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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第一部 傷に芽吹く火種
34/364

第32話 崖の下から……



 敵に油断があったのだろう。

 最初の攻防については思う通りに運んだと評価したい。

 だが、ルゥナが思った以上に敵の攻撃は厄介だった。


 上空から、前後から、続けて攻撃を受ける。

 どうしても死角があり、敵は攻撃の瞬間だけ大地に近付き、また上昇して別の目標に向かう。


 槍だけではない。あの蹄に蹴られるだけでも大きな損傷を受けることになる。

 なんとか食い止めたいのだが、馬には重量があった。



「うぁぁっ!」

「エシュメノ!」


 突き出された槍を避けつつ乗っている敵に短槍を突き出したエシュメノだったが、翔翼馬の胸の辺りの筋肉で弾き飛ばされた。


 エシュメノは小柄だ。

 滑空とともに突進してくる翔翼馬の衝撃を受け止められるはずがない。


(馬を……)


 乗っている人間の方を攻撃しようとしたのは、翔翼馬を傷つけることをためらったからだろう。

 よりによって馬型の魔物だ。仕方がない。



「だい、じょうぶっ……!」


 後ろに転がりながら立ち上がり、口元を拭うエシュメノ。

 その背後から別の天翔騎士が迫っていた。


「避けて!」


 ルゥナに言われるまでもなく、エシュメノは横に飛んでいた。

 エシュメノへの攻撃が空を切るその天翔騎士の正面に、ルゥナの剣が迫る。


「これで!」


 避け切れないと判断したのだろう。馬の魔物自身が。

 翔翼馬の体が、その勢いのままルゥナに迫った。


 翔翼馬には呪枷がある。

 自分の身が危険だとわかっていても、主の身を守らねばならなかったのか。


 ルゥナの持つブラスヘレヴが翔翼馬の首を――ちょうど黒い呪枷ごと――断ち切った次の瞬間には、首を失った馬の巨体がルゥナを跳ね飛ばしていた。



「っ!」

「ルゥナ!」

「ルゥナ様!」


 エシュメノとトワが叫んでルゥナに駆け寄る。

 アヴィは、敵の魔法使いから放たれる炎の魔法を味方から引き離す為、やや離れた場所を走っていた。


「く、う……」


 馬と衝突したルゥナの意識が混濁している。



「ルゥナ様、大丈夫ですか?」

「お前はぁ!」


 落馬した敵を、エシュメノが突き殺した。

 トワはルゥナに声を掛けるが、集まれば敵に狙われやすい。



「よくもペッターを!」


 仲間も殺され怒りに燃える天翔騎士が、エシュメノの左右から少女を踏みつぶそうと襲い掛かった。


 同時では、天翔騎士同士も衝突してしまう。

 左が先に、それを躱したエシュメノに右から。

 ぎりぎりで躱すエシュメノだが、二度目に襲った敵の槍がその肩を掠めた。



「平気……です、トワ」


 明滅する意識を何とか保って立ち上がるルゥナだが。


「無理です、ルゥナ様」

「それでも」


 だからといって戦わないわけにはいかない。


 最初に一騎、その後にアヴィが一騎と今のルゥナがもうひとつ。

 三体倒しただけで、まだ敵の数は多い。

 こんなことでは。



「セサーカ、地面を!」


 ミアデが叫んだ。

 彼女らがいるのは、最初に火炎魔法を受け、セサーカが消火した焼け野。

 炎は周囲に及び、荷車や近くに会った針のような葉の木に燃え移り燻っている。


「冷厳たる大地より渡れ永劫の白霜」


 セサーカの魔法が大地に渡る。あれは草荊爬(くさけいば)――人間の呼び方で言うならグラスリザードと戦った時にルゥナが使った魔法だが。

