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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第245話 愛の拳



 騎士の誉れ。

 正々堂々と正面から敵を討つ。

 軍を指揮する立場としてはそういう機会はない。


 軍とは勝利を求めるもの。

 また、軍と軍が戦う時に全く同じ条件など有り得ない。常に有利不利はある。


 ベラスケスが経験してきた戦いは、隣国の小規模な小競り合いや、自国他国から集まった食い詰め者の野盗集団の掃討など。

 大規模な戦争など、ルラバダール王国では二十年ほど起きていない。


 アトレ・ケノスとの比較的大規模な戦闘が最後だが、それはベラスケスが成人前のこと。

 国境警備の橋楼騎士団ならば多少は実戦も多いが、菫獅子騎士団がそこに参加することは少なかった。


 演習もするし、魔物の駆除などももちろんある。

 成人して十分な実力をつけてからは、今度は真剣勝負などする機会がなかった。

 六将と手合わせをしても、相手を殺すわけにもいかない。部下たちの手前、お互いの技を披露するような演舞的な手合わせ。


 実力の全てを出し切り戦うことが許される相手は、ずっといなかった。

 遠慮のいらない敵で、尚且つベラスケスの力に応えられるだけの強者。

 死んだ部下には悪いが、少し楽しみでもある。己の全力が。



 敗北はない。

 かなりの強者であることは間違いないが、魔法を使った。

 あれだけ強力な魔法を使い、その上で直接戦闘も得意だとしても。


 武器戦闘に特化したベラスケスを上回るということはあり得ない。

 英雄級の魔法使いが、同時に英雄級の剣士にはなれない。存在しえないのだから。

 伝説の覇者、統一帝でもない限りは。



 一合で測る。

 ベラスケスより筋力は若干劣る。鉄棍の重みがあってほぼ同等だったが。


 二合目、早さもベラスケスがほんのわずかに上。

 反対の手の鉄棍で弾かれた。敵は左右に武器があるのだから、不足する速度は手数でカバーできるか。


「ぬるい!」

「っ!」


 互角ではない。二手でわかった。やはり予想を上回るものではないと。



 瞬時に両手で振り抜いたベラスケスの剣を、交差した鉄棍で受けたアヴィが後ろに下がった。

 押し負けた。両手と両手で。


「はぁっ!」


 と、怯まず再び飛びかかってくる。

 両方の鉄棍を右上に掲げて。


「つ」


 受けた剣に、僅かにずれて連続の衝撃。

 大太鼓を打つような重い連打に、今度はベラスケスが下がらされる。



 ――ぎんっ!


