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戦禍の大地に咲く百華  作者: 大洲やっとこ
第四部 遺す意志。消えぬ声
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第207話 始まりの合図なく



「お母様ったら」

「文句は一丁前かい半人前!」


 不満を言いかけた娘に言い捨てて飛び退いていた。

 ゾーイの行動を見てリュドミラも同じく、逆方向に。


 今まで二人が立っていた場所が爆散した。

 大地が大きく穿たれ、飛び散った土が嵐の風で舞い散る。


 今ほどリュドミラが放った小太陽のごとき魔法。それを貫き彼女らに迫る猛撃を感じて身をかわしていた。




「ちっ」

「本番かしら?」


 ゾーイの舌打ちと対照的に楽しそうなリュドミラの声。


 娘は半人前だ。

 力だけは世界の誰より高いだろうが、そのせいで死線を感じる戦いを経験したことがない。


 遊びは無しだとゾーイは言ったはずだがわかっていない。

 命を賭した戦いの場を理解できない。

 だから気持ちが緩い。どうせ何とかなるという意識が拭いきれない。


 まず大抵のことならどうにかしてしまえる力があるのも事実だが。

 世の中を舐めていて、戦場を舐めてかかっている。



「……竜公子の槍、か?」

「よもや彼が敵に与しているとか。それも面白いかもしれませんわ」


 面白いわけがあるかバカ娘。

 ハルマニーもバカ娘ではあるが、リュドミラもまた違った方向でのバカ娘だ。


「英雄級だよ!」


 雷雨に気を取られて単独行動に走った娘に気付くのが遅れた。

 嵐の中出撃したモッドザクスを追ったのだから単独ではないと言い訳するのかもしれない。


 魔法が放たれ、位置を知った。

 こちらが位置を知ったのなら敵も同じ。

 慌てて駆けつけて、敵の援軍より先んじることが出来た。



「遊びは無しだって言った! わからないなら帰りな!」

「はぁい、お母様」


 お行儀よくとは言えない声音で一応の理解を表すが、やはりまだ舐め腐っている。


 たかが一匹の魔物と影陋族に対してあんな強烈な魔法を使う必要はなかっただろう。リュドミラ以外に使える魔法使いがいないような。

 遊びに夢中になり無駄なことを。


 冒険者生活をしていたゾーイにはそういう油断が許せない。これが終わったら後で厳しく叱ろう。

 そういう意味なら少しは痛い目に遭うのも悪くないかもしれない。



「うあぁっ!」


 嵐の中、低い姿勢で風よりも速く駆けてくる影。


「ウヤルカぁ!」


 疾走してきた勢いがゾーイの手前で瞬間的にさらに加速して、腹に拳が突き刺さる。もちろん素直に食らうわけではない。


「へえ」


 槍を投げたのとは別だ。

 地面を爆散させた槍の力強さとは質が違う。けれど強い。



「筋はいいね」


 体術に関してならゾーイは大陸随一の自負がある。

 敵の拳を手の平で受け流し、続けて跳ね上がった蹴りを身を逸らして避けた。


「っ!」


 息つく間もなく続けて回転しての蹴りは、小さな体躯だが遠心力もあって重い。

 娘のことは笑えない。ゾーイも思わず敵の動きの良さに見入ってしまい、つい避けられず受け止めた。


「バランスも悪くないね」


 連続での廻し蹴りを放ちつつ、姿勢を乱すことなくゾーイの腕を蹴って距離を取り直した。

 同じことが出来る人間がどれほどいるか。そう多くはない。



「ウヤルカ! 助けに――」

「そのウヤルカでしたらそこに」


 口を挟んだリュドミラがラーナタレアで指し示して、


「ああ、そうそう。塵くらいなら残っているかもしれませんわ」

「お……お前ぇ!」


 リュドミラの嘲笑に激高して飛びかかる少女。

 小柄で猪突猛進な少女。ハルマニーと似たタイプか。

 それをからかうのに慣れたリュドミラに、一言二言で心を乱されて。



「リュドミラ!」

「まあ」


 ブォンと、重い唸りと共に一閃。雨粒がまとめて斬られた。

 リュドミラに向けての重撃。


 体術の少女とは別の角度からの攻撃があった。気配を感じ切れなかったとはゾーイの失態だが、リュドミラの方が感知して避けている。

 どうやって近付いてきたのか。いくら暴風で気配が感じにくかったとはいえ。



