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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第267話 勝利の烟火


 烟火(えんか)

 烟:けぶり、もや。かすみ。





 油断をしていないつもりで、最後に抜けた。

 今までにない最強の敵を倒したと。


 抜けたのではない。別の心配があったのだ。

 血に狂うアヴィ。その様子に気を取られた。痛恨の失態。



「真白き清廊より、来たれ絶禍の凍嵐!」


 せめて放つ。放つしかない。

 咄嗟に紡げた中で一番威力の高い氷雪魔法。個別の敵を撃つのでなければ、範囲辺りの凍結の力は一番強い。



 浮かび上がる白光する球炎。

 放たれた直後が最大火力ではない。

 使用者を焼き殺さないようにという魔法の仕組みなのか。


 メメトハの放つ冷気も、この小さな太陽にとっては涼風のようなもの。

 近付くまでに蒸発し、ただ風で少し押し上げる程度の力までしか届かない。

 多少は熱量を弱めているのかもしれないが、これでは。



 倒れたセサーカは激しく咳き込んでいる。先ほどの簡易詠唱だってアヴィを守る為に無理をしていた。

 トワの手には魔術杖がない。

 アヴィは、最初に持っていた魔術杖をどこかに投げてしまっていた。


 血に塗れた顔で、空に浮かぶ火の玉を見上げたまま。

 手立てがない。

 メメトハの魔法以外には。



「はあぁっ!」


 離れた場所から裂帛の声。

 同時に氷の矢が突き刺さる。白い火球に。


「ニーレか!」

「くっ、足りない!」


 ミアデがニーレの背中を支えているが、それでも力が足りない。

 何度も放つ。メメトハも力を込めるが、このままこの太陽が弾ければ、辺り一帯が焦土と化すだろう。


「おの、れぇぇっ!」


 息絶えた女魔法使い。

 こんな災いを最後に残して。




「GiYiiiAaaaa‼」



 咆哮が轟いた。

 アヴィが狂乱の――?


「っ!」


 ではない。

 アヴィではなく、メメトハ達が入ってきた南西の区画から。


 一条の火閃。

 メメトハ達の上空を貫き、白光する小太陽に直撃した。



「ラッケルタか!」


 ヘズの町に置いてきたはずのラッケルタ。

 その口から放たれた強烈な火閃は、メメトハ達の魔法と違って威力を損なうことなく衝突する。


 小さな太陽が、町の北へ。

 あちらにはまだ誰も攻め込んでいないはず。いくらか火の手は上がっているが、清廊族との戦いの火ではない。



「伏せよ!」


 小さな太陽が膨らんだ。

 ラッケルタの火閃がきっかけになったのか、違うのか。

 どちらにせよ、メメトハ達の頭上から離れ町の北に流れながら。



 破裂した。


「ぬうぅぅっ!」

「GuRaaaaaa!」


 重い足音と共にラッケルタがメメトハ達の前に出て、その巨体の鱗で盾となる。

 茫然としていたアヴィの前に塞がるラッケルタの影に、メメトハはセサーカを引き摺り込み、トワやミアデ達も隠れた。



 吹き飛ばしてなお猛烈な火力。衝撃。

 最後の命を燃やして放った魔法だ。この町を焼き尽くすような怨念を込めて。

 さすがにこの広い町を焼き尽くすまでではないが、凄まじい。


「トワ、アヴィを捕まえよ!」

「わかっています」


 棒立ちのアヴィにトワがしがみ付き、ラッケルタの巨体の影に隠す。



「ミアデ、ニーレ!」

「なんとか!」

「なんて魔法を……」

「Gu、Gieee」


 熱に強いラッケルタでも唸る。

 弾き飛ばした為に北側に炎が広がってくれたのは幸いだった。でなければまとめて死んでいた。


 衝撃で、倒した姉妹の死体が肌を焦がしながら南に転がっていく。

 死んでいる。力なく、ただ物のように瓦礫と共に。




 ようやく爆風が止んだ時には、生きた心地がしなかった。

 後に広がる様子を見れば、無理もない。



 燃える町。

 エトセンの北側の区画に猛火が広がる。


 あちこちから聞こえる悲鳴と呻き。

 それが人間のものとはいえ、こんな絵図を見て思うことは……



「……母さん」


 町を焼く火に照らされたアヴィの表情は、何もなくて。

 痛みがないと言っていた。今も腕が片方ないのに、何の表情も浮かべずに。

 ただ、揺れる炎に照らされるまま。



「私、やったよ……ねえ、母さん……ちゃんとできる、から」


「……トワ、アヴィの腕をどうにか出来るか?」

「綺麗に切断されていますから。繋ぐくらいは出来るでしょう」


「ミアデ、せさ……ラッケルタの様子を見てやってくれ。ニーレ、セサーカを頼む」

「ああ」


 無謀にもあの強敵に体当たりをしたセサーカは体を強打している。

 苦し気な彼女をニーレに任せて、トワと共にアヴィの腕を見た。



「……アヴィ、腕を」

「うん、そうね」


 何でもないように、ラッケルタの後ろ足辺りに落ちていた左腕を見て頷く。


「くっつけておかないと」

「……そうじゃな」


 馬鹿者が。

 生き物の腕や足を、そう簡単にくっつけたり生やしたりできるものか。



「不便だもの、ね」

「……」


 トワでさえ少し薄気味悪そうに眉を寄せた。

 流れている血の量も少なくはない。トワを促して、拾った腕を傷口に合わせて治癒の魔法を使わせる。



「ごめんね、ラッケルタ。辛かったでしょ」

「Gii」


 ラッケルタの前足にも、まだ古くはない深い傷跡が見える。

 港町の戦いで、敵の剣の名手に斬られたのだとか。

 治癒したとはいえ、その足でここまで追って来たのか。メメトハ達を。



「……ラッケルタ?」


 ふと、思う。


「おぬし、なぜここに……?」

「GuRuu」


 答えるわけはない。ラッケルタは壱角(いづの)ではなくて、メメトハもそうではなくて。


 そう、答えなど必要ない。

 壱角だ。壱角の少女の為になら、腕でも命でも惜しくない者が――



  ※   ※   ※ 


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