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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第五部 散る花。咲かぬ花
321/364

第313話 不等価



 ウィルバノは冒険者だ。

 長く冒険者などやっていれば、中には他人に言えない汚い仕事もあった。


 才能に秀でていたわけではない。

 ただ長く続けてきた結果は形になって現れる。

 およそ人の限界と言われる力を得るまでになってみて。


 空しさを感じる。

 若い頃から共に冒険者をやっていた連中の多くは死んだか引退したか。

 途中、妻としてウィルバノの子を産んでくれた女も、こちらは冒険とは無関係に病で死んだ。



 今さら強くなったと、誰が祝うわけでもない。

 まだ四つにもならない息子にはよくわからないだろう。

 そんなことより母のいない寂しさの方が強いはず。


 今日も、かつての冒険者仲間に預けて出てきた。

 息子にどんな顔を見せればいいのかわからない。どんな背中を見せればいいのか。



 そればかりでもない。

 汚い仕事。

 中でもとびっきりに気分の悪い話で、だからこそ実入りの良い仕事。つまり最悪な類。




「ウィルバノ殿は魔物にすら気配を感じさせないとか」

「場合にもよる」

「そうでしょう。正面の注意はこちらで引きます。モデストと、左右にも伏せて……察知されるのも承知の上で」


 モデスト。

 密室に入る前、表で警備として立っていた若者か。


 白く巨大な武器を手にしていた。

 剣というには刃がなく、槍というには穂先が丸い。鈍器や筒のような肉厚な武具。

 

