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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第239話 騎士の舞踏



「臆することはない!」


 号が飛ぶ。


「このような小細工、蛮族共の戦力がろくに残っていない証拠よ!」



 負けは癖になる、とか。

 そんな言葉があるらしい。

 言葉が生まれた経緯には、相応の事実があったのだろう。


 一度の敗戦が敵に勢いをつけて、味方に負けの印象を残す。

 それが次の敗戦に繋がってしまう。

 二度目、三度目と続けば勝てる気がしなくなるだろうから、連敗というのは損害以上に影響が大きい。


 止まらない。

 敵の進軍が止まらない。



 渡河させないよう、川向こうの街道に大量の水を撒いた。

 敵が迫る前に魔法を使い川の水を汲み上げ、大量の水を。


 街道といっても石畳などで舗装されているわけではない。

 この道は人間同士の別の国を結ぶ道。一般の民が行き来することが主目的で、大軍が往来するようには作られていない。

 一定以上の水分を含めばぬかるむ。



 大雨が降ったとは思わないだろう。川に近付いた辺りだけなのだから。

 ぬかるんだ道の左右には深い茂みがあった。氷雪の魔法とニーレの弓で挟撃したが、そのほとんどが防がれた。


「隠れている影陋族どもを討て!」

「ベラスケス様に勝利を!」

「菫獅子騎士団の力を見せてやれ!」


 ぬかるんだ地面に吹雪をぶつけたのだから、足元は凍っている。

 多少、足を取られながらも、氷を踏み砕いて迫る敵。



「ニーレさん、私の力を」


 先日助けたイバの友の中から、ニーレと共に戦うと志願した者が二名。

 彼女らが矢嵐を使うように言うが。


「駄目だ」


 確かに、氷弓皎冽で矢嵐を放てば、こちらの数を多く誤認させることも出来る。

 しかし敵は伏兵を承知で突っ込んできているのだから、それで怯むことはあるまい。


「あれを使えば君たちの疲労が大きすぎる。戦い続けられない」


 一度や二度でこの敵を止められるとは思えない。

 動けなくなった彼女らを捨てていくことになる。それはニーレの望むところではない。



「だぁからぁ!」


 土煙が上がった。

 川近くの大木が倒れた。誰かの踏み込みを受けて。


「うおぁ!」

「ボクがやるって言ったんだ、よっ!」


 木が倒れたのと反対に、人間どもの兵士が数名、ひしゃげて吹っ飛んでいった。



「敵だ! 一人だぞ!」

「ボクだけで十分なのっ!」


 びゅん、と。

 白い風のように薙いだ鎌が、さらに数名の敵兵を切り裂いた。

 ぬかるみも氷も意に介さないとは言っても、実際にはいくらか足が取られる。固まっていたところに向けてのオルガーラの突貫。



「が、は……」

「むぁ、あぁぁ!」

「強敵! 勇者以上!」

「楯持ち、前へ!」


 血飛沫を上げて崩れる敵兵だが、オルガーラを強者と見た他の兵士が素早く指示を出す。

 崩れない。怯まない。


「今だ!」


 敵の意識がオルガーラに向く。それに合わせてニーレが弓を放ち、潜んでいた他の戦士たちも猛烈な力で投石する。

 下手に慣れぬ武器を使わせるよりも、力が強ければ投石の方が効果が高いと。

 魔法を得意としない戦士でも出来る遠距離攻撃。



「猪口才な蛮族が!」


 前線で指示を出している男を狙ったニーレの矢だが、手にしていた小盾で払われた。


「構わん、森ごと焼き払え!」


「祝焦の炎篝より、立て焼尽の赤塔」

「始樹の底より、穿て灼熔の輝槍!」


 内側に位置していた魔法使いが、続け様に魔術杖を掲げて炎の魔法を唱えた。

