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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第五部 散る花。咲かぬ花
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第278話 愚老の浅膚な痴言



 二千の敵軍を、瞬く間に駆逐する。

 全てを殺さなくとも、数百も死ねば浮足立ち、逃げ腰になった。


 放っておいても逃げるだろうが、出来る限り殺す。

 後ろから来る部隊と合流すればまた数が膨れるのだから、という理由もあるが。



「はあぁっ!」

「ルゥナ、もう十分じゃ! 戻れ‼」


 深追いは禁物だが、焦燥が皆の心に波を立てていた。

 メメトハが城壁から怒声を発さなければ、必要以上に敵を追っただろう。

 そして戻るタイミングを失ったはず。




 敵が逃げたのだから内側から門を開け、駆けこんできたアヴィ達がすぐ城壁に登ってきた。


 空を睨む。

 小さいが間違いない、サジュを襲った飛行船と同じ技術の乗り物。

 だとすれば乗っているのはダァバなのか。



「ここで起きていた戦争もダァバの仕業かしら?」

「あの屑が……いえ、どうでしょう」


 アヴィが疑問を呈し、ルゥナは苦々しく答えながら首を振る。

 このエトセンの町を襲った騎士団もダァバの手引きなのか。その理由がわからない。


「考えても仕方がありません。ですが、あれに乗っているのなら今度こそ倒さなければ」

「そうね」


 危険な男。

 清廊族の裏切り者。仇敵。

 先刻、トワが感じた嫌な予感とはこのことか。



「奴の呪術に注意を。エシュメノ」

「前に見た。もう捕まらない」

「呪術を使う際に動きが鈍ります。誰が捕らわれてもあれを打ち倒せば済むはずです」


 メメトハは残念ながら前回を見ていない。

 ルゥナが言うのならそうなのだろう、としか。


「呪術を……ううん、あれが詠唱をするようなら」


 アヴィの言葉にルゥナが頷き、皆の顔を確認した。

 メメトハも聞いている。効果があるのかわからないが、サジュの戦いの後でアヴィが提案した(・・・・・・・・)対策。



「体術も相当なものでした。ミアデ」

「うん、正面から一対一じゃ絶対無理」

「奴がクリカラノワなどと呼んでいた女神の軸椎(オエスアクシス)は砕きました。別の武具を用意しているはずです」


 迫ってくる小型の飛行船と、その下の光河騎士団。

 近付いてくると、光河騎士団の旗印だけではない。


 城郭だろうか。建物の周りを赤紫の花で冠を作って囲ったような図柄。

 縦長に伸びる植物、禊萩(みそはぎ)の花で城を守るかのような。

 混成軍らしい。



 飛行船にもまたあの爆裂する魔法の道具が積んであるだろう。

 ニーレの表情はいつになく厳しい。ユウラの命を奪った憎い飛行船なのだから当然。



「――っ!?」


 混成軍から槍が放たれた。

 凄まじい勢いで。


 上に向かって。

 上空に?



 凄まじい威力。おそらく英雄級の使い手がいる。

 小型の飛行船を貫こうとした槍を、赤褐色――鳶色の疾風が打ち砕いた。


「あいつ!」

「間違いありません」


 飛行船から飛び出し稲光を思わせる動きで槍を砕いたのは、見覚えのある魔物。

 魔物と人間の混じりもの。



「確かパッシオとか……ダァバの下僕です」

「それもではあるが、ルゥナよ」

「ええ」


 メメトハが訝しく思ったことは当然ルゥナも同じはず。

 軍隊とダァバは味方ではない。敵対関係。


 こちらに有利というわけでもないが、協力しているわけではない。

 同時に相手取るにしても、それがわかっていれば――



「あの位置から?」


 飛び出した混じりもののパッシオが、下に向けて投げつけた。

 サジュでも使っていた爆炎の魔法の詰まった球。


 見え見えだ。

 たかが一発では、それを数千の軍にぶつけたところでそれほど有効とは思えない。

 まして見えているのだから、当然対処される。



 ――ギァン!