 衝撃で左右の氷塔が砕け散った。

 細かな氷の粒がキラキラと降り注ぐ中、殺意が冷たい空気を破って。


「むぅっ!?」


 下がったところに飛んできた鉄棍を弾き飛ばす。

 打った直後に投げたのか。宙に舞った鉄棍を黒布でするりと引き戻した。



 意外と、武器戦闘にも慣れている。

 魔法の方が得意というわけではないらしい。


「それでこそ!」


 倒す価値がある。強敵として。また影陋族どもの柱として。


「死んだ部下の手向けとなろう!」


 情けない敵に殺されたのではない。

 強い。戦士として最高峰の力を有し、ベラスケスでさえ油断のならぬ相手。

 それほどの敵に倒された。恥ではない。



「お前も、死ぬ」


 宙の棍を手に取りながら、再び踏み込んできた。

 踊るように。


 ひらとはためく黒布と、鋭く振られるアヴィの黒髪。

 氷の粒の輝きの中で舞う彼女は、まさに氷乙女と称するに値する姿だ。

 むしろ、彼女こそが氷乙女。



「我が剣は」


 迎え撃つのは、獅子の牙。


「最強の菫の刃」


 再び数合交わした衝撃で、さらに多くの氷塔が崩れた。

 剣と鉄棍が凍った川面を震わせ、大地を揺らす。


 アヴィかベラスケスの力が、たとえば勇者級までであったなら、どこかの一合で押しつぶされていただろう。

 互いにそれら、生物の限界を超えた力を持つ者だからこそ打ち合える。



 距離が離れ、一瞬の呼吸の後。


「しかし!」


 踏み込んだ。

 砕けた氷が降り注ぎ悪くなってきた足元の、頑丈な石橋その石畳を。


「ここまでだ!」


 踏み抜いた。


 衝撃が橋を砕いた。

 このまま凍った足場では敵が有利になる。

 アヴィの技は十分に理解した。これ以上の時間は不要。



「っ!?」

「終いだ!」


 瞬く間もなく崩壊した石橋に、隙を伺い援護しようとしていた影陋族にも動揺が走る。

 邪魔は入らない。


 跳んだベラスケスに対して鉄棍を振るアヴィだが、足場がない。

 態勢を変えられぬ以上、軌道は限られる。


「甘いっ!」


 右の鉄棍を強く弾き返した。


「貴様の!」


 打ち返した反動は強い。大きく体が吹き飛ぶほど。

 しかしそれが半歩も動く前に返す剣を振るった。逆に。


 右に、左に。光が瞬くほどの反射速度での連撃。

 わずかに遅れた左を、鉄棍ではなく持ち手を斬る。

 斬ったつもりだったが、巻き付いていた黒布が異常な強度で斬れなかった。


「っ!」


 だが、ベラスケスの剣の衝撃だ。斬れなかったにしろ、鉄棍を持っていた指が砕けてすっぽ抜ける。

 痛みもある。我慢は出来るとしても体はどうしても反応して、痛覚が動きを鈍らせる。



 左右の連撃の反動で、今度はアヴィとベラスケスの距離が開いた。

 空中で。

 砕け散った橋の石材が、落下しながら互いの足元に。


 支えるものはない落ちていく石の塊を、思い切り後ろに蹴った。

 指を砕かれたアヴィも同じように。



 驚いた。

 先ほどから色々なことを、関係ない。関係ないと。言っていたが。

 本当に関係ないのか。


 指を砕かれ片方の鉄棍を宙に失いながらも、黒布を靡かせて突進してきた。

 その目は真っ直ぐにベラスケスを見据え、その向こうにある部下や他の人間の命を奪うことしか見ていない。


 己の痛みも何も関係ないと。

 だとしても勝負はついた。気持ちはそうでも戦闘力はどうしようもなく落ちている。

 残った片方の鉄棍だけでベラスケスを討てるわけもないのに、それも関係ないというように特攻を。



「蛮族か!」


 そう言われても仕方ない愚か者だ。


「我が刃で死ぬがいい!」


 打ち下ろしてきた右の鉄棍を、左手で打ち払った。


「くっ!」


 痛い。当たり前だが。

 強く固めた手で、素手で鉄棍を払ったのだから。


 そうするのが一番だと、手傷を負っても今ここで倒すと決めた。それだけの覚悟をさせる力があったことを褒めてやりたい。



「吠えよ菫獅子!」


 右手に持った剣を打ち下ろした。

 黒布が絡まるアヴィの左肩から腹に向けて。


 斬れない。

 だが、その衝撃は肩の骨を砕き心臓まで響く。



「は、か――」


 凄まじい衝撃にアヴィの口から息が溢れた。

 体内に溜まっていた空気がベラスケスに打たれた衝撃で絞り出され。


 貫こうと。

 剣を突こうと、右手を引いた。

 黒布のない腹を突き刺せば死ぬ。



「?」


 引けなかった。

 いや、引いているが、アヴィとベラスケスの距離が開かない。


「な、ん……」


 砕けた左手の、残っていた親指と人差し指だけで、菫の刺繍が施された襟を掴んでいた。


 砕いたはず。我慢して動かせるようなものではない。動かせたとしても、強く掴むなど出来るわけもない。

 まして今、肩を砕き体に凄まじい衝撃が襲った。なぜ動けるのか。



「く、はあ……っ」


 右手に持っていたはずの鉄棍も離していた。

 美しい指先に着いた氷の粒が光る。


「お行儀のいい、坊ちゃんが」


 突いた。

 不十分な姿勢でも振り払おうと、引いていた剣を突きだした。



「馬鹿な!?」


 目を貫こうとした切っ先を、わずかに顔を傾け避ける。どこまで冷静に見ているのか。

 頬を薄く切っただけ。


「私の、母さんに」


 剣を横に振る。



 ――ことができなかった。その前に。


 美しい指が、その凍り付いた爪が、ベラスケスの喉を引き千切った。


「ぐ、ぼぁ」


 痛みで体が強張る。剣を握る手も。



「勝てるわけがない!」


 血にまみれた指先。その手を握り締めて。

 ベラスケスの顔に叩きつけた。


「私と!」


 もう一度。


「母さんの!」


 三度。剣が手から離れ、川に落ちる。


「愛にぃ‼」



 左手でベラスケスの襟首を掴んだままアヴィも川に落ちた。

 その足元から凍り付いていく。

 氷の上で、ベラスケスの顔を殴り続けて。


 事切れたベラスケスの肉体が壊れていく様子を、それぞれの同胞たちが言葉もなく見ていた。



  ※   ※   ※ 


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