 この状況で、消火を急いだところで何にもならない。


「ミア――」


 ふらつく頭を堪え、声を掛けようとして――


「アヴィ様!」


 切羽詰まったようなミアデの叫びに、ぼやけていた目が一気に覚醒した。



  ※   ※   ※ 



「何をしている!」


 荷車の傍に着地して、サフゼンが真っ先にしたのは叱責だ。異母兄ヘリクルへの。

 仲間が戦っているという時に何を見ているのかと。


「いや、俺は……」

「天翔騎士ではなくとも、お前とてトゴールト兵士の一員だろう!」


 今までそんな扱いをしたことがあっただろうか。

 正直、まともに声を掛けたことなどなかった。

 微妙な関係を感じて、どう関わっていいのかわからず、遠巻きに見ていただけだ。


 しかし、厩舎周りの警備を担当する異母兄ヘリクルは、一応はトゴールトの兵士ということになっている。

 だから住処を与えられ、食事も配給されるのだ。


 住処に関しては、色々な事情があるとしても、独立した一戸の建物など特別扱いもいい所だった。



「お前とて、この魔物と共に戦うこともあったのだろう。今こそ兵士としての役割をしてみせろ!」


 苛立ち紛れに強く言い放って、荷車に積まれていた槍を三本取る。

 多少の重量なら構わない。

 長距離を飛ぶわけではないのだから。


 サフゼンの槍を斬り落とすと同時に、隣の天翔騎士を殺したあの女は危険だ。

 魔法使いに対処を任せたが、簡単に倒せるとは思えない。


 近付かずに、隙を見て上から槍を投擲する。

 あの女とて頭に目があるわけではない。死角から放つ槍で殺すことは可能だろう。



「俺は……その……」


 そこで初めて、サフゼンは荷車に女給が乗っていることに気が付いた。

 ヘリクルの奴隷の影陋族の女だ。

 他にヘリクルの相手をするものがいないからだろうが、異母兄がこの女奴隷を日頃からどう扱っているのかは知っている。


(こんな所まで連れてきて……)


 戦場だとわかっているのか。

 そう思う一方で、ヘリクルの愚鈍さを知りながら八つ当たりのように怒鳴ってしまったことに、少しばかり自責する。


 楽な任務だと思ってきたのだ。

 ヘリクルに戦いの覚悟をしろと言ってきたわけではない。



「あ……」


 影陋族の奴隷が怯えたように身を縮めた。

 正直なところ、地味で暗い印象で女としての魅力を感じる相手ではない。

 ヘリクルにとっては、これしかいないのだろうが。


 それならば――


「あそこに、もっと若く美しい影陋族の女もいる」

「……」

「捕えれば、一人くらいはお前のものにしていい。少しは兵士として働いてみせろ」

「お……わか、った……」


 ヘリクルの視線が、少し離れた戦場に向かう。


 敵の女の一匹が、翔翼馬と衝突して大きく跳ね飛ばされていた。

 それを庇おうとする別の少女が、空から襲う天翔騎士に地面を転がって避けている姿が。


 ごくりと、ヘリクルの喉が鳴った。



 最初はどうなるかと思ったが、天翔騎士は決して弱くはない。

 どこの国に行っても兵士としてはかなり上級な実力を有している。


 こんなところで被害を出すとは思わなかったが、敵が本当にグワン一部隊を殲滅するだけの力を持っていたのだから、仕方がないだろう。

 既に戦況はこちらに有利だ。



 ――アヴィ様!


 悲鳴のような声が聞こえた。

 またひとつ、影陋族の誰かが落ちたのだろう。


「行くぞ!」


 愛馬に跨り、抱えた槍と共に天に駆けるサフゼン。

 ヘリクルもすぐさま、大トカゲの足を前進させた。


 あそこにいる影陋族を手に入れたいと、そう思ったのか。

 状況が有利となれば、急いでそのお零れに与りたいと。



(……情けない男め)