 混成軍の頭上で、金属音を上げて割れた。

 爆風の影響は多少あるかもしれないが、殺傷力など見込めるはずも――




「……」

「な……ん、です……っ?」



 ばたりと。

 力を失ったように、その真下にいた兵士たちが倒れた。


 中心から、円が広がるように、ぱたり。ぱたりと。

 操り人形の糸が切れるかのような光景。



「し、んで……?」


 爆炎はなかった。

 何もなかった。


 なのに、あの球が割れたところから丸く波が広がるように。

 数千の人間が、ばたばたと倒れ、死んだ。



「あれが……そう、ダァバに近付いた戦士が、何もせずに死んだ時と同じです」

「呪術じゃと言うのか、あれが」


 メメトハは見ていないが、確かにそういった怪しげな術を使ったと聞いている。

 ダァバに近付いただけで戦士が死んだと。

 反撃されたわけでもないのに。




「あの球に炎の魔法を込められるのであれば、呪術もそうなのかもしれません」

「有り得ぬ。あのような……」

「割っては駄目よ」


 動揺するメメトハ達に、アヴィだけはやけに落ち着いた様子。

 皆に冷静さを取り戻す為にそうしているのか。


「ダァバが近い時には使わない。あれを投げるのは遠い時だけ。きっと」

「……そう、かの」


 呪術の類はこちらに情報がなさすぎる。

 最後に自信のないような言葉を継ぎ足したアヴィだったが、妙に確信があるようにも聞こえた。



「全て、ではありませんね」

「うむ」


 球の割れた中心部から遠かった兵士たちは死んでいなかった。

 だが、音もなく多くの味方が死んだのを目にして平静でいられるはずもない。


 恐慌を起こして逃げ出した兵たちを、空を飛ぶパッシオが血祭りにあげていくのを、ただ見るしかない。

 ダァバに刃を向けた兵。その愚かさに裁きを下している気分か。


 いくらか薙ぎ払い、足の爪で掴み、引き裂いた体を逃げ惑う兵に浴びせて。

 気が済んだのか、パッシオが飛行船に戻る頃にはかなり町に近付いていた。




 遥か上空を飛行する敵に対して、メメトハが出来ることは少ない。

 ルゥナにしろアヴィにしろ。


 ニーレの氷弓皎冽を使えば有効な攻撃もあるが、警戒されていればこちらの必殺の一撃を避けられてしまう。

 何にしろ近付くまで打つ手がない。


 ウヤルカがいればと思うが、ネネランと違いウヤルカの体は動かすのがやっとという程度だった。

 相方のユキリンも、不思議とウヤルカと一緒でないと十全な働きが出来ない。不思議ではないのかもしれない。双方合わせての空の戦士。

 ティアッテ達と共にヘズの町から動けない。



 苦々しく睨む。

 先ほどの死の呪いが詰まった球を警戒しながら。


「なんじゃ……」


 パッシオが飛行船に近付くと、縄が投げられた。

 それを掴んだパッシオが、引っ張りながら下に向かう。


「降りてくるようですね」

「舐めおって……」


 南門近くの木に、縄を括りつけた。

 そして、そのまま。



「……待っているつもりでしょうか。私たちを」

「構わぬ。あれを殺す他にないのじゃからな」


 動く様子がなかった。

 どういうつもりか知らないが、飛んだまま町に入られるよりはいい。


 待っているというのなら、間違いなくこちらに気付いている。

 メメトハ達清廊族を待っている。裏切り者のダァバが。



 戦っている間に日も暮れ始めた。

 西の空から赤く照らされ、町の北を中心に朱色の炎も町を照らす。


 飛行船で焼ける町に入るのを嫌ったのか。

 なんとなくそう思った。



「行くぞ」

「メメトハ」


 城壁から飛び降りようとしたメメトハをアヴィが呼び止めた。

 振り向くと、なぜ声をかけたのか自分でも分からないような顔をしている。


「なんじゃ、妾ばかりが心配か?」

「あれは、きっと……」

「……わかっておる」


 アヴィの言いたいことはわかっている。

 清廊族の裏切り者。クジャで待つパニケヤやカチナの怨敵。


 メメトハが倒すべき敵。メメトハが倒さなければならない仇敵。



「あれが妾の血縁じゃと言うのなら、それこそ妾の手でやらねばならぬ」

「……手伝わせて」

「無論、そのつもりじゃ」


 ダァバは元々がクジャの生まれで、特異な力を持っている。

 血縁である可能性などとうに承知していた。