 辺りの茂みを焼き払い、清廊族を倒すついでに燻り出そうと。



「真白き清廊より来たれ、絶禍の凍嵐」


 こちらの魔法使いも対抗して放つが、相手の方が数が多い。


「全部は無理か」


 火球は諦めた。

 それよりも赤熱する溶鉄のごとき槍。範囲は限られるが威力が高い。茂みを貫き致命傷を与えるのに十分なほど。



「はあぁ」


 力を込める。

 氷弓皎冽が柔らかくニーレの力を吸い、冷たい力に変えてくれる。


「っ!」


 三連射。

 二つの炎の槍を消し飛ばし、最後の矢は魔術杖を掲げる手を貫いた。


「ぐぁ!?」

「面倒な射手がいるぞ。中衛は魔法使いを守れ」

「俺たちが先に潰す!」


 この程度では崩れない。



「こちらも出る! 魔法使いは川まで後退!」


 茂みに放たれた火は、吹雪の魔法で相殺されすぐには燃え広がらない。

 だが時間の問題。魔法使いの数を減らせなければ押し切られてしまう。火勢に包まれては死ぬだけ。



「援護しますニーレ。オルガーラは出過ぎないで!」

「ルゥナ様の部隊と合流しながら後退! 前衛は敵を通すな!」


 反対側の茂みから攻撃していたルゥナが、オルガーラの突撃に合わせて敵にぶつかっていった。

 それに続く清廊族は、百もいない。ニーレの方も似たようなものだ。


 敵の方も、今この場にいるのは全軍ではない。先行している部隊だけで、しかし五百以上というところ。

 兵卒それぞれが中々の強者。

 清廊族の戦士たちには劣るが、連携して戦われると崩せない。



「こいつ、らぁ!」

「無理をするなバシャルド、こいつがおそらく影陋族の英雄だ!」

「らしいな。大した馬鹿力だ」


 オルガーラを強いと見てぶつけた兵士は、他の兵より明らかに格上の数名。

 力押しの魔物をいなすように代わる代わる。



「氷乙女様って言ったか。大斧を使う絶世の美女だと聞いていたが、噂ほどでもない」


 おそらくそれはティアッテのことだったのだろう。


「はあ?」


 オルガーラが低く唸った。



「人間なんかが、ボクを」


 挑発した相手を睨み、足を止めて、


「オル――」


 ルゥナの静止が間に合わない。



「バカにするなぁ!」


 足を止めたところからの、猛烈なぶちかまし。


「っ!?」


 驚いた。

 ニーレも思わず動きが止まり、すぐに我に返る。



「ぶばぁっ!?」

「なんだと?」


 オルガーラがぶちかました相手は、挑発した敵ではない。視線を向けていなかった別の兵士。


「ボクに同じ戦法が通じるか、ばぁか」


 横からオルガーラの隙を伺っていた別の兵士に向けて、白い大楯を叩きつけた。


 ひしゃげた鎧と顔。

 挑発した相手は自分の方に来るだろうと身構えていたが、肩透かしになる。

 つまり、横から見ているニーレの目には隙だらけだ。



「ふっ!」


 オルガーラの意外な機転に気を取られた敵兵の首を射抜いた。

 敵だけではない。ルゥナもニーレも、オルガーラの戦い方は直線的で直情的なものだと思っていたので驚かされた。



「へへっ、ボクはさいきょーの氷乙女なんだぞ」

「私の言うことを覚えていましたね、オルガーラ」


 トワの入れ知恵だったか。

 先日のネードラハの戦いを見て、真っ直ぐではない戦い方をするように。


 変則的な戦い方はトワの得意なところ。

 やけにトワには従順なオルガーラに仕込んでいた。複数の敵に手古摺った時の対処を。



「今のうちに後退を!」

「影陋族なんぞに好きにさせるな! その女は私がやる!」


 先陣の指揮官らしい男が喝を入れ直し、得意げにしているオルガーラに狙いを定める。



「いや」


 と、そこに。

 落ち着いた声が届いた。やけに静かに。


