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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第236話 終焉の暁闇

 ※暁闇 ぎょうあん または あかときやみ




 うまく運ばない。


 理由はわからなかったがエトセンを取り囲むルラバダール王国の軍隊。正規軍。

 ロッザロンド本国の正騎士団がなぜ。


 政治的な事情は外部からはわからないが、状況は利用できる。

 マルセナの望みを叶える為になら、利用できるものは利用する。



 大都市を包囲するとなれば、いくら手があっても足りるものではない。

 実際に全てを覆うことなど現実的に不可能。街道を封鎖し、町に出入りする者を見張るまで。

 正騎士団の人員なら網羅できそうなものだったが、それでも傭兵を使っていた。


 土地勘がないから、という理由もあっただろう。

 仮に衝突が発生した時に、無用に騎士団本隊に被害を出したくないとか。

 あるいは、完勝の為か。エトセン騎士団に対して圧倒的戦力差を用意して心を折る為の。



 圧倒的すぎる。

 エトセン騎士団が抵抗してくれれば戦端が開かれただろうが、戦力差が明らかでエトセンにその気がない。

 冒険者がいくらか先走ってちょっかいをかけたが、そこには騎士団幹部が睨みを利かせた。


 英雄ビムベルクを筆頭に、エトセンの上級将官。

 怒らせる相手ではないことは冒険者も傭兵もわかっている。何も命を張らなくても金はもらえるのだから。


 エトセンが門を開けるのは明日だと。

 ほとんど確定した噂が流れ、皆の気が抜けた。




「クロエ、焦らなくて構いませんわ」

「はい」


 説得した。マルセナに泣いてせがんだ。

 エトセン騎士団を滅ぼすのはいい。けれど死にに行くのはやめようと。

 やるのなら勝って、そして生きてロッザロンドに逃れればいい。


 イリアを追う。追ってほしい。

 森の中でマルセナと睦みながらクロエの懇願を聞き、マルセナも思うところがあったようだ。

 何か思い出があったのかもしれない。イリアとの。


 根負けしたマルセナが認めてくれた。

 勝つ、という方向に気をよくしたということもある。

 トゴールトを去る際のマルセナは、イリアを生かすことだけに囚われていたようだった。



 イリアは命令に従いロッザロンドに逃れる。

 なら、マルセナも目的を無事果たしてロッザロンドに行くのも悪くないか、と。


 マルセナの視野も案外と狭かった。

 いや、それだけ彼女はエトセン騎士団に対して何か強い想いがあるのだろう。強烈な、悪い記憶が。


 勝てばいいと言われて初めて、そうでしたわねと目を瞬かせていたから。




「町に入れば、後はどうとでもなります」


 このまま戦端が開かれないのなら、手順が変わるだけ。

 エトセンに入り、その中で無視できない騒ぎを起こす。


 前回とは状況が違う。

 騒ぎが起きればほぼ必ず、エトセン騎士団とこの菫獅子騎士団が衝突する。

 町の中で。


 マルセナとクロエは孤立無援ではない。別にどちらも味方ではないが、利用できる。

 きっかけさえあれば、この二つの集団の間には火が燃え広がる。

 今度はマルセナを追うことに集中など出来ないだろう。

 混乱に乗じてエトセンの町に破壊の限りを尽くせば、と。


 エトセンの町は終わりだ。

 エトセンの領主も騎士団も住民も、塗炭の苦しみに見舞われる。

 ならばそれでいい。



「母を」


 マルセナが一度だけ話してくれた。


「母を殺されましたの。エトセン騎士団に」


 それ以上は聞かなかった。

 そういう理由があったのだと教えてくれただけで十分。

 恨みを抱くにも十分すぎる。マルセナの仇だと言うのならクロエにとっての仇も同然。



 最後に残った呪術薬で傭兵に紛れてエトセンに迫る。

 思ったより包囲している日数が長く、その間に水浴びも出来ない。



 クロエは少しだけ気になることがあった。

 年若い女として、身だしなみを満足に出来ないことは少し。

 体臭とか。


 戦いを前にこんなことを気にするのもなんだが、気になるものは気になる。

 薬が残っていないから、顔を洗って流してしまうわけにもいかない。


 マルセナも同じなのだけれど。

 だけど、マルセナは違う。

 体臭などまるで気にならない。むしろなんだか甘い蜜のような香りがより際立って、せっかく呪術薬で顔を隠しているのに変な男を集めてしまいそうだ。



 やはりマルセナは女神なのだろう。

 人とは違う。

 そんなマルセナの香りに包まれるから、余計にクロエは自分の体臭が気になってしまうのだけれど。



