞳で唯々諾々と隷従するのではなく。

 自由はあるのに逆らわない。その方がトワも愉しいだろうと。


「……して、ほしいです」

「よく言えましたね、ルゥナ様」



 正解の道。

 どこにもなかった、トワが用意していなかった正解を作る。


 ただ偽りばかりではない。

 ルゥナは案外と自分が特殊な性癖持ちだと自覚するようになった。それを素直にトワに伝える。

 本当のことで、トワを失いたくないのも真実で。

 だから通じた。




「私を飼っていた人間の嗜好を理解しました」

「……」

「呪いがなくても逆らわない。悪くない気分です」


 息を吐く。

 トワに認めてもらえた。

 だけどまだ杖は手放さない。気分次第でどうするのかわからない。


「信じて……信じて下さい、トワ。私は貴女を裏切らない」

「では、もうひとつだけ」



 気をよくしたのか、もうひとつ訊ねる。

 ルゥナが恥を忍んでトワに媚びればいいのなら、そうしよう。

 羞恥心より何より、大事なのはトワのこと。



「ルゥナ様の一番は、トワですか?」

「もち――」

「アヴィではなくて、トワですか?」



 言葉を遮られた。

 嘘偽りで躱そうとしたわけではない。

 トワのことは誰よりも大切に思っている。本当だから。


「比べて下さい、ルゥナ様」


 意気込みではなくて、比重として。

 アヴィとトワとを秤にかけるように命じられる。



「……トワ」

「ダメです、ルゥナ様。この質問で最後にしてあげますから」


 答えを逃げたいけれど、トワが許してくれるはずもない。

 アヴィか、トワか。

 右か、左か。


 白か、黒か。と。

 灰色の娘が訊ねる。



「……」

「考える必要はないと思いますけど、ルゥナ様?」

「トワ」


 首を振る。

 嘘や誤魔化しでこの場を乗り切ろうなどというつもりはない。


 さっきの、メメトハを踏み躙ってでもトワを助けようとした気持ちも本当。

 トワにこの身を自由にしてもいいと言ったのも本当。

 だから、正直に答えるしかない。



「……その質問では、私の答えはアヴィと決まっています」

「そうですか」

「でも!」


 言い募る。

 言葉を重ねる。


「私は貴女の為になら命も惜しまない。私の体も、全て貴女の自由にして構いません。トワ」

「……」

「お願いです……」


 膝を着いた。

 手を地面に着き、懇願する。哀願する。


「お願いですから……そんなものなくても、私はトワのものに……」

「本当に、ルゥナ様ったら」


 力尽くで杖を取り上げようとなどしない。

 それではトワを傷つけるし、何より今のルゥナでは取り上げられるだけの体力も怪しい。

 だから訴える。身を投げ出して。



「本当に」


 笑う。

 寂しそうに微笑む。


「トワが欲しいのは、そうではないんですよ」

「……トワ?」

「体を差し出すから、それで許してなんて」


 濁った赤い光がルゥナに差し向けられた。

 眼前に。


「トワは、貴女の心がほしいのに」

「あ……」



 間違えた。

 また、間違えた。

 トワはルゥナの言葉を疑っていなくて、真実だと理解した上で。


 本当に欲するものが手に入らないと微笑んだ。

 手に入れる為の力は、その手にある。



「女神は見入る。衷心の腑底に根差す無私無極の愛寵を。愛奴の求根」



 ルゥナの赤い瞳は、アヴィの瞳のように美しい宝石のようではない。

 くすんだ色。

 それとよく似た赤い瞳がルゥナを映す。


 ああ、だから。

 自分の瞳のようで、生理的に嫌悪したのだ。ルゥナは自分の瞳があまり好きではないから。



 トワの微笑みは、とても寂しそうで。

 ルゥナは自分の過ちの重さに圧し潰されて、首を垂れた。



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