 思えば彼は、父から与えられたものだけを手に生きてきたような人生だ。

 自分の手で何かを手に入れたことなどあるのだろうか。


 今日もまた、天翔騎士が命がけで戦っている戦場から、自分の欲しいものを手に出来るかもしれないと。


 この男を兄と呼ぶ必要がなくてよかったと、サフゼンは改めて思うのだった。



  ※   ※   ※ 




「アヴィ様!」


 ミアデの悲鳴のような叫び声に咄嗟に目を向けた。

 アヴィの頭上に火球が迫っている。


 だが、アヴィはそれを認識していたようで、呼ばれたミアデを横目で確認しながら走り抜けてそれを躱した。


「っ!」

「ん」


 アヴィの方を見ていたルゥナにはわからなかった。

 小さく頷いたのは、ミアデの呼びかけに対して。


 方向転換して、ミアデたちがいる方へと走る。



「みんな、逃げて!」


 アヴィが向かってくるということは、火炎魔法が襲ってくるということだ。

 上空にいる二体の魔法使いが、交互に炎を放つ。



「何を……」


 少しふらつくルゥナの手を、トワが強く引いた。


「ルゥナ様!」


 後ろめたい気持ちがないわけではない。トワには変な期待を持たせてしまったかもしれないと。

 今はそんなことを考えている場合ではないのだが。



「伏せて!」


 ニーレの声に反応して、トワとともに地面に転がった。

 転がるルゥナの耳の上を猛烈な何かが通り過ぎる。


「くぅっ! このっ」


 聞き覚えのない女の声が、悪態を残していった。


 見れば、肩の辺りに矢を刺した女騎士が上空へ逃げていく。

 ルゥナの死角から襲ってきたところを、ニーレの弓が捕えたのだろう。



「祝焦の炎篝より、立て焼尽の赤塔」


 上空から降り注ぐ火炎が、アヴィの走る先に炎の渦を作り出した。

 かなり広範囲で、数少ない木々や草むらに燃え広がる。


「真白き清廊より、来たれ冬の風鳴」


 セサーカの魔法が再度それを消し止めるが、それにどれほど意味があるのか。

 消耗していくだけの状況に思える。


「ルゥナ様、立って下さい」


 トワに引かれて、また駆け出す。



 今度は少し意味が違う。

 焼け出された清廊族の幼児たちが、崖に向かって逃げ出していた。


「いやぁぁ」

「助けて!」


 火を恐れたのか混乱して走り出してしまった。

 それを追う。

 ルゥナたちも追うのだが、上空から天翔騎士が追うのも見える。

 


「ここまでだ、クソども」


 崖の手前で立ち竦んだ幼児たちと、それを追ってきた親。そしてルゥナとトワ。

 その崖の向こうから、羽ばたきと共に残酷な笑みを浮かべる人間の姿が。


「逃がさないぜ、くそ影陋族どもが」


 見れば、最初にルゥナの足に傷をつけた男だ。


 無力な様子の幼児たちとダメージを負っているルゥナを認めて、ますます嬉しそうに嗤う。



「おお、お前には礼をしてやらねえとな」


 槍を斬ったことだろうか。

 失敗だった。殺していればよかったかと悔やむ。


 ルゥナの耳に、後ろから迫る羽ばたきの音も聞こえた。

 前後から、挟まれた。

 断崖の上を飛ぶ翔翼馬。

 それがこちらにあれば、この断崖を越えることも出来ただろうに。


「お前らを片付けたら、いずれこの上の連中も、だ。俺ら天翔騎士が――」


 宣言。

 この翔翼馬を操る部隊ならば、この先の清廊族の領域まで攻め込めると。


 高らかに宣言しようとした男の頬に、食らいついた。




「あ――?」


 白い、管のような長細いものが、食らいついた。



「え?」


 トワが声を上げる。


 右の頬に。腕に、腿に。

 男の体だけではない。

 彼が騎乗する翔翼馬の腹にも、足にも、首にも。


 長細く、黄ばんだ白っぽい管のようなものが、張り付いていく。

 崖の下から飛来した何かが。



「あ、ああ……うわぁぁぁぁぁぁあっぁっ!」


 絶叫と共に身を捩る男と、狂ったように翼をばたつかせる翔翼馬。


「な、なんだ!? おいっ! ムーヒト!」


 断崖の間で、白い何かに食いつかれて踊り狂う同僚に、後ろから来た天翔騎士が恐怖に震える声をかけた。



「だ、だすけてく……」

『BURYUAAAAAAAAA』


 男が鞍から滑り落ちたのと、翔翼馬が力を失い重力に引かれていったのとは、ほとんど同時に見えた。


 断崖の底に消えていった。



「あ。ああぁっ、何が……」


 天翔騎士の動揺の声。

 怯え、ルゥナ達へ攻撃することを忘れている。


 だが、ルゥナも大して変わらない。

 トワも、子供たちも、子供たちを抱きしめる親の清廊族も、震えながら崖から後ずさりしていた。



 白い管のようなそれが、のそり、のそりと、崖から這い上がってきていた。


 無数に、無数に。

 次から次へと、崖の下から。湧いてくる。


 うまい餌でも見つけたかのように。うぞうぞと。



  ※   ※   ※ 



 ミアデは足を止めた。


 周囲に燻る木々の煙と、ミアデの後方にはユウラやニーレ、清廊族の仲間たちがいる。

 セサーカも、連続で魔法を使ったせいで息が上がっていた。


 ミアデ自身も馬に跳ね飛ばされて少し腹が痛むが、身軽が取り柄の自分はうまく受け身も取ったつもりだ。



「エシュメノ」

「ん、わかった」


 彼女はわかっている。勘がいいというか、どこかミアデと通じるところがある。

 足を止めて、上空の敵を睨んだ。


 上からの自在な攻撃というのが厄介だというのはわかった。

 今までそんな攻撃を受けたことがない。


 また、重量級の敵というものの対処が難しいことも学んだ。

 ミアデの体格ではどうしても押し負ける。

 敵の切っ先を躱すことで精いっぱいだった。



(でも、任されたんだよね。ルゥナ様に)