 この戦いが終わったら。

 一緒に湯浴みをしたい。

 ああ、ロッザロンドまでの船旅となれば、その間もきっと水浴びなど出来ないだろう。


 ロッザロンドに行き、イリアを探して。

 また揃って湯浴みでも出来れば。


 クロエはイリアを好きではないけれど、マルセナはイリアがいなければ心から喜んではくれないだろう。

 なら、クロエの好き嫌いなどどうでもいい。マルセナさえ幸せでいてくれるのなら。




「見つけた」



 誰もが、気が抜けていた。

 菫獅子騎士団も、傭兵たちも。おそらく城壁を見張っていたエトセンの兵士たちも。


 今、ここで戦いの火が灯ることはないと。

 マルセナとクロエでさえ、そんな可能性は頭から抜けていた。


 明日のこと。

 そればかりに気を取られて、ただ何か落ち着かず。



「原初の海より来たれ、始まりの劫炎」


 終幕の幕開けを告げるかのように。

 エトセンの西門近くに集まっていた包囲軍の中に、猛烈な火球が炸裂した。



  ※   ※   ※ 



「何事か!」


 そう、何事もないはずだった。

 状況は既に決定的で、何かが起こるはずもない。


 ただ夜明けを待つだけの。

 菫獅子騎士団幹部も、翌朝に備えて休息の中にあった。



 そんな夜明け前の静けさを吹き飛ばす轟音。爆炎。

 一介の冒険者や傭兵風情が使えるとは思えない威力の爆炎の魔法。


 地響きと戦いの喚声にたたき起こされた参謀長クィンテーロが天幕を出てみれば、続けて豪火球がエトセンの城壁を打ち砕いた。



「何事か!?」

「さ、参謀長閣下! 緊急事態です!」

「さっさと言え!」


 クィンテーロ自身も、大英雄ラドバーグ侯爵の下で働く相応の強者だ。

 この魔法を使う者が常人でないことくらいは離れていてもわかる。


「敵です!」

「何者か!」


 そんなことはわかっているのだ。味方であるわけがない。


「わかりません、突然――」

「ご報告を!」


 役に立たない報告をしている部下の後ろから、城壁近くから走って来た誰か。


「我が方の傭兵を薙ぎ払っている女は――」


 女、と。

 強烈な魔法を使う女と聞けば、いくらか報告が上がっていた魔女堕ちの誰それが思い浮かんだ。


 エトセン騎士団を裏切り誅殺された過去の団長。アン・ボウダとか。



「チューザです!」

「……なに?」


 別の名前が上げられ、一瞬わからなかった。


「エトセン騎士団チューザを名乗り、狂乱して襲ってきております!」


 そうだ、エトセン騎士団の幹部の女魔法使い。


「傭兵の中でも見知った者からは、おそらく本人で間違いないとのこと」



 姉妹の魔法使いで、揃えば英雄級をも超えると言われるほどの。

 単体でも勇者級上位と考えられるだけの戦力。

 魔法の威力を見てもそれらしい。



「道理の、わからぬ田舎者が……っ!」


 ぎりりと歯を噛み鳴らして呻く。


「夜襲でどうにかなる差ではないだろうが‼」


 寝込みを襲えばどうにかなるとでも思ったのか。愚かの度を過ぎる蛮行。


「傭兵どもも反撃、一部が町に向けて攻撃を開始しております! エトセン側もこれに反撃を」

「ええい!」


 その流れはどうしようもない。

 猛烈な魔法攻撃に晒された傭兵が反撃するのは自然なことで、エトセン側がそれに触発されるのも。



「……?」


 再び交差する火球が二つ。その大きさがどちらも凄まじい。

 ぶつかり合った衝撃が、遅れてここに届くほど。

 すぐ近くの傭兵や城壁は、その反動だけでも相当なものだろう。


「二人……姉妹の?」


 勇者、英雄級の魔法使いが二人いるというのか。

 菫獅子騎士団でさえ、英雄級の魔法使いは二人しかいない。その片方は反対の西門側で、もう一人はロッザロンド本国の留守番。


「いや、片割れは死んだと……傭兵の中にそれほどの……?」



 まだ暗い空に、炎の蛇が立ち上がった。


「っ!?」


 毛穴が開くような衝撃。寒気。

 間違いない。信じがたい実力の魔法使い。これがチューザの実力なのか、それとも――


 紅蓮の大蛇が辺りの大地と城壁を打ち払った衝撃は、かなり距離を置いたクィンテーロ達の天幕までその力を届かせた。

 大地に留めた杭ごと吹き払うほどの力で。



「な……ん、と」


 まるでこの地に舞い降りた女神が、あるいは魔神か。

 激しい怒りと共に、大地にしがみつく人間を焼き消そうとするかのような熱風だった。



  ※   ※   ※ 


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