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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第266話 葬列に歩む足



 動き出すまでに一瞬の迷いが。



 ――わたくしの邪魔にならぬよう。



 そう言われた。

 無敵の姉リュドミラに危機などあるのか。


 危機だとして、ハルマニーがそれを助けようと飛び込んだら。

 姉は、唱えている魔法でハルマニーを焼かないだろうか。


 復讐の怨嗟に囚われ、憤怒の微笑みを浮かべる姉。

 それを見てしまったから。



 ――怖い。



 幼い頃から刷り込まれたきた感情。

 足が竦んだ。


 それはハルマニーの罪なのだろうか。

 きっと姉は許してくれない。きっと。



  ※   ※   ※ 



 リュドミラとて痛いものは痛い。


 万物を裂く灼熱の杖の魔法。

 あれが消されるとは思わなかった。

 消されたのではない。強引に切り離された感じ。



 わずかな狼狽の隙に捨て身の体当たりを受け、朝日のような光の剣で斜めに斬られ。

 その傷口に爪を立てられ、痛くないわけはない。



 もう一つ、わずかに迷った。

 助けようと飛び込んでくるハルマニー。信じて片方を任せていいのか。


 リュドミラより弱い。信じて、母は死んだ。

 ハルマニーはどうなのか。リュドミラに手傷を負わせるほどの敵に。


 考える時間はなかった。

 敵の爪が肩口に届き、振るった右のラーナタレアが敵の左腕を鋭く切断した。

 リュドミラが振れば並の剣よりもよほど鋭い。



「お前もこれで――」

「うがああぁぁ!」

「っ!?」


 信じられない。

 腕を切り落としたのだ。どんな者だろうが痛みで一瞬は怯むはず。力が弱まるはず。


 わずかな逡巡もなく、噛みついた。

 リュドミラの反対の肩口に。


「くっ! けだものが‼」

「ぶぅぅああはぁぁ!」


 リュドミラの血で口を濡らして、顔に頭を叩きつけた。

 見えている。歯を食いしばりそれを見据えて。



「退きなさい!」

「ぶぇっ」


 打ち返した。

 見苦しく眉間で、影陋族の女を打ち返した。

 情けない声を上げて後ろに転がる女。


 ハルマニーは何を――



 見なければ良かった。

 見るべきではなかった。


 噛みついてきた女を頭突きで引き剥がして、ちらりと送った瞳に映ったのは。


 目測を誤ったのか、()でも見たのか。

 空を打つハルマニーの拳と、その下に潜り込み包丁を差し込む灰色の影陋族。



「あ――」

「ね、え……」



 真っ赤に染まった。

 真っ白に染まった。


 頭が、視界が。激情に飲み込まれ。



 何をやっている。愚昧な妹は。

 何をやっている。下劣な奴隷が。


 やられるはずがない。少なくともそんな女に負けるはずはないのに。

 奥歯が一度音を立てて、その激情を食い千切った。



「お前たちはぁぁぁ!」


 許さない。許さない。

 決して許しはしない。

 リュドミラにこんな思いを再びさせた妹も、許さない。


「全て!」

霰雪(あられゆき)……っ!」



 ハルマニーを見なければ、絶対に受けなかっただろうつまらない攻撃。

 簡易詠唱。ただ冷たい霰をほんのわずかに吹かせるだけの。


 怒りに染まったリュドミラの目に、かすかに染みた。

 零れかけた水滴に()みた。



「母さんのまふらぁぁっ!」


 頭突きを受けて後ろに転がった姿勢から、飛び込まれた。

 リュドミラの腹に。


 破れた服から、リュドミラの腹に突き立てた。

 尖った指を。



「……が……ふ……」


 力が、抜けた。

 激しい熱を感じて、それが自分のものなのか、自分を貫く獣のものなのかもわからず。


 膝から崩れ落ちた。

 ずるり、と。



 涙が零れる。

 さっき凍った雫が、目頭の熱で溶けて零れ落ちる。


 泣くなんて、どれくらい前のことだろう。

 奇妙な安らぎ。


 お父様と、お母様と、お爺様と。ハルマニーも一緒に。

 これならもう、弟ユゼフに言い訳をしなくて済む。

 ただ安らかに。何も心配せずに。




「や、った……母さん、わたし……」

「……アヴィ、さま」


 残った影陋族の声が耳に届いた。

 目がかすむ。暗い。何も見えない。


 この世界にこいつらを残して……いけない。

 弟の為に、この危険な影陋族を残してはおけない。



 目は見えないが、手の感触が教えてくれた。

 ラーナタレアがまだ手元にある。だから。



「天地果つる……陽窯(ひよう)の、扉獄(ひとえ)……に……」


 呟いた。

 紡いだ。


「つき……よ……」



 こんな世界など、全て。

 焼き尽くされればいい。



「いかん! 真白き清廊より――」


 もう遅い。



「……ぬれずみ、の……そうれ、つ……」



 女神に見放された魂は、日輪の業火に焼かれながら列を作り自らの葬送を歩むのだと。

 自らを焼く窯に向かって、黒く煤けながら焼き尽くされるまで歩き続ける。

 ここにいる連中も皆。



「来たれ絶禍の凍嵐!」


 双対のラーナタレアから、白く輝く太陽と、冷たく凍える嵐がそれぞれ放たれた。



  ※   ※   ※ 


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