「ミアデ、いけません」


 雨の中からぬらりと現れた女は、かなり強い気配を放つ。

 これに気が付かなかったとは。気配感知には自信があるゾーイなのに。


「貴女では手に負えません。これは」

「でもウヤルカが!」

「ですから」


 戦斧を手に、小柄な少女の前に立ちリュドミラに向き合う女戦士。噂に聞く氷乙女という奴か。


「私が、貴女の刃になりましょう。ミアデ」

「素敵ですわね、影陋族にしては」


 やり取りを聞いていたリュドミラが再び笑う。



「この女はあたしが」

「許せないのはわかります。許すつもりはありません」


 仲間の仇を討ちたいと言う少女を諭して、戦斧と共に冷たい殺意をリュドミラに向けて。


「だから私が殺します」


 冷たく、力強い。歴戦の勇士の佇まい。




 言い合う二匹の影陋族に対して、ゾーイは動けなかった。


「こっちは」


 巨大な戦斧の敵とは別に、強烈な気配を感じて。


 戦斧の女とはまた別に、雨の中から現れる女。

 長く真っ直ぐな髪が、雨の雫を滴り落とす。


「ウヤルカ……」

「あんたが槍を投げた奴か」


 槍の飛んできた方角と、肌に感じる痺れるような感覚がゾーイに伝えてくる。


「ユキリンまで……」


 先ほどリュドミラが示した先にちらりと赤い瞳を向けて、それからゾーイを見据えた。


「アヴィ様、今は」

「わかってるわ、セサーカ」


 魔術杖を手にした女と、二本の鉄棍を持つ女。

 どちらも只者ではない。



「あんたらがあのクソな影陋族の中心ってわけかい」

「……クソはそっちよ。人間」


 お互いに予期せぬ形で始まった戦い。

 斥候を感知したモッドザクスが出撃して、それを追ったリュドミラの魔法で戦端が開かれて。


 予期などしていなくても出会えば戦うしかない。

 所詮は人間と影陋族。

 縄張りを争う獣と獣のようなもの。



「ゾーイ、軍も出陣した。爺様は軍の先頭だ」


 遅れて駆けてくるのは敵だけではない。ゾーイの後ろからも。


「あたしはいい。リュドミラの方の小娘を頼むよ」


 夫のスピロの報告。後方から喚声と共に近付いてくる気配は、ネードラハの軍か。


 自分のことよりやはり娘が心配だ。

 ゾーイが目を見張るほどの体術の小娘に加えて戦斧の氷乙女。同時に相手をすれば不覚を取るかもしれない。


 夫をリュドミラの支援につける。

 実力だけならその小娘――ミアデと呼ばれていた――とスピロは似たようなもの。

 だが体術での戦闘経験で見れば、ゾーイの戦いをよく知っているスピロなら有利になる。


 戦斧の女の力も計り知れないにしても、単独でリュドミラを上回る存在など有り得ない。



「アヴィ様への妄言、後悔してもらいます。人間」

「あたしはゾーイさ」


 名乗ってみたのは、それだけの価値があると思ったからだ。

 人の頂点とされる力を得てから、これだけの敵と巡り合った記憶がない。

 久々に思う。死ぬかもしれない、と。


 死ぬかもしれない。

 だがネードラハが負けることはあり得ない。


 ここに敵の主力がいるのなら残っているのは有象無象。多少はまだ強者もいるかもしれないが。

 ネードラハ軍にも相応の強者もいるし、その中にニキアス・ミルガーハまでいる。そう長く持ちこたえることは出来まい。



「ここであんたらを潰せば影陋族は終わりだね」


 竜公子ジスランの槍に、イスフィロセのコロンバの双鉄棍。

 この武装から見て中核を担う主力であることは間違いないはず。


「出来ないわ。お前には」

「いんや」


 淡々と喋るアヴィという女。冷たい様子だがゾーイにはわかる。かなり頭が茹っていると。


 仲間意識が強いのだろう。でなければ斥候一匹の為に救援など来るはずがない。

 獣のような影陋族だ。群れの仲間という意識か。


「やるさ」

「させない」


 構えるゾーイとアヴィ。支援の構えを見せる魔法使いはセサーカと呼ばれていた。



 彼女らはまだわかっていない。

 この大嵐の中、一撃必殺の時を窺う天空の英雄がいることを。

 仮にゾーイが死んでもこの影陋族どもに勝利など有り得ないのだと、わかっていない。



  ※   ※   ※ 



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