 戦いを任された。

 初めてではないだろうか。ルゥナにあんなことを言われたのは。

 誰かに頼られるというのが嬉しいことだと、これも今日初めて知ったこと。



「エシュメノ、ちょっとむかむか」

「あたしも」


 さっきから、上から叩きに来てはするりと逃げられて、苛立ちが募っている。

 正面から戦えば負けはしない。

 それは相手の戦い方なのだろうから、文句を言っても仕方がないだろうが。



「いい加減、諦めな!」


 上から襲い掛かってくる天翔騎士。

 エシュメノとミアデに、それぞれ二人ずつ。


「勝手なことばかり」

「死ぬのは人間」


 戦っているうちに気分が高揚してきたのか、エシュメノに表情が浮かぶ。

 多少時間を置いたことで、ソーシャに関する気持ちの整理が出来てきたのかもしれない。


 ミアデはエシュメノと視線を絡ませ、頷いた。

 死ぬのは人間どもだ。

 清廊族の仲間は殺させない。


 襲ってくる敵の攻撃を、ぎりぎりで躱した。

 槍の穂先を、翔翼馬の蹄を。馬体にかすっても、重量でかなりの衝撃を受けてしまう。


 ギリギリで躱すとどうなるのかと言えば、ミアデのすぐ近くに敵が着地して、大きく泥を撥ねる。

 そこから二歩三歩と駆けて跳び上がるのが今までだったが。



「ぬ」


 遅い。

 泥に足を取られて、遅くなる。

 人間が騎乗した翼を有する馬の重さだ。どれほど重いのか、弾き飛ばされたミアデはわかっている。



 泥だ。


 先ほどまで晴天で渇いていた大地が、セサーカの放った霜や氷雪の魔法で湿っている。

 凍った大地は、敵の炎の魔法で熱せられていた。


 先ほどまでと同じ勢いで滑空して攻撃した翔翼馬は、ぬかるんだ大地に蹄を沈ませ、それまでと違う感触に足を取られる。



「遅い!」


 ミアデの拳が翔翼馬の腹を穿った。


『BOAA!』


 これまでの苛立ちを込めた拳は、その拳の形をそのまま腹に刻み込み、翔翼馬の足を止めた。


「うあぁぁっ!」


 そこに突っ込んでくるもう一騎。

 本来なら、味方が駆け抜けた後に残ったミアデを攻撃するはずだったのだろうが、腹に衝撃を受けて立ち止ってしまった天翔騎士がそこにいる。


 おそらく訓練ではなかった状況に対応できず、その蹄が味方の男の胸にめり込んだ。


「ぼふぇっ」


 もんどりを打って倒れる蹴られた男と、蹴ってしまった上からきた翔翼馬もバランスを崩してそのまま突っ込んだ。

 二体の翔翼馬が衝突して、ぬかるんだ大地に転がった。



「うべぇっ、くそっ」

「クソはあんただよ!」


 ミアデも泥まみれだ。潰されることは避けたが、ぬかるみで転がったので体中泥だらけになっている。

 翔翼馬から落ちた男が、そのミアデも見上げ、言葉を失った。


「あ……」

「死んじゃえ、クソ人間」


 他の敵もいる。

 本当ならもっと苦しめたかったが、ミアデはその喉を手にした寸鉄の切っ先で裂いた。


「が、ひゅ……ぶぇ……」


 喉を押さえて、泥の中に倒れた。

 まあ、死に様とすれば上出来だろう。



「エシュメノ!」

「へいき」


 エシュメノの方も一体を仕留めている。

 もう一体の翔翼馬は泥まみれになった尻を晒して逃げ出していた。

 騎乗する人間は、いない。



「だいたい呼吸は掴めた」


 ぽつりと言ったニーレの言葉に、見てみれば矢を突き立てて泥の中に落ちている人間がいる。

 逃げようとしたところを射たのだろう。


「んだねっ」


 ミアデの後ろで、派手な音が上がった。

 振り返れば、翔翼馬の首に手斧が突き立てられている。

 投擲した後の姿勢のユウラ。


「ニーレちゃん、私も出来た」


 手斧を投げて、別の方角からミアデを襲おうとした天翔騎士を仕留めていた。

 落とされた翔翼馬から、ふらふらと立ち上がる男を、ニーレの弓が射抜く。


「ちゃんと最後までやりなよ」

「えへへ、ごめん」


 いまだ燻る木々の間で、場違いにゆったりとした笑顔を浮かべるユウラに、ニーレは呆れたように溜息を吐いた。



 悲観的だった状況が、一気に五分以上に傾いた。

 地面を緩くしたミアデの判断は間違いではなかっただろう。


「アヴィ様は……」

「ふんらっ!」