 祖母に聞いても答えないだろうが、何も言及しなかったことを思えば……もっと悪いことも、あると。


「清廊族全ての敵じゃ。当然、おぬしらも手伝わせるつもりじゃ」

「うん」

「あんなのエシュメノがやっつけてやる」



 意思を言葉にしてから、皆で城壁の外に降りた。


 自在に空を飛べる下僕がいるのだ。壁の有利などない。

 死を振り撒く呪術などが使えるのなら、障害物の無い見晴らしのいい場所の方が戦いやすいとも考える。



「出迎えご苦労、と言ってあげた方がいいかな」

「ぬかせ、下郎が!」


 まだ浮かんでいる飛行船から、メメトハ達を見下ろしている小柄な老躯。

 不遜な態度に憎しみを込めて言い返すが、特に気にした様子はない。


 白髪に、やけに瑞々しい肌。



「何か違う」

「ええ、前より……若くなっているような」


「我が主、神たるダァバ様に対して頭が高い!」

「いいんだよ、パッシオ。その辺はこれからわからせる」


 何が神だ。

 ただの裏切り者。ただの、と言うのも腹立たしいが。

 醜悪で卑劣な男。



「やはり君らだったか。まさかこの町まで落としているなんて」

「……」

「なるほど、僕の血を引いているのならそれも……」


 飛行船からダァバが降りる。

 ひょいと跳んで、パッシオの翼を一度踏み台にしてから大地に。


「……」

「違うのかな?」


 その手に、赤黒い液体がうねる球体がある。

 何かまた呪術の道具かと身構えたが、メメトハには見覚えがあった。



「……血の、探査?」

「そうそう、君は若い頃のパニケヤに似ているね」

「気安くおぬしなどが口にして許されると思うな、痴れ者が」


 いちいち癇に障る。

 挙動も、発言も、仕草も。

 存在そのものが気持ちが悪い。


 そういえばメメトハを補佐してくれていたリィラは、芋虫が這うのを見ると全身をわななかせて悲鳴を上げていた。

 こういう感覚なのだろう。



「呪術を跳ね返して繰空環(くりからのわ)を砕いたのも、もしかして……」


 ダァバがその球体を掲げると、中の赤黒い液体が蠢く。

 大半がダァバの方に。

 それ以外のいくらかが、メメトハ達や他に散らばるように。



「なんだ、随分と反応が多い」

「……」

「一番大きな反応は東の方か。なんで急に変わったんだろうね、知っているかい?」


 知ったことではない。

 仮に知っていたとして、答える義理もない。教えない理由ならいくらでもあるにしろ。



「黒い反応が強い、かな?」

「そのようですが」

「ふぅん……あぁ、そういうことか。さっきの違和感も」


 答えないメメトハ達をよそに、勝手にダァバが納得した。

 合点がいったと言うように頷き、無知蒙昧なものに教えてあげようとする態度は年齢だけを重ね心は幼稚なままの男。


 しかし強い。

 迂闊に動けないと思わせる身のこなしと、妙な存在感の重さ。

 隣に控えるパッシオの目も鋭い。



 気になることもある。

 ダァバの狙い。考え。何を探しているのか。


「僕の血も混じっているような反応もあるけど」


 血の探査はそれほど使い勝手のいい魔法ではない。

 大まかに、同じ生き物がどちらにいるかを示す程度。

 血に近い者の方が反応しやすいが、普通は手負いの魔物などを探して仕留める為に使う魔法だ。


 メメトハやパニケヤであれば、もう少し高い精度で使いこなすことも出来るだろう。

 ダァバもそれをしている。自分の血縁を探していて、ただそれ以外に興味を引く何かに気が付いた。



 赤黒い液体がメメトハを差し、また何か町の中も指し示している。

 しかし、最も赤が濃い部分は東方面を指し示していた。それが何なのか。


 黒が濃い部分が、ちりちりとアヴィやルゥナ達の方に向かって球体の表面にぶつかり、またうねる。

 黒い粘液のような。



「道理で、ここまで戦えるわけだよ。君らも僕と同じ――」


 同じ、などと表現されることに腹が煮える。



「濁塑滔を殺して、その力を食らったのか」



「っ‼」


 不用意にアヴィが斬りかかったことを、誰も責められまい。

 ぶつんと切れて、冷静さを失い。


 全員が同時に、全く同時に。

 何一つ呼吸を合わせたわけでもなく、完全に同じ呼吸で一斉にダァバに襲い掛かった。



  ※   ※   ※ 


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