「あいつは強そうだ」

「まだ若いですが実力は間違いなく。伏せる者も同等です」

「その辺は信用しているさ。あんたらも本気だってな」



 最悪な仕事。

 他人に――我が子に語れるような仕事ではない。仕事と呼ぶのも悍ましい。


「ここで今さら断るって言えるわけもねえんだろ」

「言うのは自由ですが」

「……言わねえよ。俺にも子供がいるんでな」


 踏み込んだが最後、後には退けない。

 汚い仕事というのはそういうものだ。



「英雄退治なんて無茶に付き合わされるんじゃなけりゃいい」

「あなたへの依頼はあくまで、ただの魔物退治(・・・・)です」


 こんな段取りまでして、何がただの魔物だ。



「そんな目で言うことじゃあねえよ」

「……」

「わかった。ただの魔物くらいならやるさ」


 憎しみに満ちた瞳。

 依頼者の女の目の色は、何が何でもその魔物を殺すという憎悪に溢れている。


 ウィルバノより明らかに年上の女が、親の仇のことでも語るように魔物退治を依頼する。こんなに大仰に、これほど密かに。




「そうしてもらえたら助かります。遅咲きのマダラスミレ殿」

「怒らせるつもりはなかったさ。あんた――」


 わざわざ皮肉めいた呼び方をされて肩を竦めた。

 華やかな栄光を得るには遅い年齢。目が怖いと言ったウィルバノに対して苛立ちを口にする。


「あんた……子供はいるのか?」

「……ええ」


 表情を曇らせ、視線を斜め下に落とす。


「あなたのような才能はありませんが、一人。もうじき孫も」

「……そうか」



 子供がいて、孫まで産まれる。

 だというのに、こんな依頼を出来るものなのか。どれだけの恨みがあるのか知らないが。


「おっかねえなぁ、組織ってのは」

「逆らわないことです。どれだけ強いとしても」

「わかったよ」


 ウィルバノの息子は才能がある。

 いずれウィルバノを越えるだろう。

 だが、個人で大きな組織に逆らうような馬鹿はさせないようにしよう。



「俺は俺の仕事をする。そっちはそっちの目的を果たせばいい」

「決して」


 釘を刺される。


「見かけに騙されてはいけません。どのように見えても、あれは魔物。魔性の子です」

「魔性、ね」

「迷わず殺しなさい。それだけでいい」



  ※   ※   ※ 



「母様、だいじょうぶですか?」


 小さな手。

 言葉もうまくなった。舌足らずなのはまだ小さいのだから仕方がない。

 いや、仕方がないのではない。可愛いからこれでいい。


「ええ、大丈夫よ」


 心配させてしまったことを反省して微笑みと共に握り返す。

 小さな手。


「母様は最強なんだから」

「うん」



 返す声は少し元気になったけれど、表情は冴えない。

 ぎゅっと、握る力が強くなった。


「どうして……」

「……」

「母様は間違えていないのに、どうして町のひとたちは石を投げるのですか?」


 どこに出しても恥ずかしくない淑女であるよう、言葉遣いを正しくさせすぎたかもしれない。

 畏まった喋り方。それも可愛い。全部可愛い。



「あれは町の人間ではないわ」


 可愛い顔を曇らせた犯人。罪人。

 思い出せば腹立たしい。


「流れ者……余所者ね。話の邪魔をするよう頼まれたんでしょう」

「だれに?」

「……さあ、どこかの悪い人に」


 可愛い子につまらない話を聞かせるものではない。

 話は終わりと抱き上げて、


「久しぶりに町に来たのだから、何か美味しい物を食べましょうか」

「はいっ、母様」




 深夜。

 報せを受け取り、町の中心街の家に。



「わ、わたしは何も知らない……なにか、間違いが……」

「黙りなさい」


 眠る子を抱いた左手で、静かにと指を立てて見せる。


「聞かれたことをただ答えればいいの」

「だ、だから……」

「大声を出したらこの子が起きてしまうわ。そうしたら」


 美味しいものを食べて眠っているのだ。起こしたら可哀想。


 右手の杖を斜めに傾けて見せると、静かになった。

 こくこくと。



「雇ったゴロツキのことはわかっているの。お前が首謀者でないことも」

「う……あ……」

「お、お父さん……」


 男の腰にしがみつく少女。

 大きさは、この手で抱いている子と同じくらい。もう少し小さいか。



「私の邪魔をするようお前に命じたのは誰?」

「……」


 首を振る。

 知らない、知らないと。

 杖の先端が娘を指しても、いっそう大きく首を振るだけ。本当に知らないのか。



「質問を変えるわ。どこの……エトセンの人間だったのかしら?」

「どこ……違う、ルラバダールの人間じゃなかった」


 必死で記憶を辿り、こちらが欲しがっている情報を探そうと。

 震える娘を抱き寄せ、今さら自分の判断が間違っていたと思い知りながら。


「船乗り……そうだ、港町の符牒を使う奴だった」

「港……」


 心当たりはある。

 エトセンとは別口で邪魔をする手があるとすれば、一番順当な答え。



「そう」

「私は頼まれただけなんだ。人を使ってあんたの邪魔をするように。すまなかった、これからはあんたの」

「静かになさいと言ったわ」


 答えを出せたと安堵したのだろう。

 饒舌に喋り、立ち位置を変えようと訴える。

 見知らぬ誰かに協力するのではなく、こちらの役に立つから。だから?



「……その子はいくつ?」

「あ……ああ、七歳だ」


 声が和らぐ。

 子供のことを気にかけた女の様子に、命拾いしたと。



「あんたも親なら……子供の為だったんだ。わかってくれ」

「?」


 不思議なことを言う。

 奇妙な、珍妙な。



 同じ親なら気持ちがわかる?


 それはおかしい。

 それはそれは、たいそうおかしい。


 だってお前。お前はつい今の今まで、この子を同じ子供だなんて思っていなかっただろうに。


 同じではない。

 平等でもない。

 命の価値だってまともに認めていなかったくせに、同じ親だから?



「それは、それは」


 本当に、なんと言うべきなのだろうか。

 笑みを浮かべて言葉を探してしまった。

 だらしなく、情けなく、卑屈な笑顔を返す男に。



「悪趣味な悲劇ね」



 命を平等に扱おうとしなかったのはお前たちじゃないか。

 だから私も、命につける値段は違ったっていい。



  ※   ※   ※ 


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