 敵の魔法使いを引き付けていたはずのアヴィをミアデが気にしたところで、エシュメノが妙な声を上げる。

 敵が落とした槍を、上空に向かって投げていた。


 エシュメノの腕力は、成人男性の数倍以上になる。

 その力で投擲された槍は、上空高くで魔法を放とうとしていた魔法使いの男を背中から貫いた。


「っ!」


 残ったもう一人の魔法使いが、こちらは女だったが、慌てた様子で離脱する。

 これでアヴィの安全も確保出来ただろう。


 だとすると――


「ルゥナ様は」

「ミアデ! 逆です!」


 崖の方に走っていったはずのルゥナの背中を追おうとしたミアデだったが、セサーカの声に反応して向き直る。


「貴様ら……よくも、俺の部下たちを……」


 ミアデの目の前に迫る槍。

 先ほどエシュメノが投擲したのと、およそ同じほどの速度で。


「っ!」


 突き刺さる。

 そう思い、身を固くしたミアデだったが、その槍はエシュメノの籠手が弾き飛ばした。


「ミアデも、エシュメノが守る」


 左手の黒い籠手で、ミアデに突き刺さりそうだった槍を弾いてくれた。


「……惚れちゃうじゃない」

「ミアデ……」


 エシュメノのセリフに思わず胸がきゅうっとなったミアデだったが、後ろからのセサーカの声色に別の意味できゅうーとなる。


「……あんたが、隊長ってわけだね」


 今はまだ戦闘中だ。セサーカへの言い訳は後にしよう。


 

 戦況が好転したことで油断があった。

 気を引き締め直して、空に羽ばたく男を睨む。


 最初にいた敵は、既に半分になっている。

 魔法使いの片方を片付けたことで、アヴィも楽になっただろう。

 この状況なら、もう負けることはない。


 隊長の男を中心に再度集まり始める天翔騎士ども。

 それとは別に、どすりどすりと地面を這ってくる魔物があった。



「あれは……」


 大トカゲの魔物。

 翔翼馬やグワンだけでなく、こういう魔物も使役しているのか。

 明らかに敏捷性では劣るが、おそらく力や耐久度では翔翼馬に勝るだろう大トカゲ。



 その後ろの荷車にいる中年の男と、場違いな服装の……


「清廊族、の……?」


 白い呪枷をしている。

 明らかにミアデたちよりは世代が上の、清廊族の奴隷。

 彼女は、何か信じられないものを見るように、唇を震わせて目を見開いていた。


「え……」


 その唇から、言葉が漏れる。



「エステノ、様……?」



 前髪で隠れてよく見えなかったが、彼女の視線の先にいるのはエシュメノだった。



「貴様ら、絶対に――」

「うわああぁぁぁ!」


 唐突に、叫び声と共にミアデたちの頭上を猛然と飛んでいく天翔騎士がいた。


 味方を見つけて、ミアデたちのことも気にする様子もなくそこに駆け寄る。

 今なら後ろから矢でもなんでも射殺せるように思うが。


(なんだろう、何か……)


 ただならぬ様子を感じて、手出しをためらった。



「団長! 団長、ムーヒトがぁ!」


 ミアデたちに恨み言を言いかけた敵のリーダーに、崖から飛んできた男が泣きつくように喚いた。


「な、なんだ。こんな時に何を……」

「ムーヒトが、食われた! 食われたんです!」

 

 錯乱していた。

 戦場で、今だ戦いが続くこの場所で、涙と鼻水を流しながら逃げ戻ってくる男。



(……?)


 今、この男はどこから来た?


 あまりの様子に、誰もが状況を忘れて呆ける。

 敵も、味方も。

 アヴィも戻ってきた。敵の魔法使いも、敵の後ろ側に逃げ戻っている。

 錯乱した男の喚き声に、誰もが青ざめた。



「食われた……って、お前、ムーヒトがか? この影陋族どもに」

「違う! 崖の……崖の下から、何か……」


「アヴィ!」


 次に響いた声は、ルゥナの声だった。

 思わずびくりとするミアデ。

 だってそれは崖の方からの声で。


「崖から、魔物の大群です!」


 振り返ったミアデの目に、駆けてくるルゥナたちの姿が映る。

 その後ろから迫る、白い紐のような、うねりながら跳ねる大量の何かと共に。



  ※   ※   ※ 

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