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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第253話 撒いた種。止まぬ業火



「愚かな……」


 他に何と言えばいいのだろうか。


 同胞の町を焼く。

 少しでも知能のある生き物がすることにしてはあまりにも愚か。


 焼いて何が得られるのだろう。

 ルゥナにはわからない。焼き尽くすほど恨んでいたというなら理解できるけれど。

 人間には人間なりの意義があるのかもしれない。



「ちょうどいいわ」


 戦いの怒声と悲鳴、嘆き。破壊の音が響く町に向けて進もうとするアヴィの前に立つ。


「待ってくださいアヴィ」


 確かに好機。絶好機ではあるけれど。



「あまりに大きな町です。どこに主要な者がいるのか……」

「関係ない」


 面倒そうに進路を邪魔したルゥナに対して、


「全部殺すのだもの」


 そう言うと思った。けれど関係はある。



 雑魚を殺すよりも、まず脅威となる力を持った者を倒さなければ。

 これだけの規模の都市。住民の数だってどれだけいるのか。


 魔法を使うにしろ武器を振るにしろ、延々とやっていれば疲弊する。そこに強敵が現れたら十分に戦えない。


 今までは、敵の方がこちらを攻めてくれた。

 戦力を揃えてこちらにぶつかってきたのを倒してきたわけだが、この状況では。



「なるべく強い者から殺しましょう、アヴィ」

「なぜ?」


 理由。アヴィが求める理由は彼女の安全とかではない。


「その方が……より絶望させられますから。どこにも救いがないと」

「……」

「誰も助けてくれない。そういう中でゆっくりとやればいいじゃないですか」


 ルゥナの考えた理由に、アヴィは少しだけ上を見てから、


「……そうね。さすがルゥナだわ」


 にっこりと笑って頷いた。



「ただ殺すだけでは償いにならない。後悔して、泣き叫んでもらわないと」

「……そうですね」


 ルゥナだって思っていたのだ。人間どもを苦しめ、絶望と悔恨の中で殺してやりたいと。


 だけど、改めてアヴィの口からそう聞いて。大好きなアヴィが言葉にするのを改めて聞いてみて。


 胸が苦しい。

 人間どもへの同情などではない。

 ただ、愛する誰かに血塗れの道を進んでほしいなどと誰が思うのか。


 もっと明るい道を歩いてほしい。

 暖かな場所を目指してほしい。

 ルゥナの本当の気持ちは、今のアヴィには届かないだろう。



 ――これは、私の罪。罰。


 届くはずがない。

 今、ようやくわかった。全てルゥナの蒔いた種だと。


 黒涎山の洞窟でアヴィと出会った時。

 凄まじい力を有して憤怒に震える彼女を見て、思ったのだ。


 使える。

 利用できる。


 アヴィの力をうまく用いれば復讐が叶う。

 故郷の村を滅ぼし、ずっとルゥナ達清廊族を苦しめていた人間どもに。



 母である魔物を失い、絶望と悲しみに満ちたアヴィに対してルゥナがすべきだったことは、共に泣くことだった。

 そうではなくて、彼女の子供じみた怒りの衝動を利用することを選んだ。


 アヴィは、違った。

 エシュメノが嘆き悲しんだ時、アヴィはただエシュメノと共に泣いていた。何日も。

 ルゥナはそうしなかった。だからこれはルゥナの罪。


 裏切り。

 最初からルゥナはアヴィの裏切り者だったのか。

 卑劣な裏切り者の言葉など、どうして心に響く。伝わるはずがない。




「敵の拠点を、町の者から聞き出しましょう。そこに町の長などもいるはずです」


 まずはこの戦闘目標を果たす。

 アヴィの心を解きほぐすのはそれから。


 その役目がルゥナに果たせないのならば、他の誰かでも……

 セサーカの視線を感じて、罪悪感と苛立ちが歯を鳴らす。



 何にしても確かに、この上の無い好機で勝機だ。

 どういう巡り合わせか知らないが、この大都市エトセンが戦火の渦中にある。

 今ならばこの町を落とせる。今より他にない。


 ネードラハで敗戦せずにここに来ていたとしても、どうだったろう。

 もしこういう状況でなく町が万全であったなら、長大な高い城壁に囲まれたここを攻略する術がなかったとも思えた。




「……強いやつのにおいがする」


 無数に転がる人間の死体と、あちこちでまだ戦っている人間同士。

 爆発の音と焦げる臭いの中でエシュメノが前に出た。


「嵐の時のやつにちょっと似てる」

「嵐の……」


 エシュメノの感覚は非常に鋭敏だ。彼女が言うのなら勘違いではないだろう。

 人間の臭いの違いなどルゥナにはわからないが。



 ――フィアッ。


 争いの土埃の中に、光が迸り空気が収束する音が高く抜けた。


「伏せて! うぅっ」


 次の瞬間、地鳴りと共に衝撃の風が辺り一帯を吹き払う。



 エシュメノの声で身構えてなければ転んでいたかもしれない。

 まだかなりの距離があったのに、猛烈な魔法がぶつかり合った衝撃が。

 何事か。


 小さな太陽のような白光りする火球と、それとぶつかる火山の爆発のような赤熱の噴流。

 信じられない威力のぶつかり合い。

 ここまで熱風が届くとは。



「何が……」


 戦っている。人間の魔法使い同士が。異常な力を持つ両者。

 遠いのと、今の衝撃でさらに土埃が立ってよく見えない。


「おい、あそこ!」

「あれは……影陋族か!」


 周囲を吹き抜けた衝撃に、見渡した人間の一部隊がルゥナ達の姿を捉えた。



「ナタナエル様の援護は部隊長しか出来ん! 他はあの影陋族どもを!」

「ベラスケス将軍を破った連中だ、油断するな!」


 責任者不在でもそれなりに統率が取れている。役割を自覚して、ばらけていた者同士が集まりこちらに対峙した。



「仕方がありません」


 既に混沌とした戦場。

 状況は掴み切れないが、人間とは大きく違うこともある。


「どちらにせよ町にいるのは敵です。囚われの清廊族以外は」


 敵味方の区別。混乱する戦場でも出会う人間は全て敵。



「あの異常な魔法使い同士は戦わせておきましょう。あれに近付かないよう町に入ります」


 こちらも戦力が不十分だ。人間同士で潰し合ってもらった方がいい。

 ウヤルカ、ティアッテ、ネネラン。彼女らがいない中で戦わねばならないのだから。


「まずは町の中心部を。あの魔法使いは生き残った方を後で始末する」

「うん、わかった」


 エシュメノが素直に頷いたのは、本能であそこに近付くのを忌避したのかもしれない。

 少し離れた場所にいたメメトハに身振りで示して、そちらの指揮下の仲間にも同じように。



「これだけの町です。囚われている清廊族も少なくないでしょう」


 あえて口にしたのは、アヴィにも聞いてほしかったからか。

 殺す為の戦いではない。清廊族を救う為の戦いだと。


「町中で離れた時は空を見なさい。定期的に霧で方向を示します」


 どれだけ戦闘が続くかもわからない。はぐれた時の連絡も必要になる。ウヤルカがいない今は特に。



「焼ける町で、絶望のまま同胞を死なせません」


 今さらこんな言葉で、アヴィへの罪悪感を誤魔化しているような気になるけれど。


「全員、進め!」


 ここまで来た。

 過去に戻る道などないのならば、進むしかないのだから。



  ※   ※   ※ 


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