「それは私がやろう。お前は他を頼む」

「ベラスケス様、ここまで」

「団長に先陣を任されたのは私だ。敵がいれば当然のこと」



 この部隊の隊長格の男が敬称をつけて呼ぶ男。

 灰色の布地の戦闘服に、美しい菫色の刺繍の縁取り。明らかに他の兵士とは格が違う。


「お前なんかに――」

「オルガーラ‼」


 今度は間に合った。

 ルゥナの叫び声とほぼ同時に、白い大楯が轟音を響かせる。



「くぁっ!」

「さすが」


 掌底だった。


 目にも止まらない速度の掌底に、咄嗟に反応したオルガーラが盾をぶつけた。

 お互いに大きく後ろに弾かれながら。



「これが影陋族の氷乙女という奴か」


 この敵もまたオルガーラと同じ領域の戦士。

 英雄級の。



「エトセン騎士団……まだどれだけの戦力が」

「貴様ら蛮族が物を知らぬのは仕方がないとして、不愉快だな」


 ルゥナの漏らした声に、鼻で笑うベラスケス。



 ざ、と。足音を揃えて。

 なぜだか知らないが、他の部下たちがそのベラスケスの背中に並んで列を作った。


「あんな田舎者と同じにされるとは」


 田舎者。

 エトセンという町はこの大陸で最大の人間の都市だと聞いているのだが。



「「我ら菫獅子騎士団」」


 列を作った敵兵が、揃って片手を胸に当て声を上げた。

 何が始まるのか。思わずニーレもルゥナも言葉を失う。



「「菫の旗下に敵を討ち」」

「「大地に朱の花咲かす」」


 胸に当てた手を斜めに上げて、


「「ルラバダールの無双の牙、誉れ高き菫獅子よ!」」


 だん、と。再び足を踏み鳴らして静止した。




「……」

「蛮族でも菫獅子の荘厳さはわかるか。言葉もないようだな」


 戦いの渦中にあって、唐突な大音声(だいおんじょう)。皆が合わせて。

 統率が取れているとは思ったが、このような動きまで訓練されているものなのか。

 何の合わせもなく自然にやられて、確かに言葉もなく目を奪われてしまった。



「エトセンの田舎騎士ではない。我らはロッザロンド大陸の栄光あるルラバダール王国正騎士団」


 そうだ、先ほどもエトセン騎士団ではなく菫獅子と言っていた。


「ラドバーグ候ニコディオ閣下が率いる菫獅子騎士団。六将が一人、ホセ・ベラスケス子爵だ」


 人間の文化についてはあまり詳しくない。しかし立場がある人間だということはわかる。



「……なんて言ってる、あれ?」

「オルガーラ、黙って警戒してください」

「やはり蛮族などにはわからぬか」


 ニーレ以上にわかっていないオルガーラに、トワとホセ何某の両方から嘆息気味な声が返された。



「ロッザロンド……本国から」


 ルゥナが呻く。

 そうだ。この男の話からすればエトセンの町からの戦力ではない。この連中は。


「まさか、既に……」


 危惧していたこと。清廊族の反攻を脅威と見た人間が、本国から増援を呼ぶのではないかと。

 それが現実に、目の前に。こんな時に。



「我ら正騎士団が相手だ。影陋族」


 強張ったルゥナの表情に、ホセは満足げに頷いた。

 道理がわかる者もいるのかと言うように。


「エトセンの田舎者などとは違う。最強の菫獅子の前に、何者だろうと砕けぬものなどない」


 残念だったな、と。



 ずらりとベラスケスの後ろに整然と並ぶ兵士。連中の言い方では騎士か。

 荒々しくはない。誰が揃えるわけでもなく静謐に歩調が揃う。


 祭儀的な彼らの一糸乱れぬ挙動は、戦闘とはまるで関係がないくせに、かつて見たどんな敵とも異なる大きさを感じさせた。



  ※   ※   ※ 


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